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ナイトバード/9-1  作者: アツシK
6/7

狂犬/マッドドック

 巨大な回転翼を左右に備えた灰色の怪鳥が、満月の薄墨みたいな夜空の中で月明かりを鈍く反射させ、まるで天上に浮かんだように舞っていた。思いの外静かに、そして群れから外れた渡り鳥みたいにぽつんと四国上空を通過している最中だった。

 ミカと佐奈江と瑠偉を乗せ、そしてナイトバ―ド‘くノ一’と、AIのオオバをサポ―トする通信機材やオペレ―ション・ディバイスを搭載した米国第五空軍司令部配下、横田基地第七百三十航空機動中隊所属の輸送機CV22・オスプレイは、ジム‘モスキ―ト’ロ―ゼンヴァ―グ元大佐の内密な計らいで、深夜未明にホバ―リング上昇から薄墨色の天空を西日本へと向け、横田基地を颯爽と飛び立った。

 ジムが第五空軍横田基地から調達したのはオスプレイの機体だけだった。タ―ゲットポイントまで随伴してくれるパイロットにナビゲ―タ―、それ以外の三人のオペレ―タ―は‘AFSOC(Air Force Special Operations Command:空軍特殊作戦コマンド)’所属の米本国第十八航空試験飛行隊から、DIA(Defense Intelligence Agency:米国国防情報局)の指揮系統を経由した全くのスペシャルユニットで、これ以上ないという編成を用立ててくれたのだった。

 ミカは四国上空を通過する機内で、これまで起きた事に対してようやく落ち着いて思いを馳せる事が出来るようになっていた。



 思い起こせば、片山が罠に嵌められ、警察に殺人容疑で逮捕された、と最初に知らせて来たのは、意外にもケベック州モントリオ―ルにいるジェームズ・アンソニ―・ロ―ゼンヴァ―グ元大佐だった。

 ジムの自宅にある軍事衛星回線(チャンネル)を用いたクラウド上の監視システムは、特に当該国に収集(ロ―ド)回線(チャンネル)を限定すると、その国の詳細情報全てが軍事衛星を経由してドライブユニットへアップされるようにセットされていたのだ。

 片山が逮捕され、書類送検、起訴、そして拘留されてからすでに三ヶ月が経っていた。その間に佐奈江が用意した弁護士が接見し、片山の拘置所での様子は逐一掴んではいた。片山が、何者かによる周到な罠による濡れ衣で逮捕されてから、どうしたらその冤罪を晴らす事が出来るのか、という事に、ミカも佐奈江も瑠偉も、バックヤ―ドのクル―全員が頭を悩ませていた。

 公判が始まり、ほぼ状況証拠だけで検察は審議を進め、故意に片山の残虐的な性趣向のみが裁判員達に誇張されて伝えられていた。検察側が用意した証人も全くのでっち上げで、虚偽の証言を法廷で公然とさせていたのだった。信じられない事に、国家権力によって全てが如何様(いかさま)に仕組まれ、審議はわざと狂わされていた。佐奈江が用意した辣腕の弁護士さえどうする事も出来ずに、何故か異例の速度で結審、そして判決をあっという間に迎えてしまったのだった。 

 片山は、強姦殺人の刑で死刑を宣告されたが、改正された憲法九条第一項と、特別任務自衛隊法によって死刑は恩赦され、その代わりに一切の上告は完全に無効とされた。これにより、片山は特任自衛官として直ちに秘匿された訓練施設へと移送されてしまったのだ。

 ミカ達を乗せたスペシャルユニットのオスプレイは今、その秘匿された特任自衛官訓練施設へと向っていた。国家権力によって殺人罪をでっち上げられ、幽閉されるようにその施設へ送られてしまった片山を、止むを得ず救出する為だった。

 ジムがこのユニット編成を統合参謀本部へ要求出来た背景には、当然のように二年前のヨコスカ・ショックの件と、数ヶ月前のアフガニスタン、カブ―ル・スタ―・ホテルの襲撃事件があったからだった。

 これにはヨコスカ・ショックを起したテロリストと、日本が憲法九条を改正した後に設置した特任自衛官との間に関わりがある、という秘匿機関ISMOの調査結果に対し、ジムが独自に持つコミュニティ内のネットワークからの調査報告がもう一方で存在していたからだった。それは、ISMOが調査に必要な特任自衛官を拿捕する為に、タリバ―ンを騙って味方諸共殲滅した、という事だった。

 ジムは、それを秘匿機関ISMO編成の指揮をした国防総省の将校数名に対して、事実として公表すると脅した。だが、この行為にはヨコスカ・ショックの首謀者を是が非でも割り出す、という大義名分が課せられていて、米国大統領及び、統合参謀本部議長の免責承認の署名が重くのし掛かっていたのだった。ジムはその事実を初めてその将校達に知らされたのだ。全てを免責したという‘噂は’本当だったのだ。それは、副大統領、国務長官でさえその重大な事実を知らされずにいた最重要機密の秘匿案件だった。

 更にISMOは、拿捕した特任自衛官の身体を解剖し、体内に流れる血液中に高酸化性物質の硝酸アンモニウムと、弱塩基性無機化合物のヒドラジンがかなりの割合で化合されていたのを確認、更に頸椎に米粒ほどの微微細トランスミッタ―起爆受信機を数個発見していたのだ。

 硝酸アンモニウムとヒドラジンは、二液性爆弾‘アストロライト’として広く認識されていたが、それを血中に化合させるというのはこれまで医学的にも、化学的にも不可能とされていた。特に高酸化性物質の硝酸アンモニウムは、ちょっとした衝撃でも爆発する可能性がある為に取り扱いが難しく、血中や細胞内にそれを浸透させるなど全く現実的ではなかったが、日本の卓越した医学や遺伝子工学、更に免疫学、細胞学を含めた技術力がそれを可能とさせていた事までもすでに掴んでいた。

 ISMOが最も驚愕したのは、トランスミッタ―の遠隔送信を携帯高速回線に乗せ、リアルタイムで何処からでも爆発力を再調整(アジャストメント)出来る技術を可能にさせていた事だった。

 憲法九条を改正したとはいえ、日本がこれほどまでに倫理感を完全に無視した人体兵器ともいえるものを創造していたというのが米国にとっても驚異的に映っていたのだっだ。

 この信じ難い調査結果の事実確認を伝える為に、米国政府はISMOの存在を伏せた上で、正規の外務省ル―トとは全く違う、秘匿した水面下のチャンネルから日本政府に対して慎重に打診した。それに対しての安達内閣の返答は、知らぬ存ぜぬ、の一点張りばかりだった。

 だが、ISMOは日本の外務省と防衛省の事務次官や政務官それぞれが、ロシアと中国の外務大臣や防衛大臣を含めた各省の高級官僚達と、東京やソチにウラジオストク、上海や瀋陽で密会していた事実証拠などを突き止めていたのだ。それらを踏まえた上で、米国政府はそんな‘のらりくらり’な日本政府に対し、ヨコスカ・ショックに関する安達内閣の‘係わり’と‘真意’を、同盟国として冷静に、そして正当に求めたのだった。だが、安達内閣の返答は、当該国との経済政策の為と、安全保障上の摺り合わせの為のみ、という素っ気ないものだった。

 余りの対応に呆れた米国政府とISMOは、白を切り通す安達内閣に対し、最後通牒の如く防衛省外局の防衛装備庁と、日本人の芸能マネージメント業務を隠れ蓑としている武器闇商人との繋がりを問うた。 その闇商人が世界各地のアンダ―マ―ケットから各国複数銘柄の武器を相当量調達し、それを防衛装備庁へ密かに納入した記録、更には特任自衛官の訓練拠点が、世界遺産となっている長崎県端島、通称‘軍艦島’の内部にある、という事実も示唆したのだ。つまり、安達内閣と日本政府は、何の為に軍艦島の地下施設を、同盟国の米国にも秘匿していたのか、という事を安全保障上の観点から問い質したかったのだ。だが、それ以降の安達内閣は、信じられない事に、まさしく貝になってしまったかのように、米国とのホットラインを完全に閉じ、沈黙してしまった。

 その一週間後、安達内閣は各メディア機関には全く公にしていない、米国と運用する秘匿外交チャンネルから突如として‘敗戦国’日本の立場を保証しているサンフランシスコ講和条約と、対になっている日米安全保障条約の締結解除を、ホワイトハウスと米国政府に対して公式に求めたのだった。それには、日本国内に駐留する陸海空全軍の国外退去も当然のように含まれていた。一見してそれは唐突にも見えたが、調査結果からすれば、何れそうなるだろう、という米国にとっても想定内の出来事だったのだ。

 しかし、安達内閣と日本政府の言い分は、余りにも一方的だった。条約解除の履行は、その通達から七十二時間以内、更には全米軍の駐留基地からの撤収は、解除日から一ヶ月以内というもので、それが一点でも履行されなかった場合は、中国とロシアの核装備をした長距離弾道弾が、ワシントンDC以外の主要都市に落下するだろう、という宣戦布告に等しい脅しだった。日本が提示した余りにも無謀な政治的な駆け引きは、最悪の事態回避の為に米国が仕方なく受け入れ、両国の同盟関係は終了した、という穏やかな表現だけが世界中のメディアを表面的に駆け抜けただけだった。だが、その裏側では、米国は日本に掛けた嫌疑も明らかに出来ぬまま、溢れ出さんばかりの怒りを無理に静めて粛々と撤収作業を進めていった。 ジムが編成したスペシャルユニットは、この撤収期限の二日前ぎりぎりのタイミング、それは日本の領空権内で撤収作業に追われて慌ただしい最中の友軍識別コードがまだ有効なうちに発動されたのだった。



「ロ―ゼンヴァ―グ元大佐が、あなた方二人に至急取り次ぐように求めています」

 両翼のターボブロップ・エンジンが騒がしく唸る中、オペレ―タ―の一人がラップトップ・コンピュ―タ―と、インカム・ヘッドセットを二つ携え、カーキ色の飛行用クル―ス―ツ姿のミカと佐奈江のいる後部キャビンへやって来た。オペレ―タ―に大声で差し出されたヘッドセットを、二人は言われるままに受け取って装着する。佐奈江の横に腰掛けていた瑠偉が、気を利かせたように隔壁に沿った簡素な席から立ち上がり、オペレ―タ―はラップトップを開いたまま瑠偉が腰掛けていたその席へ座った。

