薄幸転生侍女と王子
「……すまない、サラ」
「いえアルヴィーお兄様、悪いのは私ですから」
お披露目パーティの翌日。
話があると王太子の使いから聞いた私は午前と予定をすっ飛ばして朝一から王太子殿下ことアルヴィーお兄様をお出迎えしていた。
そして開口一番、昨日挨拶回りが出来なかったことを謝罪されていた。
「何度も言い聞かせていたのだが、いざサラを前にすると緊張するかとどうしても行かせてくれなくてな。本当にすまなかった、後で必ず挨拶に行かせるから」
「いえお兄様、本当にお気になさらないでください。レイナード殿下にも、整理するお時間が必要だと思いますので」
「しかし……」
「あ、お兄様。お茶のおかわりは如何ですか?」
「……いただこう」
色々と囁かれる立場である私を慮って下さるお兄様に、首を振って再度気にしないで欲しいと告げる。
しかし、それでも身を案じて二の次を考えて言葉を発するお兄様から強制的に話題を取り上げるためにティーポットを持って傾ければ、それを無視せずに頷いて下さった殿下のカップに紅茶を注いだ。
「お兄様、私は本当に大丈夫です。ですので、私のことよりもレイナード殿下のことをご優先ください」
「……わかった。ひとまずは、そうしよう」
そして頃合いを見計り、もう一度意見を通せばお兄様は一応ご納得し言葉を受け入れてくださる。
「朝からすまなかったな、サラ」
「いえ、お会い出来て嬉しかったです」
「今度はカトリーナでも誘ってお茶でもするか」
「よろしいかと。準備しておきます」
「ああ」
要件はレイナード殿下のことだけだったようで、カップの中を空にしたお兄様は次の約束を残して部屋から立ち去って行く。
一時間にも満たないお茶会ではあったものの、お兄様と交友を深めることが出来て嬉しい私はいつもより軽い足取りで机へと向いた。
一度強い勉強禁止令が出た後、どうにか陛下とお母様を説き伏せられないかと画策した私が提案したのは、休憩時間をきっちり取ること、必ずアーノルド卿がいる場所で行うこと。
それを守るのならば勉強しても構わないとのことだったので、お披露目パーティを終えた私はまた勉強付けの日々を送っていた。
「サラセリーカ様、お時間ですよ」
お兄様と軽くお茶をしたことで、本日の勉強予定は少し遅れている。それを取り返すようにただテーブルへと向かっていれば、不意にペンをアーノルド卿に取り上げられて、とんとんと時計を指差される。
「もうそんな時間ですか」
「はい。昼食を召し上がってください」
体感としてはそんなに経ったとは思えないのに、ペンを取り上げられるのと同時に昼の鐘が鳴れば異論は唱えられない。
これが条件である以上従わざるを得ない私は大人しく椅子から下りて部屋の外に待機しているメイドさんをベルで呼び、昼食を用意してもらう。
「量、お変わりありませんね」
「そうですねえ……これでも、一生懸命食べている方なんですけれど」
待つ時間を読書に充て、暫しすればワゴンを押したメイドさんが戻ってくる。休憩用として使っている猫足ソファと猫足テーブルの側に置かれたワゴンから取り出されるのは、軽食のサンドイッチ一切れが乗ったお皿。
お城に来たときに比べれば幾分か食べられるよになったとはいえ、基本的に小食な私はこれで充分足りてしまう。アーノルド卿と違ってずっと座っているだけという面もあるのだろうが。
「卿もどうぞ」
「はい、失礼します」
サンドイッチに手を伸ばし、私とはまた別に昼食が用意されている卿へ食事を取るように伝えて暫し休息。
私の護衛である以上食事のときも共にいなければならないなんて、と当初は思ったものの、一月以上経った今はもう慣れたものでお互い無言のまま食事を続ける。
「……」
「アーノルド卿?」
彼が大きなサンドイッチを片手間で食す間、未だ咀嚼を続ける私はふといきなり扉の方へ視線を映した卿を不思議に思ってその先を追う。
「どうかなされたのですか?」
無言で傍を離れ、閉め切られた扉へと手を翳す。何があるのだろう、とただそれを眺めていれば、それはがちゃりと開かれた。
「……何をなさっているのですか、殿下」
「え、いや、なんでも……」
開かれた扉の先、卿の背中で隠されて何も見えはしないが、彼の言葉から誰が訪れたのかを察する。何だかこの前もこんなことがあったなと食べ掛けのサンドイッチをお皿に戻してソファを下り、卿の元へと進む。
「初めまして、殿下。私に何かご用でしょうか?」
「ない!」
私が扉の方へ来たことを悟り、一歩引いたアーノルド卿の後ろから僭越ながら挨拶を送る。お姉様と同じ金色の髪、対照的な赤い瞳。容姿の色合いに違いはあれど、似た雰囲気を持つレイナード殿下は私と目を合わせることなくそのまま去っていった。
「……」
「サラセリーカ様は何一つ悪くありません」
挨拶なく、視線も交わることなく、語気荒く立ち去った殿下の心情は計り知れない。態々訪れてくださったのだからと挨拶をしたのが悪かったのかと扉を閉める卿を見つめれば、その首は横に振れる。
「さあ、お食事の続きを」
何が正解だったのかと思考して佇む私の背を押し、猫足ソファの方へ誘導する卿に従って残りのサンドイッチを口に運ぶ。
「殿下は、サラセリーカ様を嫌っている訳ではないと思います」
「……はい」
もたもたと食事をしつつも、やはり正解を導き出せない私は一つ溜息を吐く。それに気が付いたアーノルド卿がそう気遣って声を掛けてくれるものの、私は曖昧に頷いた。
嫌われている、とは、確かに違うのかもしれない。
悪意には敏感な私がそれを察知出来ないというのは、恐らく殿下がそういった感情を持って接している訳ではないと推察出来るし、卿の口振りからしてもそういったものを隠しているようには見えない。
しかし、ならば何が理由で殿下は私と距離を置くのだろうかという疑問が深まる。
私を嫌いでないのなら、敬愛していることが窺えるアルヴィーお兄様のお言葉を受け入れて挨拶くらいは交わしてくださるような気がするし、嫌いならばそもそもこうやって近付きはしないだろう。
だからこそ、ただ殿下のお心がわからない。
「サラセリーカ様、具が落ちますよ」
「あ、すみません」
思考に没頭していたから、いつの間にか手と口が止まっていた。お皿の上から微動だにしない手を汚す具材によって意識を現実へと移した私はサンドイッチを頬張り、漸く昼食を終えた。




