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六つの盟約と一人の一般部外者  作者: 仕方舞う
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最初の戦い。そして……

 倒した世界という存在は、大地でも、空でも、空間でもない。人間界から供給される力の事。だから、世界を倒したから直ぐに滅ぶという訳ではない。徐々に力が失われ、枯渇したら滅びる。要は、その前に代わりの力を供給できれば滅びる事は無い。ただし、力なら何でもいいという訳ではない。人間と同じような思考体から齎される『思いの力』でなければ支える事が出来ない。しかも、負の感情が多いか、正の感情が多いかで、新しい世界の様相は大きく違ってくる。



 ハドルは、杖を地面に刺して魔法陣を形成していた。

「リーム姫、六つの世界はどうなると思う?」

 リームは満面の笑み。

「きっと素晴らしい世界になります」

 不安は消え、安心が広がる。自分一人だったら親子エゴの可能性もあるが、リームの目からもそう見えるのなら間違いない。ただ、最大の功労者がこの場に居ないのが悲しい。

「さぁ、後は意志次第…」

 魔法陣から真っ白な巨木が現れ、枝葉が空間の亀裂にまで伸びそれぞれの世界に接地。接地した部分から地中深く根を張り世界同士を繋いでいく。

 巨木を通して、声が聞こえる。


(明日、学校楽しみだね)

(うん、先生優しくて面白い)


 この声は、獣人界から。ヴォルム先生の評判はかなり良さそう。


(竜王様は、本当に人間と契りを結ぶ気かねぇ?)

(反対なのか?)

(そうじゃないよ! ただ、ちょっと羨ましかったのさ…)


 この声は、竜界から。他種族への嫌悪が無くなりつつある兆候。


(ハデス様、王になる気は無いのですか?)

(天界に必要なのは、正しさだ。傲慢の象徴は不要)


 この声は、天界から。権力は不要な世界になりそうだ。


(マルサス、しっかり反省しなさい!)

(分かっている。今回ばかりは間違っていた…)


 この声は、巨人界から。反省はしているようだが、まだまだ納得していない様子。


(イフリート、何故改めないのかしら?)

(ふん! 戦いを拒絶して何になる? 戦いは生きる糧だ、必要不可欠なモノを捨てられるものか!)

(違う。この世界、戦い要らない)


 この声は、精霊界から。イフリートの正義は平和と相性が良くない。だが、住人たちは平和を心から望んでいる。


 聞こえてくる声は、フォルス又は賢士の成果。大成功とは言い難いが、成功のラインは十分超えている。盟約に賛同する意見は全体の60%。これだけあれば平和を維持するのは難しくない。これからの世界は、それぞれの世界に住む一人一人が意識して支えていく必要がある。盟約に賛同する意見が50%を下回れば、人間界の意志がなくても悪意が充満する可能性がある。世界が手を下さなくても、自分達が首を絞める事も…。


 巨木を通じて繋がった人々の意志が力となって供給される。枯渇しかけていた干乾びた世界は、潤いを取り戻し、人間界との完全な独立が完了する。もう二度と人間の意志が影響を及ぼす事は無い。

「どうやら上手く行ったようだ…」

「でも…人間界とは疎遠になりますね」

「寂しいのか?」

「…フォルスとの繋がりが消えるようで」

「気にする事は無い。存在が許されなかった者の記憶は…いずれ消える。全部………」

 深い繋がりがあった故に、ハドルとリームは今まで記憶を保持できていた。だが、フォルスは本来いる筈の無い存在。世界云々を抜きにして、いずれ忘れ去られる。それが運命…。

「……忘れたくない」


「だったら、一緒に消えればいい!」


 巨木の根元から漆黒の陰が現れる。

 人の形をしているが、不安定に蠢き様々な生物の特徴も見せる。竜、狼、神、魔族、精霊、巨人。まるで、六つの世界を体現しているかのような姿。しかしながら、真っ黒な影。特徴はあっても、禍々しさしか感じない。

