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冬の女王様、ウィンテル

「ここだよ」

 気づくと目の前に大きな塔が冷たく立ちはだかっていた。この塔は季節によって外観が変わる。中にいる女王様たちの力だ。今の塔は冬の塔だから、大小様様な氷の結晶が張り付いていて、全体的に薄い青色をしていた。そして、塔からは冷たい凍てつくような雪色の風が下から上へ這い上がるような軌道を描いている。

「うん……。ねぇ、前にもぼく来たことがあるんだけどさ、こんなにも冷たかった?」

 王子様は考え込むような仕草をしているけど、きっとぼくとは違うことを考えている。

「まぁ、寒いことには寒いけど……。でも、女王様の力が強くなるとかそういう話は聞いたことがないな。気のせいじゃないのかい?」

「違うよ。雰囲気っていうか、この塔がまとってるものとか、そういう抽象的なものがさ」

「……私には分からないな」

 何故か王子様はきらきらと輝くような笑顔でぼくを見た。

「え、何?」

「いやぁ……。これがバードと呼ばれたかの英雄の力かと……。あ、この名前はいけないのだった。申し訳ない。つい」

 すごく興奮して話し始めたかと思ったら、一気に小さくなってぼくに謝るものだから思わず声を上げて笑ってしまった。今の姿は王子様だなんてとてもじゃないけど思えないくらいに滑稽だ。

「急に何かと思ったら。そんなの英雄の力とか関係ないでしょ。それから、名前のこととかもうどうでもいいよ。おじさんにばれちゃったし……いずれはばれる事だしね。まぁ、おじさんの方はバードなんて存在、知らないみたいだったけど」

 王子様はぼくの言葉に少しほっとしたようだ。再び紫色の瞳を興味津々、といったように輝かせている。

「来る町来る町に幸運をもたらす神、バード様」

「やめてよ。神なんかじゃないし。ちょっとしたお手伝いが大きな噂になっちゃったってだけだから」

「しかし、君は不思議な力を持っていると聞く。なんでも女王様全員分の力よりも絶大な……。時には大陸も作ったとか」

「……創造主って言ったらわかりやすいかな。まぁそんな大層なものじゃないけど。暇だったし、なんか、創れちゃったから」

「この塔を作ったのも君なんだろう?」

「そうだけど、今はそんなに関係ないから、この塔に入ってみようよ」

「ああ、でも私はこれからお触れをこの地域の家に伝えないといけないから」

「そっか、じゃあ明日お城に行くよ」

「来てくれるのか! ありがとう。王様に伝えておくよ」

「貸したものもその時に返してくれればいいから」

「なにからなにまでありがとう」

 王子様は一礼して、歩いて帰って行った。

 ぼくはというと、じっと塔を見上げていた。

「あの……どうしたんですか?」

 ひんやりとした空気に似合う、高い音のよく響くイングリッシュ・ハンドベルのような声が聞こえた。

「冬の女王様?」

「はい。貴方は確か……牧場のおじ様の家に暮らす、サファル様……?」

 女王様は、塔の一番下の扉からそっと顔を覗かせていた。

「そうだよ。ねぇ女王様、今年は挨拶回り来なかったみたいだけど……。何かあったの?」

 おじさんは思ったことをはっきりいうぼくを、素直でいい性格だと言う。でもぼくは、この性格のせいでたくさんの人を傷つけていたらしいことは薄々気づいていた。

「それは……」

 やっぱり。今だってそう。もう少し優しく聞けばよかったかな。そしたら女王様はこんな困った顔をしなかったのかも。

「別に責めているわけじゃないんだ。ただ、ぼくは毎回楽しみにしていたからね。女王様が家に挨拶しに来るの。ぼくだけじゃないよ。おじさんもそうだった。ぼくたちは喋るのが好きだから、いつもと違う人が来ると楽しかったんだ。まぁ、人それぞれ事情はあると思うけど」

