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薄幸転生侍女は陛下に仕えたい  作者: 高槻いつ


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薄幸転生侍女の旅路13

『……悪い子ね、もう』


穢れのない純白の髪。混じり気のない深紅の眼差し。端正に整う顔立ちに浮かぶのは、些細な悪戯をした子供を叱るときのような慈愛と叱責。


『だめよ。まだ貴女にはこの力は強すぎるの』

『どうして?こんなにも、苦しそうなのに』


光の差さない地下の牢獄。


およそ一年程前。まだ陛下がナウェルを侵略する前。乳母と慕う母が、生きていた頃。


『貴女はこの子達を輪廻に還す術を持たない。裏切られてしまったけれど、それでもまだ人を祝福したいという気持ちで精霊の形を持つこの子達は貴女に力を貸してくれるわ。だけれどその代償に、この子達は自分を裏切った人々から様々な代償得て形を成すの。だから……』

『じゃあ、どうしたら還してあげられるの?』


母の言葉を受けても、こんなにも苦しそうな子達を見なかったことには出来なかった。


生を喘ぐように呪う彼等が、まだ信じたいと手を貸してくれる彼等が、自我を保つための力が欲しいと傍に寄ってくることを拒絶するなんて


『……導きが、必要なの』

『導き?』

『大樹への導き。遥か昔、世界を創った神様が生み出した最後の救い。それを知る大精霊が迷い子を導けるよう、道を作れる子が必要なのよ』

『私じゃだめなの?』


ふわふわと空を彷徨う真っ黒い子達を見上げ、母は首を振った。


『貴女にも資格はあった。だけれど、この子達と長くいたせいか……導きというより、共生を選べるように変容してる』

『?』

『通常、普通の人間は闇の精霊を認識出来ないの。それは光の精霊達に囲まれて影が見えないって話なんだけれど、貴女は影の中で過ごしてるから光も見えるし影も認識出来る。両方の精霊を認知出来るし、この子達に分け与えても問題ないくらいの容量も持ち合わせてる。だから、今まで無意識に与えていた力も相俟って、この子達と貴女は契約を結んでいるような状態なのよ』

『む……』


難しい。


そう首を傾げれば、母はくすりと笑みを零して頭を撫でてくれる。


『覚えていて。力をくれる貴女に精霊は懐いている。望めば、この子達は力を貸してくれる。だけれどそれは極一般的に精霊達に力を借りるとは訳が違うの。とても強力な力を得られる分、失うものも大きいと』


聞き分けの悪い子供をあやすような母の声に甘え、腰に抱き着く私。


わかったよ、なんて返事をしたけれど、私は何もわかっていなかった。


『ほう、まさか……身内から闇の精霊が見える者が現れるなんてな。僥倖僥倖』


それはある日の、唐突な一日。


見覚えのない黒い髪と下卑た人相を携えたその男は、この地下には似つかわしくない豪奢な装いで現れた。


『最近、何やら精霊共が妙に騒がしい。少々痛め付けてやったら何、何処かの適当に孕ませた女の子供が遊んでくれるだと言うじゃないか』


軋む牢の門から立ち入ってくる男を遮ろうとした母が、男の騎士に薙ぎ倒される。


『よし、連れて行け』


転倒した際に強く頭を打ち付け出血しているというのに、母は私を守るために必死に騎士へ抵抗する。


『陛下』

『ああ』


全てを拒絶するみたいに、それはやけにゆっくりだった。


鈍い銀が細い身体を貫く。


薄汚れた床に散らばる真っ白。


じんわりと侵食する、あか。


『……』


おかあさん、と、初めて口にした言葉は音にならなかった気がした。


地に倒れ込む母に駆け寄り、抱き上げ、辛うじて息をする命にただ呆然と縋り付く。


『ああ……どうせだから、看取らせてやれ。拠り所がなくなったと知らせた方が、良く働くだろう』

『はっ』


息が浅い。耳鳴りが痛い。


視界の端に揺蕩う精霊達が、叫ぶ。


叫んでいるのだ。


殺せ。殺してしまえ。自分達が、力を貸すと。


『だめ、だめよ』


全てを壊してしまいたいという欲求には非常に甘美な誘惑を、母は止める。


口から血を吐きながら私の首を抱き抱え、大丈夫といつもと変わらない声で囁く。


『美しいものだな。こういうのがあるから親子っていうのは劇に使いたくなるんだ』

『さようでございますね』


何かをほざく人間共。


オマエラはいつもそうなんだ、何故なんだと、知らない感情が流れ込んでくる。


母の願いを、私は聞いてあげたかった。


闇の精霊達……堕ちてしまった精霊達と契約を結ぶことなく、生きて欲しいという願いを。


だけど精霊達の願いと手招きを、私は振り払えない。


『……だめ、よ』


私が何をするのか検討ついた母は止める。


細い息で、しかし確かな意志で。


『だめ』

『ごめんなさい、お母さん』


母の手を柔く解き、初めて意思を持って闇の精霊達から力を借りる。


『は……っ?』


私達を害した騎士へ手を翳す。消えろ、と念じれば、精霊達は私の願いに応じて()()()()()()


