薄幸転生侍女と試験当日と
お姉様の誕生日パーティが近いと知った翌日、試験当日。
「……サラセリーカ様、きちんと休息を取られましたか?」
「勿論ですアーノルド卿」
朝、決まった時間に現れる卿が既に支度を終えている私を見て一言質問をしてきた。
それに一秒の迷いもなく首肯すれば卿はじっと私の顔を覗き込み、恐らく隈が出来ているであろう目元をそっとなぞる。
「大変嘘がお上手なようで」
「ははは」
「陛下の試験が終わり次第、休息を挟んでいただきますからね」
「ははは……」
一切隠し切れていない徹夜の跡に触れては皮肉られるという事態を空笑いで躱そうとするものの、最近の卿は一歩引くことをやめたのでその笑いも虚しく私の午後の予定に昼寝という項目が追加された。
「それ程難しく考える必要もないのではありませんか?」
諦め早く項垂れた私から離れ、主に勉強で使う教材がうず高く積まれたテーブルに寄ってはみっちりと文字の書かれた紙に目を向けた卿。
「カトリーナ様ならば、サラセリーカ様が何を差し上げたとしても喜んで下さるでしょう」
一晩考え、メイドさん達から情報収集した結果と現状出来ることを擦り合わせた計画書のような紙から私へと視線を移した卿に、頷く。
「それはそう、ではあるのですが」
お姉様ならば、お姉様のお好きな花を手折って包み差し上げるだけでも喜んで下さるだろう。
他にもドレスを仕立てる約束をしているからこれを機に少し遅れてしまうとはいえそれを差し上げたり、後は靴やアクセサリー類を一式で送るなどという方法もある。
しかし、正式な王女ではない私が一応割り当てられているだけの国費を使用して何かを用意すると言うのは何だか申し訳ない気がするから、出来れば自分だけで用意したいのだ。
となると前述に挙げた花を手折るくらいしか選択肢がなく、それはそれでどうなのかという問題にぶち当たっていた。
「サラセリーカ様、そろそろお時間が」
「急ぎます」
深夜のようにもう一度思考へ溺れ掛けたところを、懐中時計を取り出して時間を確認しているアーノルド卿に掬い上げられる。
昨夜、試験は二の鐘が鳴る頃に始まるからそれまでに軽く慣らしをしておきたいと伝えていたから、その通りに予定を教えてくれる卿に振り返って私達は訓練場へと向かった。
「おはよう、サラ」
「おはようございます陛下。本日も宜しくお願い致します」
一時間程早く訓練場に訪れて訓練を行っていれば、二の鐘が鳴った頃に陛下が訓練場へといらっしゃる。
陛下に指導をして頂くにあたり、初日と二日目までは長い挨拶の口上を経てから訓練へと移行していたのだが、三日目から直々にそれはもういらないという陛下のお言葉に従って今はこうして軽く挨拶を交わすのみとなっていた。
「寝てないな」
「……少々、ありまして」
陛下の元へ歩み、傍へと侍る私の目元に指が伸ばされて、寝不足の跡をなぞる御手。
それから若干逃れるように視線を逸らせば、陛下の視線が私の後ろへと向けられるのがわかった。
「いえ陛下、アーノルド卿は悪くないのです。ただその、お姉様へのプレゼントを迷っておりまして」
「カトリーナの?」
背後へと向けられた視線を遮るように咄嗟に口から出てしまった言葉に首を傾げた陛下を見上げ、私は首肯して徹夜の内容を浚う。
「そうか、ジュリエッタから聞いていなかったか。しかしアーノルドも言うようにそれ程凝った物を用意することもないだろうが……」
上を向く私の目元に再度触れ、そのまま優しく頭を撫でて下さる陛下の手と何かを含む声を静かに受け入れていれば、途中で切られた言葉から思い出したかのように陛下はふっと口元を緩めた。
「サラ。作れるかどうかはサラ次第ではあるが、恐らく世界でサラにしか用意出来ないであろうプレゼントが一つ、ある」
うつくしいひとが顔色を変えるのはそれすらも様になるなあなんて陛下のご尊顔を見つめてお話を聞いていたら、私が今何よりも必要としている情報が突如として降って来て目を瞬かせた。
「訓練に合格すれば教えてやろう。どの道、この訓練が出来なければ到底用意出来るモノではないからな」
「よろしくお願い致します、陛下」
「ああ、始めよう」
表情を変え、せめてヒントでもいただこうと口を開き掛けたところで本日の目標へと繋がる。
この制御の術が一体プレゼントの何に使われるのだろうと頭の片隅で思考しながらここ一月の間で習得した循環、圧縮、霧散、制御を滞りなく行っていく。
精霊のチカラと魔力が混ざらないように巡らせて、一定の間安定してその状態を保てれば次はそれぞれを一つに集めるイメージで圧縮させる。
ぎゅっと縮めて、でも精霊のチカラと魔力は別々のところにあるという不思議な感覚が混じることなくそれもまた循環出来たら今度はその二つを霧散させる。
けれどそれも一気に放出するとチカラと魔力の暴走が起こって大惨事になるから少しずつ、でも限られた時間の中で行わなければならないという緊張感がまた何とも難しい。
「良いだろう、止め」
「はい」
それを一頻り陛下の合図があるまで繰り返していれば手で制止され、循環途中であった二つを霧散させる。
これを行う度にするすると身体から抜けていく何かの感覚を辿り、毎回それを掴み掛けたところで消えてしまうというサイクルを繰り返して遊んでいたとき、ふと陛下が私の頭をまた撫でて下さった。
「良く出来ている。頑張ったな」
「……恐縮です」
慣れるには烏滸がましいその行為に目を伏せ、慣れない称賛には頭を下げる。
「約束通り、カトリーナの誕生祝いを作りに行くとしよう……と思ったが、その前に休息だな」
「ええ、サラセリーカ様にはお昼寝が必要です」
そうして縮こまる私は先程陛下が仰っていた事柄を耳にして顔を上げるものの、隈の存在を思い出した陛下はアーノルド卿と視線を交わし合っておりこの後の予定が確定していた。
「ではサラ、また後で」
「はい陛下。本日も御指導御鞭撻ありがとうございました」
午後の約束を交わし、訓練場から立ち去る陛下をお見送りしてから卿へと振り返る。
「さ、サラセリーカ様もお戻りになりますからね」
しかし、居残り練習を希望しようとした私を即座に察した卿は微笑んで出入口の方へと促す。
「もしお眠いようでしたら、僭越ながら私に抱えさせていただければと存じますが」
「……戻ります」
昼寝は正午からすれば良いではないかと訴える私と、それを一切のにべもなく切り捨てる卿との争いは、最終的に物理的に私を動かせる卿に軍牌が上がった。
だっていくら見た目幼女であるとはいえ、中身はもう良い年した大人である。
前に感情を拗らせたときはどうにも思っていなかったそれも平常の今はとても恥ずかしいものであり、避けたいもの。
まるで良い武器が手に入ったとでも言いたげに笑みを浮かべる卿をじいっと見つめてもにこやかに微笑まれるだけで、私は敗北に喫しながら自室へと戻るのであった。