「サナエ、それにミカ、久し振りだね……そちらはまだ‘今晩は’の時間帯だったね」

 ラップトップのモニタ―に、銀髪を七三に分けた細面な初老の白人男性が映った。

「た、大佐、お久し振りです!」

「久し振りだね、ミカ、元気にしていたかい? それと何度も言うようだけど、私はもう、大佐じゃないんだよ」

 微笑みながら諭すジムは、まるでミカにとってやさしい祖父のようだった。

「ジム、相変わらず元気そうで嬉しいわ」

「そういうサナエもいつもと変わらず麗しい。クル―ス―ツも不思議と良く似合っている」

 ジムは、ラップトップのフレ―ムに内蔵されたインカメラから笑顔で佐奈江を認めていたが、挨拶の後で言葉に詰まり、ちょっとした沈黙の時間が流れてしまった。

「………ヒロの事は……私もちょっとびっくりしてしまった。まさかこんな事になるとは夢にも思っていなかったんだ………彼が殺人犯に仕立てられてしまうなんて………それで、君らを乗せたオスプレイは今、九州の長崎県に向っている。タ―ゲットポイントは、長崎県の端島、世界遺産にも登録された通称‘軍艦島’だ。世界遺産に登録した地を隠れ蓑にするなんて、日本政府も随分と太々しい事をするものだ。こんな事が公に知れたら、日本の品位はすぐにも崩れ、幾ら多額の拠出金を提供しているとはいえ、ユネスコは有無も言わさず‘顕著な普遍的価値’が失われたと判断してリストから端島を抹消するだろう。どっちにしても、軍艦島の地下施設に特任自衛官の訓練機関があり、ヒロも今、そこへ間違いなく移送されているに違いないはずなんだ」

「でも、何故ヒロを罠に嵌める必要が?」

 燻り続けているもっともな疑問をミカはジムにぶつけてみた。

「信じられん事に、横柄で無思慮となったアダチ内閣と日本政府の暴走、それは‘憲法改正の為に企てた’と考えられる‘ヨコスカ・ショック’と‘特任自衛隊法’の陰謀を暴き掛けた君達に対する見せしめ、という事だろう」

 ジムはわざと能面みたいな無表情をモニタ―の中で繕った。

「ヒロが調べ上げたヨシザワという闇商人とアダチ首相の関係、驚いた事に同郷で長幼の序を重んじる繋がりが二人に存在していたなんて、公に出来ない政治的な大スキャンダルに発展しかねない事実を掘り起こした。更にヨシザワが管理(マネージメント)していたF1チャンピオン宅にミカが侵入し、その男が脳死していた真実を明らかにしたという事、それによって、まぁ……連中にしてみれば端金(はしたがね)なんだろうが、年間数百億円のポケットマネ―的なスポンサ―資金をフイにさせ、以外と連中の痛いところを突いた、という事。多分この資金が‘ヨコスカ・ショック’時の武器調達の一部に使われた可能性が高い」

「大佐、これから私達は………世界はどうなってしまうんですか?………それに……もしかして、私達がこれからしようとしている事は、国家反逆罪みたいな事にはならないんですか?」

 ミカの不安そうな横顔がラップトップを覗き込む。

「私にも判らんが…………ただ、確か日本には国家反逆罪は憲法にも明記されていないはずだ……あるのは刑法の外患罪、あるいは外患誘致罪というもので、それこそ国家への反逆となる戦争犯罪であり、刑法の中でも最も厳しい刑罰を科すもののはずだ。未遂や予備に留まらず、陰謀をすることによっても処罰されるが………国家が国民を冤罪で罠に嵌めるような事態においては、全ての刑法が現段階では無効、といわざるを得ないだろう。だから今は‘冤罪’で特任自衛官に仕立てられてしまったヒロを、実力行使で救出するのが最優先事項だ。よもやすでに人体改造が行われてしまった、としても……だよ」

 表情を曇らせたジムが、ミカから強引に視線を逸らしたまま説明した。

「島内の全特任自衛官を敵に回し、地下に作られた施設に侵入するのは容易な事ではないが、諜報活動を生業にしている私がサナエに密かに発注した‘ナイトバ―ド’のポテンシャルが、それを助けてくれるだろう。ミカ、ナイトバ―ドの……君達が‘くノ一’とかと呼んでいる強化(パワ―ド)コンバット・ア―マ―の着心地や性能はどうだった?」

「え~っ、あれって、大佐がサナエのバックヤ―ドへ発注したんですか!?」

「あぁ、そうだよ、サナエから聞いていないのかい?」

 問い掛けられたミカが、慌てたように佐奈江を見詰めた。

「えぇ……実はそうなのよ……」

 ゆっくりと振り向いて、佐奈江は黒縁の眼鏡の奥からミカを見詰め返した。

中央情報局(CIA)内には、以前から敵地深部までの侵入可能な単独情報収集用のステルス(隠密)強化(パワ―ド)ア―マ―が必要だ、という意見が多数を占めていたんだよ。特に、イラク戦争以降にそれは盛んに求められたんだ。かなり危険な任務(ミッション)をシミュレ―トした場合だが、夜間に影の如く敵地内へ侵入出来たとしても、折り悪く存在を確認され、敵からの攻撃を防御、防戦、防弾し、しかも諜報員(オフィサー)の生命と身体を保護する為にはア―マ―も相当に強固でなくてはならない……それはね、イラク戦争時にサダム・フセイン暗殺の為に多くの暗殺要員(アサシネイト)を送り込んだが、情報が不適切だった為に、尽く返り討ちにあって絶命させてしまった、という苦い経験があるからなんだよ。ただ、そういった‘物’が本当に可能かどうか、という懸念だけが残った」

 佐奈江の無言の美しい横顔が、ジムの発言に同意を示していた。

「私はそのアイディアを、DARPA(ダ―パ)を始めとした米国内の各研究開発機関ではなく、一番信用が置ける人物に、つまりケンザブロウとサナエ親子へいの一番に、この荒唐無稽と言われても仕方がないような相談を持ち掛けたんだ、まず実現が可能かどうかと……そしたら、その二十七ヶ月後に、サナエと彼女の素晴らしい開発チ―ムは、ナイトバ―ドの試作初号機(プロトタイプ)を完成させてしまったんだ!」

 ジムの話に、佐奈江は何処か気恥ずかしそうにして、何度も不自然な瞬きを繰り返した。

「一方で、国防総省は現在、TALOS(タロス)、つまりTactical Assault Light Operator Suit(戦術的攻撃軽量オペレ―タ―ス―ツ)なるものを、DARPA(ダ―パ)を中心に十六の政府機関、十三の大学、十の国立研究所の協力を仰いで誠意開発中だ。その名の通りTALOSは、完全な戦術襲撃目的の機動攻撃兵器であり、私が提案したナイトバ―ドとは全くの一線を画するものだ」

「どういう事……なんですか、大佐?」

 ミカがジムへ訪ねた時、幾分か乱気流の影響を受けたのか、機体が一瞬だけ大きく揺れた。その揺れは、立っていた瑠偉が慌てて隔壁に手を付き、姿勢を保たなければならないほどだった。

「ナイトバ―ドに内蔵されているOS(オペレーションソフト) ‘R.I.S.E(Revolution Inform Support Engine)’と、火器管制暗視システム‘F.N.S(Fire control Night vision System)’の組み合わせは、攻撃能力としては比類ないほどのスピ―ドと破壊力を秘めている。間違いなくDARPAが開発中のTALOSの火器管制制御システムよりも優れているはずだ。だが、このシステムを発動させるには、エネルギ―・ハ―ベスティングによる百パーセントのエネルギ―発電が必要であり、すぐには攻撃態勢には移行出来ない。状況によっては防戦しながらエネルギ―・チャ―ジングを行う。それは君達の国がこれまで憲法によって遵守してきた‘専守防衛’の意義や価値観、そして美徳感と非常に似通っている。そしてその点こそが、米国防総省が現在推している無慈悲な機動攻撃兵器との相容れない部分なんだ、と私は認識している。あくまでもナイトバ―ドは情報収集が主目的のステルス(隠密)強化(パワ―ド)コンバット・ア―マ―なんだよ」

「ミカさん、だからなのよ、ナイトバ―ドを私達が‘くノ一’と呼ぶのは………女忍者のような偵察ア―マ―だからっていうだけじゃないの……見た目が女性用ア―マ―になってしまったのは、瑠偉さん自身が開発トライアルをする気でいたからだけなのよ。でも‘くノ一’の‘く’は‘(ナイン)’……そして‘その一(クラウス ワン)’つまり‘九の一’………まるで語呂合せみたいだけど、憲法九条が改正されるまで私達日本人が、そして父が…私の父が遵守してきた‘憲法九条第一項’の理念が込められているからなのよ……型式の‘TYPE.91’或いは‘九十一式’というのも……そう、あえてそういう意味を込めたの」

 ジムの言葉を繋ぐように佐奈江が結んだ。

「話が少し逸れてしまったが、とにかく……今はヒロの救出に全力を尽くしておくれ。そして、二人で必ず無事に戻って来るんだ、いいね、ミカ!」

 ラップトップを膝に抱いているオペレ―タ―のヘッドセットへコクピットから無線連絡が突如入ったようだった。オペレ―タ―はインカムマイクへ慌てたように「了解(ラジャ―)」と呟く。

「関門海峡を通過します。現在の巡航速度でしたら、タ―ゲットポイントまでもう僅か十数分ほどです」

「ありがとう、判ったわ。こちらの移動用オペレ―ション・コンソールを直ちに開き、以後のジムとのやり取りもそちらで行います。瑠偉さん、お願い」

 佐奈江が簡素な席から立ち上がり、瑠偉と向き合って瞳を覗き込んだ。オペレ―タ―がラップトップを畳んでキャビンから立ち去る横で、無言で頷いた瑠偉が振り返り、背後に置いたままだった背丈が瑠偉ほどの縦型で大型なトランクケースのようなものを横へ開く。モ―タ―音が小さく唸り、中から折り畳み式の椅子が、像の鼻のように伸びて降りた。そこへ腰掛けた瑠偉が、ケ―スの中にセットされた幾つかのモニタ―やキ―ボ―ド、各種コントロールスイッチが並んだ二面型簡易コンソ―ルの電源を次々に立ち上げた。複数の電動ファンが、ケース背面で猛烈に唸り始めた。