身体の内側の()()がなくなっていくのを感じる。


『アーティーファクトなしに、操れるだと……?』


それでも、もうどうでもよかった。


先程まで真横に存在していた男が一人消えたことにより唖然とこちらを見てくるこの男も、消してしまおう。


こいつが全ての元凶だ。


ナウェルなどという腐った歴史で繁栄した国など、今日で消してしまおう。


長く苦しめられてきた精霊達と私の憎悪が呼応して、闇が蠢く。


『静まれ』


母を抱えたまま、精霊達に促されるまま、全てを壊してしまおうとしたとき。


一筋の光も差さなかったこの牢獄が柔らかい……まるで太陽のような陽に満ちた。


『……おかあさん?』


母の身体は確かに、この腕の中にある。


けれど母に良く似た女性が半透明で何故か、宙に光となって浮いている。


『は、はっ……大精霊だと?何故……』


ナウェルの国王は、宙に浮かぶ女性をそう称した。


その声に煩わしそうに目線をずらした彼女はひらりと手を翳し、瞬きの間に男を消してしまう。


『……セリカの願いを、無視してくれるな』


人間を一人、ゴミを払うかのように消し去ったその手で。


ふわりと私の頬に触れる大精霊。


『行き場のない彼等を支えてくれたことには感謝する。だがまだ、早い』


母の顔で、母の声で、けれども知らない温度感で大精霊は続ける。


『故、忘れるが良い。いまひととき、そなたが……』


眠りに、つくまで。


そうして暖かな光は私の記憶の一部に覆い被さり忘却されていたが、ナウェルに近付くに連れて霧が明けるように思い起こされていくのはきっと、あの子が泣いているから。


『セリカが最後、望んだように……もう二度と、思い出さないことを願う』


弱々しい光は霞むように消え、そこには虚ろに佇む誰かがいる。


思い出せないのだ、何も。けれど何かとても大切なものが、なくなってしまったような。


ふらふらふらと、看守もいない牢をひたひた進む。


鉄格子。暗い。松明の火、片手に。


地下牢はあっさりと抜けられた。


何も訳もわからないまま、土を盛り、墓標に見立てた石を置き、真白の花弁を供える。


『……おいっ、いたぞ!!』


いつまでも枯れないように、精霊達にお願いして。


曇天が泣き出し、大雨に紛れても。


『このっ……気色悪い!!』


真白の花弁が、鮮血に染まっても。


『おい、こいつ……』


底知れぬ憎悪に、埋もれてしまわないように。


『こんなに、人形みたいだったか?』


私の中でずっと、どうか、眠っていて欲しいのだ。


もう一つの人格。本来の、この身体の持ち主である女の子。


何かの間違いか、一つの身体に二つの魂を持って生まれたらしいこの身体は、乳母の死という出来事によって表面上の人格がすり替わった。


というよりは、元より曖昧だったものが完全に分かたれたと表現するのが正しいのだろうか。


前世のことを忘れたまま、だけれど確かに存在していた私と、この身体の持ち主であるこの子。


ずっと乳母と共に生きていたあの子は大精霊の願いによって深く眠りにつき、あの子の要素を取り除かれた()という人格が主となった。


それでも個としては同じであるが故に私もまた大精霊の願いにより記憶を一部齧られた状態となり、中途半端に覚えているという状態に陥っていた。


それが今、続く感情の起伏によって願いが解けかけ、完全に醒めた私とそれに引き摺られるようにしてあの子が、目を覚ましかけている。


この世界できっと唯一闇の精霊が視えてその力を使うことが出来る、あの子が。


『……主、じゃ、ないな』

『そっか。ソルはわかるんだよね、魂が見えるから』

『お主が本来の……』


まるで透明の壁で隔たれているかのように一歩引いて物事を俯瞰している私と、眠りから目覚めかけているあの子。


やはり身体の主導権はあの子にあるようで、私の意思通りには一切動かない身体を使って、彼女は外野の声に耳を傾けてはすっと胸を押さえた。


『……お姉ちゃん、いつもいつもいつもすごく苦しそうだった。私の代わりに全てを受け止めて、我慢して……』

『……覚えているのか?』

『ぼんやりとね。夢現に揺蕩っているような、微睡みの中だよ。えへ、お姉ちゃんの思考に引っ張られるからなんだか言葉が難しくなっちゃうな』


拙い、けれど流暢な、相反する声音。


『私が起きると、この子達が見えるのかな?それなら私が起きてるときにこの子達に()()()したら、私から代償をもらっていくのかな?』

『それ、は……』


無邪気に跳ねる疑問にソルの言葉に詰まる。


『お母さんの願い、お姉ちゃんの思い……全部無駄にしちゃうけれど、ちょっとくらいならいいよね?』

『……』


だめだよって、私は内側から止める。


けれどあちらからはこちらを認識出来ないようで、彼女はすいっと指を動かし、小さく()()()した。


『……わかったよ、これはやめる』


でもソルが、ふわふわの肉球でその手を覆う。


『でも、おまじないかけるくらいはいいでしょ?』


うっすら常に精霊達から嫌われてしまえ。


なんて、残酷なおまじないを残すようみんなにお願いして、目を瞑るあの子。


『大丈夫だよ、お姉ちゃん。みんな……』

「主!」


一つ、瞬きをすれば、世界はクリアに戻る。


「サラセリーカ様!」


アーノルド卿が、荷台に駆け込んで来る。


「……」


目眩と吐き気、頭痛と共に訪れる絶え間ない不快感。


「主、すまない」


痛みと衝撃。


「ソル……!?」


そうして強制的に与えられた暗闇に安堵する程には辛かったので、アーノルド卿はどうか安心して欲しい。


いつも心配かけてごめんなさい。


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