ようこそ、ファスル王国へ!
朝日が眩しい。ぼくは目が覚めて、立ち上がりながらパジャマのボタンに手をかけた。
「昨日は色々なことがあったな」
ぼくはすっかり仲良くなったウィンテルのことを思い出して上機嫌に鼻歌を歌ってみた。
丸テーブルのある部屋に行くと、ちょうどウィンテルがぼくを起こしに来るところだったようで、机上には美味しそうなたまごサンドや出来立てのオニオンスープなどが並んでいた。
「おはよう、サファル。見て、これ全部私が作ったの。隣でおじ様が教えてくださって。初めて料理したのよ」
「おはよう、ウィンテル。朝からありがとう」
ウィンテルはぼくを自分の隣に座らせると、ぼくが食べるのをじっと見つめていた。
「そんなに見なくてもいいでしょ。いくらぼくでも恥ずかしいよ。まあでも、美味しいね。ウィンテルも食べなよ。今日ぼくは王子様のお城まで行かなくちゃ」
「そうね。私もついていくわ」
「分かった。一緒に行こう」
ぼくとおじさんとウィンテル。三人でいる時が今のぼくの一番の幸せだ。この朝、ぼくは実感した。
お昼になって、ぼくたちはお城へ向かう準備をした。
「おい、サファル。王子様がいるぞ」
「王子様? 本当だ。ねぇ王子様、どうしたの? 今日はぼくがお城に行くって」
「仕事がなかったからね。来ない方がよかったかな?」
「そんなことは無いよ」
「そうか。それで? なんであなたがここにいるのですか」
「それは……」
「はぁ……短気だなぁ。ウィンテルは何も悪くないから、そう怒るなよ。そんなことより、早く入ったら?」
「女王様のせいでは無い……?」
「だぁから、早く入りなってば。話はそれからだよ」
今度はぼく、ウィンテル、王子様の三人で丸テーブルを囲った。
「今日は、冬が終わらないというおかしなこの年の最後の冬の日だよ。ぼくがこの冬を終わらせる」
慎重に口を開いたぼくに二人の視線が集まった。ぼくはそれを確認して、ポケットから一つの石を取り出して見せた。
「まず、二人には季節の石というものの存在を知ってもらう必要がある。」
「季節の石……? 聞いたことがないな。女王様は知っているのか?」
「いえ。わたくしもそんな石があるなんて知りませんわ。……あ、もしかして、あの石かしら。塔の真ん中辺りにはめ込まれている」
「そう。その石だよ。今からその石の仕組みを説明するから、長くなるけどちゃんと聞いててよね」
ぼくは説明が苦手だから、少し深呼吸をしてから話しはじめた。
「季節の石の力は、女王様の半分なんだ。たとえば、石一つにこめられた力を百とすると、女王様一人の力はその二倍の二百。めぐってきた季節の石は力をためるため、その季節の色から灰色に変わって力を放出しなくなる。それ以外の石は、輝いて百の力を出すんだ」
季節の力を放つうつくしい石は、一時的に力を失うことでただの石ころに変わってしまうのだ。二人が僕の手の中の石を見た。
「そうすると三つの石の力だけがはたらいて、季節の力のバランスがくずれてしまう」
季節の石の力は女王様には劣ってもとても強いから、バランスが一度くずれてしまったらなかなか元には戻らない。
「そこで、女王様が石の代わりとなる百の力と、それに上乗せして、百の力を発揮するんだ。そうすることで、季節が狂うことなくめぐってくる仕組みなんだ」
四季のうち、三つの季節は石が百の力を出して、めぐってきた季節は女王様が二百の力を出す。
「気候や日照時間が毎年規則正しく四つの季節として巡ってくるのは女王様たちのおかげ。そうして女王様が任期を終えると、季節の石が自然と次の季節のものに交代される」
石は女王様を陰から支えていたのだ。ぼくが指示しなくたって石は正しく季節を伝える。
「さて、季節の石の説明はここまでだ。今は今年はこの説明通りにはいかなかった、というのが本題だ」
「季節の石が関係しているということかな?」
「そう。細く言うと冬の石、がね。ところでぼくがさっきから握ってるこの石はなんだと思う?」
ぼくの手の中には表現がつるつるとしてなめらかなまん丸の石がある。石の半分は日焼けをしており、少し色が褪せていた。
「冬の石が壊れたんだ。これがその冬の石だけどどう見ても光ってないでしょ? 冬の石が壊れてしまったってことは、石のもつ能力が機能しないのと同じ。つまり、次の季節になっても冬の石には力が戻らないんだよ。冬の石が壊れたままウィンテルの力がなくなってしまったら? そしたら冬の力はなくなって、季節の力のバランスは大きく崩れる」
ウィンテルがこの塔にいてくれたから季節のバランスがくずれなかったんだ。かわりに冬が長く続いてしまったけれど、バランスが崩れて自然が壊れてしまうよりはずっとましだ。
ちなみにぼくは一人でこの塔を操れるくらいの力は持っているので、こうしてウィンテルが塔を離れている間はぼくが冬の力を送っている。
「ということは女王様、あなたは石が壊れていたことに気がついて……?」
「違いますわ。先程も言いましたけどそもそも石のことなんてわたくし知りませんもの」
「じゃあ君が塔にこもっていたのは何か理由でもあったのか?」
「……サファルにはもう言いましたけど、夢を見たんですの」
ウィンテルが塔から離れられなかったのは、ある意味では塔の呪いのせいである。
「ここからはぼくが話すよ。ぼくの方がきっとその夢をよく知っている」
「どういうことかな」
「ぼくは、塔を創るときに、季節が順当にめぐるための、ちょっとした約束をしたんだ。ファスルの塔とね。季節のバランスが一定に保たれそうにないとき、足りない力を補える女王様、今回で言うと機能しなくなった石と同じ力を持つウィンテルを塔に置いたままにすること。もし塔にいなければおびき寄せて、バランスを一定にさせること。まぁ、呪いみたいけど。季節の力を安定させるには必要なことだったんだよ。それで――――」
ウィンテルは、冬の石が壊れたことで、その掟に伴い、見えない鎖で塔に括りつけられていた。そのため挨拶回りにも行けなかったのだが、塔を創った張本人であるサファルが来たことでなんとか外に出れたのではないかとサファルは推測した。
ウィンテルはあの日、サファルにこう言った。私は待っているの、と。何を、と聞けばある鳥だと答えた。
『ミントグリーンの瞳とアッシュグレーの体をもつ神秘的なことり』
それは紛れもなく、サファルのもう一つの姿だった。
塔に異変が起きたとき、塔の女王は夢を見る。
綺麗なことりがやってきて、『ぼくが来るまでここにいて』。
ことりは小さくささやくの。
塔の女王は純粋で、ことりを一途に待っている。
綺麗な瞳がやってきて、『君の瞳はガラス玉』。
塔の女王に、微笑むの。
瞳の色はミントグリーン、アッシュグレーの髪をして。
『良くも悪くもガラス玉。塔の中の君は何を思う』
『あなたの言葉は天使よりも真っ白で、悪魔よりも真っ黒ね』
二人の時は、進んでゆく。
二人は今日も生きてゆく。