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翔陽伝  作者: South.K.Mackenzie
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「もう、陽が暮れちまったみてえだな。とりあえず、今日済ませなきゃならねえ仕事は片付いた。腹も減ったし、飯でも食おうか」

「ありがたい。実は、ひるごろから何も食ってなくて」

 オーウェンは部屋の隅から小さな卓を持ってきて、部屋の中央にえた。それからいくつかの皿と箸、それと碗を卓に載せた。

「酒、飲めるか?」

「故郷では、酒が飲み水の代わりみたいなもんだった。好きだぜ、酒は。いろんな地方の酒が飲めるのが、旅のいいところだな」

「ウチでは、職業柄、いろんな酒が飲める。商売で取り扱っている以上、酒の味は知っていないといけないからな。飲めねえなんて言ったら、張り倒すところだったぜ」

 オーウェンが椀に酒を注いだ。それから奥の部屋へ行き、食事を持ってきた。

 卓を挟んで、質素ではあるが、邂逅かいこうじょする晩餐ばんさんがはじまった。オーウェンは、食事の時はあまり言葉を発さなかった。が、その沈黙は苦痛ではなかった。食事の拍子が、なにかオーウェンの持つ命の旋律のようなものが聞こえてくるかのようで、むしろ心地よかった。オーウェンは口に少量の食物を運び、ゆっくりと呑み込むと、決まって酒で口内を洗うのだった。

 卓上が空になると、椀に酒を注ぎ、満足そうに煙草をくわえた。

「うまかったか?」

「とても」

「そうか。この飯に慣れねえと、これから先苦労するぜ。毎日こんな食いものばかりだからな」

「オーウェンは、ずっとここで働いているのか?」

「もう、五年になるのかな」

「ここへは、どうしてやってきたの?」

「祖国で、ちょっとあってな。もうそこに住んでいられなくなったから、逃げてきたってわけさ」

「みんな、いろいろあるんだな」

「おまえはどうなんだ、新九郎?」

「俺は、アカデメイアに入りたくて、ここまで来たんだ」

「熱心だな。それで、どうだったんだ?」

「入れなかったから、虎之助を頼ったってわけ」

「だろうな。俺は魔術は使えねえが、それでも、アカデメイアに入るってことがなにを意味するかくらいは、知っているぜ」

「俺は、知らなかったよ。だから入れなかったのかな」

 オーウェンが、席を立った。壁際にある棚のひとつのところへ行って、幾重いくえにもたたまれた紙を持ってきて、卓の上に拡げた。

 この大地の、日昇にっしょうの地図だった。

「ここが、いま俺たちがいる州、神州しんしゅうだ」

 地図上の境界を指でなぞりながら、オーウェンが言う。

「ここが、おまえの故郷、幽山ゆうざんだな。そういえばおまえ、故郷からどうやってきたんだ?」

 幽山は神州まで、州をみっつ跨いでいる。直線距離でも遠いが、人の足で歩くと、山を越えたりするので、体感ではずっと遠い。

「そうだな、馬を乗り継いだり、歩いたり、あとはスカイエルクを借りたり」

「へえ、スカイエルク」

 日昇原生の馬に、海の向こうから持ってきた、鹿に似たアークエルクという動物を交配し、つくり出した生き物である。姿かたちは馬に似ているものの、馬よりも幅が狭く、頭から角が背中側に向かって湾曲して生えている。そして馬よりも疾く走れるのだ。ただ、横幅がない分狭く、乗り心地は悪い。

 日昇は、もともと閉鎖的な国だった。それが徐々に変わっていき、こうして外来の人や物が行き交うようになってから、かなりの時が経っている。老人たちに昔の話を聞くと、その実感はより深くなるのだ。老人たちは、自分たちの世代が若いころはどれほど苦労をしたか、という話しかせず、外来の物品が入ってきたことをみ嫌っているらしい。

「故郷、どんなとこだ?」

「山奥だから、聚落しゅうらくの周りはどこまで行っても、草花と樹木しかないよ。でも、いいところだった。山頂からの景色はよかったし、川は綺麗だった。獣や鳥もいっぱい住んでたしさ。俺の家から一里ほど山に入ったところに、切り立った崖があるんだが、そこからの眺めが最高でさ。オーウェンや虎之助にも見せてやりたいぜ」

「いいな、それ」

「オーウェンの故郷は?」

「そうだな、おまえの故郷ほどではないと思うが、まあまあ田舎だと思うぜ。山も近かったし、牛や羊は放牧されていた」

「そうなのか」

「そこは、のんびりした時の流れだった気がする。いま思うと、俺がほんとうに欲しかったのは、そういう静かで平和な暮らしだったのかもな。当時はそんな田舎くささが嫌だったのと、刺激が欲しかったので、家を飛び出しちまったけど、それは間違いだったとわかるのは、間違った道を、しばらく歩いた後なんだよな」

「むずかしいなあ」

「おまえも、じきにわかるさ。いや、わからされる時がくるのかな」

「そういえば、虎之助の故郷はどこなんだろう」

「さあ。そういえば詳しく聞いたことはないな。神州の出身じゃないことは確かだが」

「今度、聞いてみるかな」

 少し、肌寒くなってきた。どうやら気がつかぬうちに、夜になっていたらしい。

「もう、お開きにするか」

 オーウェンが言った。卓の上の物を片付け、手燭てじょくを持って、ふたりで上の階に上がった。

「ここが、おまえの部屋だ」

 六畳ほどの、部屋だった。畳が敷いてあるが、壁際の方は黒ずんでいる。蜘蛛の巣もところどころ張られていて、よほど長い間放置されていたとみえる。

「ひと部屋全部、使っていいのかい」

「構わん。どうせもともと使ってなかった部屋だ。壊さない限り、好きにしていいぜ」

「オーウェンは、どこに寝ているんだ?」

「俺は地下を使っている。なにかわからないことがあれば、聞きにこい」

 そう言ってオーウェンはきざはしを降っていった。

 部屋の中を、視線をめぐらせた。今日からここが、俺の部屋だ。そう思うと、愛着も湧いてくるものだ。

 今度、虎之助の故郷の話も訊いてみよう。それだけ考えて、横になった。

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