「回線開いて……瑠偉さん、ジムとの通信をまず確保して。それと………オオバ、聞こえる?」

《お嬢様、聞こえております》

「良かった……あなたを感じられると、とても落ち着く……」

 専用ヘッドセットを取り付けた佐奈江が、胸を撫で下ろすような仕草を見せた。

「ミカさん、そろそろ‘くノ一’の装着準備をして。まもなくタ―ゲットポイントの端島‘軍艦島’よ」

 何気なく促したミカの表情が一瞬だけ強張った。そして何故か肩を落としたようにキャビン前部に置かれたナイトバ―ドの移動用簡易専用格納庫(ストレ―ジ)へと向う。そんなミカを、瑠偉の視線だけが騒がしいエンジン音の機内で追っていた。

「ミカ、どうしたの?」

「えっ」

 大声で呼び止められ、はっとして格納庫(ストレ―ジ)の前で立ち止まった。振り返らずに背中を見せたままだった。瑠偉が移動用コンソール席から立ってミカに近付く。

「もう二度と、これを装着(ウエア)するつもりなんてなかったのに……ヒロがこんな事にならなければ」

「私…知ってるわ。片山さんがそう言ってたもの、元々はボスとそういう約束だった、って」

 瑠偉がお構いなしに「でもね」と囁きながら格納庫(ストレ―ジ)の観音扉を強引に開いた。扉の内側に綺麗に器具が並べられた装備品棚から、少し大きな拳銃(ハンドガン)みたいなものを手に取って確認した。

「これは拳銃(ハンドガン)みたいに見えるけど、本当は電磁波を放射して、狙った電子機器を全て無効化する為のハンドディバイスの試作品なの。片山さんを含めた施設内の特任自衛官全員に放射して、体内にある起爆用マイクロ・プロセッサをまずこれで無効化して……」

 説明しながらミカの手を取って握らせた。

「それ以外に‘くノ一’本体にもOSを含めた二、三のアップデ―トを施してあるわ。一つは防御能力よ。両腕の前腕部内へ、新たに円形のケブラ―製盾(シールド)を収納しているわ。あなたが‘Defense(防御)’と囁けば、百分の七秒で前腕部から盾が円形状に急速蛇腹展開しながら飛び出す。材質はア―マ―・パネルと同じケブラ―49の強化樹脂分子で編み込んだアラミド繊維と、超高分子量ポリエチレンを形状記憶ポリマ―で繋いだものよ。防御力も本体ボディア―マ―と当然同じで、五.五六ミリ弾なら連続十五秒以上、十二.七ミリ弾なら約四、五秒間の防御が可能よ………聞いてる、ミカ!?」

 ミカの目の焦点は全く合っておらず、瑠偉の説明は全く上の空だった。

「ミカ、しっかりして……It(やる) is(しか) not(ない) only() do()!!」

 まるで覇気のないミカを瑠偉が鼓舞した。

「片山さんを助け出すんでしょ!!」

「……OK……All right…………判ってる」

 ミカ達を乗せたオスプレイのコクピットからは、月明かりに照らされた軍艦島がすでに視界に捉えられていた。


『四分後に、タ―ゲットポイントに到達、四分後に、タ―ゲットポイントに到達……』


 コクピットにいるナビゲ―タ―からの通達が機内のスピ―カ―から突如響いた。

「他のアップデ―トは後で伝えるわ。ミカ、用意を……」

 瑠偉の覗き込むような視線をミカは狼狽えずに、どちらかといえば密かに自信に満ちた眼光で受け止めていた。




 軍艦島の低空域で一度大きく旋回したオスプレイは、島の最南部上空で二つの回転翼を垂直離着陸姿勢へと変化させ、高度八百メ―トルまで機体を降下させた。しばらくホバ―リングした後に、後部大型ハッチをゆっくりと開いていった。

「ミカ、用意はいい?」

「OK. I'm(いつ) standing(でもいい) by()!」

 傾斜したハッチに立つナイトバ―ド(くノ一)を装着したミカの眼下に、端島小中学校の朽ち果てた校舎が、薄墨色の闇夜に佇んでいた。

《ミカ様、カウル内ゴ―グル・スクリ―ンを赤外線暗視画像へと切替えます》

了解(ラジャ―)

《カタヤマ様が入手した端島内の地下坑道空間情報をバックヤ―ドからダウンロ―ドしています…………最新情報がクラウド上で更新されていません…………既存情報により、アルファ・チャンネルによるバ―チャル空間情報を再構成中です………完了しましたが、部分的に情報に欠損がある為に、三次元バ―チャル再生にエラ―が所々起きる可能性が十四パ―セント御座います。よって私とミカ様との間での空間情報の共有に失敗する確率が、施設内侵入後に同じく十四パ―セントほど存在致します》

「判ったわ、多分それは防衛省が端島の最新情報に対してジャミング信号をクラウド全般に張り巡らせているからよ。大丈夫、随時モニタリングしている私がサポ―トするから」

 瑠偉が、ミカとオオバの間へ自然と割り込み、状況を判りやすくミカに対して解析した。

「片山さんがここにいたら、こんなジャミング信号、簡単に解除出来るはずなのに」

 無い物ねだりするみたいな弱音を、瑠偉は一時だけ吐いた。

「いいわ、OK…これから降下して侵入する。ルイとオオバを信じているから……大丈夫、いくわ」

 口早に告げてからカウル内のインカムマイクに‘Gliding’と呟き、その身を端島の夜空へ躊躇なく投げた。翼竜のようなセ―ルを拡げ、月明かりで照らされた薄墨色の空にその身が舞った。二度ほど左右に反転しながら降下していく。その間にオスプレイは当該空域を速やかに離脱して洋上へ向った。

Just(ちょっ) a() moment(待って)!!……スクリ―ンに赤外線反応あり……校舎の横から二名分の生体反応を赤外線センサ―で感知しているわ………私達に気付いて偵察に出て来たのかも」

 低空侵入したオスプレイだったが、低空用レ―ダ―ですでに気付かれていた可能性も高かった。赤外線感知している対象者達に気付かれぬようにミカは大回りで旋回し続ける。

《ミカ様、軍艦島地下坑道のバ―チャル空間情報をインスト―ル致します。先程も申し上げましたが、インスト―ル致します更新デ―タが最新ではない為に、私のアルファ・チャンネルとの微妙な差異が発生する確率が僅かながら存在致します》

「No……|Hold your horses《待ちなさい》」

 五G回線からオスプレイ内の移動コンソ―ルを介してジムの柔らかい声が割り込んだ。

「すでに君らも知っているとは思うが、ヨコスカ・ショック以降に組織されたISMOという我々の秘匿機関が、防衛省と軍艦島へハッキング攻撃して入手したデ―タファイルが、ラングレ―内の情報提供者から私のクラウド・ストレ―ジにアップロ―ドがしてあるようなんだが……今…一覧を調べている………………あっ、これが多分、そうなのか?…………ファイル名がgunkanjima.fileとなっているな…………とりあえず私が開く前に、バックヤ―ドのメインフレ―ムへすぐに転送アップロ―ドをする」

「イ・ス・モ……その名前、前に聞いたわ……確か、片山さんがハッキングしたフェニックスの施設絡みの名称だったはず!?」

 ジムの話を聞いていた瑠偉が慌てたように、オオバを介したバックヤ―ドとの五G回線の接続確認操作を始めた。

「サナエ……すでに気付いているとは思うが、君の父上をカブ―ルで殺めてしまったのは、紛れもなくISMOのメンバ―だ。ヨコスカ・ショック以降に、特任自衛官の情報を集める為とはいえ、冷静さを全く欠き、見境なく同胞諸共皆殺しにしてしまった、というのは倫理上の観点から見ても由々しい大事件だよ、幾ら米国民にとってそれが余りにも残忍なテロ攻撃を受けて被害者になった、としても………そして………連中が大統領のあらゆる免責承認を得ていた、としてもだ…………米国を代表して謝罪を述べさせて頂く……本当に済まない、サナエ……」

「ジム……よしてよ、あなたのせいじゃないわ…………それにヨコスカ・ショックで大勢の米国コマンドと、その家族達がテロの犠牲になって尊い血を流してしまった、という遣り場のない悲しみは………私にも良く判る……私もそうだから……でも、今は、片山さんを救出する方が先よ」

 そう言いながらも、佐奈江はモニタ―越しのジムの目を見る事が出来なかった。

《ロ―ゼンヴァ―グ元大佐からのデ―タ・アップロ―ドを確認致しました。ファイルを解凍しています…………ファイルに複数の情報が添付されています………………軍艦島の情報ファイルを確認……同期を始めました………………地下情報……坑道情報を全て展開中です……複数の拡張子を確認…………適合中…………アルファ・チャンネルに反映しています………………バ―チャル空間情報を最新に書き換えています……………更新が完了致しました………ミカ様にインスト―ルをしています………………完了致しました》

 デ―タの書き換えが完了したのと同時に、ミカは端島小中学校の校舎脇に着地しようとLandingと呟き掛けた。

《ミカ様、着地する前に、一度左方向へ三秒間急旋回して下さい》

「えっ!?」

二名の特任自衛官を眼下に捉えながら、咄嗟に言われたミカが少しだけ動揺したのが、オスプレイ内の瑠偉と佐奈江にも伝わった。

《校舎裏側左手に、大きな倉庫と、三角屋根をした平家の廃屋がご覧になられると思いますが、そこが地下との出入口となっている、旧第四坑道上屋で御座います。確認出来ている警備の特任自衛官二名も、そこから出て来たと考えられます》

 ミカは降下加速が付いた体勢で、オオバに促されたままに左急旋回を慌てたように試みる。翻ったセ―ルが煽られ、過度に抵抗が掛かって月夜の大気を薄気味悪く震わせた。

《最新更新デ―タにより、地下坑道情報が大きく書き換えられていますが、それによりアルファ・チャンネルのバ―チャル空間情報の差異が完全に消失致しました》

 オオバの言葉を耳にしながら、校舎裏手から二十五メ―トルほど離れた斜面の朽ち果てた平家近くに着地した。地表に散乱した様々な瓦礫と、生い茂った雑草にミカは驚き、それは着地の瞬間にバランスを崩し掛けたほどだったが、転ばずに着地姿勢から身を隠すように低く屈む事に成功した。

「私の約十五メ―トル先に、さっきの特任自衛官二人が見えるわ」

 廃屋の影から覗くミカの赤外線暗視画像画面に、暗視ゴ―グルを掛け、八九式アサルト・ライフルを携えた二名の特任自衛官が映っていた。雑草の中を二手に分かれ、端島小中学校の校庭らしき広場へゆっくり辺りを窺うように向っているのが判る。満月の月明かりで薄墨の夜空だったが、昭明が全くない軍艦島島内は、暗黒で閉ざされた闇の世界だった。

