薄幸転生侍女とお披露目パーティ2
「サラ、こちらへいらっしゃい」
アーノルド卿と少しだけお話をして会場へと戻る私を呼び止めたのは、美しく着飾ったお母様。
先程まで一緒にいたお姉様、お兄様達は同年代の子達と話に向かったらしく、一人窓際に佇むお母様の元へ寄る。
「陛下がずっとサラを独り占めするなんて許されないわ」
「お母様?」
「いいえ、何でもないわよ」
会場へ足を戻して以来、ずっと私へ視線を送って下さる陛下に何かを呟き微笑みを浮かべるお母様は、何処か楽しそう。代わりに陛下は不服そうでいらっしゃるけれど。
「いいの、陛下のことは気にしなくて」
「ですが……」
「サラ、貴女のお披露目会なのよ?楽しんでいらっしゃい」
不満が窺える陛下を無視するのはやはり忍びなく、お二人を交互に見つめていればお母様はふいっと私の身体の向きを変え、陛下の視線を背後に置いて私を人波の方へ押す。
「カトリーナと菓子でも摘まんでくると良いわ」
エミリー、イルを含む数人の子達がいる場所を示して私を送り出したお母様はそのまま陛下の方へと移動していってしまう。
送り出された以上、ただその背を追い掛けることも出来ない私はとぼとぼとこちらを見るイル達の方へ向かうことにした。
「サラ、綺麗だね」
「ありがとう。お針子さんの、メイドさん達の腕よ」
この不気味な見た目のお陰が、誰かに声を掛けられることもなくお姉様達の元へ辿り着くことの出来た私を最初に出迎えてくれたのはイル。
いつもは肩口で揺れる灰色の髪を後ろで短く縛り、子供とはいえ盛装に身を包む彼は普段より人形感が強くて本当に女の子のように見える。
「……サラ、何か変なこと考えてない?」
「え、ないよ?お姉様、そのドレス可愛いですね。この間仰っていたものですか?」
「そう、この間サラにお話ししたやつ!」
お姉様、エミリーと結託してイルにドレスを着せてみたら面白そうだなと思考したことをあっさり看破されるも適当に誤魔化し、さらりと視線をお姉様へ向けてその場を逃れる。
「あ、そうだ。サラ、こっちの子はブリジットとナターシャ。お友達なの」
「初めまして、王女殿下。ブリジット・ゼスリーです。お気軽にブリジットとお呼びください」
「は、始めまして。ナタリア・リスランと申します。カトリーナ様と同じように、ナターシャでも、ナタリアでもお好きに呼んでください」
逃げた私を知ってか知らずか、イルの言葉を深追いせずにお姉様は傍に立つ二人の少女を紹介して下さる。
国の防衛の要を担うゼスリー辺境伯家のブリジット嬢は癖のないストレートの黒髪、珍しい紫水晶の双眸は立ち振る舞いからもわかるように芯の強さが窺えて、真っ直ぐとこちらを射抜く。
対して、ナターシャと呼ばれた令嬢、リスラン侯爵家の愛娘であるナタリア嬢はふわふわとした栗の癖毛と垂れ目な青い瞳が可愛らしく、その全体的な雰囲気は小動物のように庇護欲をそそる。
「初めまして、サラセリーカと申します。よろしくお願いしますね、ブリジット様、ナタリア様。私のこともどうぞサラとお呼びください」
何かを試すようにじっと見つめられて、目を逸らす王族ではない。だからブリジット嬢にはきっちりと目を合わせて、ナタリア嬢には軽く微笑みを向けて挨拶を返した。
「サラ、私向こうでお菓子取ってくる」
「あ、僕も行くよ」
「いってらっしゃいませ」
挨拶の後、無意識なムードメーカーであるお姉様が中心となって会話を回していたが故にお姉様が抜けた後の私、ブリジット嬢、ナタリア嬢の雰囲気は当然気まずい。
「お噂通り、聡明でいらっしゃるのですね」
しかし、その気まずさは初対面である理由からだけではなくて、この発言からも見て取れるように何処か棘のある態度を私に見せる、ブリジット嬢が一因でもあった。
一応、エミリーは気を遣ってこの場に残ってくれたのだが、このブリジット嬢の友好的とは言えない様子にどうするか決めあぐねているようで、ただ彼女の言葉の先を不安そうに見ている。