「生きていたのか!」

「もしかして……世界!」

 似ているが、雰囲気が違う。闘争に塗れていたとは言え、世界故の身近な馴染んだ雰囲気だった。しかし今は、ただただ恐ろしさしか感じない。

「我は世界ではなくなった。人間の意志を失い、卑しい生物の感情を糧に生まれ変わった。我の名は、滅意志(ディスペア)。卑しい者達を葬る存在!」

 巨木を取り込み巨大化。

 全身から漆黒の竜、狼、神、魔族、精霊、巨人を生み出す。

「我の座を奪った罪、償ってもらおう!」

 漆黒の生物達は、空間を超えてそれぞれの世界に襲撃に向かう。

 到着して早々、生命体を狙って攻撃を開始。圧倒的な力で蹂躙していく。

「狙われていた…」

 地中に潜り難を逃れ、ハドルが巨木で世界を繋ぐ瞬間を待っていた。人間界との繋がりが消えても、記憶が消えた訳じゃない。世界に戻る事が出来なくても、世界以上の存在になるチャンスが来ると知っていた。

「倒します!」

「待て!」

 リームは、ディスペアに向かって光の炎を放つ。

 だが、光の炎は吸収されてしまう。

「実に良い栄養だ。新しい存在によく馴染む」

 ハドルは、リームの手を引いて必死に逃げる。

「奴に攻撃は効かない。力を与えるだけでしかない…」

 今回の逃走に希望は無い。ただ勝ち目がないから逃げているだけ、先に待っているのは絶望と分かりつつも本能で避けるしかなかった。

 案の定、逃げ場を奪うように漆黒の魔族が現れる。

「愚か。現実を避けても、結果は変化しない」

 漆黒の魔族はルシファーの姿を模し、ルシファーと同じ攻撃方法を使用する。

 リームは「偽物なら」と竜化して果敢に反撃を試みるが、漆黒のルシファーは本物以上の力を持っていた。光のブレスでも、光の炎でも、高速爪撃でも全く通じない。漆黒の翼から放たれる魔力の弾に両手両足を撃ち抜かれて動けなくなる。

「リーム、大丈夫か?」

 駆け寄るハドルだが、リームは既に戦闘不能。魔力の弾が影響して竜化が解け、変身できなくなっていた。人の姿では魔力の弾一発でも死んでしまう。

「すみません……私を置いて逃げてください」

「……どの道逃げられない」

 取り囲むように漆黒のルシファーが四体、何処にも逃げ場はない。

 ハドルは、フォルスの願いを叶えられない事に歯軋り。何か方法が無いか、試行錯誤を繰り返す。しかし、思いついたのは盟約の王の力ぐらい。

「ルシファー、目を覚ませ! お前の大事なモノが……消えてしまう!」

 声は辛うじて届いている。

 だが、声に反応する素振りを見せない。

「世界は消えた。だが、支配の痕跡は残っている。作られた感情が齎した不整合が現実との狭間で葛藤し、フォルスという存在に答えを見出せない。本当はどう思っていたのか? 好きだったのか? 嫌いだったのか? 盟約に相応しかったのか? 不要ではなかったのか? フォルス本人が居ない状態ではどうにもならない!」

 饒舌なディスペアだが、巨木を取り込んだせいでその場から動けない。動く為に巨木を手放せば、漆黒の影は操れない。だが、だからと言って、動く必要性に駆られる状態をハドルには作れない。隙はあっても、今の状態では無意味。