「ミカ、背後からその二人を狙って、さっきの電磁波無効化ハンドディバイスを一度試してみて!」

 瑠偉に促されたミカは、腰に巻いたユ―ティリティ・ベルトのクランプに吊したディバイスを触って確認する。

《ミカ様、ハンドディバイスをお試しになる前に、前方の二名に気付かれぬように低い姿勢のまま十メ―トルほど進み、体育館跡地を過ぎてから現れる校舎三階の角部分の教室の柵へクロ―フックでお登り下さい。現在のミカ様の自重なら、建物施設に対して破損なく上がれるはずです》

「判ったわ」

 ミカは屈んだまましばらく進み、上方を見上げて滅びた巨大な校舎を暗視画像で確認した。本当に大丈夫なのかしら、と不安になるほど傷んでいたが、すかさず右腕を目標目掛けて上げ、校舎の露出した柵目掛けてクロ―フックを発射する。フックが引っ掛かった直後にパワ―ウインチがミカの身体を瞬く間に引き上げた。瓦解した教室に直ぐさま飛び移ると、暗視画像で二名の特任自衛官の動きを見下ろし確認する。

「電磁波無効化ディバイスを、一人ひとりへ狙いを付けて構えてみて……あなたの暗視画像が映ったゴ―グル・スクリ―ンに、構えた相手に対して照準(ターゲット)マーキングが表示されるはずだけど……」

 促されるままに腰のベルト・クランプからディバイスを外すと、カウル内に信号音が小さく響いた。両手で拳銃(ハンドガン)を構えるように眼下の自衛官の一人に狙いを付けると、蛍光緑色の照準マ―キングがタ―ゲットを囲むように表示された。

「蛍光緑色の照準マ―キングが橙色へ変化したら目標(タ―ゲット)捕捉(イン)完了(サイト)、ディバイスの引き金(トリガ―)を絞って」

 特任自衛官の頭上から囲んだ照準マ―キングが緩やかに橙色へ変化した瞬間、言われたように条件反射で引き金を絞ると、微かなブザ―音がミカの耳を刺激した。

「無効化が完了、成功したわ! ミカ、もう一人にもよ!」

 すかさず残りの一人にも狙いを定め直して引き金(トリガ―)を引いた。し終えて素早く腰のクランプへディバイスを戻すと、柵を越えて三階から急いで飛び降りる。背中のバックパックからセ―ルが瞬時に開いて落下速度を和らげた。出来る限り静かに着地したミカは、偵察に出て来た特任自衛官の一人へ背後から密やかに近寄り、一息に口を塞ぎながら首を締め上げて昏倒させた。倒れる音でもう一人に気付かれぬように地面へゆっくりと寝かせ、疾風の如くもう一人に飛び付いて同じように倒した。

「ミカ、赤外線暗視のまま探索モ―ドにして、周辺に監視カメラが隠れていないかどうか調べて………その端島小中学校があった七十号棟周辺は、世界遺産に登録された後も、上陸見学コ―スからは外れている場所なの。一般人は通常足を踏み入れる事が出来ないエリアよ」

 ミカが‘Search(探索)’とカウル内で呟くと、見えている全ての赤外線画像に、橙色に識別された透視画像が反映された。

《ミカ様の現在位置から十一時方向四階部分、九時三十分方向一階部分、更に背後六時四十分方向二階部分に監視カメラの作動ノイズを確認致しました》

 オオバの指摘に驚いたミカが、言われた方向を慌てて見回すと、蛍光橙色に表示されたカメラらしき透視画像が点滅してモニタ―に映っていた。それらは傷んだ柱などにわざと隠れるように取り付けられているようだった。

「無効化ディバイスを使っておいて良かったわ。確認出来たカメラがもしも赤外線だったとしたら、敵のオペレ―タ―は起爆スイッチを押していたかも知れない」

 安堵の溜息を吐き出すみたいに瑠偉が言葉を発した。

「どっちにしても、地下施設へ早く向った方が良さそうだわ。着地したさっきの平屋、第四抗上屋まで急いで戻って。そこに地下施設への入口の一つがあるはず」

「It Is say just pretty selfish thing!!(随分と身勝手な事ばかり言うのね)」

身を翻しながら呟き、瓦礫の上を小走りに四抗上屋があった方へ戻る。

「何か言った、ミカ?」

「何でもないわ……いつもの事だけど!」

 暗闇の中、昔は倉庫だったと思しき大きな平屋建物の前を右に折れ、上屋へと瓦礫の上を急いだ。細かく右左と向きを変える時、生憎にもナイトバ―ドの脚部装甲ブ―ツがハイヒ―ル形状になっている事をミカは呪った。

「戻ったわ……中へ入ってみる……いいわね、オオバ?」

《もちろんで御座います。アルファ・チャンネルにより認識致しておりますので御安心下さい……ミカ様の索敵センサ―のレベルをたった今最大へシステムアップ致しました…………更に、R.I.S.E発動までのエネルギ―・ハ―ベスティングによる充填量は現在八十九パ―セントで御座います》

「判ってるわ、オオバ、こちらでもモニタリングが出来ている。気を付けて、ミカ!」

 ミカは小さく頷き、三角屋根が抜けて朽ちた平屋だった建物の中へ恐々と足を踏み入れた。入口周辺を覆う建物の壁という壁は、屋根と同じようにほとんどが崩れ落ち、骨組みや腐って残ったままの断熱材が露出していた。奥へ進むと、上屋内の大気に充満する細かな埃や塵が赤外線暗視画像にチラチラと光るように反応して充満していた。

《リアル画像と補助サ―チライトへ変更致しますか?》

「いえ、このままでいいわ」

 散乱したままの机や椅子だった、と思しき(ごみ)を避けながら奥へ進むミカは、それらの在り方が少しわざとらしいと感じていた。

 一番奥の突き当たりまで進むと、左右にそれぞれ二軒ほどの大きさの壊れた木製引き戸があった。ミカには、大きさといい、傷み具合といい、どちらも不自然に映った。

「こんなところに、地下へと繋がるエレベ―タ―があったとしたら、余りにも馬鹿にしているわよね」

《私もそうは思いますが、残念な事に右側の扉で御座います、ミカ様。同期した仮想拡張空間デ―タによれば、その扉の内側にエレベ―タ―が御座います》

「そ、そうなんだ……判ったわ」

 右側の引き戸の間口を確認するようにぐるりと見回し、把手の窪みへ手を掛けた。右へ引いて扉を開こうとしたが、固く閉ざされてビクともしなかった。

《三次元バ―チャル構造解析(スキャン)画像に変換(エンコード)致します……》

「いいわ、オオバ、私に任せて」

 オオバを遮り、R.I.S.Eが発動出来ない状態でのありったけの力で扉を正拳で突いた。木製の扉が砕けて穴が開くかと思えたが、鈍い音と伴に表面の木製カバ―だけが砕けて、内部の鉄製と思しき扉が大きくへこんで歪んだだけだった。

「えっ、カモフラージュ!?」

《ミカ様、三次元バ―チャル構造解析(スキャン)画像に変換(エンコ―ド)するべきでしたね》

「………うるさいわ!」

 苛ついたミカは、呪文のようにR.I.S.E発動のキ―ワ―ドを呟き、エネルギ―充填量が百パ―セントに達していない状態での使用を試みた。ア―マ―の各パネル間を繋いでいるアラミド繊維は充填が百パ―セントの時の金色ではなく、銀色に全身の各部分を発光させていた。それでもミカは苛ついた怒りの全てを右脚に込め、鉄の扉へ横蹴りを思い切り見舞った。ミカにとっても想像以上のインパクトを与えた扉は、鈍い音を発しながら物凄い勢いで後方へ弾け飛んだ。

No(マ、) kidding(マジで)!?」

 扉の中はエレベ―タ―シャフトになっていた。扉は歪んで弾け飛び、地下へ向って何度もシャフト内でぶつかる音を響かせながら落ちていった。

《仮想拡張空間デ―タによりますと、エレベ―タ―シャフトは最深部まで九百四十メ―トル御座います。最深部は、潜水艦専用のエアロック式最新型ドックとなっており、途中の地下ブロック、深さ約六百メ―トル地点に、炭鉱時代に作られた広域な抗底坑道を、訓練、及び医療施設へと更新したフロアが御座います》

「ヒロはそこにいるのね!?」

《そう思われます。しかしながら、ミカ様のクロ―フック・ワイヤ―は、最大で百五十メ―トルまでの延長距離しか御座いません。ですので、クロ―フック・ワイヤ―だけでの降下は不可能かと……》

「大丈夫……やるわ、ワイヤ―の限界ポイントで左右交互に切替えて降下する」

《承知致しました。エレベ―タ―シャフト内の情報を、三次元バ―チャル構造解析(スキャン)画像へ直ちに変換(エンコ―ド)致します………坑道情報を入力中……アルファ・チャンネルでのかごの位置情報を取得しています………かごは現在地下六百メ―トル地点で停止中なのを確認致しました………これにより、その地点までの降下に関する問題点は消去されました。クロ―フックの交互運用でかごの天井部までの降下が可能です》

 ミカはシャフトの縁まで進んでから上部を見上げ、右腕のクロ―フックをかご巻上機の軸部分へ向けて射出しようとした。

《ミカ様、ちょっとお待ち下さい。只今、最新の坑内情報への更新が可能となりました……………更新致します…………現在、かごが停止している地下六百メ―トル地点に、赤外線熱感知によるアルファ・チャンネルでの生体反応を確認致しました。確認出来る範囲で、およそ七十人分の生体反応が御座います。その中に、新素材で覆われた対人兵器一体を確認…………出来る限りのクラウド上のア―カイブを検索しています……………反応が御座いました…………米国防総省型式認定・試作型RIZEスラッシュ003、ツインアイ仕様TALOS‘マッドドッグ’……のようで御座います》

「国防総省?……TALOS…マッドドッグ?…なんなの、それ!?」

《ア―カイブを更に検索しています………米国防総省と防衛省のリンクをクラウド上の履歴でマ―ク……履歴を確認中…………検索しています…………反応が御座いました》

「それで!?」

《Prototype.RIZE/003.TALOS.Product.Specification.Twineye`Maddog` は、米国防総省から日本の防衛省へ、日米安全保障条約に基づき、共同開発という名目で技術供与が行われた試験機体(プロトタイプ)です。DARPAから提供された貴重な試験機の一機で、最新仕様のTALOS/モデル3のようで御座います》

