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開けてはならない

 開けてはならないと言われるほど、開けたくなってしまう。

 そう言うものではないだろうか、これは最近知り合った私の友人から聞いた話なのですが……。



 子供のころ住んでいた家に小さな神棚があったのですが、そこに弁当箱のような小さな箱が祭られてあったのです。

 箱の中には神様が住んでいるような話を大人たちから聞かされ、触ってはならないものであろうと思っていましたが、漆塗りの奇麗な模様の箱に掛けられた真田紐の鮮やかさに見せられ、幼かった私は時間を忘れてそれを見上げていたのです。ですがいくら美しいとは言っても、小さな箱の中に閉じ込められている神様がかわいそうな気もしていたのです。


 そして、その箱を一人眺めていると、決まって何かを引っ掻くような音が聞こえて、箱の中のものが表に出たがっているのではないだろうかと思っていたのです。


 もちろん言いつけを破って開けるつもりなど無かったのですが、ある晩遅くにトイレへ行こうとした時に神棚からカサカサと音が聞こえて来たのです。それは何時もよりも大きく、急いで壁を引っ掻いているような音で、静かに神棚に近づいてみると箱が僅かに動いているような気がしたのです。


 そこで、そっと箱を持ち上げてみようとすると、目の前にあるのは箱の隙間から覗く目玉。

 箱の内側から覗く生き物と目が合ったのでした。


 思わず箱を床に落としてしまい、後ずさって逃げ出そうとしたのですが、畳の上に落ちて紐の解けた箱には何も入っておらず、そもそも蓋の返しが深く被っている箱は紐を解かねばその中が見える筈も無かったのです。箱の中に何かいたとしても見える筈が無いのだと気が付いた私は、一気に気が緩んで落胆にも似た感情で箱に紐を掛け直し神棚へと戻したのでした。


 そして、こんな出来事があった事さえすっかり忘れて、月日が経ち社会人となった私が一人暮らしを始めた頃……。


 その日も仕事で終電間近に帰宅し、リビングでソファーに座ったままうとうとしていると、寝室の方からカサカサと何かを引っ掻くような音が聞こえたのです。

 どこか聞き覚えのあるような音に目を覚まして辺りを見回したのですが、何もなく、音が聞こえた場所を探しながら視線を動かしていると、寝室へと繋がる引き戸がほんの少しだけ開いている事に気が付きました。

 ネズミなどの小動物でも扉を開けたりすると言いますから、そう言うものの類であろうかと、そっと寝室を覗いてみたのですが、中は静まり返った闇が広がるばかりでした。

 気にはなりましたが、それ以上部屋の中を探し回るのは到底睡魔に勝てそうもなく、休日に改めて部屋を片付けてみればいいと思う事にしたのです。

 しかし、中々休みが取れず寝室を調べられないまま幾日か過ぎ、またソファーでうとうとしていると、何かを引っ掻くような物音で起こされたのです。部屋を見渡しても、やはり何もおらず、寝室の引き戸が一センチ程あいているのが気になったくらいでした。

 ピッタリ閉めたはずの扉が少しでも開いているのは初めの内こそ不気味ではありましたが、何度か同じ事を繰り返すうちに次第に慣れて行き、早く寝ついてしまえば気にならないとさえ思えるようになっていたのです。


 ですが、ある晩、寝室で眠っていると、例の引っ掻くような音が聞こえて来たのです。


 いつもとは違って寝室の中にいる今日こそ正体を突き止めるいい機会だと、そっと体を起こして扉付近の様子を窺っていたのですが、部屋は真っ暗で何か動く物を見つけるのは難しく、仕方なく灯りをつけようと手探りで部屋の電気のスイッチにてを伸ばしたのですが、いくらスイッチを押しても部屋の明かりがつく事はありませんでした。勝手知った部屋でスイッチを間違える筈もなく電灯が切れたのかと、壁紙の手触りを頼りに壁をたどり、ピッタリと閉まった引き戸の縁を探り当てると、そっと指先に力を込めて扉を開けようとしましたが、引き戸は何かで固定されているかのようにピクリとも動きませんでした。

 慌てて扉の周囲を手で触って確かめてみても何かが挟まっている様子もなく、レールから外れているわけでも無く、簡単に開けられるはずの扉がピクリともしないのです。

 闇の中に閉じ込められた恐怖がふつふつと湧き上がり、そこが慣れ親しんだ寝室であるにもかかわらず、私は扉の隙間に爪を立てて、無理にでもこじ開けようと躍起になっていました。


 なぜだか分かりませんが、どうしてもそれを開けなければならないような恐怖に突き動かされていたのです。

 そして、ようやく扉に指が引っ掛かるくらいの隙間が出来たのです。

 そこに指を突っ込んで少しでも早く外に出ようと、顔を押し付けるようにして隙間の外を覗くと、外側から少年が不思議そうに見上げていたのでした。


 それは、神棚を見上げる幼いころの私……。

 箱の内側から引っ掻いていたのは、私だったのだと……。


 隙間から覗いていたのが、私であったのだと……気が付いたのです。



 それ以来、彼は箱から出ようと引っ掻き続けているのです。

 時折、ほんの少しだけ開いた隙間から彼の指が見えたりするのですが、その姿を見る事は無いでしょうね。

 誰かが、箱の蓋を開けない限りは……。


 この話を誰から聞いたかって?

 それはもちろんこの箱の中の私の友人にですよ。


 内側に居るものをは外の世界に焦がれ、外側に居るものは中に入っているものに惹かれてしまうものですが、この箱の内側にどんな世界が広がっているか確かめるのはよした方がいいと思いますよ?


 少なくとも貴方がどちらに居るか分かるまでは……。

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