「……フォルス、父さんを許しておくれ…………」

 漆黒のルシファーが魔力の弾を放つ。

 その瞬間、時間が緩やかに…。


「父さん……」


 ハドルの目の前に小さな光の粒が現れる。

 光の粒は、薄っすらフォルスを模る。

「フォルス…?」

「もう、フォルスは死んだ。生まれ変わる前にちょっとだけ時間をもらっただけだ。父さん、祝いに最初のお願いを聞いてくれないか?」

「…何だ?」

「体を貸して欲しい。その代わり、新しい世界を救って見せる!」

 ハドルは微笑みながら頷く。

 光の粒がハドルの体に入っていく。

 そして…。


「ルシファー! いつまで呆けているつもりだ!」


 ハドルの姿がフォルスに変わる。

 その声は、ルシファーの目に光を取り戻す。

「…フォルス?」

 そこにあるフォルスの姿に涙が止まらない。幻想でも、錯覚でも、この際構わない。フォルスが居る事が全て。

「ルシファー…いや、アルス。盟約の力を俺に見せてくれ!」

「…うん!」

 ルシファーの背中から真っ白な翼が現れる。魔王とは思えない神々しさは、穢れた魔界の大地を花が咲き誇る美しい世界に変えていく。

 羽ばたきから生じる光る風は、漆黒のルシファーを一瞬にして消し去る。

 しかし、漆黒の生物は増産され続ける。

「ディスペア、盟約を侮り過ぎだ」

 フォルスの姿は、ティターニアの横に。

「ティターニア、心配性の優しい姫。笑顔を見せてくれ…」

 肩に触れると、ティターニアはニッコリ微笑む。

「ちゃんと見ていてね」

 花々が急速成長し、無数の茨となり襲い来る漆黒の生物を次々撃破していく。しかも、撃破した体には種が植え付けられ体中に花が咲く。

「な…なんだ、こ、この力は! あり得ない! 王達の力は分析済み、これほどの力は何処にも無い!」

 ディスペアを襲う動揺が世界との繋がりを弱くする。漆黒の生物の出来が悪くなり、不格好な紛い物が多くなる。

 フォルスの手は、ティアマトに届く。

「ティアマト。お前がくれた鱗、心が温まった」

 ティアマトの体が巨大な竜に変化。

 自ら鱗を剥ぎ取り、フォルスの手に握らせる。

「幾らでも、何度でも、お前にやろう…」

 飛翔し極大の火球を放ち、ディスペアの体を炎に包む。

 直ぐに炎は消えるが、火傷が残っている。

「通じる筈がない……それが何故?」

 動揺は遂に漆黒の生物を生み出せなくする。

 フォルスは、蹲るフェンリルの横に座る。

「自由に走り回る奔放な戦士。決して負けない自由の使者。俺は憧れていた…お前のカッコ良さに」

 立ち上がったフェンリルは、光の速度で走り回る。

「おいらはいつでも、フォルスの心を乗せて走っているよ!」

 光速でディスペアの首を掻っ切り、巨木から引き離す。

 もう強さを維持できない。だがそれでも、しぶとく魔族の死体を取り込み存在を維持している。

 フォルスは、タイタンの背中を摩る。

「大きくて頼もしい。そして、誰よりも優しい。口下手なところも俺は好きだぞ」

 タイタン超巨大化。

 その大きさは足首までしか確認できない程。

「俺、守る! フォルスの、盟約!」

 天から降ってくる隕石を思わせる拳が、ディスペアを圧し潰す。

 だが、拳の下から何とか這い出て一心に逃げる。

 フォルスは、横たわるアテナを抱きかかえる。

「戦いよりも穏やかな日々を愛する女神。少しはこれで味わえるか?」

 アテナは、小さく耳元で囁く。

「手料理を作りたい…」

 白銀の鎧を纏い、ケラウノスを掲げる。

 無数の雷が降り注ぎ、ディスペアの逃げ場を完全に奪う。

「何をしても無駄だ! 我が放った穢れは世界を滅ぼす! 非力な生命には抗えない…ハハハ、ハハハハハハハハ!」

 フォルスも負けずに笑う。

「侮り癖でもあるのか? お前が思っている以上に生きようとする力は強い!」

 巨木から声が聞こえる。


(負けて堪るか!)

(ちっぽけでも根性だけは最強!)

(傷ついた者は避難しろ! 戦える者は最後まで諦めるな!)

(平和は僕たちの手で掴む!)


 希望を捨てず戦う声、助け合う友愛の声。生きたいと願う心が一人一人に力を与えていた。それこそが新しい世界の形、新しい世界の真実。もう何処にも部外者は居ない、もう何処にも一般人は居ない。全員特別な大切な一人。

