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翔陽伝  作者: South.K.Mackenzie
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 石畳を踏む音が、こだまするように響いた。

 最初は、なにが起こったのかよくわからなかった。いきなり、三人の男に囲まれたのだ。その場ののっぴきならない雰囲気を察知し、咄嗟に逃げた。幽気薬が関係していると、すぐに直感したからだ。案の定、三人の男は血相を変えて追っかけてきたのだ。しばらく走ったあと、この路地に逃げ込んだのだった。

 来た道を振り返った。狭い路地の向こうに、通りの雑踏が見える。どうやら撒いたようだった。ひと息つき、反対側から通りに出た。

 通りの人波の中に紛れると、何かにぶつかった。追っ手か、と身構えると、間の抜けたような表情をする男がそこにいた。

 どこかで、会ったことのある男だった。

「あ、あなたは」

 男が、こちらを指さして驚いていた。

「アカデメイアの」

 思い出した。昨日の午過ぎ、肩がぶつかった田舎者だった。

「またおまえか」

 虎之助はうんざりしながら言った。

「いいか、おまえと俺に、どのような因果があるかはどうでもいい。おまえが俺に、なにか話があるなら、後で好きなだけ聞いてやる。だが今はマズイ。今だけはどうしても駄目なんだ」

「おい、待て」

 人垣の後ろから、大声がした。三人の追っ手だ。虎之助は舌打ちをし、田舎者をその場に置き去りにするようにして駈けだした。

 雑踏を押しのけ、路地に入った。建物の間の狭い通路を走っていると、不意に目の前に男が現れた。いや、降ってきたと言うべきか。その男は虎之助の背後から、虎之助を遥かに越える大跳躍をしたのだ。

「やっと、捕まえたぜ」

 後ろから、残りの二人が追い付いてきた。

「手間かけさせやがって」

 虎之助の前方に現れた男が言った。

「なぜ、俺を追う?」

「とぼけるんじゃねえ。残念だが、おまえが人を遣って、俺たちのギルドから幽気薬を盗み出そうとしていたことは、もうとっくに露見しているんだよ」

 捕まったのか。虎之助は苦い思いがした。そのせいで自分が不利益を蒙ったことを悲観しているのではなく、あの男がヘマをすることによって自分に降りかかる苦難を憐れんだのだ。

 だが、もうその思考をも頭の隅に追いやった。眼の前の三人をどうするか、ということに傾注した。

「馬鹿だぜ、おまえ。いや、運が悪いと言うべきかな。俺たちイレウス教団を相手にしたんだからな」

 ひとりが、一歩足を踏み出した。虎之助は構えた。すると、ふたりの男の背後から、

「あ、いたいた」

 その場にそぐわない、雰囲気を台無しにするような、とぼけた声がした。

「探しましたよ、まったく。こんなところにいるなんて、道理で見つからないはずだ」

 田舎者だった。どこまで、俺に付きまとう気だ。その好奇心が、いつか自分の身を損なうことになることを、知らないのか。

「馬鹿野郎。なにしにきやがった」

「アカデメイアに入学しようとして、断られたんです。それで宿が見つからなくて、ちょうどいいところであなたに再会したから、頼ろうと思ったんですよ」

「この状況を見ろ。すぐにどこかへ消えないと、おまえ、アカデメイアどころの話じゃなくなるぞ」

「てめえ、いまの状況を理解してねえようだな」

 男が、凄みをきかせて田舎者の襟首を掴んだ。

 確認できたのは、そこまでだった。眼で追うことのできない疾さだったと言っていい。とにかく、突然の出来事に、その場にいた全員が虚を衝かれたという感じだった。

 男が、音もなく田舎者の足元に頽れたのだ。

「わかっていますよ。だから、あんたを救けて、宿の都合でもとってもらおうと思ったんだ」

 田舎者が、にやりと笑った。

 もうひとりの男が、突っかかった。手には、炎を纏っている。そのまま男は拳を打ち込んだ。手に纏った炎が異様な音を立てて田舎者に迫った。

 田舎者は寸前で拳を躱すと、お返しとばかりに腹に拳で痛撃を与えた。男は小さく呻き声をあげ、その場に突っ伏した。

「おまえ、魔術は使えるのか?」

「故郷で訓練はしたけど、それがどれほどのものか。自分の力がどこまで通用するかっていうのを確かめるためにも、アカデメイアを目指したっていうのもあるかな」

 もうひとりの男の方を向き直ると、数歩、後ずさりし、

「てめえら、忘れるな。教団を相手にするとどうなるか、その身でしっかりと味わうがいいぜ」

 と言い捨て、走り去ってしまった。

「さて」

 虎之助は田舎者の方を向いた。

「おまえ、名は?」

「新九郎。東条新九郎」

「齢は?」

「二十二」

 虎之助と同じだった。

「いいか、新九郎。マジでヤバいことになったぜ。さっきのやつらはイレウス教団の関係者だって言っていた。本当にそうかどうかはわからんが、もしそうならばこの一件でおまえも火の粉を被ったことは間違いない。いや、火の粉どころの話じゃねえな」

「俺がいまマジにヤベえって感じているのは、今夜泊まるところがないってことだけだ。なんとか教団とのいざこざみたいなのは、これから野宿をしなければならないかもっていう事実の前では、俺にとっては大した問題じゃないんだ」

「おまえ、いまいくら持ってる?」

「銀貨一枚、銅貨三枚」

「それでよく田舎から出ようと思ったな、おまえ。大した度胸だよ」

「そうなのか、よくわからんが」

「そんなんじゃ、三日後も飯にありつけるかどうか怪しいもんさ。ま、とにかく移動しよう。ここにとどまっていると危ないからな」

「待ってくれ。あんたの名前、まだ訊いていないぜ」

「虎之助だ。雪村虎之助」

「よろしくな、虎之助」

 こいつ、これからずっと俺と行動を共にするつもりか。にこにこと屈託のない笑顔を向ける新九郎の顔を見ながら、これからの行く末を考えていた。

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