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薄幸転生侍女と僥倖

「まさか私が単純に方向音痴という説はないよね?」


一度立ち止まり、私はきょろきょろとお城と西棟を結ぶはずの通路を見渡す。


自室を出て以降、一度も人とすれ違わないことに違和感を覚えながらもここにやってきたが、それが絶対におかしいと理解したのは、騎士団の詰め所であるはずの西棟の門が下りているからであった。


「……あ、ここ裏門の西棟だ」


やけに鬱蒼とした木々が目に入るなあなんて辺りを見渡せば、どうみても正門ではない景色にもう一つの西棟を思い出す。



お城の造りは、至って簡単だ。


真ん中に陛下や私達が暮らす本城があって、城と都を繋ぐ長い橋が架かった正門の方に騎士団の詰め所と商人等が待機する検閲場が存在する。


基本的に表からの出入りしか出来ず、こっちの裏門は避難時等に使う緊急用の出入り口。故に人の往来はまずなく、聳える塔は高貴な囚人が暮らす幽閉塔とお国の大切なモノ塔がしまってある宝物庫だ。


「失敗です」


一度も城から出たことないのにも関わらず一人で出歩いた結果、昨日と同じように迷子になった。


とはいえ、今しがた通ってきた道は覚えているから、ただそれを辿れば自室に辿り着く。そこで仕切り直して、出直せばいい。それだけである。


そう一人言い訳をしてテンションを持ち直し、自室へ戻ろうと踵を返せば、視界の端にきらりとした何かが映り込んだ。


「なんだろう?」


宝石か何かかのような煌めきであったそれにいとも容易く興味をそそられた私は鍵の掛かる棟へと近付いてく。


高価なものであれば陛下に渡せばいいし、何も価値のなさそうなものなら自室へ戻って自分で処理すればいいだけ。そう考えながらさくさくとした草を踏み締めてきらきらの何かに近付いていけば、次第に全容が見えてきた。


「……どうぶつ?」


塔のすぐ傍。きらきら輝いていたのは白銀の毛並み。辛そうに閉じられた瞳の色は分からずとも、荒い呼吸と腹に滲む赤黒い色が、それが瀕死であるということを理解させる。


「んん、連れて帰ってもいいものか」


その子の傍に屈み込み、ちょっとだけ思考する。


生前は特に動物が大好きという訳ではなかったが、知り合いの家に動物がいれば戯れるタイプではあったので、多分好きな方ではある。


個人的には死に掛けている子を放置して死なせるのもなんとなく気分が悪いので連れて帰りたい所ではあるが、野生の獣を城に連れていいのかという疑問が浮かぶから悩む所だ。


「そのときは、なんとか馬小屋とかで」


しかし、それよりもこの珍しい毛並みを連れて帰りたいという欲が勝り、私は銀色の動物に手を伸ばす。


とそのとき、閉じられていたはずの眼がいきなり開いて、私の手が一瞬止まった。


「……手当てをしたいんだけど、触ってもいいかな?」


明らかに警戒している様子の動物へ、なるべく優しく慈悲溢れる感じで問い掛ける。言葉を理解するとは思っていないが、それでもノーモーションで触れられるよりは良いだろうと思って吐いたその言葉に、思わぬ返答が返ってきた。


「貴様、随分らしくないがするな」


じっとりとこちらを見つめて来るその眼は鮮血のように紅い。動いていないはずの口元から確かに聞こえて来たそんな言葉に目をぱちくりさせる自分の間抜けな姿が映っている様は、中々滑稽である。


