薄幸転生侍女の(非)日常
「……いえ、やはり気のせいだったのでしょうか?」
皆とのかくれんぼを終え、お姉様がお勉強の時間を迎えた為、解散となった午後。
再び中庭へと一人やってきた私は、きょろきょろと辺りを見回しながら歩いていた。
「何も聞こえませんし、特に景色が変わっている訳でもないですし」
見慣れた、お母様と良く歩いたその道に、何か不思議な感情を覚える訳でもない。午前のような不思議な時間はまるで白昼夢であったと言わんばかりに何一つとして変わらない風景に、私は溜め息を吐いた。
「サラ?」
諦めて帰ろうか。そう思いくるりと踵を返せば、私の背丈程もある植木によって見えなかったイルの姿が見えて、ばったりと鉢合わせた。
「どうしたの?」
共も付けず、一人で出歩いているイルには言われたくないセリフではあるが、それは私も似た状況故に深く突っ込むことはせず、ただ誤魔化すためだけに首を振る。
「さっきから、何かを探しているみたいだけど」
「ううん、なんでもないの」
しかし流石に辺りを見回しながら、何かを探すように歩いている姿が何でもない訳ないだろう、と言いたげなイルの視線。一体何処から見られていたのだろうかと思いつつも、私は答えない。
妖精の悪戯に遇った、など、王族の血筋でもない人間が話そうものなら、どんな風に取られるかわからないから。
「そう」
それに、イルは拒絶すれば、それ以上踏み込んで来ることはないから。
「そんなイルこそ、何をしているの?」
「屋敷に戻ろうと思ったんだけど、サラの姿が見えたから追い掛けてた」
けろりと、少しも悪びれることなく発せられたストーカー発言。自分の笑顔が引き攣るのを感じながら、再び溜め息を一つ。
「声を掛けてくれればいいのに」
「それはごめん、最初に掛けるきっかけを失ってつい」
どうやら悪気はないらしく、俯きながらそう言われれば私も何も言えはしない。
「……見つかったから、イルの負けだよね?」
バツの悪そうなイルの手を取り、私は問い掛ける。
「……そう、だね?」
向けられたその赤い眼差しに、にこりと笑う自分がいる。そんな自分は、こう言った。
「かくれんぼの続きをしよう?」
勿論、イルが鬼で。と言うが早いか駆け出すのが早いか、彼の答えを聞くことなく私は綺麗に手入れされてアーチを描く植栽の下を駆けた。
「あ、サラ!?サラ!!」
遠くでそんなイルの声が聞こえた気がするけれど、うやむやにするのは少々強引な手を使った方が良いって誰かが言ってた気がする。だから私は、仕方なく数字を数え始めたイルの声を聞きながら、かくれんぼに興じた。
まあ、予想していなかった訳ではない。
「サラー?」
とことこと歩きつつ、私よりは幾分も背の高いその後ろ姿を追い掛けながら、どうもありえないこの現象に頭を抱える。
「本当にいない……僕の負けでいいから出てきてよサラ」
かれこれ数十分程、イルはこの中庭を探し続け、私は数分前からその背中を追い続けている。
おかしいと感じたのは、目が合ったにも関わらず彼が私をスルーしたとき。
うっかり木の枝から顔を覗かせ、様子を偵察しようと思った所、下を歩いていたイルと視線がかち合った。見つかったと思って木から下りても彼は私に気が付いた素振りすらなく、私の横を抜けて行ったのだ。
「え、イル?」
咄嗟に伸びたその手が彼に触れても、何の反応もない。呼び掛けても、目の前を塞いでも、一切認知されない。
「サラー?」
「うん、後ろにいるよー」
と、こんな風に答えても、全く気付かれない。
そろそろ痺れを切らして帰ってしまうのではと危機感を抱く程に、私が見えないらしい。
「うーん……急用か何かで戻ったのかな?」
「ううん、ここにいるよ」
しかし、この認知されない状態でずっと探され続けているのも申し訳ない。それならいっそ、私がお城に戻った体でイルには帰ってもらった方が良いのかもしれない。
「仕方ないなあ。サラ、僕はそろそろ戻らなきゃいけないから、帰るよー?」
「おっけー」
