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薄幸転生侍女と約束

「どういうことなんだ?」

「私、拾った。貴方、私の」


イルを引き連れて自室に戻り、ソファに置かれたふかふかのクッションに銀狼を寝かしてその姿を眺めていれば、銀狼と眼がゆっくりと開いていく。


ぐるりと辺りを見回し、ぱちぱちと何度か緩い瞬きと共に吐き出された疑問に堂々と答えれば、銀狼の眼が眇んだ。


「……そうか、同族が治してくれたのか」


自分の身体の匂いを嗅いで、何か納得したらしい銀狼が快癒したふわふわの身体をぐぐっと伸ばす。少し大きくなったような気もするけれど、未だ抱えられるサイズの子犬であるが故にその仕草か愛らしい。


「ふむ、確かに命を救われたのは事実。人の子である其方が我ら同族と何処で繋がりを得たのかは知らないが、それもさしたる出来事ではあるまい。其方を主と認めよう」


やっぱりワンコは可愛いなあなんて思いながらソファの前に膝立ち、手をクッションに掛けていたわたしは突然銀の前脚が目の前に現れても回避出来ない。


むに、という柔らかい感触が顔面に触れても、ハーブのような獣とは思えない清涼な香りが鼻を霞めても、何かしらという傍観した自分がいるばかりで、首を傾げていた。


「其方のその命が潰えるまで、我は其方の僕となろう」


けれど、それが強い違和感に変わったのは、若干前脚越しに見える銀狼の眼が煌めいたから。


ちりりとした痛みが身体に走って、何だと銀狼を見つめていればその身体が発光して私をも巻き込む。


「サラ!?」


背後でずっと私を見守っていたはずのイルの声が聞こえて、いつもイルを驚かしてばっかりだなんて思いながら、渦を描く光に呑み込まれて私は意識を失った。



「主、主」


ぷにぷにと私の肩を叩く何か。ゼリーをぶつけられているかのような微妙な心地よさに目を開くと、真っ青な空が視界を埋め尽くした。


「まぶしいよう」

「寝るでない」


光から逃げるようにごろりとぬくもりのする方へ転がる。ふかふかの毛と良い香りの包まれてもう一眠りしようと思ったのに、それは当人である銀狼に阻まれる。


「……ここどこ?」


眠ることを諦め、渋々起き上がって辺りを見渡せば知らない景色が広がっていた。


なんで今までの私の人生ってこんな知らない場所でで目覚めるみたいなことばっかりなんだろうとちょっとだけ神様に文句を言いたくなったが、それよりも身体を預けていた先の動物に意識を持って行かれた。


「ねえ銀狼、なんでいきなりそんな大きいの?」


青天井と草原。ピクニックにはもってこいの環境よりも、神様へ愚痴を言うよりも、つい先程まで子犬サイズであった銀狼が大型犬を通り越して超々大型犬くらいになっていることの方が気になった私は素直に問う。


「精霊界に招かれたことと、其方と契約を交わしたことが原因だろうな」


成人男性の三倍くらいはある体躯を屈め、態々私と同じ視線で物事を説明してくれる銀狼であったが、聞き捨てならないことがあった。


「精霊界、ですと?」


もう彼らと関わらないと決めたのは、今日の昼である。それに、もう来ない方がいいと忠告を受けたから、そうしようと決めたのに。


「どうしよう」


戻れなくなるのは非常に困る。前世だったら問題なかったし、陛下達と出会う前ならば何も困ることもなかった。けれど、漸く充実した生活を、()を失うことになるのは辛すぎる。


「慌てるでない」

「めっちゃ慌てるよ」


わたわたする私を横目で見やる銀狼の落ち着き具合がわからない。唐突にこんなところにやって来て、どうなるのかもわからないこんな状況を素直に受け入れられる訳がないだろう。


「落ち着けと言っておる」

「離してよう」


とりあえず辺りを散策して帰る手段を探そうと動き出した私をふにふにのおててで包んで阻止する銀狼。じたばたしてもすっぽりと私を覆うその手からは逃げられる気がしないので目で訴えてみた。


「もうじきで帰れるから」


しかし、じっとりと自分の目線よりも高い位置にある深紅の眼を見つめようがまるで幼子を窘めるような目で返された。実際今の私は駄々を捏ねる幼子なので違いはないような気もするが。