「喋った」


ふわふわの毛玉である口元が動いた訳ではないのに、確かに聞こえて来た声の主を凝視すれば、煩わしいと言わんばかりにその眼は逸らされた。


「どうせ人間なんぞに手当て出来るはずがない。放っておけ」


くるりと身体を丸めて、ただ死を待つだけのきらきらした毛玉。よくよく観察すれば一番酷い腹以外にも細かい傷があちらこちらに見える。


「普通の動物じゃないの?」

「……我らは銀狼族だ。最も女神の寵愛を受ける種族であり、貴様ら人間が狩りつくした種であろう?」


毛玉の反対側に回り込んで可愛らしい顔を覗いて問えば、鬱陶しいと一度開かれた眼に引く気のない私を見て、重々しく言葉を重ねる。


「幻狼の種が、まだ残っていたの?」


普通に魔法が存在するらしいこの世界で、話す獣もいるだろうと思っていれば、数世紀前に滅んだと言われる幻の狼という線は全く想像していなかった私はシンプルに驚く。


「そうか。貴様は、我らを知っているのか」


そんな私を見て、少し満足そうな口調で銀狼は呟いた。


「物珍しい白狼として追われることも少なくなかったこの身を知っていたのは、こんな幼子か」


誇り高いと言われる狼の頂点に立つ銀狼を知っていることが功を奏したのか、少しだけ警戒を解いたらしい銀狼と漸く目が合う。


「人間らしくない、我らに近しい香りを纏う者よ。其方が最後に見届けてくれるのであれば、後悔もあるまい」


ふ、と、分かりもしないのに何故か銀狼が笑ったような気がして慌てて手を伸ばせば、その身体が段々と透けていることに気付く。


「ま、ま、まって!」


重たく閉じられたその眼がもう諦め切っていたこと。ああ、もう死を覚悟しているのだと察した私は重さを感じない銀狼を抱き締めて、早急にその場を後にした。


「サラ?どうしたの……」

「お母様!ごめんなさい!」


途中、行きで通った回廊でばったりと遭遇したお母様に淑女らしからず全力疾走していることを謝って、その先を通り過ぎる。



「妖精さん!!」


何処にそんな体力があったんだろうと思うくらいに中庭まで駆け抜けた私は、前回不思議な場面に遭遇した中庭のベンチにやって来た。


「助けて!」


女神の寵愛を最も受ける種族とだけあって、銀狼の区別は妖精に近い。故に、一般的な処置ではその傷を塞ぐことさえ出来ないと、過去の文献で読んだ。


彼らを癒す唯一の手段は、魔力で出来た同族の妖精に治してもらうか、女神の寵愛を受けた人間だけだと。



『んん?なになにー?』

『あら、この間の子』

『どうしたのー?』


やっぱりダメか、と諦めた頃に、景色がぐるりと変わる。相変わらず不思議な風景だとも感嘆する前に、ぐったりしてもう消えかかっている銀狼を妖精さんたちに差し出す。


『わ、珍しい。純粋な銀狼だ』

『血が薄まって、もうわたしたちが見えないんだね』

『治してあげなきゃー』


私の手を離れ、ふわふわと妖精さんたちの方へ浮かんでいった銀狼。くるくるその子を囲んで、わんやわんやと何かを騒ぎ出した妖精さんたちをただ眺めることしか出来ない私は、大人しくその様を見届ける。


『あれ、でもこの子……』

『君の治療を受けてるみたいだね』

『おっかしー』


三色の淡い光に包まれる銀狼を見つめていた妖精さんたちのその視線が唐突に自分に向く。


『あー、この間こっちに来ちゃったから、わたしたちの力が移っちゃたんだね』

『元々女神さまの寵愛を持ってるみたいだから、移動しやすいんだね』

『たいへーん』

「……あの?」


当人置き去りで、何かしたの事態が完結してしまったらしい妖精さんたちを見上げながら首を傾げる。


『銀狼はこれで大丈夫。あとは寝かせてあげれば、元気になるよ』

『でも、君は気を付けて』

『そうだねー』


この間から会って以降、なんとなくキャラ分けされている三色の妖精さんたちがそれぞれ話始める。


恐らくしっかり者のお姉さん系である緑色の精霊さんが私の手元に銀狼を戻してくれてもう透けない身体に安堵していれば、何かを忠告してくれた青色の精霊さんと、それに頷いた赤色の自由奔放な香りのする精霊さんが頷いた。


『君、短期間の間にこちら側に来たでしょう?一度や二度紛れ込むくらいなら問題ないんだけど、君みたいに特にわたしたちに近い人間は来てしまい過ぎるともう戻れなくなってしまうわ』

『そうそうー』


ふよふよと私を窺うように周りを漂う妖精さんの不気味な言葉を、私は聞き返す。


『だって……』

「サラ」


親切に、説明してくれようとしたその声は、聞き慣れた声に阻まれた。


「イル」

「珍しく走ってたから追い掛けたんだけど、誰かと話してた?」


整った植栽から現れたのは、もう定期的に会うことになっているお友達、イルだった。


彼が現れたことによって、当然妖精さんたちはいなくなってしまって、景色も見慣れた普通に戻る。


もう来るなと忠告を受けた以上、好奇心だけで生死を別けるようなギャンブルはしたくない。だから、きっと真相は知ることなくこのまま過ぎるのだろうと判断した私は、イルに向き直った。


「ううん、なんでもないの」

「そう?あ、その腕に抱えている子は?」


そして、いつものように何もないと言えば、イルは慣れたように話を逸らした。そして、当然気になるであろう存在の銀狼に話題が移る。


「拾った」

「拾った?」


全然嘘は言っていない私は堂々と頷く。その様子に呆けるイルに適当に話を辻褄良く合わせて説明し、銀狼は私のペットになった。



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