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薄幸転生侍女は陛下に仕えたい  作者: 高槻いつ


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薄幸転生侍女の旅路8

「……本当に眼を逸らされないのですね」

「はい、勿論」


水辺で手際良く捌かれていく鳥を卿の傍で眺めていれば戸惑い交じりの感嘆の声が振って来たから、視線はそのままに頷いた。


「私達が普段いただいている命は誰かがこうして奪っているからあるもの。それを理解していない、いや知ろうともしない貴族がとても多い中、それをきちんと理解しているお方が主であること。本当に誇らしいです」


また、底冷えするような鋭い眼差しを一瞬だけ浮かべたアーノルド卿の言葉に小さく無言で答える。


私の外見が子供であるから、というのがあるからこそ過大に受け取られているが前半の部分には大いに同意したい。


「……食べ物だけではありません。私達が着ている服、住まう城、歩く道。当然のようにそこにあるものだって同じなのに、貴族というだけでそれを享受するだけの人間はあまりにも多い」


これは前世の世界でも言えたことではあるが、この血統が命とも言えるような世界ではそれは更に顕著。同じ人間であることに変わらないのに、貴族に生まれたかそうでないかで上下が出来て当然を作ってくれる人へ感謝を抱いていない人達を、城でもたまに見掛ける。


「ただ流れるだけの血が、何だというのでしょうね」


今まで以上に一層鋭い卿の言葉に、緩く振り向く。


「……失礼致しました。貴女様に聞かせて良い言葉ではありませんでした。申し訳ございません」

「いえ。……いずれその話も深く、聞かせていただきますから」


己の失言に即座に気が付き謝罪する卿に首を振り、どの道全て聞かせてもらうつもりだから気にしないでと告げる。私の心がきちんと決まったら、ナウェルで為すべきことを為したら。


「お肉、食べましょう」

「そうですね。用意致します」


じっと見つめ合ったまま暫し、どうやって空気を変えようか悩んだ結果、火を熾して鶏肉を焼くという結論に至った。


真顔で食い意地張った提案をする私と首肯し準備に取り掛かる卿、それを何してんだという眼で見上げているソル。うん、大丈夫いつも通り平和だと納得し寄り道を楽しむ。



「お疲れ様ですサラセリーカ様、まだ何日かは掛かりますが漸く腰を据えて休憩していただくことが出来ます」

「卿こそここまでお疲れさまでした。入ったらとりあえず宿でしょうか?」

「そうですね、予め纏めた日数を取った宿があるのでそちらへ行きましょう。それから……」


バーベキューから一日経ち、一つ目の中継街に着いた私達は街へ入るための列に並びながらこの後の予定を確認し合う。ひとまずは出立の前に使いを送って確保していた宿へと向かい休憩、食事。その後は私の体調次第となった。


「次、どうぞ。……はい、通行証は問題ありません、一応荷台を確認しても?」

「ええ」

「おや珍しい、白狼の子供ですか?」

「ああ、良く間違われるのですがその子は妹の飼い犬です。ほら、懐っこいでしょう?」


そこそこ長い列に並び、立派な門の下で待ち構える門番に通行証を渡した後形式的に荷台を確認される。ソルの毛色的にこう尋ねられるのは想定内なので卿がしらっと答え、荷台にいたソルを抱き抱えて御者台に座る私の腕の中へと収めた。


「本当だ。……もう良いよ、ごめんね」


白狼に間違われたことにさえ腹を立てるソルを犬扱いするなんて怒ったらどうしようという私の不安を違う意味で捉えたのか、幼子をあやすような柔らかい声音で微笑み掛けてくれた門番のひと。


わるいひとではなさそうだと思いつつもこの人見知りする幼女という旨味を存分に揮い、他の人の検問よりもずっと短い時間で街へ入ることが出来た。


勘の鋭そうなひとだなって思ったから、こうして何も聞かれることなく街に入れたのは嬉しい。疚しいことがある訳ではないけれど一応お忍びみたいな外出だから、疑われたり目立つような事態は避けたいのである。


「意外に演技派でいらっしゃるとは知りませんでした」

「からかわないでください。というかそれは卿にだって言えることじゃないですか」

「はは、私は意外ではなく演技派なので」

「……確かに」


気の置けない軽口を叩き合いつつ門から一本伸びる開けた路を進む。卿はこの街に来たことがあるのか迷う素振りもなく馬車を進め大きな広場に出た後、噴水を軸にして十字に導く通路を直進した。


「賑やか。良く、整ってる」


進む最中、すれ違う人々や立ち並ぶ建物を見渡しながら、裏路地まで綺麗に整備された街を眺めて呟いた言葉は石畳に落ちていく。


「……あの、卿。こちらが宿でしょうか?」

「はいサラセリーカ様、こちらが本日一泊する宿にございます」


大通りを抜けて直進、後に二つ目の広場も直進した少し先で卿が馬車を止めたから、視線の先を追った。そして首を傾げた。


「宿、とは?」

「旅人が身を休めるところ、自宅ではないところで身を休める場所でしょうか」

「なるほど」


立派な門構え、その奥に鎮座する邸宅。この街で一番旅人の宿に相応しくないであろう屋敷の前でアーノルド卿は何事もないかのように微笑んだ。


「とはいえ入るのはこちらからではなく右手奥の厩舎近くにある通用口からになります」


ならば何故正面玄関で馬車を止めたのだろうと一瞬考えたが、実はこういったからかいのようなものがお好きらしい卿の悪戯的なものだと察した。


「最後の街では前回のこともありますし以前の宿で休む許可が下りたのですが、その他の場所では領主に世話になれと陛下からのご命令がございまして。故に本日はこちら、ラッセ伯爵の邸宅が宿となります」


お忍びとは。商人の兄妹設定とは。幌馬車の意味とは。


そんな疑問が浮かびつつも今ここでそれに異を唱えたところで何にもならない。そもそもこれが陛下のご指示だと言うのなら、反論などない。


そしてそれをわかっている卿は小さく笑って通用口を目指し始め、暫くして停車。


「え、卿?」


二つ並ぶお屋敷の通用口、恐らく人間用と馬車用で別れているその入口で戸を叩き人を呼ぶと思っていた私の想像と異なる動きを取った卿。


「い、いいんですか?」


一切の躊躇いなく背の低い方の戸へ伸ばされた手、抵抗なく開き厩舎が迎えるその先。


一応の地位を賜っているとはいえ今はただのお忍びの身、しかも人様もお屋敷に勝手に入るなんてそんな、と言いたげだったであろう私を見て笑う卿。


「我が家へようこそ、サラセリーカ様」

「……え?」


これまでの流れを何一つ理解していない私を見上げる彼は、悪戯が成功した子供のような表情を浮かべているのであった。

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