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薄幸転生侍女は陛下に仕えたい  作者: 高槻いつ


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薄幸転生侍女と旅路

ときたまがったんごっとんと揺れる、基本的には舗装された道を駆けること半日。


辺りはすっかり日が暮れ、遅い夕食と共に軽い休憩を取るために私達は少し開けた街道の隅で一息吐いていた。


「サラセリーカ様、どうぞ」

「ありがとうございます」


アーノルド卿が手ずから作ってくれたサンドイッチを頬張り、座っているだけとはいえ疲労を感じている身体を伸ばす。


ただ荷台にいるだけの私よりも御者台で手綱を取り移動している卿の方がよっぽど疲れていると思うのだが、彼は私の食事を作った後も馬達の世話をして自分のことを後回しにしている。


「アーノルド卿、休まなくて大丈夫なのですか?」

「ええ、この程度の移動は何てことありませんよ。お気遣いありがとうございます」


食事とストレッチを終え、馬達と触れ合っているアーノルド卿に声を掛けながら近付けばいつも通りのトーンで返される。


そう一度区切られてしまえばそれ以上は言えなくて、視線を卿が見ていた方へ移す。


「この間の子ではないんですね」


自分の背丈よりもずっと大きな彼等、その姿は前にサウシェツゥラまで私達を運んでくれた黒毛の子ではなく栗毛の少しずんぐりした子。


「はい。お察しの通り、あの子は本来馬車を牽くための子ではないのです。なので黒毛の子はお留守番で、今回はもっと力が強くて持久力のある子にお願いしました」


良い子、と馬面を撫でる手付きは優しく、ぱちぱちと瞬きを繰り返すお馬さんの眼も穏やか。良き信頼関係があると察せるその空気があたたかい。


「ありがとうね」


重たい荷台を牽き移動してくれることに感謝を述べてから、邪魔にならないようその場を離れて休憩の支度を始める。


予定としては明日は一日中移動、明後日には中継地である街に辿り着くからそこで一度休息を取り、翌朝発ってまた二日程移動して以前親切な女将さんに出会った街に寄ってそのままナウェルへと入る、というもの。


正直、私達の旅にはソルが付いているのと妖精さん達も力を貸してくれることから何処でも野営出来る故に街に寄る理由はない。


下手したら普通に野営をしている方が安全とまでもあるのだが、そこはアーノルド卿が一歩も引くことなく宿に泊まるべきだと主張し、私が折れないことを悟れば馬達を引き合いに出して彼等を休ませたいと言うので街で休むことが決まっている。


「卿も休んでくださいね?」

「勿論です。おやすみなさいませ」


幌の中へ潜り、まだ栗毛の子と一緒にいる卿に休むよう伝えてから私はソルを抱えてソファに横になる。


「ねえソル、アーノルド卿はちゃんと休んでくれるかな?」

『くれないだろうな、吾奴の性格上』

「そうだよね」


小さな腕の中にすっぽり収まる小型サイズのソルは私の懸念に頷く。


『意地でも休ませたいなら()()してはどうだ?』

「うん……」


どう考えても卿は声を掛けたぐらいでは休まない。


しかし私の騎士である卿に休めと()()すれば絶対にそれは守るだろうし、彼のことを考えるのならそうするべきであるともわかっている。


『主は苦手だな。するのも、されるのも』

「……うん」


悩む私を慰めるようにして鼻を顔に押し付けてくるソルの毛に頭を埋めた。


卿が傍に付くようになってから結構経つが、お願いすることはあれどもそのように命令口調で何かをしろと言ったことはない。


それは前世のトラウマからか、嫌悪感からか。


『しかし主は()()であろう?そういった振る舞いは身に付けるべきだと思うぞ』


人と馴染みのない幻狼の種であるソルがそんなことを言う。


『我らだって群れで生きる。長は当然長らしく振る舞うし、その責務を負う。上に立つとはそういうことだろう?』


まあ、もう血族はいないが。


最後にそう言いたげな遠い眼をするソルを抱き締め、わかっていると小声で呟く。


『主、主は後数年もすれば侍女とやらになって生きていくと言うが、それまでに人前に出ずに生きていくのか?幼くとも、主には王女としての役割があるのだろう?人の上に立つ者、国の王女が護衛一人の顔色すら窺うなど滑稽なだけだぞ』