「邪魔者は居座るべきじゃない!」

 アテナは、ルシファーにケラウノスを渡す。

 ケラウノスに全ての魔力を注ぎ込み、フォルスに渡す。

「一緒に行こう…俺も直ぐに行く」

 ケラウノスでディスペアを跡形もなく消し去る。

 盟約の仲間達が集まる中、フォルスの姿はハドルに戻る。



 フォルスは役目を終えて、世界から消えた。

 もう何処にも居ない。

 記憶も、感情も、痕跡も…。



 22年後、人間界。

 六つの世界から切り離されても、人間界に何ら変化はない。醜さと美しさが混在する不安定ながらも平和な日常が繰り広げられている。誰も知りもしないだろう。自分の心が世界を生み出していた事に、自分の心が生み出した世界を穢していた事に。


「母さん! どういう事だよ!」


 小さなアパートの一室でコタツを囲む親子。

 六畳の和室には、コタツ、箪笥、荷物が詰まった段ボール。親子二人でも狭いと感じる。

「仕方ないでしょ。相応しい職場があったんだから」

 母の名は、古巣真理(ふるすまり)。息子の名前は、古巣大地(ふるすだいち)。母子家庭ながらも二人協力して生きて来た。いつの時代も普通と違うだけで非難や差別の対象になり易く、頑張っても頑張っても貧しい生活から抜け出せない。

 大地の大企業への就職が脱出のきっかけになる筈だったが、真理が何故が内定を断った。

「相応しいって何だよ? 俺達には選り好みしている余裕は無いだろ?」

「向かない仕事で辛い思いをしてほしくないの。大地には笑顔で居て欲しい」

 真理は、レジから金を盗んだ疑いでスーパーのパートをクビになった。幾ら弁明しても、「母子家庭で金が欲しかったんだろ」と決めつけて聞いてくれなかった。大地を大学に入れる為に大地の就職が決まらなかったら…この家も出て行かないといけない。

「はぁ…で、何処なんだ? その相応しい職場って?」

 真理は、一枚のチラシを見せる。

「六盟館よ」

「…絶対無理だ!」

 世界的に評価が高い有名旅館で、一流旅館で修行しても採用されないぐらいレベルが高い。間違っても未経験者を雇う事は絶対にない。

「今からでも内定取り戻せるかな…?」

「ちょっと、ちょっと。まだ諦めるのは早いわよ」

「諦める云々じゃなくて、本気で働きたい人に失礼だ」

「そんな事言わずに、お願い! 一度でいいから…ね」

 大地の弱点は、母。

 母に頼まれると嫌とは言えない。



 翌日の夜、大地は六盟館に訪れていた。

 最寄駅から1時間バスで移動し、大きな看板を目印に山道を10分登ってようやく到着。決して交通の便は良くないが、ライトアップされた美しい景色と美味しい空気が苦痛を極力減らしている。

 ただ、大地は心中穏やかではない。

「…ここまで来たら…でも、はぁ…」

 通る筈のない無理難題に頭を抱える。幸い客らしい影が見当たらず、悩んでいる姿を笑われる事は無い。

 何とか扉を潜ると、和やかなロビーが出迎える。

「いらっしゃいませ…ご予約はされていますか?」

 早速、女将登場。着物姿に思わず心を奪われる。

 美人女将として有名で、直接見ても感想に変化なし。だが、大地は全く緊張しない。むしろ親近感を感じている。

「お忙しい中すみません。実は、面接をお願いしたくて…」

「お約束はしていませんよね? 残念ですが………あの、失礼ですが、お名前は?」

「古巣大地です」

 女将は大地をじっくり見つめ、慌てた様子で奥に走っていく。

 数分すると、女将が三人に増える。

「お待たせしました。大地様、当方では貴方を雇う事は出来ません」

「そうですよね。ご丁寧にありがとうございます…」

 帰ろうとした背中に、女将の一人が触れる。

「…お父さん……」

 予想外の言葉に、大地は耳を疑う。

 だが、三人の女将の顔は真剣そのもの冗談を言っているようには見えない。一人は悲しそうに、一人は嬉しそうに、一人は照れながら大地を見つめている。

「…折角ですので、今日は泊って下さい」

「あの…お金が……」

 有名旅館だが宿泊費はリーズナブル。一人一泊一万円、普通の家庭なら直ぐに了解するだろう。だが、貧しい大地にそんな金は無い。もしあるなら、家賃を待ってもらう為に使う。