 右手をカウルの上から耳部分へ当てて、じれながらオオバの事情説明を聞き入った。

「ミカ、それは川越重機へ搬入された最新モデルよ。詳細なスペックは不明だけど、背丈を常人の一・五倍ほどに拡張し、背後に装備した高圧縮水素仕様の燃料電池ユニットで駆動、噂ではケブラ―装甲にあらゆる関節部分をリキッド・ア―マ―でプロテクトした大型重装甲式ア―マ―……ア―マ―というよりは、まるで操縦するロボット・ス―ツね。武装は、伝え知られている限りでは、前腕に装備した五.五六ミリ弾のガトリング砲、左肩に無反動型の連発可能な迫撃砲、というところかしら。大型化された要因も、駆動電源以外にこれらを装備する為だといわれているわ……気をつけて!」

 瑠偉が情報を補完するみたいに口を挟んだ。

「That's easy for you to say!(そんな事言われたって)………OK………All right………いいわ…ヒロを助け出さなきゃいけないんだもの、仕方ないわよね……判ったわ、降下する!」

 答えたミカの声が幾分か震えていた。

Fire(射出)……」

 右腕から撃ち出されたクロ―フックが巻上機の軸に引っ掛かった途端、ミカはシャフト内へ諦めたように飛び降りた。スルスルとワイヤ―が伸びてミカの身体を地下深くへ下ろしていく。

 ワイヤ―が最長に伸びきったところで停止し、今度は左腕のクロ―フックをシャフトフレ―ムへ引っ掛けた。素早く右腕のフックを巻き戻して更に降下し続ける。それを数度繰り返してかごの天井部へ着地した。

 天井部のメンテナンスハッチをこじ開け、エレベ―タ―ドアが閉じているのを確認してから中へ飛び降りた。片膝を着いて舞い降りた直後、何故か閉じていたドアが、タイミング悪く左右へゆっくりと開いてしまった。

「えっ!?」

 外からエレベ―タ―の中が丸見えになってしまい、予想もしていなかった事態にミカは動揺した。そんなミカの目の前に、かまぼこ状に刳り貫かれた並ならぬ規模の地下施設が拡がっていた。テニスコ―トが楽に八面分は取れそうな広さの空間は、地上の様子からは全く想像出来ないほどに清潔感が不思議と保たれていた。

「待ってたよ!!………すばしっこい小鳥ちゃん……我らが‘端島基地’へ、ようこそ!!」

 灰色の大柄な背格好をした赤い双眼の怪物が、地下施設の五十メートルほど先から叫ぶと、施設内に大きく反響してミカの耳へ届いた。怪物の両脇を、ガスマスクみたいなフェイスマスクと、簡易型ア―マ―を身に付けた大勢の戦闘服姿の特任自衛官が、アサルト・ライフルやマシンガンで待ち構えていた。男達が立つリノリウム製の緑色の床の背後は、大きなガラス壁で全面が隔たれ、中は真っ白な壁面で覆われた医療施設か、何かの研究施設のようだった。

「お前さんの目的は、この男だろ……なぁ!!」

 そう叫ぶ赤い双眼の怪物の顔部分が、機械的な動作音と伴にいきなり後ろへ反り返ると、中から‘闇商人’吉澤幸雄の顔が覗いた。そして吉澤の傍らには、結束バンドのようなもので手首を縛られ、戦闘服を着せられた片山が抱えられていた。

「ヒロ!!」

 ミカは、カウル内ゴ―グル・スクリ―ンを一部分だけ拡大して、片山である事を確認した。

「悪いがな、この男には遠慮なく自白剤を使わせてもらったぜぇ、経堂の隠れ家に小鳥ちゃんが忍び込んだ件も含めて色々と聞きてぇ事もあったしな!! そのせいで、こいつはもう廃人同様だぁ!!」

 片山は、自白剤の影響なのか憔悴しきって目の周りは窪み、頬は痩せこけ落ちていた。もはや手遅れなのか、という諦めと焦りがミカの背筋をぬめりと通り抜けた。

《ミカ様、対象タ―ゲットは、対人赤外線熱感知により、カタヤマ様を差し引いて総勢六十七人で御座います。R.I.S.E発動までのエネルギ―・ハ―ベスティングによる充填量は現在八十一パ―セント……なお、ヨシザワが現在装着しているのは、DARPAから防衛省へ提供されたTALOSの試験機最新型‘マッドドッグ’のようで間違い御座いません。(わたくし)のアルファ・チャンネルによる三次元バ―チャル構造解析画像に変換(エンコ―ド)し、弱点を含めた出来る限りの構造解析(スキャン)を直ちに、そして最速で行います………》

「判ったわ」

 インカムに呟き、警戒しながらゆっくりとかごから歩み出る。

「ミカ、大柄で前腕部がゴリラのように幾らか長いそのシルエット、間違いなくマッドドッグよ。ガトリング砲の命中精度を上げる為に、火器管制自動追尾予測照準システムを搭載しているはず!」

 瑠偉が再び情報を補完した。

「Thank you」

 呟きながら、更に吉澤達との間合いを詰め、三十メ―トルほど手前で立ち止まった。

「何故、ヒロに、いえ、その男にこんな馬鹿な濡れ衣を着せるのよ!? 一体全体、何でなの!?」

 フェイスカバ―を左右に開いたミカが、吉澤へ大声で言い放った。

「本当に小鳥ちゃんみたいな可愛い声だ」

 高笑いしながらミカを小馬鹿に揶揄すると、周りの戦闘服姿の男達も釣られるように失笑した。

「そんな可愛い()ちゃんが、そういう物騒なものを身に付けていちゃいけない。そのア―マ―の威力は、この前うちの屋敷内で十分に見せてもらったよ」

「そんな事どうでもいい、質問に答えて!!」

「仕様がねぇなぁ……まぁ、あんたが……いや、あんた達が俺の隠れ家として使っていたあの屋敷に忍び込まなければ、こんな事にはならなかっただろう、とだけ答えておこうか…………いや、なんつうの、お互いに本当に運がなかった、というだけなんだろうな……ちょっとした資金源を絶たれた、というのも、まぁ、少しは堪えたが…………それよりも一番の理由は、あんた達がタイミング悪く‘菱井の娘’の隠れ家から米国の情報機関をハッキングして、知っちゃいけない俺の情報を引っ張り出して、俺の正体と、そして俺と政府、いや安達とで進めていた計画を知ってしまった、という事だな…………なんだ、結局喋っちまったじゃねえか…」

 ははは、と言い終えた吉澤は再びわざとらしく高笑いした。

「この軍艦島の地下施設はなぁ、俺と安達にとって計画の一番の肝なんだよ。一発目の横須賀でのドンパチを起す数年前から密かに囚人連中への人体改造の試み、そしてこいつらの訓練の為だけ、というのが主目的じゃねぇんだ。ここの更に下の部分、地下約千メ―トル地点には、最新の潜水艦用のドックが誂えられている。勿論、原潜の為のな! 世界遺産の申請なんざ、単なるカモフラ―ジュに決まってんじゃねぇか!!」

 吉澤は、体力的に弱った片山を更に乱暴に引き寄せた。

「元々は、原子力の平和利用とかで、核兵器の隠れ蓑としてアメちゃんに押しつけられた原子力エネルギ―だが、皮肉にもそれによって我が日本が持つ原子炉の蓄積された技術力と、国内と海外に眠る総量四十八トンにも上る使用済み核燃料から取り出せるプルトニウムを、中国やロシアの連中へチラつかせたら、やつら、涎を垂らして‘もっと’って、まるであそこを咥えられたみたいに喜びやがったぁ!!」

 顔全体の筋肉を狂人になったみたいに引きつらせ、吉澤は叫び続けた。

「それに引き替え、呑気なアメちゃんときたらそんな事も露知らず、有難い事にわざわざこんなものまで寄越して…………いつまでも俺達が奴らの言いなりになったままのわけなんかないのになぁ……大体さぁ、綺麗事ばかり並べやがって、むかつくんだよ……彼奴(あいつ)らはよぉ、この国に対して……この国の広島と長崎に対して、何の躊躇いもなく原爆を落として焦土と化した……そして世界の中で核攻撃を行った唯一の国なんだぜぇ……さぞかし気持ち良かっただろうなぁ…………駄目だ、っていわれているものを平気に使えた時はさぁ、えっ? しかも、占領しておいてから同盟国などと抜かしやがって、日本は現実的にはアメちゃんの傀儡(かいらい)みてぇな扱いじゃねぇか、えっ、馬鹿にするのもいい加減しろ、って思うのが俺と安達との昔からの共通の遣り場のねぇ怒りに決まってんだろぉ!! 」

 悦に浸っていた吉澤は、意味もなくミカへ向って高笑いしながら独壇場の演説みたいに話を続けた。

「そして、安達はマジで政治家を志し、夢みたいな話だが‘意思あらば’ってな感じで本当に日本の総理大臣まで上り詰めちまった。そして憲法九条を現実的に大きく改正する事、つまり書き換える事が可能となって、俺達は戦後の呪縛から解き放てる事が出来たんだ。だから、俺達はそうなる為に一か八かの賭に出た。賭っていったって、まぁ、必要な情報は用意周到に当然の事ながら全て掻き集めてから企て、そして彼奴(あいつ)らの隙を狙って計画を遂行したんだから、賭じゃねぇな………ははははぁ、実際のところ、あんなに上手くいくとは想像も出来なかったけどな。彼奴らこそあんなテロ攻撃を受けたのにも関わらず、自分達を奢り続けて、本当は彼奴らこそ平和惚けしてんじゃないのか、って思えたほどだったんだぜ、えぇ? まさしく、アメ公の野郎、ざまあみろ、って感じだったぜ……昔、米軍基地の金網に二人でしがみついて‘今に見てろよぉ’って叫んでいたのが、ようやく現実になったんだ!!」

「昔の事は、私……良く判らないけど……あんた、反体制思想に偏り過ぎて……ブっ飛んでるよ……」

 吉澤の言っている事は余りにも偏っていて、何の根拠もないような話ばかりだった。思考力は完全にイカれていた。

「ブっ飛んでるだぁ?………ふざけるなぁ!! 彼奴らはなぁ……彼奴ら海兵隊の奴らはなぁ、あの時まだ高校生だった俺の妹を三人でおもちゃにしやがって…………部活帰りにボロボロにしやがって………………い、妹は、その日の晩、風呂場で手首を切って自殺したんだぞぉ!!…………っざけんじゃねぇ!!」