弱気な私へ追い打ちを掛けるが如く正論を重ねていくソル。


『それに吾奴だって可哀想だろう、仕えるべき主が自分を気遣うせいで評判が落ちるなんて。心優しいと言えば聞こえが良いかもしれないが、それはただ美しい面だけを見て褒めそやしているだけだぞ?』


最早ぐうの音も出ないというのにつらつらと命令出来ないということのデメリットを語るソル。


『……主。せめて吾奴にだけでも()()振る舞え。高圧的であることといざというときに強い言葉で命じることは、決して同じではないのだから』


耳の痛い言葉達に何も話さなくなった私に寄り添い、最後はこうして諭してくれるソル。


『少しずつでも、取り組むべきだ』


叱る、とは本来こうあるものなのだろうかと銀色の毛から顔を上げて赤い眼を見つめれば、そんな優しい励ましでソルはこの話を締めた。


「……アーノルド卿、まだ外にいる?」

「ああ、完全に徹夜で見張りをするつもりだなあれは」

「わかった」


ソルのお叱りを受け、自分なりに噛み砕いた後、良く出来ましたと言わんばかりの優しい眼差しへ問い掛けて外にいる卿の様子を教えてもらう。


でも、ちょっと怖いからソルを抱えたまま幌を捲り荷台を降りて、いつの間にか帯剣して木の幹に凭れる卿の傍に寄った。


「どうされましたか、サラセリーカ様?」


幌を捲った段階でこちらを向いていた藍色の目が私を捉え、眠れませんかと声を掛けてくれる。


「卿も、休むべきです」

「……はい、休んでおりますよ」


他人のことばかりな卿の前に立ち、いつもより強い言葉で話し掛ける私に少しだけ驚きながらも彼は微笑んでそう答える。


どうやら荷台で休む気はなくこうして凭れていることは休息に入っているようだが、私達の求めることは違う。


「あっちで、休んで。……命令、ですよ」

「サラセリーカ様……」


ソルをぎゅっと抱き締めて、何とか捻り出した言葉の後には少々いらないものが付いてしまったものの命令自体は出来たように思う。


『護衛なら我が結界でも張ってやる。お前は主の言うことを聞け』


私の命令を聞かなければならないこと、しかし護衛もしなければならないという二つの相反する状態に承諾しかねる卿。


そんな卿を眺め、彼の前ではずっと話すことのなかったソルが新たな情報を付け加えて選択肢を奪った。


「承知致しました。……主の、お心のままに」


ソルが話せるという事実には然して驚くことなくひざまずき承服した卿は、狼狽える私を微笑ましそうに一度見てから立ち上がる。


『おい、そこの。もう少しこっちこい』


恐らく結界とは、と卿が尋ねようとしたところで、当狼であるソルはそれに気付きつつも少し離れた場所に横たわる栗毛の子を呼ぶ。


『ああ、その辺りで構わん』


のそのそと起き上がり、少し移動してソルを見やった栗毛の子に頷き月を見上げた。


『……まあ、このくらいの月であれば朝までは余裕で持つだろう』


半分しかない黄金に目を眇めるソルが何をするのだろうかと見下ろす私。


『主も、これは出来るようになるべきだろうな』

「うん?」

『見ていてくれ』


何かを教えてくれるらしいソルがぴょんと腕の中から地面に移動し、遠吠えのポーズで良く知ったチカラを発現させる。


それは世界が、切り離されるような感覚。


覆い包まれて、隠されて、確かに()()にあるはずなのに決して見えやしないこの感覚はそう、過去に訪れて精霊さん達を見つけたときの庭園に近しい。


()()()()()()を繋ぎ、隔離するのが結界。精霊界と繋ぐ術を持たないヒトには出来ないだろうが、主ならば出来るだろう?」


そして幾分もクリアに()()に存在するソルが、楽しそうに私を見上げていた。


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