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薄幸転生侍女は陛下に仕えたい  作者: 高槻いつ


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薄幸転生侍女と旅路10

私を殴り飛ばした人が駆け寄って来た卿の背後にいた赤髪の男性に殴り飛ばされて退室していった後、手早く届けられた治療の道具で手当てされること暫し。


「申し訳ありませんでした」

『全くだ!!主を守れない騎士とは何事なんだ!?』


先程から何度聞いたかわからない謝罪の言葉。それでも怒りが収まらないらしいソルと、それに釣られてただただ謝罪を口にし続ける卿の構図が出来上がっていた。


『この役立たずが!!』

「申し訳ありません」


未だに布に滲む血と腫れ始めてきた頬に当てられる氷嚢と激昂するソルと見ているこちらが申し訳なくなる程に自責する卿。


『大体もごもごっ』


とりあえずずっとご立腹なソルのマズルを抱え込むようにして黙らせいいこいいこと嗜める。


今はアーノルド卿に怒りを向けているが、それは自身にも向けられていると理解している以上はもう怒らせたくない。


ソルは庇ってくれようとした、私が止めただけで。でも自分が守れなかったという事実を許せないソルは、卿に吠えることで自身も責めているのだ。


ソルは悪くない、だから卿も悪くないと撫で続ければ漸く膝の上で静かになった毛玉。


「……」


そして無論、私のそんな主張は彼にも伝わっている。自責しながら布と氷嚢を当て続けてくれている卿の方が苦しそうだなあなんて思いながら、空いた手でその黒髪に触れてみた。


「大丈夫ですよ、こんなことは慣れっこです」


最近は久しくご無沙汰だったが、本来は罵倒も暴力にも慣れている。決して痛みが無い訳ではないのだけどまあ、あの地下牢生活に比べたらこんなもの可愛いものである。


そう気休めの言葉を吐いたつもりだったのだけれど、それが逆効果だと思い出したのはぐっと何かを我慢するように顔を顰めた彼を見たから。


「大丈夫ですよ」


どうしてか泣き出しそうな子供に見えてしまうアーノルド卿の頭を抱き寄せ、本当に大丈夫だからと告げる。卿にそんな顔をさせる方がよっぽど心に来るとも。


「……ああ、なるほど」


相当参っているのか私を抱き締め返した卿が呟いた何か。何に納得したのだろうかと疑問に思ったとき、身体が離れて行った。


「良く、似ている」

「へ?」


見慣れた微笑みを浮かべ、じっとこちらを見てまた不可解なことを零す。


誰が何に似ているのか疑問に思う私をよそに一人納得しているらしい卿はもう一度頷いたが、決して話してはくれなかったので諦めてソルをもふもふし続けた。


そうして幾ばくか過ぎ、不意のノック音に振り向く。


「どうぞ」


出るか否かと視線で問われた私が首肯したことでその人物は部屋に入ってくる。


「この度は愚息が尊い御身を傷付けたこと、始めにこのラッセが謝罪致します。この件につきましては正式に皇帝陛下へ上奏させていただきます。どのような罰でも受け入れさせていただきます。誠に申し訳ございませんでした」


深々、というよりはもう地面に埋まってしまうのではないかと思う程に赤髪を垂れるその人。


「はい、ラッセ伯爵です」


状況は察せるが一応、と確認したところこの平身低頭している方は件の男性の父で伯爵領を治めるラッセ伯爵であった。


「とりあえず頭を上げていただけませんか?」

「いえそのようなことは。これでも足りない程でございます」


一向に頭を上げようとしない伯爵に非常に困る。確かに殴られたことは想定外ではあったが、別に私自身はさして気にしていないのだから。


しかしそうは行かないのがこの皇女という立場であることも、わかってはいる。


「……もういいです」


話し合いが出来ないのならここにいてもらっても仕方がない、だから退室して欲しいとの意味を込めて小さく零した。


「ラッセ伯爵、サラセリーカ様は疲れていらっしゃいますので今日のところは」

「は。申し訳ございません」


それを正確に汲み取ってくれた卿に促され、伯爵は一度もこちらを見ることなく扉の外へ消えた。


「寝ます」

「お傍におります」


この屋敷に足を踏み入れたとき、私はここで過ごしたアーノルド卿の昔話を聞けるだろうかなんて考えていた。


それが完全に不可能だと悟りふて寝を決め込むことにし、見守るという彼に好きにしてくれと一瞥してソルを抱え込んでベッドに横になる。


『ふん』


キンとした耳鳴りと近いソルの存在。ああ、前のように結界を張ってくれたのかと理解する。


卿がいるのだしこれだけ騒ぎを起こしたのだからもうこれ以上何もないと思うのだけど、それでソルが安心するのなら良いかともふもふの耳を弄った。


額の血は止まっている、腫れた頬も暫く冷やしていたお陰でまあマシにはなっている。卿はまだ足りないと言いたげな顔をして氷嚢を持っていたが、私の睡眠を優先してくれた。


しかし眠れなくてごろごろベッドを転がりながらときたま擦れて痛い傷口、じくじくとしたこの痛みと悪意に満ちた目を向けられたのはあの講師の躾以来だと思い出してみれば、相当昔のように思える。


そして、段々と自覚し始める。


慣れていたはずだった。


痛みにも、悪意にも。


けれど過ごしてきた環境がとてもあたたかいものだったから少し、忘れてしまっていた。


『主?』


何が慣れているから大丈夫、なのだろう。


卿に吐いた言葉は嘘だって気が付いたのは、ソルが私の目元を拭ったから。


「主、アイツ殺すか?」


慰めの言葉にしては随分物騒な、でも頷いたら遂行してくれそうな赤い眼を見つめて首を振る。


どうでもいいと思わなければそう、感情が荒れ狂いそうな気がしたから。


乱れた心と暴れた感情に何処か既視感を覚えたのはきっと、気のせいではないから。


「……主。本当にナウェルに行くのか?」


また引っ掛かりを覚える思考に意識を割こうとしたとき、ソルが心配そうな眼で私を見上げる。


「その墓参りとやらは、行かなければならないのか?」


返答なんてわかっているだろうけど、それでも尚案じてくれる言葉。


気遣いは嬉しい、私よりも私のことを知っているソルの心が。多分、全てを知った上で引き留めてくれるソルの優しさが。


「行かなきゃ」


でもだからこそ、私は行かなければならない。そして、思い出さなければならない。


隔離されていたはずの私が、あの日地下牢を出て地上に彼女のお墓を立てた日のことを。


知らなければ、ならないのだ。


だってそこにはきっと、忘れた罪があるはずだから。


そう強く思えばそれ以上聞いてこないソル。それに乗じて私も口を閉じ、眼を閉じるのだった。


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