「……マジ!?」

 吉澤のその話が、嘘か誠は判らなかったが、少なからずミカに動揺を与えて判断力を鈍らせていた。

《ミカ様、三次元バ―チャル構造解析(スキャン)の結果ですが、残念ながら完全なウィ―クポイントを見つけ出す事は出来ませんでした。マッドドッグの装甲面は、ケブラ―の表面に窒化チタン・コ―ティングが施してあり、関節、屈折部にはダイラタント流体を利用したリキッド・ア―マ―で覆い、かなり強固なようで御座います。ですが、火器類を基本重装備している為に、運動性能、及び反応速度は、ミカ様のナイトバ―ドよりも三十五パ―セントほど落ちる見込みだと予測致します。ただ、ルイ様が先程おっしゃっていた火器管制自動追尾予測照準システムの実際のポテンシャルが如何ほどのものなのか、にもよりますが……》

「All right……でも、結局はFight(闘う)しかないのよね!」

《カタヤマ様を救出するには……そうで御座います》

「何をブツブツ言ってるんだ、駒鳥姉ちゃん!? ちゃんと俺の話………まさか聞いていなかったわけじゃねぇだろうな、えっ?ま、どっちにしてもここまで話しちまったんだ、悪いがな……こいつとお姉ちゃんには死んでもらうぜ」

「I wonder what is it?(それはどうかしら)」

 言うが早いか、ミカは顎辺りのスイッチに触れてフェイスカバ―を閉じ、特任自衛官達に向って勢い良く突進し始めた。吉澤の両脇にずらりと並んだ特任自衛官達の八十九式アサルト・ライフルの銃口が一斉にミカに向けられる。全ライフルが連射を始めた咆哮が坑道施設内に轟くほんの刹那、ミカは天井へ向けてクロ―フックを素早く射出して打ち込み、一瞬にして硝煙の中から飛び上がって特任自衛官達の眼前から消え去った。動揺した自衛官の真上から、ミカは間髪を入れずに電磁波ハンドディバイスを連射して無効化を試みた。

 照射した全員の無効化に成功したかどうかは判らなかったが、ワイヤ―で素早くぶら下がるように自衛官達の背後へ飛び降りた。ゴ―グル・スクリ―ン内の映像からF.N.Sのアイコンタクトによって特任自衛官を立て続けにロックオンし続け、息もつかせぬ間に次々と攻撃を仕掛けていった。が、パワ―とスピ―ドが足らないせいで、致命傷に至るというような強烈なインパクトを与えるほどではなかった。

《エネルギ―・ハ―ベスティングによる充填量が九十パ―セントを超えました。R.I.S,E発動まで後僅かの我慢です》

 近距離での白兵戦となった為に、特任自衛官達はライフルの使用が困難となり、サバイバルナイフをベルト・バックルから次々と引き抜いてミカへと襲い掛かった。

「ミカ、(シ―ルド)よ!!」

 モニタリングしている瑠偉が叫び、それにはっとしたミカが思い出したようにDefenseと呟いた。瞬く間に両腕の前腕上部から円形の盾がくるりと飛び出し、代わる代わる襲い掛かるナイフの刃をギリギリのタイミングで次々と防いでいった。

《後数秒でエネルギ―充填量が百パ―セントに達します……五、四、三、二、一……R.I.S.E発動が可能です》

「OK. Release……」

防戦一方だったナイトバード‘くノ一’のミラ―状のゴ―グル に蛍光緑色の双眼が不気味に浮かび上がり、装甲パネルを繋ぐ各部のアラミド繊維が眩い金色の光を放ち始めた。

《R.I.S.E発動時間のカウントを開始致します……プログラム開始(ビギニング)、1、2、3、4………》

 四方を覆われるように特任自衛官に囲まれていたミカが、目にも留まらぬ速さでクロ―フックを天井へ打ち込んだ。その勢いで特任自衛官数人を上方へ突き飛ばし、立っていた場所から消えるように飛び去る。それを見ていた吉澤は、片山の首を乱暴に引き寄せたまま、慌てて逃げるようにその場を後ずさった。

 R.I.S.Eを発動させたミカの勢いは留まる事を知らなかった。施設内で放射状に展開した大勢の特任自衛官達を、ミカは左右のクロ―フックを自在にコントロ―ルして、掴んでは目にも止まらぬ速さで引き寄せて肘打ちや正拳のインパクトで卒倒させた。更には残像も残らぬ速度で四方八方へと矢継ぎ早に飛び続けながら強烈な打撃を特任自衛官の急所へ次々と浴びせ、ライフルの弾丸を一発も撃たせる隙を与えなかった。 ミカの背後からナイフで仕掛けて来る自衛官には、即座にジャンプや側転、バク転回避をしながら風車型の手裏剣を見舞っては昏倒させていった。

 吉澤は、ミカのその一連の動きをマッドドッグの火器管制自動追尾予測照準システムにロックして、R.I.S.Eの行動予測パタ―ンと稼働速度を、OS(オペレーションソフト)とプロセッサ―に学習させた。更にはシミュレ―トさえも行わせていた。

 昏倒したか、仮死状態に陥った特任自衛官の築き上がった山を前にして、まだ蛍光緑色の双眼と、全身のあらゆる箇所を金色に輝かせたままのミカは、マッドドッグを纏った吉澤と対峙した。

《……プログラム終了(フィニッシュ)・・・総勢六十六名の主要タ―ゲットに対するR.I.S.E発動による駆逐を五十一秒で実行、及び完了致しました。NASA91 ナイトバ―ド本体、及び各部位と、ミカ様の身体に対する損傷も全く御座いません。お見事です》

 吉澤は、憔悴した片山を更に引き寄せ、右腕前腕部に装備されたガトリング砲を片山の頭部へ突き付けた。

「大人しく……ヒロを返して……」

フェイスカバ―を再び開いたミカが、慎重に歩み寄りながら問い掛けた。片山を引き摺るように抱えて後ずさる吉澤の顔は不気味で不愉快ににやけていたが、間違いなく焦りがその中に滲み出ていた。

「大人しくだとぉ……何言ってやがるんだぁ、こいつを返して欲しけりゃ、俺を倒すしかねぇ、に決まってるじゃねぇか、出来るもんならやってみなぁ、阿呆なアメちゃんが作ったこの最新の強化(パワ―ド)(ス―ツ)を相手に、その駒鳥ア―マ―で勝てるとでも思ってるのかよぉ、えぇっ、どうなんだよぉ!?」

《ミカ様、R.I.S.Eプログラムは連続して発動も可能な待機状態(スタンディング)を維持しています》

 オオバがミカへ問い掛けている間に、狂人みたいに叫んだ吉澤が抱えていた片山をいきなり放り出した。反っくり返っていたフェイスマスクを素早く自動(オ―ト)で正面へ戻したと思ったら、赤い双眼を不気味に光らせながら、ずんぐりした図体には全くそぐわない速度でミカに向って来た。

「えっ!?」

 吉澤が纏ったマッドドッグは、ミカに向って飛ぶように突進しながらガトリング砲を怒り狂ったように掃射し始めた。

「女だからって容赦しないぜぇ!! 悪いがな……駒鳥の姉ちゃんには死んでもらう!!」

無慈悲な戦慄を否応なく一瞬にして感じ取ったミカは、焦ったようにクロ―フックを天井へ打ち込んでから飛び上がって回避したが、それでも五.五六ミリ弾数発が太腿部の装甲を掠めてア―マ―を痛めつけた。衝撃と殺気を感じながらもミカは連続してクロ―フックを放ちながら五.五六ミリ弾の雨から必死に高速回避運動を続けたが、どうにも吉澤のTALOSの反応速度が余りにも速過ぎた。攻守の入れ替えどころか驚異的に狙い済まされ、ミカは今にも全身を蜂の巣にされそうだった。外れた弾丸が、坑道内の内壁を無慈悲にも次々と壊していく。

「オオバ、もっとパワ―を!! もっとスピ―ドを頂戴!! これじゃ狙う撃ちにされちゃう!!」

《承知致しました。アクチュエータ―の反応速度を最大に設定致します……完了致しました。ミカ様、完了致しましたが、ヨシザワのTALOSの反応が異常に速いのは、搭載している火器管制自動追尾予測照準システムによるものだと考えられます。ミカ様のNASA91 ナイトバードの行動予測パタ―ンが、統計と確率プログラムとして完成(コンプリ―ト)しているからだと思われます》

「うるさいわぁ!! 頼んだ事だけやってくれればいいのよ、あんたの余計な能書きなんて聞いている余裕なんて今はないの!!」

 反応速度が上がったのにも関わらず、ギリギリのタイミングでガトリング砲掃射の直撃をかわしながらもア―マ―のパネルが徐々に破壊され始めていた。

「これじゃ、本当に殺されちゃう!!」

 坑道施設内で円を描くように逃げ惑うミカの心臓が喉元までせり上がり、恐怖心で全身が浸食され始めていた。それと、倒れたままの多数の特任自衛官がミカの回避能力を少なからず妨げていた。

《ミカ様、TALOSはすでに五百発ほど消費しています。もうじき弾倉のリロ―ドを行わなくてはならないはずで御座います。チャンスはその時です》

「そうよミカ、その時こそ更なるアップデ―トを試す時よ」

What() is(なの) that(それ)!? その時こそって、何!? こっちは今にも死にそうになっている、っていうのに、何でそんなに落ち着いて喋っていられるの!?……一体何なのよ!!」

 ミカは懸命な回避行動で息も絶え絶えながら、瑠偉へ早口で怒るみたいに問い質した。

「今回のアップデ―トで両腕部に装備したのは防御用の(シ―ルド)だけじゃなくて、攻撃の為の新たなディバイス‘Electric(エレクトロリック) Charged(チャージド) Globe(グローブ)’も用意したのよ」

So(だから) what(何なのよ)!?」

 止む事のないガトリング掃射を連続側転回避で避けながら、場違いのようにのんびり喋る瑠偉にミカは苛ついて怒鳴った。外れた弾丸が、昏倒して倒れた多くの特任自衛官達に着弾し、非情にも隊員達の身体を引き裂いて命を次々と奪っていった。

「電撃よ、簡単にいえば電撃!! 」

 瑠偉も必死なミカに釣られて怒鳴り返す。

「デンゲキ!?」

「そうよ、R.I.S.E発動に必要なエネルギ―充填があれば、その電荷を両手の拳頭部に仕込んだ各々の正負電極へ回し、正拳突きと同時に放電する事が出来るのよ! 接触した瞬間に百二十万ボルトの電圧が放出されるわ。ちょっと強烈な‘スタンガン’っていったら判りやすいかしら。電圧は非常に高いけど、電流は数ミリアンペアに低く抑えられているから、三十秒以内の攻撃ならエネルギ―・ハ―ベスティングによる充填量にも影響を全く及ぼさない!」

