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薄幸転生侍女は陛下に仕えたい  作者: 高槻いつ


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薄幸転生侍女と憧憬

「駄目です」


手に取った一冊の本は、長い指に浚われて私の手の届かない場所へ掲げられた。


「駄目です」


ならばと羽ペンを握り、先日の予習をと机に向かえば出会ったときと同じように簡単に担ぎ上げられソファへと勝手に移動させられる。


「はい、駄目です」


じゃあいっそ頭を使わないことなら良いのかと一人ダンスの練習でもと立ち上がれば即座にベッドに寝転がされる始末。


「……」

「駄目です」


読書もダメ、勉強もダメ、運動もダメと言われ続けた今日。それならば何をして過ごせば良いのだとアーノルド卿を見上げて少し不満げに首を傾げれば、彼はにこやかに何もしないでくださいと告げた。


「陛下から週に二度は何もさせず休ませるようにと指示をいただいておりますので、今日はおやすみの日でございます」


柔和な微笑み。端整な顔に浮かべられたそれはとてもとても美しいものであるけど、今の私にとっては悪魔の微笑みにしか見えず密かに溜め息を吐いた。


「……ソル」


今は何を言っても聞き入れてもらえなさそうだと判断した私はソルを膝に乗せて虚空を見つめる。ずっとずっと自分を追い詰めて生きてきたからか、こうも何もせずに過ごすことはいけないことをしているような気がして落ち着かない。


嫌われたくないし、捨てられたくない。


だから、ただ少しでも役に立てるように知識を詰め込みたいだけなのに。


それを取り上げられてしまったら、自分には何も価値がないというのに。


『……主、主。抑えろ』

「…………うん」


じわりと滲み出す感情。それに比例して、精霊界へ招かれて以降ずっと燻る熱のように身体にある何かが蠢くのがわかった。


それを素早く察知したソルが小さく声を掛けて来ると同時に上手く感情に蓋をするけど、残り火のように隠し切れない感情は溜め息と共に吐き出す。


「……サラセリーカ様?」

「うん?」


一息吐くことで理性を保ち、ふかふかのクッションをソファから持ってきてくれた卿に名前を呼ばれて振り向けば、本人でさえ何故呼んだかも理解出来ていなさそうな眼と視線が交差した。


「いえ、申し訳ありません。気のせいだったようです」

「うん?」


何に引っ掛かったのか、曖昧にそう誤魔化したアーノルド卿からクッションを受け取って抱き抱えてただ無為な時間を過ごす。午後になればお姉様とイルが遊びに来てくれるから、それを一つの楽しみとして。



「ふふ。サラ、勉強禁止令が下ったんだって?」

「笑い事じゃないよイル、読書もダメって言うのよ?一体私にどうやって過ごせと言うのさ!」

「でもサラは勉強し過ぎだと思うから、わたしはお父様の言うこと間違ってないと思うわよ?」

「お姉様まで……」


午後一のひととき。


駄々を捏ねる私を楽しそうに見つめるイルと、軽食として用意されたサンドイッチを頬張りながら陛下に同意するお姉様と共にテラスに集まっていた。


半日部屋に軟禁された感想としてはひたすら退屈であるということ。何もせずにただただぼうっとしているのは気が狂いそうになる。せめて読書だけでも出来れば文句も少なくともなるというのに。


「まあ、でも、そうね、サラがそこまで落ち込む理由はわたしにはわからないけれど、サラがお勉強したいって言うならわたしと一緒にする?」

「しましょう!」

「うん、なら後で一緒にお母様のところへ行きましょう」


項垂れ、文句を垂れる私を見かねてか、優しくそう提案して下さったお姉様の言葉を呑み込めば、ほっとしたように解れた表情からそれが単に優しさだけから来るものではないと察する。