 さっきよりも落ち着いた顔で、うなずいた女王様は、扉から出てきて手招きをした。

「そういうことでしたの。勘違いしてしまってごめんなさい。それは申し訳ないことをしましたわ。さぁ、お入りになって」

 女王様はなにやら疲れているようだ。目の下にはうっすらとくまが出来ているし、頬はこけている。

「お邪魔します」

 塔の中は、入ってすぐに暖炉が見えて意外にも暖かかった。

「寒かったでしょう。ここに座ってください」

 女王様はせっせと椅子を運んでくれた。

「ありがとう。女王様も座ったら? 一緒にお話しようよ。せっかく会えたんだから」

 ぼくも椅子を運んできて、女王様の手を引いた。すると女王様は全く曇のない綺麗なガラス玉で笑った。

「そうですね。楽しみにしていた挨拶回りもさぼってしまいましたから」

 まるで小さい子をあやす様に女王様は言った。ぼくはそんな歳ではないけれど、なんだか女王様が嬉しそうだからよしとする。

「じゃあぼくから話すね。ぼくは元々旅人だったんだ。そこでお手伝いしてたら、バードとか呼ばれ始めたんだ。まるで幸せの風を運ぶ神様だってね」

「貴方は……バード様なのですか?」

「あれ、女王様知ってたの?」

「当たり前じゃないですか! とても偉大な方だと有名ですわ。それに不思議な力を持っているのでしょう?」

「まあね。あ、見てみる? 特別に見せてあげるよ」

「まあ!! いいんですの? それじゃあ……ガラス細工! わたくし、ガラス細工が大好きですの」

 女王様はとてもはしゃいでいた。さっきはぼくを子ども扱いしていたけれど今はよっぽど女王様の方が子どもっぽい。

「いいよ。少し離れて見てて。ガラス細工ね」

 ぼくは心臓に両手をあてて自分の鼓動を感じながら、集中力を高めた。

 ぼくの周りにオレンジ色の輪ができて、炎のように膝元まで立ち上っては消えていく。そこまで見てから目を瞑り、さらに神経を研ぎ澄ます――

 どくん、と鼓動が跳ね上がってぼくの体が、がくん、と崩れ落ちた。

 心臓からゆっくり手を手を離していくと皿状にした両手のひらの中に美しい女性をかたどったガラス細工が現れ、オレンジ色の輪がすっと消えた。

「あの、あ、あの、バード様」

 振り向くと、女王様が焦った顔でこちらを見ていた。

「ふふっ。大丈夫だよ、これくらい。そんなことより、ほら」

 手のひらの女性はもちろん女王様。我ながらうまくできた。

「こ、これは……」

 女王様は息を呑んでぼくの手の中の自分を見つめた。

「女王様、だよ。女王様の瞳はガラス玉によく似ていたからね。どう? うまく出来たと思ったんだけど。気に入ってくれた?」

 女王様は、その細い首がちぎれてしまいそうなくらいうなずいた。

「気に入ったなんてものじゃありませんわ。こんなにも素晴らしいものは初めて!」

「そう? なら、欲しい?」

「はい」

 女王様は頬を赤らめて、遠慮がちに言った。

「女王様ったらかわいいね」

 まるで、少女のような表情にぼくまで微笑んでしまう。

「かわいいだなんて、そんな」

 女王様はさらに頬を赤くした。かわいいって言われるの、女王様は嬉しいんだ。無口で無表情な冬の女王様だけど、やっぱり女の子なんだなぁ。

「じゃああげるよ。そのかわり、対価をもらおうかな」

 対価という言葉を口にすると、女王様ははっとした顔になった。

「そうですわよね! こんなにも素敵なものですもの。おいくらですの?」

 ぼくは、自分の思っていたとおりの返事が返ってきて思わす笑ってしまった。

「そう言うと思ったけど、そうじゃなくてね。ぼくは女王様に敬語なんて使ってないから女王様もぼくに敬語使わないでほしいなと思ったんだよ」

「そ、そんなことでいいんですの?」

「ほらまた。それが嫌なんだよ、ぼくは。なんだか壁がある感じがする。王子様だって普通に喋ってたよ?」