「ほんとうに?ほんとうだよね?」


ひとまずこの拘束から逃れられないと重々理解した私は穿った目で銀狼を見上げながら、仕方なくその大きな肉球に寄り掛かって休憩することにした。


何もすることがなくてただ待つというのは退屈の極み故に、意味もなく私はきょろきょろ辺りを見渡す。


雲一つない真っ青な空は絵具で描かれたみたいな作り物のように鮮やかで、踏み締めた青々と茂る草木は初夏の香りを纏って爽やかに揺れる。


そんな景色が地平の先まで続いて、私はどうにも落ち着かない。


『……もう、来ちゃダメって言ったのに』


居住まいを正すように一息吐いて、まだなのかと銀狼を振り返ろうとしたところで、見慣れてはいけない緑色の発光する浮遊物を見つけてしまった。


『銀狼、どうして彼女を連れて来たの?いくら力を取り戻しつつある貴方とて、まだ原初の力を使える訳ではないでしょう。彼女が戻れなくなったらどうするの』


遠目に映った妖精さんは、昼頃まで緑色のふわふわした玉だったと思う。けれど、今私の後ろにいる銀狼を見据える精霊さんは小さな人型の、それこそ御伽噺で語り継がれるような姿をしていた。


『同族よ、主のことは我が連れて来た訳ではない。()()()()のだ』

『はあ?』


ちっちゃい頭に、つんと尖った耳とぴよぴよ動く緑色の光を纏う羽。成人の手くらいはあるその存在がふよふよ浮いて、私越しに銀狼と話をしている。


『で、女神様が彼女を呼んだというの?向こう側にいる少女を、ではなく、彼女を?』

『その辺りはわからぬ。如何せん精霊の血筋を嗅ぎ分けられない程に衰弱していたからな。しかし、主がここへ呼ばれたのは確かだ』


恐々とする当の本人は置いてますます理解してはいけない言葉が飛び交っているような気がして、私はぼうっと空を見上げることにした。


『けれど、女神様と会っては彼女の身が持たないでしょう。ここに呼び出して彼女の身体に精霊紋でも刻もうというの?』

『さあ』


何も見えない、何も聞こえない。八割方理解することを拒絶したい会話がぽんぽん出て来て私の頭はショート寸前である。



『……だめよ。彼女を理に巻き込んでは。するにしても、もう少し力を扱えるようになってもらわなければ』


思考を放棄し、ただ銀狼の身体に頭を埋めていれば漸く何かの話が一段落ついたようであった。


『それもそうであろう。ただ、呼ばれた我らは其方らに帰してもらえなければ戻れないのだ』

『いいわ、女神さまにはわたしたちから話しておくわ。貴方達はそのまま帰りなさい』


どうやらここから現世に帰れるらしい、という都合のいい場所だけ切り取って理解し、私は銀狼を見上げた。紅い眼で妖精さんを見つめる彼とは視線が合わないものの、銀狼の視線を追って妖精さんを見た私は彼女と目が合った。


『ごめんなさいね。あなたには将来、やってもらわなければならないことが出来てしまったわ。代わりと言ってはなんだけれど、わたしたちは出来る限りあなたの要望に応えるわ』

『すまないな、主』


物凄く申し訳なさそうにそう伝える二人に、特に何も考えず大丈夫だと返した。詳細はわからないものの、何かしら大切なことの何かを担うことが確定しているのなら、それはそれで仕方のないことだ。


『そのときが来たら、またあなたを呼ぶわ』


だからそれまでおやすみなさい、と優しく掛けられた言葉は、私に向けられたものだったのだろうか。




「サラ?」


少し悲しそうな妖精さんに微笑み掛けられて、私は再び意識を失った。そして次に視界に映ったのは、見慣れた白い天井とシャンデリアとイルの顔。


「良かった、気が付いたんだね」


漸く見知った場所で意識を取り戻すことが出来たと安堵した私を見下ろすイルの灰色の髪が揺れて、銀狼よりも少し浅い眼が私を映す。


「倒れてどれくらい?」

「五分くらいかな、一応外で控えていたメイドに様子医者を連れてくるように伝えたけれど」

「そっか、ありがとう」


体感としてはもっと経っているように思えたけど、精霊界とこっちとでは時間の概念が違うのかななんて考えながらじっと自分から目を離さないイルの視線から逃げる。


「……サラ、その眼」

「め?」


なんでそんなに私を見るんだろう、と少し所ではなく気まずい感情を抱える私を余所に一点を見ていたイルが私の顔に手を伸ばしてくるりと顔の向きを自分の方へ向けさせる。


強制的にかち合うことになった目を射抜くように鋭く見据えたイルが不思議で赤い瞳を見返せば、彼の口から震えた言葉が落ちていた。


「その眼、どうしたの?」


と。

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