「ダメだよカトリーナ、サラを誘ってこの間ジュリエッタ様のレッスンをすっぽかしたことを誤魔化す気でしょう」

「え、いや、や、そういう訳じゃ……」

「サラも。それをわかった上で勉強したいからってカトリーナの提案に乗らない」

「……」


利害が一致している者同士、仲良く手を組もうと思っていたらイルが鋭く全てを把握して行動は阻止される。


「カトリーナには後で僕が一緒に付き添ってあげるし、サラはその後僕と遊ぶことにして読書でもして過ごそう?」

「いいの?」

「うん、構わないよ」

「ありがとう、イル。これでお母様に怒られないわ……」


残念、とお姉様と二人で顔を見合わせて大きな息を溢せば、仕方ないと言わんばかりにそれぞれに優しくフォローしてくれたイル。


「あの、おねえ……」

「でねでね、サラ!」


お姉様はイルが付き添うことでレッスンおサボり問題が解決したと安堵しているけれど、恐らく普通にお母様に叱られることを教えて差し上げた方が良いだろうと思い、せめて多少は叱られることを覚悟しておいた方が良いだろうと口を開き掛けるが、一転した表情につぐむ。


「この間エミリーと見たドレスがね、すっごく可愛かったの!サラももっと着飾ればいいのに」

「……いえ、私はお姉様が綺麗なドレスに身を包んでいるのを見ているだけで充分です」

「そんなこと言わないで、絶対似合うもの。あ、今度一緒にドレスを身繕いましょう?お父様にお願いしておくから!」


おサボり問題など意識の欠片にもないといった感じで笑い掛けてくださるお姉様に、私にはもう過ぎた話題を再度振ることは出来なかった。


「ね?」

「……はい」


何かのきっかけで話が戻ったのならばと願ったものの、その後は主にエミリーとドレスを選びっこしたことがすごく楽しかったということ、お兄様達が戻るのが楽しみだということに話が流れてしまった。


付き添ったときにお姉様を庇おうと決心して、お茶会を続行する。


「サラ、パーティーは楽しみじゃない?」

「え?」

「……その、わたしばっかり、話をしているから」


お姉様の話を聞いているのは好きだ。ころころ変わる愛らしい表情も、幸せそうに茶菓子を頬張るその合間の時間も、本当に楽しそうなのが伝わってくるから。だから、いつも通り聞き役に徹していたのだけれど、逆に気を遣わせてしまったみたいで、私は首を振って否定する。


「ううん……楽しみかどうかよりも、上手くお兄様達に挨拶出来るかの心配が大きいです」

「サラなら大丈夫よ!カーテシー、わたしより上手だもの」

「そうだと良いのですが……」

「大丈夫大丈夫!アル兄様はちょっと厳しいけれど、レイ兄様は一緒に遊んでいれば仲良くなれるから!」


朗らかな笑顔がデフォルトの、誰からも好かれるような可愛らしいお姉様と一切この国の血を引かないただの隣国の元王女、かつ子供らしくない私では、正直好かれる要素が何処にも存在しない。


未だに何故陛下が何の関わりもない私をサブとはいえ王女に据えられたのか謎であるし、それを咎める声が一切上がってこないのも疑問である。


金眼だから、という理由が一番有力そうではあるが、その辺りを探ってみても陛下もお母様もただ私の頭を撫でるだけで教えてはくれなかった。ただ一言、いずれわかるという言葉を陛下が仰っていたくらいで。


「あ、カトリーナ、時間だよ」

「わわ、行くよイル!」

「うん」


決まった時間に鳴る鐘の音に急かされて、イルの手を引いて先に出ていったお姉様達を追う。


まだ時計が市井に出回りきらないこの国では、時刻が太陽の時間で知らされるこの世界では、鐘の音に合わせて生活をする。


起床の鐘と共に起きて、二の鐘と共に仕事を始め、三の鐘で昼休憩を挟み、三と五の鐘で仕事を再開し、四の鐘で一息入れ、五の鐘で終業。夕方から夜間の間は鐘が鳴らず、市井の者はその時間を各々で楽しむ。


