薄幸転生侍女の旅路3
時間は緩やかに流れる。
昨夜の、気鬱な感情のままでも朝は平等に訪れて、寝不足の頭とソルを抱える私はぼうっと朝陽が昇るのを待っていた。
『主、休まないとまた倒れるぞ』
「それ、良いかもしれない」
『主……』
心配してくれるソルに半ばやけくそに言い放ってしまったことにまた自己嫌悪を抱けば、気にするなと鼻面で突つかれる。
それが更にこの感情を増幅させるのだがやってしまったものは仕方がないと強引に割り切り、ほわほわと傍を漂う妖精さん達にも首を振った。
『なあ、主。いっそのこと全てをあやつに話してはどうだ?』
「……前のことも?」
『その方が主にとって良いのではないか?一人でも主のことを知る人間が増えた方が何かあったときにも相談出来るし何より、王女として変わるということへの区切りも付けられるだろう?』
暫しソファの上、時間が過ぎるのを待っていた私に、ふとソルがそんなことを提案してくれた。
「……うん」
これからのことを案じるのであれば、確かにここを潮時としてもう一つの決意をするのには良いのかもしれないけれど、と答えながらも口籠る。
『主、あやつが来るぞ』
「うん、わかってる」
曖昧な返事だけを残す私へそれ以上言葉を重ねることはなく、その代わり腕から抜け出して地面へ降り立つソルから伝えられることに頷き、思考していたことを頭の隅に追いやって出入口を見やった。
「アーノルド卿、どうぞ」
「……はい、失礼致します」
幌の外で佇む卿のことは、普段よりも感情的になっているせいで妖精さん達との境目が曖昧になっているからソルと同じように察知していたのだ。
「おはようございますサラセリーカ様、朝食の支度が出来ておりますよ」
そんな自分の状態にこれ程までかと失笑しつつ招けば、幌の外とは違いいつもと変わらない表情を取り繕う卿がそう声を掛けながら入ってきて私の前に立つ。
「サラセリーカ様?」
行きましょうと、背を向けて告げる彼をじっと見上げていたらその視線に感付かれて振り返られる。
「いえ、何でも」
「そうですか?」
けれどもそんな卿と視線を合わせることなくそっぽを向いて内心を隠して、何も追求しないその背をまた眺めた。
私が、年相応らしくなく表情を取り繕うこと、本心を隠すことを酷く痛ましいものと見るくせにアーノルド卿は、自分もそれを日常的に行う。
その上手さと言えば私よりずっと上だと言うのだから即ち、彼も同じように生きてきたと言うことだろう。
以前見せた貴族嫌い、陛下の傍に付くことが許されている程だから卿自身もそれなりの家格であるのだろうが、このサウシェツゥラに『カーティス家』は存在しない。
「サラセリーカ様、視線が非常に痛いのですが」
何でもないと言いつつもじいっと背中に付き纏う視線に痺れを切らし、朝食を渡すと共にそうやんわりと苦情を申し立てる卿。
しかし彼が私に気安くなったように私もまた距離感が変わっている故にそれを無視して、一つ尋ねてみる。
「アーノルド卿は、自身が幼いときから陛下の傍にいるのですか?」
不明な出自、それを知るきっかけくらいにはなるだろうかと尋ねられたことに少し間を置き、何処か寂しそうに『はい』と振られる首。
「生まれたときから陛下の御身を守るように教えられ、躾られて育ちました」
そして言葉の淵に影を滲ませながらも、卿は答えてくれた。
「私のことが気になりますか?」
微笑んでいるのに冷たい、珍しい表情を浮かべてそう聞き返されたから、今度は私が頷く。
「ふふ、そうですね……サラセリーカ様がご自身のことをお話してくださる機会があれば、そのときは私から話をしましょう」
騎士としてではなく、一個人同士で。
そう言外に含む卿へ少し複雑な思い抱きつつも首肯する。
自分の腹を割らないのに相手にだけそれを求めるというのはそう、彼の言う通り違う話だ。
