薄幸転生侍女と夢
「それではおやすみなさいませ」
「……はい」
自室に戻り、軽く汗を流して寝巻きへと着替えた私がきちんとベッドに入り込むのを確認した卿はカーテンを閉め、蝋燭の火を落とす。
ぷつりとした暗闇が当たりを包んでも私の周りにいる妖精さん達は淡く光を纏っているから完全なる暗闇にはならないけれど、最早慣れたものである。
朧月のような優しい灯りは目に痛くないし、私が眠るときはいつもふわふわと傍に寄ってきてくれて何だか落ち着くし、そのまましれっとベッドにいてしかも何故か出会った頃と同じような子犬サイズになっているソルを抱き締めて目を閉じれば、段々と睡魔が襲ってくる。
『おやすみ、主』
ぽんぽんと、いつもよりずっと小さな肉球に身体を叩かれてそう声を掛けられたのを最後に、私は意識を手放した。
『お姫様、プレゼントにございます』
『ぷれぜんと』
『はい』
そしてまた懐かしい人を、見る。
『このようなものしか用意出来なくて申し訳ないのですが』
『ううん、ありがとう』
光が差すことのない、薄暗くて冷たい空間の中、一人の女性が外で摘んできてくれた花を私にくれる。
その日は、私の生まれた日でもあったらしくて、乳母であった彼女は態々私のためにそれを持ってきてくれたのだ。
『ラッディ、と呼ばれる花です。この辺りにしか咲かないのですが真白の花弁がとても美しく、こうして摘んでも暫くは枯れないことから観賞用としても、贈り物としても好まれる花なのです』
人から何かをもらうというのは慣れていなくて、これをどうすれば良いのかわからずにただ握るだけの私の手をそっと罅の入ったコップに向けた彼女に従い、私はそれに花を挿す。
『大体一月、持ちます。一月経てば萎れてしまうのですが、それを復活させる方法もあるんです。……ふふ、それは一月後に一緒にやってみましょう』
瑞々しく花弁を広げるラッディと呼ばれる花。
萎れてしまったお花がまたこうして咲き誇る姿を見れるのは少し楽しみだななんて思いつつ彼女と一緒にそれを空間の真ん中に置き、眺めていた。
結局それを、見ることは叶わなかったけれど。
『ごめんなさい……ごめんなさい、わたしの……』
代わりに真白が赤く染まって、どす黒く朽ちていったのをずっと、覚えている。
「……サラセリーカ様?」
『……主』
ざわりと、精霊さん達が揺らめくのが見えたから、私は滲み上がってきた感情を押し殺す。
「……大丈夫」
『せめてもっとマシな顔で言わんか』
「サラセリーカ様、こちらを」
起き上がり、心配そうな顔をしてこちらを見ているアーノルド卿とソルに笑い掛けてみれば、辛辣なツッコミを入れるソルと気を遣ってお水を注いだコップを渡してくれる卿。
嫌な目覚めを洗い流すように一気に冷えたそれを飲み込み、少しだけ落ち着いた感情を平常に戻すようにじっと虚空を見つめる。
「サラ……」
『邪魔するな、小童』
努めて無であるように、何事もなくあれるように、いつも通りを作り上げる。
この間は慣れないことがあって消化出来なかったが、こうして夢見が悪くて起き上がることには慣れているからこの程度ならば感情を殺すことも容易い。
「うん……大丈夫です」
塗り替えた感情でいつも通り笑って見せれば、対照的にアーノルド卿の顔が歪む。
「……珍しい、ですね?」
何故そんな顔をするのだろうと首を傾げて彼を見ていたら、私の許可なく勝手に触れはしない卿が陛下やお母様と同じように頭を撫でている。
それをただ受け入れ、どうしたのだろうかと思考する頭をいったり来たりする温もりはまた陛下やお母様の感覚と違うからなんとも、慣れない。
「……失礼致しました」
「いえ、髪を整えてくださってありがとうございます」
それを暫し続けたところで不意に離れていった手。卿の意図は理解出来ずとも何か訳があるのだろうと考え、私は適当な理由を付けてお礼を言う。
「あ、丁度お昼の時間ですね」
そして卿が何か言おうと口を開き掛けたとき、お昼の時間を知らせる三の鐘が鳴った。
然してお腹は空いていないが食べないと午後の行動を制限されてしまうので、私は支度を始める。
昼食を取りに行ってくれているアーノルド卿が戻るまでの間に寝巻きから動きやすいシンプルなワンピースへと着替え、身嗜みを整えてから休憩用のソファへ腰を下ろした。
『主』
「うん?」
とぼとぼと横を歩き共に移動して、私がソファに座った頃にぽんっ、と効果音が付きそうな一拍で子犬サイズから通常だと思われる大きなソルへと変化し、そのまま膝の上に乗せていた手を鼻で小突く。
『我は、いつでも主の腕の中にいてやるからな』
「……ふふ。うん、ありがとう」
香りは犬っぽくなくハーブの香りがするのに、鼻は普通のワンコみたいに濡れているんだなあと思ってマズルに触れていれば、夢見の悪かった私を気遣う言葉が掛けられた。
抱き枕にして眠りたいと言ったことなどはないし、何ならソルが勝手にある日突然小さくなってベッドの中へと入ってきただけなのだが、それが案外心地好くて事実上抱き枕にしていることは事実なので、私は膝の上に乗せられている頭に抱き付いて答える。
「……何も見なかったことにしてただ、傍にいて。ソル」
『……ああ。主がそう、望むのなら』
近頃ずっと夢見の悪い私を知っているソルは、今日も同じようにこうしてぎゅっとさせてくれる。
『主、戻ってくるぞ』
「うん」
失礼しますと、アーノルド卿が部屋に入ってくるそのときまで。




