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翔陽伝  作者: South.K.Mackenzie
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「グリフォンという生き物がいるだろう」

 椅子に深く腰掛けたまま言った。

 虎に似たからだを持ち、背中に翼を生やしている生物を指して言った。

 テーブルの向こうには、同じくくつろいだ恰好かっこうで椅子に座った男がいる。その男に向かって問いを放った。

「ああ。あまりこっちじゃ見かけないがな」

「やつらは獲物を狩るとき、一撃で仕留めず、いたぶってから息の根を止めることが、時折あるという。なぜだと思う?」

「さあ、見当もつかないな」

 男は、テーブルの上のカップに手を伸ばし、口につけてゆっくりと傾けた。

「さもあろう。グリフォンの気持は、グリフォンにしかわからないからな。しかし、自分は優秀だと思い込み、傲慢ごうまんな気質の生物学者が調べたところによると、やつらは対象がどのように抵抗し、どこが弱点で、どうすれば効率的に力を削ぐことができるか、といったことを測るためにやっているらしいのだ。だが、わたしはそうは思わない」

 男は手にしたカップを、コップの中身を混ぜるかのように、手持ち無沙汰に揺らしている。

「はじめて聴いたぜ、そんな話」

「興味がなければ、耳にしないだろう。そしてわたしは興味をかれた。思うに、グリフォンは生まれついての残虐性ざんぎゃくせいを持っているのだ。弱い物を惨殺ざんさつすることによって、自分の優位性を確かめ、自己の能力を誇示こじする欲を満たしているのだ。そうすることで自己という存在を保つ。たまにはそうやって認識することで、自己を見失わないようにしているのだ。野生とは、そうした残酷さを持ち合わせているのではないかな」

「そりゃ、おまえの言うことにも一理あるだろうよ。しかし水を差すようなことを言わせてもらえば、果たして獣ごときにそんな知恵があるもんかね」

「ある。なぜなら、われわれ人間も同じだからさ。人間にも、そういうきらいがあるだろう。考えてみろ。事象そのものは、なんでもいいのだ。例えばなにか重大な役職に就くとか、巨万の富を築くとか、あるいはもっとちっぽけなところで、惚れた女を振り向かせたい。それらの欲求が表しているのは、おしなべて他人より優位に立ちたいという本能が発している証左しょうさではなかろうか」

「……なるほど。立派な話だが、なぜその話を俺にする? よもやわざわざ俺にそんな話を聞いてもらいたくて、遠路はるばる俺を呼んだわけではあるまい?」

「おまえの本質は、人間の抑圧された本能のそれではなく、グリフォンの持つき出しのそれに酷似しているからだ。そういうおまえにこそ、頼みたい儀があって呼びつけたのだ」

「そうでなければ、この場でおまえの話の終わりを待たずに、帰っていたところだ」

「まあ聞け、アルベルト」

 アルベルトはコップをテーブルに置き、少し緊張した面持ちになった。テーブルに置かれたコップからは、湯気がうっすらと立ち昇っている。

「船旅はどうだった。おまえ、日昇に来るのは初めてだろう?」

「三日も船に乗っていると、さすがに気分が滅入めいるな。いくら景観かんけいがよかろうと、一日で慣れちまった。どこまでいっても空と海だ」

「旅費は、全部わたしが出した」

「ありがたいね。できれば、三日間の拘束ののち、俺がやっと日昇の地を踏んだときの感動も、銭に変えてもらいたいもんだぜ」

「銭ならあとで、好きにくれてやる。おまえが国に帰ったときの安堵感も銭に還元してやろうか」

「なにをやればいい?」

「わがギルドに潜入し、幽気薬ゆうきやくを盗み出そうとした者がいる。その者を捕えて目的を訊き出して欲しい」

「そんな簡単なことで、俺を?」

「おまえにしかできん。頼む、アルベルト」

「……」

「銭は、先に半額払っておこう。この国での生活費も、ある程度は融通ゆうづうしてやる。ギルドの一室を貸すから、そこで起臥きがするといい」

「殺してはならんのか?」

「目的がはっきりした後なら、構わん。もっとも優先すべきは、目的だ。それを忘れるな」

「おまえの良いところは、他人の能力を最大限に引き出し、余すことなく使い切るところだ。悪いところは、他人の能力を引き出し過ぎるところだ」

「実際に盗み出そうとした者は、一度捕えている。その者についての情報はギルドで知っている者がいるから、その者たちに訊くといい」

「わかった」

「アルベルト、われわれの故郷は、クルーズの地はいったいどうなっている?」

「おまえが国を捨てたときとは違い、大いに発展しているという言葉を期待しているんだろうが、残念ながらそんなことはない。いまも貴族の汚職と貧民の蔑視べっし蔓延まんえんする、ひどい国さ」

「それが嫌で、国を飛び出した。この身ひとつで富を得、国に帰ろうと心に誓った」

「俺とは違い、ということか」

「おまえの選択が間違いだなどと高慢なことは、わたしには言えん。いまだにわたしの選択が正解だったのか、と自問するときもある」

「成功なんじゃないのか。こんな立派なギルドをおっ建てちまったんだろう」

「心は渇く。やはり、故郷が恋しくなるし、もっと偉大なことをしたいとも思う」

「どうでもいいな。俺は銭を貰って仕事をするだけだ」

 席を立ち、手をひらひらと揺らしてアルベルトは部屋を出た。

 なにも、自らの手をかける必要もない。専任の件には、専任の者を。それでいままでうまくやってきたのだ。

 眼をつむり、大きく深呼吸した。幽気薬のことは、頭の隅に追いやった。

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