「お代は頂きません。私達からのプレゼントです」

 大地は直ぐに母を思い出した。母が居たら飛んで喜んだだろうな、母が居たら疲れを癒せたのに、母が居たら…そうこう考えていたら、泊まれる気分ではなくなる。

「やっぱり、また次の機会にします」

 帰ろうとすると、女将が前に立ちはだかり行く手を遮る。

「お願いします! どうか、私達を見捨てないで下さい!」

 さっきから異様な光景が続く。「お父さん」と呼んだり、「見捨てないで」と懇願したり、旅館の女将というより長い間離れていた家族のような雰囲気。

 今の状況で帰る事は困難、仕方なく泊まる事にした。



 泊まる事になったのは、客室ではなく私的な部屋。脱ぎ捨てた服が散らばり、食べかけのプリンやパンがテーブルに置きっぱなし、テレビは映画の途中で止まっている。初対面の相手を日常丸裸の部屋に泊めるのはかなり恥ずかしいと思うのだが…。ただ、数枚の写真が飾ってある本棚は異様に綺麗。

「母さんが想像している世界とはちょっと違うな…」

 失望感は無い。むしろ、親近感が増す。

 大地は何気なく、写真を眺める。

「…はっ! 何だこれ?」

 映っていたのは、コスプレと思われる不可思議な格好の人達。翼が生えていたり、角が生えていたり、明らかに日常用とは思えない服装だったり。その手の街に行ったことが無い大地には十分なカルチャーショックになった。

「お待たせしました」

 女将の一人が、美味しそうな料理を運んでくる。

 ただ、食べた事も見た事もない初対面の料理。

「美味しそうですね。ところで、これはどこの国の料理ですか?」

「…獣人界です」

 聞き間違いだと思い、敢えて笑ってやり過ごす。似た国名を勘違いしただけ、そう思わないと理解できそうもない。

「どうぞ召し上がれ」

 女将はじ~っと大地を見つめて目を背けない。どうやら味の評価が聞きたい訳では無さそう。

「は、はい。頂きます…」

 気になりつつも口に運ぶ。

「…美味しい! 物凄く美味しい!」

 初めての味だが、とにかく旨い。好みを知っているとしか思えないぐらい馴染み、幾ら食べても満腹感を感じない。食べ終わると、もっと欲しくて堪らなくて腹が鳴る。

「良かったです。シェフも喜びます」

 もう一人女将が現れ、疲れた様子で着物を脱ぎ始める。

 大地は慌てて目を逸らす。

「ごめんなさい。思わず…」

 女将は全く恥ずかしがっていない。

 直ぐに着替えて、本棚から写真を一枚取る。

「これを見て。22年前の大切な思い出……」

 写真には、水着姿の美女達が写っている。きわどい格好に目が行きがちだが、気になったのはコスプレ写真と同じ人物が写っている事。

「失礼ですが、これは…誰ですか?」

 女将は悲しそうに囁く。

「…盟約に連なる者……」

 意味は理解できない。でも、何か引っかかる。「盟約」が耳の奥で木霊し、頭の中で増幅していく。大きな鐘を響かせるように五月蠅くなる。

「……ちょっとトイレを貸して貰えますか?」

「廊下の奥です」

 


 翌朝。

 旅館を去る筈だったが、三姉妹女将から「寄ってもらいたい場所があります」とお願いされて更に登山する事になった。旅館までの道のりは石畳の綺麗な道だったが、指定された場所へは険しい獣道。雑草で足を切り、藪蛇に襲われ、散々な思いに「何で?」が重なり疲労困憊。

「どうしてこんな場所に…?」

 全く関係ないが、脳裏に今までの生活が過る。貧しいだけで、母子家庭というだけで、人という存在は簡単に差別して虐める。違う事の何が悪い、犯罪を犯した訳でもないのに蔑まれるのは何故だ。傷つけられる者の気持ちを考えない奴らに負けたくない。


「見返してやる!」


 初めて口にした言葉、今まで感じたことの無い感覚。

 だが、妙に懐かしい。



 一時間後。

 ようやく目的地に到着。

「凄い……」

 鬱蒼と茂る森の中に突如現れた巨大な屋敷。近くに六盟館がある為、最近でもテレビの取材が来ていたし、何なら空撮で周囲の撮影も行われていた。大地自身もそれを見た事がある。しかし、それらに映っていた記憶はない。これだけの大きさなら見逃されてきたは通じない。

