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薄幸転生侍女は陛下に仕えたい  作者: 高槻いつ


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薄幸転生侍女とお披露目準備予定と

「サラセリーカ様、苦しくはありませんか?」

「はい、問題ありません」


精霊紋が私の目に居座るようになって数日。予てより予定されているお披露目会という名の舞踏会に向け、私は意外と忙しない日々を送っていた。


ドレスの支度やアクセサリーの調達はさることながら、お披露目会に出席予定の賓客関係情報の詰め込み、精霊紋が現れてから体内を巡る不思議な力の抑制、通常の勉強、等々。


基本的にこのルーティーンを繰り返しながらぽつりぽつりと出てくるやっておかなければならない案件がここ数日重なっていて、現在ドレスの試着をしている私の目元にはおっきな隈が出来ていた。


「……体重、増えてこられたみたいですね」


華美でありながらも、肉体的な負担を限りなく減らされたドレスを飾る手伝いをしてくれている仕立て屋のマーサさんが、徐々にではあるものの健康的な身体を取り戻しつつある幼体を見て呟く。


「はい。お城のご飯がとても美味しくてつい、食べてしまいます」

「よろしいことです。もっと、お太りになられてください。今はふんだんに使ったフリルとレースで身体のラインを隠していますが、サラセリーカ様の場合はない方が美しく仕上がるでしょうから」


コルセットも必要ない程に痩けた身体は、覗く手足から様子が窺える。それを少しでも誤魔化すために幼くなりすぎないよう、けれども可愛らしくレースとフリルのあしらわれた子供らしいドレス。このデザインのお陰で、私はなんとか見れるくらいの体裁を整えられていた。


「ふふ、安上がりですね」

「……はい」


お城に来た頃、お母様が私に宛がってくれたお母様お抱えの針子であるマーサさんは、まだ二十代半ばといったところ。それでも、お母様が信頼するだけあって私の身体に残る幾つもの傷痕を見ても声一つ出さず、きちんとお仕事を遂行してくれたとてもプロ意識のある方である。


そんな方に仕立ててもらったドレスは当然高価で、生地代だってバカにならない程のお金が動いている。故に、装飾であるレースやフリル、鏤めた宝石なんかはない方が安上がりだと思うのだが、マーサさんは何処か諦めた様子で溜め息を吐いていた。


どうしてだろう、と一瞬首を傾げたものの、直ぐに自分の失言を察した。そうだ、自分の仕事を安上がりなんて言われたら、職人的に気分の良いものではないだろう。


「ごめんなさい、マーサさん……マーサさん?」

「その方の美を最大限に引き出すのが、私の仕事よ……!」


そう過ちに気が付いた私はマーサさんを振り返り謝罪を告げたのだが、彼女は一人静かに燃えながらそんなことを決意していた。後に改めて謝罪したのだけれど、彼女は何のことか理解していなかった気がする。



「お姉様?」

「……っ、サラ」


マーサさんとドレスの仕立てを打ち合わせた翌日。国屈指の蔵書率を誇るサウシェツゥラ城の一角、図書館へと向かおうとしていた私は、本来であればマナーレッスンの時間であるお姉様と会った。


マナーレッスンの時間を逃げ出して私と遭遇してしまったからか、一歩後ずさったお姉様との距離を詰めることなく、私は不自然に開いた間で会話を交わす。


「……何処に行くの?」

「時間が少し空いたので、図書棟へ行こうかと」

「また読書?サラは本当に本を読むのが好きね」

「はい。知り得るはずもなかった環境で学ぶのは、とても貴重なことですから」

「……そっか」


普段、どんな会話であっても決して否定することなく受け入れてくれているお姉様が、珍しく少しだけ顔を歪めて私を見ていた。


銀の髪をくるりと幼い指で巻き、優しい光を湛える新緑の眼は地面に下ろされて、彼女の意図を上手く図ることが出来ない。いつもなら目を合わせてお茶会でもしようと誘ってくれるお姉様だが、今日は少しでも私と離れたがっているような気がした。


「それじゃあ、わたしは行くね」

「待ってください」


たおやかに浮かべられた、張り付く表情。お姉様らしい活発さがなりを潜めた様子に違和感を抱いた私は、お姉様の腕を反射的に引いた。


「……どうしたの?」

「お姉様こそ、どうされたんですか」


覇気のない声、一向に合わない目線、不自然な態度。


やっぱり、今日のお姉様は変だ。どうやらただいつものようにマナーレッスンから逃げ出した、という訳ではない様子に何と言葉を掛ければ良いかわからなくて、ただ引き留めたまま何も話せないという沈黙が続く。


「…………サラ、その、」

「なんでしょう?」


だらりと下がる腕は、簡単に振り払える力でしか握っていない。それなのに、この場から立ち去りたがっているようで振り払われないその矛盾に頭を悩ませていれば、桜色の唇が震えた。