「あら……どのような噂なのか、気になりますね」
私としてはブリジット譲と当たり障りない関係に留めておきたいから、彼女の真意を理解出来るまでは何か行動を起こすことはない。故にお姉様とイルが戻って来るまでの間、探るようないくつかの言葉は受け流すという対応を取る。
「サラ、サラの好きなやつあったよ……って、どうかしたの?」
「いえ、何でもありません。お菓子、いただきますね」
「あ、うん……」
そしてそのうちブリジット嬢の感情が見えるようになった頃、お姉様がお皿に複数のお菓子を乗せたメイドを後ろに控えさせて戻って来た。
一早く険悪な雰囲気を察したお姉様が何か尋ねる前にお菓子のお皿を受け取り、話をすり替える。
ブリジット嬢もお姉様の前では私を嫌う素振りは見せず、ナタリア嬢もエミリーも先程のことには触れないから次第に場の空気は元通りに変わっていった。
そうすれば次第にお姉様も安心したように笑みを浮かべることが多くなり、和やかに時間が流れていく。
「あ、そろそろ帰る時間ね?」
他愛のない会話を繰り返し、初対面であるご令嬢二人の人となりを知れた頃。時刻を知らせる鐘が特別に三回、鳴り響く。
「そうですね。戻りましょうか、お姉様」
「うん。それじゃあみんな、またね」
鐘の音によって途切れた会話。見送ってくれる四人と別れの挨拶を交わしてから、私達は一旦陛下の元へ戻る。
本来の宴であればこの時間からが本番と言っても過言ではないが、此度のパーティは僭越ながら私のために開かれたものであるから、陛下がまだ幼い私達を気遣って終了時刻を幾分も早く切り上げることを決めていた。
なので、これ以降は主催抜きで正しい形の社交をそれぞれで行ってもらえば良い思う。私がこういった場に姿を出すのは、これが最後であろうから。
「今宵は我が娘のために集まってもらったこと、嬉しく思う。短い時間ではあったが、楽しんでもらえたようで何よりだ」
陛下の元へ寄り、それを皮切りに閉会の言葉を発したことによってパーティは終了する。
一番位の高い陛下が会場を去り、次にお母様、お兄様二人、お姉様、私と続いて真っ二つに割れる人波の真ん中を進めば、陛下のお言葉を如何様にも好きに捉えた者達の視線が刺さって痛い。
価値を謀る眼。そんな視線を幾つも向けられながら、私は会場を後にした。
「……うーん」
陛下、お母様と就寝前の挨拶をしてから自室へと戻った私。
マーサさん率いるお針子さん達の手を借りてドレスを脱ぎ、開放感に溢れる身体を手にメイドさん達が個別対応として室内に用意してくれたお風呂という名の大きな桶に浸かりながら考える。
「どう考えても嫌われている、よね?」
零れる思考の元は、ブリジット嬢ではない。彼女から向けられるのは嫉妬、焦燥、羨望のような類であって、嫌悪ではないから。
「……レイナード王子殿下に」
ならば何に嫌われているのかと言えば、王太子殿下と二つ違いの弟君、レイナード王子殿下にである。
「パーティの最中、アルヴィーお兄様は私の立場を気遣って何度も挨拶をしようとしてくださっていたけど、その度に王子殿下は手を引いて止めていたし」
そう、パーティには王太子殿下だけではなく、未だ顔合わせを出来ていない王子殿下もいらした。
これを機にご挨拶だけでも、と思っていたが、それすら拒絶される程の嫌われっぷりでは流石の私も近付いていけなくて、結局言葉一つ交わすことなくパーティが終わったのだ。
「でも、そう……本来は、あれが正しいのよね」
一つ勘違いしてはいけないのが、王子殿下は何一つ悪くないという点。多感な年頃に急に今までいなかった存在が現れて、あまつさえ王女という座にいる。納得いかないのも、気に食わないのも、当然の話だろう。
「申し訳ありません王子殿下……すぐ、消えますので」
ああ、また外部の人間である私が混乱の種を撒いているということを深く反省し、謝罪してから湯を上がる。
早く侍女になって独り立ちしようと、再度心に強く刻んで。