「すみませ~~ん!」

 声を張り上げるが、返事はない。

 大声を出したせいか、激しい眩暈に襲われる。

「……目が…おかしい」

 眩暈が酷くなり、足がもつれて倒れる。


「大丈夫かい?」


 視界が定まらない中、声のする方に視線を向ける。

 すると、眩暈が急に止まる。

「は…はい」

 金髪の美青年が屈んでこっちを見ている。穏やかで優しい笑みには初対面ながら安心感があり、着ている服装も、髪形も、何だか見覚えがある。

「念の為に少し休んだ方が良いよ」

 そう言うと、大地を屋敷の中へ引っ張っていく。



 屋敷の中は豪華絢爛。何から何まで美しく、品があって、何故か……懐かしい。初めて来たにも拘らず、構造が手に取るように分かる。

「さぁ、こっちへ…」

 金髪の青年について思い出した。女将に見せられた写真に写っていた。何時撮ったもの分からないが、その瞬間から歳をとっていない。

「一体どこに?」

「相応しい場所だよ」

 母が言った「相応しい」と同じ意味に聞こえる。記憶の奥底で何かが思い出せないで引っ掛かっている。ずっと前に忘れた大事な事が忘却の蓋を押し上げようとしている。だが、異様に重いのかビクともしない。



 案内されたのは、5階。

 真っ直ぐ伸びた通路の先に、大きな扉の部屋がある。

(あ、頭が……)

 自分の頭の筈なのに、自分の頭ではないような感覚が襲ってくる。

 大地の様子を知りつつ、金髪の青年は奥の部屋へ案内する。

「さぁ、扉を開いて」

 扉の前に立つと、胸の奥が激しく鼓動する。

 病なのかと思う程だが、嫌な感じではない。遠足前日の眠れない時に似ている。心が躍り、早く早くと気分が急く。何故ここまでの感情に至っているのか、自分でも全く理解できない。理解できないけど、不思議と受け入れている。

「失礼します…」

 威厳溢れる部屋の中には誰も居ない。一台の机と椅子、そして…気配。この部屋に入ってからたくさんの視線を感じる。どこか一か所からではなく、周囲一帯から見られている。今更だが、ここまで連れて来られた事に疑問を持つ。休憩だけなら、エントランスでも、レストランでも、良かった筈。