誰にも聞かれていないので、すごく適当に答える。その言葉通りイルは何ヶ所かでそう言ってくれて、私は一人、中庭に残ることになった。
「さて、と……」
こうなった原因は、どう考えても悪戯が原因であろう。イルがいなくなった今、特に何も心配することがないので、私は虚空に話し掛けるという奇行を行うことにする。
「ええと、妖精さん?」
ベンチがある所まで移動して、疲れた足を休めるために腰掛ける。そして何の気もないようなフリをして、奇行を始める。
「その……いたら、お返事が欲しいのですけれど」
傍目から見ればとんだお花畑であるに違いない。ベンチに座って、空を見上げながら独り言を呟く。私がそれを見かけたら、間違いなく近付きたいとは思わない。
「その、お友達もいなくなって、私一人なので?姿を、見せて欲しいです」
誘い文句は充分に告げたつもりである。これに反応がないのであれば、私はどうすることも出来ない。自分が今他人から認知されているのか、いないのかを知らないまま過ごしていくしかない。
と、考えつつも何の変化もないから諦め掛けていた頃。
『本当にわたし達の声が聞こえるのかしら?』
ふわふわと、弾けるような、木霊するような声が、辺りに散った。
「はい、今は」
四方八方から聞こえたその声に頷き、彼らの言葉を待つ。
『本当に聞こえてるみたい?』
『わたし達が見えないのは当然だけど、わたし達のエリアに入って来れるのだから、それくらいは出来るのかも?』
『変な子だわ』
シャボン玉のように、浮かんで消える。そんな言葉を交わす彼らの声は、酷く聞き取りにくい。それでも、一応は聞き取れる。
『わたし達の世界に紛れ込んだだけみたい?』
『悪さはしなさそうよ?』
『じゃあ、ちょっとだけならいっか?』
ぱちん、と。それは、本当にシャボン玉が弾けたような音がして、瞬きの間に、世界は変わっていた。
『これで見えるかしら?』
『多分、だって驚いているもの』
世界の景色が変わるとは、こういうことを言うのだろうか。
今まで自分が見ていた世界全てに知らない色が混じっていて、それは淡く発光してふよふよ動く。そしてその輝きを強くした存在が、目の前に三色、あった。
『この間は、ごめんなさいね?』
『少し悪戯の時間が長くて、貴女がこっちに迷い込むきっかけを作ってしまったみたい』
『でも、わたし達に会えたから、いいよね?』
赤、緑、青。三原色の光がそれぞれ喋り出して、私は大丈夫、と答えるので精一杯だった。
『あ、時間だ』
『これ以上は怒られちゃうね?』
『戻ろー』
なんだか好き放題話して、当事者である私は一切関与出来ないままその三色は散っていった。
『あ、こっちに迷い込んだ肉体はちゃんと戻しておいたからねー』
「あ、りがとうございます!」
そういえば見えなくなっていたのだった。呆気に取られすぎてつい本来の目的を忘れていた。
「……普通の、景色だ」
ぱちぱちと数回瞬きをしても、先程見た景色は見れない。草は緑で、不思議な光は帯びていない。土だって普通のさらさらとした茶色の土。見上げた空も、真っ暗で。
「……あれ、夜になってる」
確か、イルと別れたのは夕方前。それが、気が付いたら普通に夜になっている。
「も、戻らないと」
流石にこの時間まで部屋に戻っていないのはお姉様達に心配を掛けてしまう。
「あ、サラ!!何処に行ってたの!?」
急ぎ足で自室に戻れば、そこにはお姉様、お母様、陛下、イルがいた。
「その……イルとかくれんぼをしている最中に、眠ってしまったようで」
イルの用事後、私が無事に部屋に戻ったのかをわざわざ確認してくれた際、未だ私が戻っていないことが発覚し、これから探す予定だったそう。
「もう、何処かに行ってしまったのかと」
「申し訳ありません」
ぷう、と頬を膨らませるお姉様に謝り、お母様と陛下、イルにも謝罪の言葉を告げる。
「何事もなくて良かった」
「ええ、本当に」
そんな温かい言葉を掛けられて、その場は解散した。
そして諸々の支度の後、日々の日課である日記に今日の出来事を大筋書いて、私は身体を休めたのだった。