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薄幸転生侍女は陛下に仕えたい  作者: 高槻いつ


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薄幸転生侍女と対面

季節は夏を迎える。


麗らかな春の訪れと共にやって来たサウシェツゥラの暮らしにも慣れ、侍女の教育と一応の王女の教養を学びつつ過ごしていた私は、陛下の付き人であるパウロさんからある情報を聞いた。


「お兄様達が、もうじき帰ってこられる」

「はい。当初、サラセリーカ様のお披露目パーティーには間に合わない予定でしたが、学園の方で少し手違いがありまして、夏季休暇が早まった故に数日後に戻られると報告が」


以前陛下からのお手紙を届けてくれたときと同じように無表情から淡々と告げられる内容。


それに併せ、急遽帰省されるお兄様達に向けてのご挨拶的なものを頭の中で組み上げる。


「ご存じであられるとおもいますが、カトリーナ様のの五つ上であられる現在の王太子殿下が今年十三になるアルヴィー王太子殿下。王太子殿下の二つ下である弟君がレイナード殿下であられます。アルヴィー殿下は齢十二であられながらも既に時期国王としての厳格さや柔軟性を持ち併せるお方で、対照的にレイナード殿下はカトリーナ様の遊び相手として良くお庭を駆け回っていたためか、とても天真爛漫なお方です。カトリーナ様がご子息になられたとご想像いただければ、容易いかと」


というパウロさんの捕捉を元に、特に長兄であるアルヴィー殿下への挨拶を考えた結果、好かれなくても良いけれど嫌われなければいいなという自己紹介文が完成した。


そもそも生い立ち的にこの国の人間ではないのに王女という座に座っている時点で良い感情は持たれないと思うけれど。


「パーティーが行われるのは二週間程先のことと伺っていますが、変更はないですよね?」

「はい。その手筈で準備を進めておりますので」

「失望させないよう心掛けます」


今から出来うる限りの教養を詰めし込んで、パウロさんへ宣言したように粗相だけはしないようにする、と意気込めば、パウロさんの顔が少しだけ雲っていた。


「……何か付いていますか?」

「っ、いえ、申し訳ありません。そういった訳では」


あまりにもじっと見られているので、午前に行っていた座学で使用したインクでも付いていたかと尋ねれば、驚いたように首を振ったパウロさん。無表情がデフォルトである彼がそんな顔をしていたのだから何かあるだろう、と今度は見つめ返せば、諦めたように口が動く。


「僭越ながら、サラセリーカ様の授業の割振りが少々勉学に偏っているのでは、と思いまして」


躊躇いがちにそう予想外の方向から指摘された点について、ここ一週間の過ごし方を思い出して鑑みることにしてみた。


まず起床から始まり、身支度、朝食、その後昼食までマナーレッスン、午後から座学、夕方頃に予定を終わらせたお姉様と一緒に遊んで、夕食を取ったら大体深夜くらいまで復習して夜明け前には眠る。朝まで勉強をすると翌日に響くから自重して睡眠を多めに取るようにしているし、お姉様と遊ぶときはお庭を駆け回るから運動もしている。


思い返した結果、適度に休憩もしているから何も問題ない、とパウロさんに話せば、何故か顔を手で覆ってしまった。


「もっと休まれてください」

「陛下に怒られてからはきちんと眠るようにしていますよ?」

「足りていません」


根を詰めすぎてぶっ倒れ、目覚めたときに陛下に叱られた以降、きちんと夜明け前には眠るようにしているのに。体力不足で気絶しないぎりぎりのラインだと思うのだけれど、どうやらそれでもいけないらしいと、認識を改めた。


「わかりました、では少し休憩時間を増やそうと思います」


倒れていないのだから良いのではないかとも思うけれど、私の心配をして助言してくれているパウロさんの好意を無碍にする訳にもいかない。多少勉強時間を減らして、読書時間に充てることにしよう。