夜間に活動をする者達は月の動きで大体の時間感覚を把握して休憩したり交代したりして過ごす、らしい。


そして今鳴った鐘は三と五の鐘。つまり、午後の仕事が始まるとき。それに合わせてレッスンも始まったりするから、余りにも遅れると先生に怒られるのだ。


「……あ、サラ、遅かったね」

「ああ……」


テラスからお姉様の部屋まで、私は全力で駆けた。例え後ろから私を追っていたアーノルド卿がちょっと早歩きかな?と思うようなことがあっても、私は全力だったのだ。


「はなしがちがう~!」

「こらカトリーナ!こちらへ来なさい!」

「サラぁ!」


既にお母様からおしりペンペンされた後だったのか、瞳に沢山の雫を抱えたお姉様が息を切らす私にしがみついて少しでもお母様から逃れようとする。


「お、お母様、お姉様も反省してますし、その辺りで……」


約束を破ってしまったお姉様は確かにいけないが、こうも泣いて反省……はしていないと気もするけれど報いは受けたのだから、とお母様へ申し立てれば、何故か素敵な微笑みを浮かべて私を見下ろすお母様。


「あらサラ、私が怒っているのは、カトリーナのことだけではなくってよ?」

「え……」

「陛下の言い付けを破ろうとしたんですって?イルから聞いたわよ?」


察した。とても美しく作られた微笑みに、何処か楽しそうに口元を緩めるイルに。私もお姉様も、叱られるよう仕向けられていたのだと。


「こちらへいらっしゃい?」

「……はい」


泣きじゃくるお姉様の手を一度握り、意を決して離す。ああ、前世合わせてとうの昔に妙齢を越えたにも関わらずおしりペンペンかと覚悟してお母様の元へ進んだ。


良くおしりペンペンの刑に遭うお姉様曰く、結構痛いものらしい。痛みに慣れ過ぎてあんまり罰にならなかったら申し訳ないなんて思いながら立っていると、ふわりと柔らかい布が頬に触れた。


「サラ、お願い。あんまり、私達に心配掛けさせないでね」


なんだろう、と思う前に叩かれるのだと覚悟していた身を包むあたたかい抱擁。お母様の声は柔く、言葉に偽りがないのだと伝わる慈愛溢れるその声は、ただ身体に沁みる。


「ね?」

「……はい」


撫でてくれたり、軽くハグをしてくれたりといったスキンシップはこれまでもあった。それでも、まるで私が大切だと言わんばかりに抱き留められたことは初めてで、お母様に上手く手を回せない。


「ほら、それなら今日はもうお部屋に戻ってちょうだい?後で、読書は許してもらうよう言っておくから」

「……はい」


そんな風に固まった私を案じてか、自らもう一度抱き締めてそっと離れていったお母様。


「お母様ズルい!わたしだってサラのこと好きだもん!」


こんな経験は初めてで、どうすれば良いのかと立ち竦んでいれば、いつの間にか泣き止んでいたお姉様にもきつく抱き付かれる。


もし自分にも()()がいたのならばこんな風にあたたかいものなのだろうか、と一瞬でも過った考えに頭を振って、お母様に引き摺られるようにして剥がされていったお姉様達を見つめた。


「ほらカトリーナ、始めるわよ?」

「はあい」


手には入らないもの。望んではいけないもの。いずれ、失うもの。


「……サラ?」


相反する現実と欲望にただ目を逸らして、私はイルに頭を下げてから部屋を出る。


「サラセリーカ様?」


何かしらの異変を察知したイルがもう一言吐く前に扉を締め切れば、お姉様の部屋の前、控えていたアーノルド卿が妙に静かな私を呼んだ。


申し訳ないと思いながらも返事をするのが億劫で、代わりに聞いてはいるという意思を示すために卿を一瞥してから視線を前方へ向ける。


こつこつと小さい歩幅の自分の足音だけが響く廊下を歩けば、身体の熱が滾るように燻った。


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