 ミカが再びクロ―フックを坑道のかまぼこ状の天井へ打ち込んで瞬時に飛び上がると、吉澤は左肩に装備した無反動砲迫撃弾をミカへ向けて躊躇なく放った。

Awesome(ヤバい)!!」

 発射音に気付いて焦ったミカは、直ぐさまクロ―を天井から引き抜き解除して降下した。側転回避しながら着地すると、狙いを外した迫撃弾が天井部へ着弾したのが目に入った。直後に大きな爆発と衝撃が連鎖して、地下坑道施設は激しく揺さぶられ、着弾した天井は醜く抉られて大きな罅が放射状に走った。崩れた瓦礫が落下して、倒れたままの特任自衛隊員達へ容赦なく覆い被さっていく。

「ヒロは、ヒロは大丈夫!?」

 素早く辺りを窺うと、ガラス壁で隔たれた奥の隅でぐったりと寄り掛かったままだった。

「やべぇ、やべぇ、大事な秘密基地が壊れちまう! ……にしても、すばしっこい駒鳥だ。あんな華奢なア―マ―に、こいつがこんなに苦戦するとはな……」

 呟きながら吉澤は、ガトリング砲に繋がった右腰部後方に取り付けられていた弾倉ドラムを解除して床へ落とし、左側腰部にあったスペアのドラムを、ベルトを回転させるように急いで回した。

「ミカ、やつがリロ―ドしている、今よ!!」

「All right ……Let's go!!」

 ミカは低い姿勢からクロ―フックを瞬く間に打ち込み、ガラス壁の前に立ちすくむマッドドッグ目掛けて疾風の如く空間を舞った。

「ルイ、Electric() shock()の‘呪文’は何て言えばいいの!?」

 空間を舞っているミカは、瑠偉を急かしたように早口になってしまった。

「呪文ねぇ……フフフ、こんな時でも面白い事を言うじゃない。ミカ、秘密の呪文は‘Destroy(駆逐)’よ!」

了解(ラジャー)!」

 答えながらリロ―ドがまだ済んでいないマッドドッグの背後へ、息も付かせぬ身のこなしで回り込むように着地した。大柄なマッドドッグにとっては死角ともいえる位置だった。

「何ぃ!?」

 泡を喰った吉澤は、瞬時にマッドドッグを反転させられず、ミカの動きに驚愕するしかなかった。

《ミカ様、TALOS背面部にある燃料電池電源ユニットとの接合部位が、攻撃対象位置(ウィ―クポイント)として効果的だと予測致します》

 ミカが小さく頷き「Destroy」と呟くと、ナイトバ―ド‘くノ一’の全身に金色の筋が走り、前腕部から拳頭まで全体が殊更に金色の眩い光を急速に放って攻撃準備が整った事を伝えていた。

 吉澤が回避する間もなく、ミカが金色に輝くチャ―ジド・グローブの正拳でマッドドッグの背面部を容赦なく連打し始めると、高電圧に感電したマッドドッグのボディに、バリバリと無機質で無慈悲な衝撃音が響き、幾筋もの稲妻のような電光が瞬いて辺りに轟いた。

「う、うわぁ! な、な、なんだ、だ、だ、だ……こ……こ、これは……やめ、や、やめろぅ!」

 感電したマッドドッグの中で髪を逆立たせ、苦痛に(まなこ)をひん剥いた吉澤が、闇雲に両腕を振り回してミカを排除しようとした。その刹那、ミカは吉澤の動きに上手く反応し、ジャンプから空中で見事に一回転しながら反対側の正面へ降り立った。僅かに隙が生まれた真正面にもチャ―ジド・グローブですかさず連打を見舞うと、マッドドッグの灰色のボディ全体から薄らとした白い煙がめらめらと立ち上った。

《攻撃開始から、十秒が経過致しました》

「判ってる!」

 正面へ向き直った赤い双眼のフェイスマスクがミカを捉えて不気味に光った。吉澤は、残された渾身の力で右腕のガトリング砲をくノ一の鼻先へ掠めるように向ける。

「こ、殺してやる……ぜ、ぜ、絶対に、こ、粉々にして、殺してやる!!」

 ミカは再び飛び上がって、赤い双眼の頭部をわざと掠めるように空中回転しながら背後へ回避した。かなりのダメージを受けた灰色の巨体は、くノ一のスピ―ドに全く反応出来ていなかった。

「よ~し、この一撃で完了(フィニッシュ)よ!!」

《ちょっとお待ち下さい……》

「えっ!? どうしたっていうの?」

 最後の一撃を加えようとしたところで、何故かオオバがミカを静止した。その間隙を突き、へろへろに弱っていた吉澤が反撃を試みるが、くノ一の俊敏な動きに簡単に回避されてしまう。超接近戦では、ガトリング砲も迫撃弾も完全に役が立たなかった。

《後方の第三坑道方面に、赤外線による熱量反応が御座います……》

 オオバはガラス壁で覆われた真っ白な部屋の方角の、更に奥を示唆した。

「どうしたの、オオバ?」

《…………ミカ様、大至急お逃げ下さい、第三坑道方面より急速に発火する赤外線高熱源体反応が御座います、カタヤマ様をお連れになって、早く、お逃げ下さい、R.I.S.Eでの高速移動がまだ可能です、お早く、とりあえず前方のエレベ―タ―シャフト内まで、お急ぎになって下さい、考えている御時間は御座いません……》

 事情が全く呑み込めないミカの背筋に、ぬめりとした言いようのない戦慄が走った。ガラス壁伝いの三十メ―トルほど先に、ぐったりと壁に寄り掛かって座ったままの片山を確認した。

《ミカ様、お急ぎ下さい》

 オオバの抑揚のない言いようにミカは返事せず、R.I.S.Eを起動させて高速移動で片山に近付いた。結束バンドを手刀で切断し、肩を担いで立たせた。更にそのままエレベ―タ―シャフトへ向ってクロ―フックを放ち、パワ―ウインチで最大戦速まで加速させて床の上を飛び抜ける。かごに辿り着くと、天井部メンテナンスハッチからシャフト内へ向けてクロ―フックを撃った。

「な、なんだ……どうした!?」

 取り残されたマッドドッグの背後の分厚いガラス壁全面が、突然の大きな衝撃音と伴に割れて砕けた。坑道施設のど真ん中に立ち尽くしていたマッドドッグ共々ガラス壁全体が粉々になり、坑道内は爆発で更に痛めつけられて今にも崩れ落ちそうだった。

「What!? …………一体何!?」

 かご諸共シャフト内が激しく揺さ振られ、かごの天井部で不安定に立つ二人の耳に大きな爆発音が届いた。

《アクティブ・レ―ダ―・ホ―ミング・ミサイルが、使用された模様で御座います》

「はっ!? オオバ……今何て?…………ミサイル、とかって……言った?」

《左様で御座います。アクティブ・レ―ダ―・ホ―ミング・ミサイルが使用されました。カタヤマ様とご一緒にお早く地上へ、お戻りになられた方が宜しいかと、存じ上げますが……》

「ちょっと待って、一体誰が、そんなものを撃ったっていうのよ!?」

《……現在、周辺を探索しています……》

 不思議とミカの耳には、AIのオオバの話し方が歯切れ悪いように思えた。

「仕方ないわね、とにかく地上へ……ヒロ……私にしっかりと掴まっていて、ね……もうちょっとの我慢よ……」

 憔悴仕切った片山は、返事を声に出ず事が出来ず、怯えた子供みたいにゆっくりと大きく頷いただけだった。

「いくわよ」

「ミカ、ちょっと聞いて。たった今、AFSOCナビゲ―タ―から知らされたんだけど、島の反対側に海兵隊型のオスプレイが一機、ホバ―リング待機しているのがレ―ダ―に反応しているらしいの。友軍識別コ―ドからすると、普天間基地所属のMV22、っていう事らしいんだけど……普天間基地の部隊、第三海兵航空団は、本当だったら、とっくにグァムへ撤収しているはずなのよね……」

 クロ―フックを放つ為に右腕をシャフト上方へ向けた時、瑠偉が周辺情報を突然知らせて来た。

「えっ、何……それって、どういう事?」

「私達以外の別のチームが、何故かここで、何かの作戦展開をしている、って事だと思うけど……」

《ミカ様、そしてルイ様、お話中に割り込んで、大変申し訳ありませんが、ミカ様は、カタヤマ様をお連れになって、お早く地上へお急ぎ下さい》

「判ったわ、オオバの言う通りに、とにかくそうする」

 片山がしがみついているのを確認して、シャフト内のフレ―ム目掛けてクロ―フックを射出した。

フックがフレ―ムに引っ掛かり、瞬く間にミカと片山をかごの天井部から引っ張り上げたその時だった。今までミカ達の下にあったはずのかごが突如爆発し、下から大小様々なかごの破片が、猛烈な速度の爆風で吹き上がり、ミカと片山へ襲い掛かった。

「一体何なのよ、次から次に!?」

 パワ―ウインチがワイヤ―が引っ張りきったタイミングで素早くフックを解除して「OH(あぁ)I'm(何だか) pissed(ムカつ) off(くわ)!!」と喚きながら左腕のクロ―フックを更に上部へ打ち込む。

「ヒロ、少しの間だけ我慢して!」

 爆風で飛ばされた破片から片山の身体を守る為に、パワ―ウインチの重力加速度を再び最大速度まで引き上げた。ミカは、公園にある遊具の雲梯を移動するみたいに左右交互にクロ―フックを連続して上方へ打ち出して、素早く地上まで這い上がる。

 第四坑道上屋のシャフト出口にようやく上がり出た時、耳を覆いたくなるような高周波の轟音がシャフト地下部分から突如響き上がった。ミカは殺気めいたものを直ぐさま感じ取り、急いで片山を担いで上屋を後にする。

 月明かりだけで視界が良くない上に、瓦礫だらけで歩き辛い地面の上を片山の肩を担いで急いだ。佐奈江や瑠偉達が搭乗しているオスプレイがホバ―リング待機する端島小中学校の校庭は、もう、すぐそこだった。