「見張りを付けるよう、陛下へご相談させていただきます」

「……それは卑怯ですよ」

「卑怯だと思うのなら、おやすみになってください」


なけなしの誤魔化しは勿論通じず、この勢いでは本当に陛下にまた叱られてしまいそうだと察した私は口を噤む。


「何故、そんなに根詰めていらっしゃるのですか?」


そして、そんな鋭いパウロさんの指摘に、ぎくりと肩が揺れた。


「充分、優秀でいらっしゃるでしょう?」


惑いを見せてしまった私を追い込むように畳み掛ける言葉から逃げるように目を逸らし、これ以上は踏み入らないでくれと言わんばかりに無言を突き通す。


「ご無理は、なさらないでくださいね」

「……はい」


暫しの沈黙の後、一向に口を開かない私を諦め、パウロさんは一礼して部屋から出て行った。


「何故、か」


遠ざかった足音が聞こえなくなれば、自然と零れる独り言。


『あやつは、決して上辺だけで心配している訳ではなさそうだぞ』

「うん、わかってるよ、ソル」


机の下、私の足元で尻尾に鼻先を埋めて眠っていたソルがこちらを見上げ、相変わらず動かない口元から意見を告げて来る。


毎回ソルの声が聞こえる度に何処から聞こえて来るのか疑問なのだけれど、そういうものだとにべもなく捨てられて以降、考えることを諦めたが、やはり少々気になる。


『子供というモノはもう少し眠るものだとは、我も思うがな』

「……うん」


なんて、意味のないことに思考が逸れていれば、寄り添うようにぐりぐりと足に擦り付けて来る頭を撫でる。けれども再び机に向かった私を赤い眼で射抜き、溜め息を吐く人間のように鼻先を下に向けたソルをもう一度撫で、置いたペンを握り直した。


ことを少し後悔したのは、翌日のこと。



「お久し振りです、サラセリーカ様」


相も変わらず机に噛り付いていた午後。軽いノック音と共に現れたその人に、ぽろりと羽ペンが転がった。


無造作に整えられた漆黒の髪に、切れ長の瞳は夜明け前の薄藍。城内だからか、軍服を身に纏う身体は長い手足と高い身長が良く映えている。


「騎士、さん?」

「覚えていただき光栄です」


汚い私を国境近くの宿まで運び、道中水浴びをして風邪を引いた私を捨てることなくこのお城へと運んできてくれた騎士さん、その人であった。


「サラセリーカ様の騎士として、この度護衛の任を陛下から賜りました」


ずっとお礼をしたかった。けれど相次いで立て込む事柄が多くて蔑ろにしていたことを怒りもせず、ただ柔和な微笑みを私に向ける騎士さんの口から告げられた言葉に理解がどうにも追い付かなくて、ぽかんとその端整な顔を見つめていた。


「アーノルド・カーティスと申します。お好きなようにお呼びください」


膝を折り、頭を垂れる騎士さん、もといアーノルド卿。私の背丈では身体を折るアーノルド卿の姿は机に隠れて見えない。


何か返事を、とお高い羽毛がふんだんに使われたクッションから飛び降りて卿の前に立てば、失礼します、という呟きと共にそっと手を取られる。


何事だろうかと反射的に手を引きそうになるもの、何処かで見たことのある景色が頭を過って、ぎりぎり払うことを留めた。


「この命尽き、主の導きがあれども我が忠誠は貴方様に」


小さな手の甲に落とされた、口付け。映画のワンシーンなんかでよくある一幕。よもや自分がされる立場に立つとは思わず固まった私。何か言わなければ、とは思うのだが、真っ白になった頭では最適な言葉は何一つ浮かばない。


「貴方様のお傍に控えることをお許しいただけますでしょうか?」

「……は、い」


それでも、そんな私を見かねてさりげなく答えやすい問い掛けをしてくれたアーノルド卿のお陰で、なんとか言葉を絞り出せた。


「どうぞよろしくお願い致します、サラセリーカ様」

「……はい」


ああ、先日パウロさんの見張りとはこういうことかと納得してしまった私は騎士の誓いまでさせてしまった卿を拒むことなど出来もせず、こうして護衛という名の監視役を手にしてしまったのだった。


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