教えろと命令するのは簡単だけど、私は昨日アーノルド卿言っていたように王女でなくなった後も付き合いを続けたいのだからそうはしないとわかった上での卿の答えを噛み砕いて呑み込む。
「昨日は、申し訳ありませんでした。貴女の気持ちも考えずに無意味に立ち入り、余計なことを」
「いいえ、卿は悪くないのです」
朝食を終え、気まずい雰囲気も消え掛けた頃、出立の前にもう一度謝罪を受けた私はそれを拒む。
「……もう少し、待ってください」
そして先程からずっと考えていたことを伝えて、口元を緩めた。
ソルが与えてくれた話を遂行するのには良い機会かと思った。
ずっと燻るこの感情、生い立ちを整理するには。何処まで卿に話すのかにしても、誰にも言えずに抱え込んでこれ以上拗らせるよりは、と。
加え、この不思議な存在である『アーノルド・カーティス』という存在について知れると言うのなら。
「はい、サラセリーカ様。貴女様がお話してくださるまで、お待ちしておりますね」
『ふむ』
私の返事に微笑み、静かに一礼をして朝食の片付けをする卿と良く出来ましたと言いたげにこちらを見上げるソル。
『わっ、主何をする、何をする!』
そんな眼が気恥ずかしくめ、強引に抱え込んでわしゃわしゃ乱暴に撫でくり回す。
普段は丁寧なブラッシングと毛並みを揃えるようにしか撫でないからか、その反対は慣れないらしくじとりと睨まれた。
『ブラッシングを要求する』
その後、ボサボサに逆立つ毛をアーノルド卿に笑われたソルは出立してから荷物をがさごそ漁り自分でブラシを見つけてきては私にそれを押し付ける。
『主、力加減が足りんぞ。さっきの方が強いくらいだぞ。もっとだ』
「はいはい」
毛並みが整ったくらいでは許されず、ついでと言わんばかりなブラシでのマッサージ要求に応えていた頃、ソルが片眼で私を見た。
「なあに?」
『……いつか言わねば、と思っていたのだが』
「うん?」
すっかり元通り艶々な身体になったソル。気まずそうに一度こちらを見ては膝から離れ、足元に座った。
『我は、主の過去を知っている』
一瞬逸らされた眼、しかし再度こちらを見る頃には鈍い光を湛えた赤色が、私を映す。
「そうなの?」
『ああ……と、そんなに驚いていないな』
その眼に謝意が深く浮かんでいるから私はこてりと首を傾げ茶化すように軽く返して、それに毒気を抜かれぱちぱち瞬くソルを抱き抱えた。
「私の魂の色が見えるんでしょ?なのにソルは一度も前世のことを聞いてこなかったから、もしかしたらそうなのかなとは思っていたし」
人間だったら口が引き結ばれて、所在無さげに視線をさ迷わせているのだろうと想像出来る程に表情豊かなソルを撫でる。
「駄々を捏ねても受け入れてくれるだけで、決して踏み込んでは来ない理由がただ私を気遣ってるからかもとも考えていたけど……」
そっか、知っていたのかと呟く。
『すまない』
感情を込めたつもりはなく事実を述べただけなのだが、その一言に更に落ち込むソル。
私としては特別何か知られたくないような疚しいことがある訳でもないし、そもそも前世の記憶があることを知られている以上今更な気はするのだが、と眉間の辺りを突いてみるも銀色の狼は一人耳を垂らしている。
「ソル。じゃあソルのこと、教えてよ」
『我のこと?』
「うん、思えば私どうしてあそこにソルがいたのか知らないし、自分のことを話せばお互い様でしょ?」
そもそも、アーノルド卿と私がそういった話をしていたのがきっかけとなってこのことを教えてくれたのだろうから、とそう聞いてみる。
『……我のこと、か』
「うん。陛下や精霊さんたちとの間の決まりごととかで話せないことはいいよ、話せる範囲で教えてよ」
私の言葉に興味を惹かれたからか、少しだけ耳の位置が上がったソルヘ再度お願いしてみれば間を空けながらも、『わかった』と応えてくれた。