「あの…どうしてここに?」

 大地の丁寧な言葉遣いに、金髪の青年は溜息を漏らす。

「らしくないよ。もっと君らしく話して欲しいな」

「…だったら遠慮なく。回りくどいから、用件があるならさっさと言ってくれ」

 小さな笑い声が周りから聞こえる。

 気味が悪くなった大地は、慌てて部屋から逃げ出す。

 だが、何かの力に引っ張られ椅子に座らされる。

「安心したよ。君が変わっていたらどうしようって不安だった。でも、君は君だった。僕達が愛した友人のまま…」

 涙ぐむ金髪の青年に、大地は複雑な気分。今までの感覚が首を傾げる一方、ここに来てからの不可思議な感覚は喜んでいる。

「さぁ、これにサインして」

 差し出されたのは、名前の欄だけの白紙。

「断る!」

 怪しさにサインを拒む大地。

 だが、腕が勝手に動いて名前を書きだす。幾ら抵抗しても、スラスラと名前を書いてしまう。


「…待っていたよ」


 耳元で女の子の囁き声がする。

 驚いて振り返り、大地は叫ぶ。

「リーム!」

 誰も居なかった筈の場所に、淡いピンクのドレスを着た可愛らしい女の子が立っている。瞳を潤ませて嬉しそうに微笑んでいる。

「名前、思い出してくれた…」

「……どうして頭に浮かんだ?」

 何故名前を知っていたのか、初対面なのに懐かしさを感じるのか、理解できない部分がありつつも心の一部が受け入れている。知っていて当然、と…。

「私も思い出して欲しいわ」

 右腕を掴んでいたのは、眼鏡をかけた美女。

 いつからなのか、ずっと泣いている。

「…アテナ…なのか?」

 神話の登場人物である事に違和感を覚え、発した言葉に馴染みを感じる。

 いつの間にか、大地の周囲に見知らぬ顔が現れている。狼みたいな男、作り物の竜翼を付けた老人、童顔の美少女、タンクトップ姿の巨漢。

「な、何なんだ…名前が勝手に思いつく。お前達は…一体?」

 竜翼を生やす老人が、大地の右手に何かを握らせる。

 手を開くと、竜の鱗。

「思い出すんじゃ。あの日を…」

 竜の鱗から大切な何かを感じる。思い出せないが、とにかく大事だったのは間違いない。

 童顔の美少女が、ナイフを持って睨みつける。

「非礼を詫びなさい!」

「…だったら処刑……何だこのやり取り…?」

 この状況を体験している。

 少しずつだが、知らない過去が脳裏に再生され始める。

「私達は操られていた。でも、22年経っても何も変わらない。あなたの事が大好きで堪らない……」

 童顔の美少女の声が、記憶に異変を齎す。


 危険に何度も晒されても諦めずに立ち向かう。「見返す」と自身を鼓舞しながら頼もしい仲間達と苦難を乗り超える。逃れられない絶望、耐えがたい苦痛、それらを上回る仲間達との強い絆。混雑する未知の記憶が脳内で整理され、存在する筈の無い忘れ去られた記憶を再構築する。


「……何故だ? 何故、ここに居る? 折角平和への道を作ったのに……」


 再構築された記憶は、大地の隠れていた真実を露呈させる。

「…君に会いたかったからだよ。フォルス…」

 大地は、フォルスが生まれ変わった人間。記憶がリセットされた新しい命には、何があっても記憶が戻る事は無い…筈だった。それが今、しっかり蘇っている。

「会いたかった…じゃない! 人間界と繋がってしまったらまた同じ事が繰り返される。平和はもう良いのか? また戦争の世界を望むのか? そもそも、どうやって記憶を取り戻した? 感情も世界を一緒に生産された筈…?」