「わたし、貴女に迷惑掛けている?」


そして、問い掛けられたのは、そんな漠然とした質問。どういう意味で、も、どういう脈絡があって、なのかも、一切わからない問い。ぱちぱちと私が瞬きを繰り返せば、お姉様ははっとした顔でその桜色の唇を押さえた。


「あ……!ごめんなさいわたし、」


慌てて何かを誤魔化そうと、繕おうとする様子を見て、私はお姉様の手を取る。


「お姉様、私はここにいられて幸せです。お姉様に迷惑を掛けられたなど、とんでもありません。掛けているのは、私なのですから。それなのに何故、そんなことを仰るのですか?」


小さいと言えど、私よりも大きな手は、微かに震えていた。さあ、何があったのだろうかと首をもたげてお姉様を見つめていれば、可愛らしい目が段々と潤んでいった。


「わたしが出来損ないだから、サラに迷惑掛けてるって。わたしのせいで、サラが倒れるくらい勉強しなければならないんだって」

「は?」


つい、うっかり、猫を被ることを忘れて、私は素を晒してしまう程に一瞬で苛立った。


「待ってください、それは何方から?」

「……新しく来た、マナーレッスンの教育係のひと。前のひとはいなくなって、新しいひとになったの」


前任の人間は恐らく、私を忌避して鞭で叩いた結果お母様に城から追放されたあの人だろう。しかし、以降お母様に教導を務めていただいてから教育係とは会っていない。英才教育と称していくつもの習い事をこなすが故に何人もの教育係が出入りするが、入れ替わったマナーレッスンの教育係は、随分香ばしく香る。


「お姉様、良く聞いてくださいませ。私は、先程も申し上げた通り迷惑を掛けている立場です。お姉様も知る通り、私はこの国の人間ではないのにも関わらず、陛下の慈悲によって囲われているに過ぎない捕虜のようなものです。故に、将来を王家の方々に捧げるのは当然のことで、今だって生かしていただいている恩を返すために私が望んで行っていることであって、それは決してお姉様とは関係ありません」


こういったことは、早いうちに弁解するには限る。後日、とか、後で、とかでは、手遅れになるのがこの世界だと、お母様から知らされているから。


「……ほんとう?」

「はい。お姉様がマナーレッスンをサボってお庭で遊んでいるお姿を見るのも、お勉強の宿題だけ終わらせてお城を駆け回っているお姿を見るのも、私は大好きですよ」


潤んで、堪えきれない雫を指で掬いながらきっちり言葉を返す。そうすれば、少しだけ安堵したように目元に色が戻った。


「お姉様、イルを誘ってお茶会をしましょう」

「今日?」

「はい、午後にエミリーも呼びつけてみんなでお茶会をしましょう」


本日の予定を全て後日に回し、今日はお姉様の不安を取り除くことに専念することに決めた私は早速お姉様の手を握って共に自室へと戻る。


途中、お姉様を探していた侍女長にイルとエミリーを呼び出してもらう手筈を整えてもらい、二人が来る間私はお姉様とひたすら他愛のない話を続けていた。


「サラ、この子可愛いわね」


軽い昼食を自室に持ってきてもらい、二人で雑談しつつ食事をするひととき。アニマルセラピーという言葉があるように、腹を満たして可愛い銀狼を撫でることで大分落ち着いた様子のお姉様は、もぐもぐサンドイッチを頬張る私を見た。


「名前は?」

「え?」

「この子の名前」


お姉様の優しい手付きに満更でもないのか、口元がだらしなく開いている銀狼をもふるその手。一生懸命私が手入れをしているだけあって毛はふわふわに、身体は良く食べるからか私ではもう抱き抱えられない大きさに変わっている銀狼。


そんな彼?の、名前はと、お姉様は問い掛けられた。


「……えーと、銀狼?」


そしてそういえばと、思う。ずっと銀狼銀狼と呼んでいたから、名前という概念を失念していた。お姉様に言われるまで恐らくずっと銀狼であったその存在は、楽しげに紅い目を歪めて私を見ている。


「もう、ちゃんと名前付けてあげなきゃ!」

「ごめんなさい」


お姉様に叱られ、私は真剣に銀狼の名前を考えることにした。


安直に狼、でも良いような気もするけど、どうせならもう一捻りしたいところ。しかし一向に良さそうな名が浮かばないから、なんかハーブっぽい匂いするしハッカとかでも良いかなとか思考を放棄し出したところで、ふと銀狼の紅い目と視線が合う。


それは、生命の象徴。万物を司る、陽の色。


「……ソル」

「良いじゃない。よろしくね、ソル?」


結局、安直に名付けることになった。昔から何かに名前を付けるというのは苦手で、だからこそ拘りたかったのだけれど、思い浮かばないままぽつりと溢してしまった名前で決まったようだ。


『はて、聡いのやら鈍いのやら』


お姉様の手の中、唸るように溶けていったその言葉の意味を知るのは、まだ先のこと。



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