薄幸転生侍女の旅路7
『……あれは、精霊だ』
向けられる二つの視線に顔を逸らしながら、ソルは零す。
『男が持っていた得体の知れぬもの。あの中に閉じ込められているのは精霊で、主が近付けば囚われはしないものの何が起こるかわからなかったから引き離した。この辺り一帯を根城にする精霊の力を借りるために川の中に入ってやり過ごした。それだけだ』
淡々と機械のように読み上げられた言葉にアーノルド卿と顔を見合わせ、もう話したくないと語るソルの背を撫でた。
『我より、童の主君である吾奴の方が詳しいだろう。詳細は奴に聞いてくれ』
「うん……わかったよ」
冷たい声音に、忌々しさを感じられる語尾に私達は口を噤む。
精霊さん達が引き寄せられるのはきっと、あの中に閉じ込められている仲間を助けたいから。
ただ傍にいる私でさえみんなの声が聞こえて来る程強くそう感じたのだから、私よりもずっと彼等に近いソルはもっとその声を、想いを受け取っているに違いない。
『……我の最優先は、主だ。主を第一に考える。主を危険に晒してまで同胞に手を差し伸べられない。主は悪くないのだ、全てを守り切れぬ弱い我が悪いのだ』
私がいたから、あの二人組に近付けなかった。そう考えた矢先、それは違うと低く唸り、自責の言葉を吐くソル。
『原初の力が完全に我に宿っていれば、あんな奴等歯牙にも掛けない。主を川に浸すことも、危険に晒すことも、精霊を見捨てることもない。でも我は、我が未熟だから、何も出来ない』
いつもは私を導き窘めるソルが零す弱音。事情を知らない私は、原初の力が何であるのかを知らない私は、その背を撫で続ける。
「ソル。ソルが何も出来ていないなんてこと、ないよ。今は全てを守れるだけの力がないかもしれないけど、さっきは私と周りの精霊さん達を守ってくれたでしょう。ソルがいなかったら私はまた同じ、ことを……」
いつだってこの銀色の毛玉の存在には助かっている。それは先程もそうで、何れ全てを守れるようにお互い努力しようと話したかったはずなのに、知らない言葉が滑り落ちた違和感に言葉が途切れた。
「……また?」
『主』
何かが掴めそうな、何かを忘れているような。
気持ち悪い反芻の中、記憶の片隅で散らばる赤い花を手繰り寄せようとしたところで、ソルに小突かれた。
『すまない、我は大丈夫だ。だから主も気にしないでくれ』
「うん……?」
細やかな頭突きと共に散って行った思考。何を考えていたのだろうと小首を傾げながら、ソルが持ち直してくれたならば良いかと気にしないことにした。
話を終え、魚を刺すために拾ってきた枝から串を削り出す卿の手元、淡々と魚の腸を処理する様子、そして火に焼かれて行く様を見届ける。
「私も動物を捌けるようになりたいです」
「魚、ではなく?」
「はい、動物。鹿とか」
手慣れた様子からふと思い起こったことを口に出せば、目を瞬かせてこちらを振り向いた卿。
「魚は捌けるんです。でも流石に鹿は捌いたことがなくて」
前世で習得したものではあるが、基本的に同じ形をしている生き物であるから恐らく魚は捌ける。しかし狩猟となる鹿や猪なんかは捌いたことないからやってみたい。
そう思って零したことであったけど、それが失敗であったと気が付いたのは不可思議そうに私を見つめる卿の視線を受けてのこと。
地下牢に監禁されていた私、近くに海はなく川が流れることもないあの土地でどうやって身に付けたのかと問い掛けたそうな眼差し。
「サラセリーカ様がもっと大きくなられて、陛下から許可が下りた暁にはお教えいたしましょう」
「はい……お願いします」
回答に迷う私、それで察した卿が直接尋ねてくることはなく、上手い具合に話を逸らしつつ何れの約束を交わしてくれた。
「どうぞ、サラセリーカ様。お熱いので気を付けてくださいね」
「ありがとうございます」
ほかほかと白い煙の立ち昇る焼き魚を受け取り、塩を軽く振っただけのそれを齧る。
人が立ち入ることのない川であるからか、汚染されていない水で生きる魚の身は臭くなくて食べやすい。何より塩という調味料が素晴らしい。
「アーノルド卿?どうされました?」
串刺しにされた魚を食し、食べられない分はソルに食べてもらった後、はっと私を見やった卿。
「王女殿下とあろう方になんというものを食べさせているのかと」
「ああ」
確かに何の違和感もなく串刺しにされた魚を受け取って食べた私が言えたことではないが、そういえば卿の言う通り食糧が尽きたとかいう緊急事態でもないのにこの食事は良くなかったかもしれない。
「ですが私、今は王女ではありませんので」
しかし、その言葉の通り今は王女ではない。ただのサラセリーカとアーノルドなのだ。
ならば道中何を食べたって問題ないだろうと笑えば、肯定と否定の間で揺れる面白い卿の顔が見れる。
「申し訳ありません、癖で。川辺に行ったら炊事という性分が抜け切っていなかったようです」
結果、謝罪の言葉を吐いた卿に楽しかったから何も問題ないと返すが、それでも真面目なアーノルド卿はこの行動が引っ掛かってしまうようで簡単には納得してくれない。
「卿、お肉はないのですか?」
「燻製であれば幾らかは荷台に積んでいますが、生肉は流石にありませんね」
「この辺りで何か狩れます?」
初めの質問では流石に意図を図れない卿も、二つ目の問いで私が何をしたいのか思い当たったらしく辺りを見渡す。
「少し離れた場所ならば小動物くらいはいるかもしれませんが。ご所望ですか?」
「はい、いっそバーベキューをしましょう」
「バーベキュー?……ひとまず肉が必要なんですね?」
「はい!」
手っ取り早く卿の自己嫌悪を薄める方法、それは即この状況下で更に私の望みを足すことである。
即ち、バーベキューである。
「……先程のこともありますから、サラセリーカ様をここに置いていく訳には行きません。同行していただくことになりますが、よろしいですか?」
「はい、是非」
突然訪れた危機を繰り返さないため、アーノルド卿の狩りに同行することとなった私は火の処理を手伝って濡れた服を荷台へ運び、みんなで森の中を散策して遊ぶのであった。