「オオバ、カウルのサ―チライトを点けて!」

《承知致しました》

「みんながヒロの事を待っているからね。もう少しよ」

 そう囁いた最中だった。巨大なサ―チライトを煌々と闇空から照らし点け、ミカ達の頭上をタ―ボブロップ・エンジン音を轟かせながら一機のオスプレイがホバ―リング・モードのまま威嚇するように超低空で通り越していった。

「あれね、ルイが言っていたのは……あれは、私達の機体(オスプレイ)じゃない、一体何処の誰なの!?」

 そう呟いた直後に、ミカ達の背後にある第四坑道上屋が、けたたましい音を立てながら崩れ落ちていった。

「えっ!?」

 振り返ったミカのサ―チライトで丸く照らされた上屋の瓦礫の中に、赤い双眼を光らせた怪物が耳障りなジェットエンジンの高周波音を撒き散らしながらゆっくりと立ち上がるように再び現れた。まるで呪われた悪霊のような薄気味悪さで辺りを支配していた。

「さ、さっき、ミサイルでやられたはずじゃ……………!?」

 粉々に破壊されたはずのマッドドッグが、カウルのサ―チライトの中に浮かび上がり、瓦礫を踏み潰しながら再びミカと片山へのっそりと近寄って来る。ミカは片山の肩を担いだまま、怯えたように後退る。

「いえ……違う、違うわ、さっきまでのマッドドッグとは色が違う」

 サ―チライトに照らされたマッドドッグは、吉澤が纏っていた灰色ではなく、光沢のある水色のようだった。色以外にずんぐりとした巨体に大きな差異はなかったが、ミカの目には何処か違和感を伴って映っていた。

《対象物を三次元バーチャル構造解析(スキャン)中…………解析データを参照……クラウドを検索しています…………国防総省のデータリンクに接続……………アーカイブを検索……………反応が御座いません》

「情報がないって、どういう事なの? 何が起きているの、オオバ?……大体、どうやってあの巨体でシャフトの中をここまで上がって来たっていうのよ!?」

《ミカ様、構造解析での知り得た情報内に基づけば、前方のTALOSは背面両脇に、プラット&ホイットニ―社製の高バイパス比タイプのターボファン・エンジンを搭載している模様です。主に、跳躍用の為の搭載かと考えられ、TALOS開発モデルの中の、派生型の一つだと考えらます》

 後退りながら言いようのない圧倒感だけがミカに襲い掛かる。だが水色のマッドドッグはお構いなしに、ゆっくりと前進を続けた。

Who(お前)are()you!?(何者だ)

 拡声器を通した声がいきなり辺りに響いた。

So(あんた) what(こそ) about(何者)you!!(なの)

 ミカはフェイスカバ―を開け、ありったけの声で叫び返した。

Answer(答えなさ) me(いよ)!!』

 謎のマッドドッグにはミカの声が全く聞こえないのか、答えずに更にミカ達へ近寄るだけだった。そして、大きな箱状のものが取り付けられた左前腕を上げてミカに向けた。

「オオバ、あれは何?」

《赤外線暗視、及び三次元バーチャル構造解析(スキャン)をしています………解析が終了………ミカ様、左前腕部のユニットは、小型セミアクティブ・レーザ―・ホ―ミング・ミサイルの発射ポッドのようで御座います。常時三発のミサイル装備が可能のようですが、ポッドの発射口一つに硝煙反応が御座いますので、すでに一発は使用された模様です》

「……そうか……あれでヨシザワを………」

 独り言ち、後退るミカ達の背後に端島小中学校校庭がすでに迫っていた。オスプレイの騒がしいホバ―リング音がミカの耳に届く。

「ルイ、聞こえる? どう、もう私達が肉眼でも見えるでしょ? ヒロも一緒よ。早く救助ホイストで私達をピックアップして!」

「えっ…………えぇ……み、見えている、けど……」

「出来たら早くして! カメラ画像で見えるでしょ、私達の前に意味不明な新しい化け物が一緒にくっついているの!? ミサイルで狙われているみたいなのよ……」

「え、えぇ………それも見えてる……」

「どうしたのよ、ルイ!?」

 妙に歯切れが悪い瑠偉に対して不安になったミカが振り返った。そこには、月明かりに照らされた二機のオスプレイが赤いビーコン灯を瞬かせ、低高度でホバ―リングしながら、お互いを睨み合うように機首を向き合わせていた。二十メ―トルほどしか離れていない二機のプロペラが生み出すホバ―リングの風圧で、校庭上の埃や塵を仕切りに巻き上げていた。

「な、何で一緒にいるの……」


『端島上空に展開する、米第五空軍配下、第七百三十航空機動中隊所属のCV22に告ぐ、当機は、第一海兵遠征軍傘下、第三海兵航空団所属のMV22である。現在、米国防総省及び、米国中央情報局の特命により、中央情報局傘下、アレックス・マ―ティン・ブランソン陸軍少佐配下の特務部隊’Intelligence Special Mission Organization(諜報特別任務機関)’が当機にて乗務作戦遂行中であり、当該空域を特務哨戒中である。よって、貴官の現在の作戦任務内容を確認致したく存ずる……現在(オープン)()周波数(チャンネル)にて、五分間のみ応答を待つ……』


「ルイ、こっちでもキャッチしたけど、今の英語の無線、一体何なのよ。五分間のみ待つって? …五分間のうちに答えなかったら、私達を皆殺しにするとでもいうの? たとえば、私の目の前にいるマッドドッグがミサイルでも撃つ、とでもいうのかしら?」

 片山を担いだままのミカはゆっくりと後退り続け、ミサイル・ポッドで狙い続ける水色のマッドドッグと不即不離なまま校庭の中へ足を踏み入れていた。

『ミカ……私の声が聞こえるかね?』

『はい、大佐、聞こえます』

 ミカの耳に心地良かったのは、ロ―ゼンヴァ―グ元大佐の声のせいなのか、秘匿された五G回線の状態がとても良好だったから、なのかは定かではなかった。

『サナエ達にも聞こえているとは思うが、その海兵隊所属の機体に乗る特務機関が、ここまでの道中で話した‘ISMO’だ。つまり、ヨコスカ・ショックの首謀者を割り出す為とはいえ、カブ―ルでテロリストに成り済まし、我々の同胞やサナエの父上を無残にも虐殺した連中だ。任務遂行の為なら手段は選ばない』

『手段は選ばないって、そんな事が法的に許されるんですか!?』

 目の前にある赤い双眼を睨みながら、ミカはジムに問うた。

『あぁ、それを可能としているのが、さっき話した米国大統領と統合参謀本部議長がサインしたとされる、あらゆる免責事項を記した宣誓書の存在だよ。ヨコスカ・ショック以降にその宣誓書は、大統領執務室で秘密裏に作成された……という話だ。そして、その宣誓書でプロテクトされたISMOがこの端島にいるというのは、島内地下に極秘に作られた特任自衛隊、いや、もしかしたらそれは‘国衛軍’とすでにいうべきものなのかも知れないが、その中枢基幹基地を日米関係が敵対する前に、あえて特命の名の元に破壊しに来た、という事なのではないだろうか』

『中々詳しいじゃねぇか……さすがジェ―ムズ・アンソニ―・ロ―ゼンヴァ―グ元空軍大佐、殿?だよな……我が米国諜報機関の生ける‘レジェンド(伝説)’にして、実は未だに現役バリバリの鋼鉄の老人……若かりし頃からのコ―ルサインは……若かりし頃、って、確か十八世紀だっけ?……はははっ、まぁいいや、コ―ルサインは泣く子も黙る‘モスキ―ト()’……誰にも気付かれずに、すばしっこい‘蚊’の如く背後から刺す……あんたの事は、ウザいくらいにラングレ―じゃ知れ渡っている。いい加減、高カロリ―なフレンチと、濃厚な赤ワインにも飽きた頃だろ?』

 赤い双眼のフェイスマスクが後方へ反り返るようにいきなり開いた。中にはインカムマイクを付けた三十過ぎの米国人と思しきブルネットの男の不敵な笑みがあった。

「な、なんでなのよ!? この量子暗号化された回線までもが傍受されていたなんて……!」

 オスプレイ内でモニタリングしていた瑠偉が、驚きの余りに日本語で呟いた。

『さすがだよ、ブランソン少佐。噂には聞いていたがね。その若さで特務部隊を率いているんだ。しかも、量子化された秘匿回線まで傍受するなんて。あえてアレックスと呼ばせてもらっても……構わないかな?』

『どうぞ、ご自由に。しかし、‘元’大佐殿、ハッキングするのは俺達にとっては当たり前で、何でもない事なんだよ』

 瓦礫で埋まった校庭にいるミカと片山の上空後方では、二機のオスプレイが相撲の立合いの如く睨み合ったまま、相手の隙を窺うみたいに微妙に滞空位置を変化させていった。

『で、あんた達さぁ、この米日安保解消のどさくさに紛れたタイミングで、そのわけの判らない米日混成ユニットは、ここで一体何をやってんだよ、えっ!?』

 ブランソンが投げやりに問い掛けた。

『仲間を……大事な仲間を助けに来ただけよ!』

『ほぅ……』

 余りにもストレ―トに応じたミカに、ブランソンは何故か戸惑いを感じていた。

『仲間って、そこにいる死にそうな男の事か?』

『えぇ、そうよ、あなたなんかに負けないくらい優秀なハッカ―で、天才っていわれた男よ』

 ハッカ―で天才、という言葉を耳にしたブランソンは、屈強なウィルスでフェニックスの施設に侵入され、リモ―ト・ウェアに重要なファイルを持ち逃げされた時の事を曖昧に思い出した。そして、トレースした先の場所の事も、脳裏に連鎖した。

『なるほどね…………まぁいいや……それよりも、だ、あんた達の処遇だが、このまま黙って帰すわけにもいかねぇんだ。って、何処に帰るのかも知らないがね。で、それが何でか、っていったら、俺達の存在そのものが、世間様には‘絶対’に知られてならない最高機密だからなんだよ。だからさ、やっぱあんた達全員には死んでもら……………』

 ミカと睨み合っていたブランソンの額から上が、一回の甲高い射撃音と伴に血飛沫を上げながら、脳味噌ごと突如粉々に吹き飛んだ。

「えっ、何、何なの!?」

 慌ててミカが背後を振り返った。CV22の斜めに開いたリアハッチ上には、AR15ライフルを構えたまま赤外線(インファーレッド)暗視(ナイトビジョン)照準器(スコ―プ)を覗いて立ち尽くす、スナイパ―グラスを掛けた佐奈江の姿があった。

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