 金髪の青年、改め、ルシファー。

 大地にフォルスを感じて瞳から涙が零れる。

「記憶が失われたのは世界に属するモノだけ、属しないモノからは記憶が消えなかった」

「世界に属しない…俺とリーム以外に……まさか、盟約?」

「そうだよ。だから、王として属する僕達にも記憶が残った」

 狼みたいな男、改め、フェンリル。

 匂いを嗅ぎながら笑う。

「フォルスらしくない。おいらの記憶通りなら、そのくらい分かっていたと思うぞ」

「失念してた。はぁ、全く…俺のミスで世界が危機に晒される……」

 竜翼を付けた老人、改め、ティアマト。

 我慢できず男泣き。

「良いじゃないか。儂らの力があれば、きっと何とかなる!」

「楽観的だな…」

 タンクトップの巨漢、改め、タイタン。

 椅子ごと大地を持ち上げ、言葉にならない嬉しさを表現。

「俺、うれしい。それで、良い」

 童顔の美少女、改め、ティターニア。

 強烈な想いを抱きしめる事で満たす。

「感情を抑える事は誰にも出来ない。もう離さない…」

 大地も当然嬉しい。

 それに、「見返す」の精神なら引き下がる訳にはいかない。どんな苦境も乗り越えて、誰もが羨ましがる世界を手に入れる。

「仕方ない…」

 署名した白紙の契約書に文字が浮かび上がる。


『記されし者を盟約の当主とする』


 大地の意志を受け、契約書は完全に履行される。

 盟約の当主になった事で、大地は再び世界から拒絶される。

「さて、残りの寿命を盟約に捧げるか!」

「…実は、もう一つ秘密にしていた事が…」

 ルシファーが扉を開けると、真理が笑顔で現れる。

「母さん? 何で、ここに?」

「話さないといけない事があってね…」

 真理の体が光に包まれ、なんとガイアに変身。

 眩い光に偽りはない。

「母さんが、ガイア? ガイアが…母さん? もしかして、本物の母さんは既に……で、代わりにガイアが…」

「安心して、紛れもなく貴方の母よ」

「…って事は…俺って神なのか?」

「いいえ、人間ですよ。ただし、神の子であるのも事実。信仰が無い状態であれば、資格を有しているただの人間。でも、信仰を得てしまったら神と同等になります」

 大地は、今の状況に嫌な予感がする。

「信仰って…象徴する対象は何でもいいのか?」

「流石は大地、察しが良いですね」

 確定したのは、盟約が信仰の象徴である事実。つまり当主になった事で、寄せられる信仰を得た状態になってしまった。

「ルシファー…知っていたのか?」

「うん、まぁね。僕達は二度と君を手離したくない。その為なら、どんな手段でも用いるよ」

 22年間、ルシファー達は今日の為に入念な準備をしていた。賢士やフォルスだった頃はいつも驚かされてばかりだっただけに、今回は驚かせたいと思っていた。

「俺が神……いや、人間の要素が多いから神格保有者…って事か? 良かったのか? 盟約続く限り生き続ける事になるぞ」

 王達全員、強く頷く。

 リームは近づき、両手を握り締める。

「意志の確認もできたし、そろそろ良いよね?」

「良いって…何の事だ?」

 扉と繋がる別世界。

 現れたのは、アリュン、リュザ、イリス。何故か皆ウエディングドレスを着ている。

「大地、忘れたとは言わせないぞ」

「記憶が戻って直ぐですが、約束を果たしてください」

「待ってたんだからね!」

 取り囲まれる大地。

 そして、忘れていた約束を思い出す。

「……な、何の事かな~、生まれ変わったせいで全然覚えてないや……」

 とぼけた振りをしてゆっくり逃げようとする。

 だが、空かさず退路をアテナとティターニアが塞ぐ。しかも、いつの間にかウェディングドレスに変身。

「俺の顔をよく見ろ。世界の介入が無くなった今なら、好きになるような顔じゃない…だろ? あの時の感情は世界が作ったモノだぞ?」

 世界が作った偽りの愛情。呪縛が消えれば無くなると思っていた。だが、盟約の花嫁たちの顔はそうじゃないと訴えている。

「ルシファー、何とか言ってくれよ…」

「諦めよう。彼女達は、22年間ずっと待っていたんだから」

 両脇を抱えられ、連れて行かれる大地。

 ルシファーは笑顔でその様子を見守る。


「君は幸せになる義務がある…」


 笑顔の奥には憂いが含まれている。大地が盟約の当主になった事は素直に喜んでいる。だが、世界を繋いだ弊害、人間界に潜む悪意、この二つが悩みの種になっている。大地には大丈夫と言ったが、人間界は未だに悪意に満ちていて楽観視できる状態ではない。息子との再会を誰よりも待ち望んでいたハドルが居ない事が何よりの証拠。



 東京の一角、一際大きなビル。

 豪華な社長室で密談をする二つの陰。

「何でアイツばかりが厚遇される!」

「仕方あるまい、生まれた瞬間からお前とは違い過ぎる」

 一人は、賢士の元親友、氏北勝。高いスーツを身に纏い、社長のプレート越しに踏ん反り返っている。不満そうに語る「アイツ」は大地の事。「厚遇」と口にしている時点で、賢士から大地に至るまでの変遷を知っている。

 もう一人は、ボロボロのローブを纏った老人。正体不明だが、実験体の事実を知っているのは確か。ハドルに近い人物。だが、ハドルと行動を共にしていない時点で仲間ではない。

「あんたのお陰で大富豪になれた。しっかり約束は守ってやる。だが、何とかアイツを苦しめられないか? 元気で笑っているなんて最悪だ!」

「私の言う通りにすれば、望みは全て叶う。古巣大地を悪夢へ堕とすも、お前が私欲を満たせる世界も…全部…」

 勝が持っているのは、黒い水晶。

 奥に血が滲んでいる。

「これで悪意を増幅させる。楽な仕事だ…」

 大地が抱いていた感情は、勝には届かない。

 心の奥に潜んでいた悪意が、ローブの老人に利用され人間界を混沌へ導く。



 世界は混沌を使命づけられている。

 願いをかき集めても、平和への道は果てしなく遠い…。

 盟約の当主の仕事はこれから更に忙しくなりそうだ…。

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