「なるほど……それなら、友達ね? サファル。私のことは冬の女王様なんかじゃなくてウィンテルと呼んで。私の名前なの」

 ぼくは彼女に二つ持ってきたパンと水筒をひとつずつ差し出して笑いかけた。

「そう来なくっちゃ! こちらこそよろしく、ウィンテル」

 ウィンテルはありがとう、と二つを受け取って椅子をぼくに寄せて座った。二人で同じブランケットを使って暖をとったり、味の違ったパンを分け合ったり、友達なんて作ったことのない僕からすればこの上なくな楽しい時間を過ごした。

 そうしてウィンテルとぼくは日とても長い間話し込んでいた。ウィンテルは、挨拶回りに来なかった理由も、ずっと塔にこもって交代しない理由も話してくれた。そのほか他愛もない話をしているうちに、やがて日は暮れてしまった。

「あら、もうこんな時間。ねぇ、サファル? 今日はここに泊まっていったらどう? こんなに暗いの。危ないわ」

「気持ちは嬉しいけど、おじさんが心配するからね。帰るよ。暗い夜道ならぼくは慣れてるから大丈夫。何てったって元々旅人でしたから」

 ぼくはおどけてみたけど、ウィンテルはまだ心配そうにこちらを見ている。この人もおじさんや王子様と同じで優しい人だ。

「サファル、私寂しいわ」

 ウィンテルはぼくの服の裾をぎゅっと掴んできた。

「ふふっ。やっぱり今日のウィンテルはとってもかわいいよ。寂しいだなんて言ってくれてありがとう。でも帰らなきゃ。明日またくるよ」

「でも……でもサファル……」

 駄々をこねる女王様のガラス玉にはダイヤモンドのように美しい水滴が滲んでいた。

「うーん。あまりおすすめはしないけど、今からぼくらの家にでも来る?」

 そう言えばウィンテルは一気に笑顔になった。

「行く!! すぐに用意するから待っていて!」

 ウィンテルはよほど嬉しかったのか本当にすぐにやって来てぼくの腕に巻き付いて嬉しそうに笑いながらついてきた。

 少しあるいて、家が見えてきた。そこには、昼間のように牛たちはおらず、少し物悲しさを感じたが部屋の明かりを見たら、そんな気分も一気に晴れやかになった。心の中で、今日はお客さんがいるよ、とおじさんに早くも語りかけた。

「おじさんただいま」

 ウィンテルは未だにぼくに巻きついている。多少歩きにくかったけど暖かかったから何も言わないでおく。

「おや? 女王様じゃないですか」

 おじさんにウィンテルが泊まっていくことを伝えるとやはり一つ返事で許可してくれた。

「こんばんわ、おじ様。今年は挨拶回りに来なくて申し訳ありませんでしたわ。それと、長い間サファルをお借りしてしまって」

「ウ、ウィンテル、苦しいよ」

 ウィンテルはぼくに離さないとばかりに抱きついてきた。ぼくが文句を言ってもさらに力を入れてしまってどうしようもない。そんな光景をおじさんはにこにこしながら見ていた。

「ずいぶんと仲良しなんだなぁ」

「それはいいんだけど、ウィンテル、離してよ」

「嫌よ。サファルがどこにも行かないようにしているんだもの」

「どこにもいかないよ。全く」

 諦めを含めてため息混じりに言ってもめげる様子はなかった。

「さてと、俺は寝るからな」

 おじさんは伸びをして踵を返した。

「ぼくたちももう寝よう。おいで、こっちが君の部屋。ぼくは隣にいるから何かあったら入って来ていいよ」

「ありがとう。サファル、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 ぼくは一人部屋に入ってため息をついた。まさか冬の女王様があんなにも元気だとは。ウィンテルから聞いた今年の異様な冬のことは明日王子様に話すとして、今日は何も考えずに寝ることにした。

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