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翔陽伝  作者: South.K.Mackenzie
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「例の新入りが、やって来ました」

 机に向かって書類に眼を通していると、扉の向こうから声がした。

 新たにこのイレウス教団に入団したがっている若者がいることを、下の者から聞いていた。とりあえず教団に入れ、監視をつけ、しばらくの間自由にさせた。その能力を見究みきわめさせてから、有用性を測ってみようと思ったのだ。監視役の者の評価はまずまずだったらしく、耳に入る評判も決して悪いものではなかった。だから、一度会っておこうという気になった。

 教団は、表向きは土木を生業としている。都市内の八割近い土木、建築の作業を請け負っており、ほとんど専業とまで言えるほどに巨大な経済基盤を持っている。そして裏向きには、こちらの方が重大な意味を持つのだが、暗殺や隠滅を生業としている。どちらの仕事に適しているかどうかも、ここで見ておいた方がいいだろう、と判断したのだ。

「通せ」

 読みかけの書類を机に置き、煙草に火を点けた。

 しばらくして、ひとりの若者が部屋に入ってきた。まだ幼さを残したその顔は、しかし凛とした、なにか力強い決意のようなものがありありと浮かんでいた。

「きみかね、噂の新人というのは」

「はい」

「座りなさい」

 卓の前の椅子を指し、促した。

「なにか、飲むかね?」

「いえ、大丈夫です」

「わたしはほとんどギルドのやることには関わってはいないんだが、それでも昔は精力的に働いたものだよ。それこそ、我を忘れてギルドの栄光というものを追い求めた。ま、わたしの創ったギルドだから、当然と言えば当然だがね」

「はあ」

「だからこそ、いまのギルドの繁栄がある。しかしそんなことはどうでもいい。きみの活躍は、そんな一線を離れたこのわたしの耳にさえ届いているということだ。それはとても名誉なことだと思わんかね」

「もちろんです。身に余る光栄です」

「緊張するな。楽にしたまえ。煙草はどうだ?」

「いえ。ただ、高名なギルドマスターにこうしてお会いし、声をかけて頂いているというのは、いささか心胆に悪い心地がします」

「だから、楽にしたまえと言った。わたしもきみも、同じ人間だ」

「そうありたいものです」

 煙草を軽く叩き、灰を落とした。

「わたしのことについて、きみがどんな情報を持っているか、それはこの際どうでもいい。わたしはこのギルドの行いに、ほとんど関与していないとは言え、それでも主である以上、新たに入団してくる者の素質、素性などは把握しておかなければならんということだ」

「もっともであります」

「これが、上に立つ者の務めというものかな。ほんとうは隠居でもして、ゆっくりしたいものなのだが」

「……」

「きみは、何が得意なのかな?」

「それは、魔術において、ということでしょうか?」

「なんでもいい。目隠しして物を口に含んで、それが何かを当てるとか、絵の具を触っただけで成分が分かるとか」

「いえ、特には。ただ、魔術には自信があります」

「どんな?」

「火を操れば人の背をも越える火柱を生み出せます。稲妻を操れば大木をすぐさま灰にできます」

「ほう」

「この力を、ギルドのために役立てたいのです」

「なぜ、このギルドを?」

「他のギルドでは、この能力を認められませんでした。偉大なる能力は、偉大な人間にしか理解し得ないということを、そこでは学びました。このギルドでなら、間違いなくわたしの能力を充分に活かせると思いまして」

「なるほど」

 まずまずだった。最初の段階は合格したと言える。これから使える男になるかどうかは、心構え次第と言ったところか。

「今日はここまでにしておこうか。話が長くなって、わたしも疲れてしまった」

 椅子から立ち上がった。扉に向かって歩き出すと、男もそれに倣うように立ち上がって歩き出した。

「きみがこのギルドで腕を磨き、栄光を掴むことを願っているよ」

「はい、ありがとうございます」

 扉を開け、男を見送った。別れる間際、希望と情熱に満ちた眸でこちらに視線を投げかけた。それが印象的だっただけで、あとはなにか心に引っかかるというところもなかった。

「使い方次第、と言ったところか」

 再び椅子に腰かけ、独りで呟いた。

 卓に乗った書類の、一番上にある文字に眼をやった。

 教団内に保管してある幽気薬ゆうきやくが、何者かによって盗み出されそうになったという。当事者は捕まえたが、幽気薬を盗むように指示した者は、途中まで追走したものの、逃げられたらしい。

 幽気薬を使うのは、教団を訪れる、畢竟ひっきょうに身をやつしている者に対してのみ使用を限定される。アルコール、少量の塩と混ぜて燃焼させ、揮発きはつした気体を吸引すると、きわめて強い多幸感を得られるのだ。医師や政府は、副作用があり常用は危険だとして、法規で厳しく規制しているが、そんなものはなんの意味もないと思っていた。本人の意思が尊重されるべきで、使用者が幸福になるのなら、なんの問題があろう、そう思っている。

 盗まれようとしたのが幽気薬そのものであることは、実はそこまで重要視していない。むろん、価値はある。しかし、惜しくはない。値は張るが、失っても買えばいいのだ。気になるのは、目的だった。なぜ幽気薬を盗ろうと思ったのか、その目的を知りたいのだ。だから盗みを命じた者を捕え、その意思を知りたかったのだが、それも叶わなかった。

 足を組んだ拍子に爪先が卓に当たり、卓上の書類が音を立てて崩れた。

 何もかも、上手くいかないものだ。はらの底で舌打ちをしながら、新たな煙草に火を点けた。

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