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ぼくがなりたいもの

ようこそ、ファスル王国へ!

……と言いたいところだけど、ごめんね。

今この国では不思議な事件が起こっているんだ。

あのね、


冬が、終わらないんだよ。

 春・夏・秋・冬を司る女王様四人の住む国、ファスル王国の現在の季節は冬。

 雪がしんしんと降り積もり、辺りを見渡せば一面がきらきらと輝く幻想的で美しい季節。ファスル王国の住人は皆、ぼくも含めてこの季節が大好きだった。もちろん、冬だけと言わずほかの季節も。つまりは、女王様四人が連れてくる四つの季節のどれもが大好きだった。

 ところが、今年は例外だ。

「こんな不思議なことは初めてだな。早く春、来ねぇかなぁ……」

 元々旅人だったぼくを、家に居座らせてくれている牧場のおじさんが、牧草の生えた畑とそこに放牧された牛たちとを見ながら、白い息を吐いた。ぼくはおじさんの隣で膝を抱えて座っていた。そして、冬特有の澄みきった空をあとどれくらい見ればいいのだろう、なんてぼんやりとそんな事を考えた。

 というのも、今年はどうしてか全く春が来ないのだ。ぼくたちの国では普通、もう暖かい春が来て、色とりどりの花が咲きほこり、甘い香りを漂わせる頃なのにこの空気である。肌を刺すように冷たい風と、乾燥した自然たち。こんなことは今まで一度も経験したことがなかった。ぼくより年上のおじさんが不思議だと言っているのだからまだ若くて未熟者のぼくからすればより一層不思議なのである。

「こうも寒いと作物なんて育たねぇからなぁ……いけねぇなぁ」

「おじさん、そう言えば今年はまだ冬の女王様と会ってないね。なんで?」

「なんでと言われてもなぁ」

 ファスル王国のちょうど真ん中に、ファスルの塔と呼ばれる、この国で一番高く美しい塔がある。ここで女王様四人が自分たちの司る季節の間生活をすることによって季節は狂うことなく巡ってくることになっている。そして順番が廻ってきた女王様はファスルの塔周辺で生計を立てるぼくたちに挨拶回りをしに来るのだ。しかしぼくたちが最後に見た女王様は秋の女王様で、冬の女王様ではない。

 冬の女王様は無口であまり表情も変わらないのだが、とても心優しく真面目だと評判だった。挨拶回りだって欠かしたことはないはずだ。それは冬の女王様だけではない。ほかの三人の女王様だって欠かしたことはないだろう。ぼくは旅人の頃、このファスル王国内を旅していたから、もし挨拶回りをしていないなんてことがあったら絶対に大きな噂になり、旅をするぼくの耳にも届くだろう。

「そこのお二人、少しいいかな?」

 後ろから柔らかな声が聞こえた。ぼくがイヤーカフを首元まで下げて振り向くと、丈の長いコートのフードを、顔が見えないほど深くかぶった男の人が一人、近づいてきた。

「何? ぼくたちのこと?」

「うん。今君たちが話していた内容が気になってしまって」

 男の人がフードを外すと、顔の全貌が明らかになった。その美しい顔立ちと透き通ったモーブの瞳の持ち主は、間違いなくこの国の王子様だった。

「おや、王子様でしたか。こんな寒い日におひとりでどうされました。そんな人目をしのぶような服も着て……」

 おじさんはまじまじと王子様を見て、唸った。一般人のもとに王子様が来るのは、当然珍しいことだ。ましてやこんな格好で。普段は、一目で王子様と分かるようなきらびやかな衣装を身にまとっているのだ。

「王様からのお触れが出たんだよ」

「ぼくたちの話と関係あるってことは冬の女王様のこと?」

 待った、とおじさんはぼくを手で制した。

「王子様、続きは家の中でどうですか。体が冷えてしまいますよ」

 おじさんはぼくに向き直って、温かいココアを用意するように言った。ぼくは軽く返事をして家の中へ向かう。

「それはありがたい。お言葉に甘えさせてもらいます」

 後ろの方から聴こえてくる二人の会話に、おじさんはやっぱりいい人だ、とぼくの心に優しい火が灯った。このままココアを入れたら……。

「王子様も、あの日ぼくがここに来たときと同じ気持ちになるのかな」

 ぼくは四角いお盆に乗せた三つのココアを慎重に持ち上げた。そこに映る三つの自分の顔は幸せそうなほほ笑みを浮かべていた。

 こげ茶色のドアをたたいて、部屋に入る。コートを脱いだ王子様と太陽のように笑うおじさんが丸い木のテーブルに向かい合って座っていた。

「どうした。やけに嬉しそうだな」

 そうぼくに聞くおじさんも嬉しそうだった。

「なんでもないよ。ちょっと上手くココアができたなって」

 ぼくはくすりと笑って、ていねいに三つのココアをだした。

「なんだ。誰かと思えばあなただったのか、バードさん」

「今気づいたってことは、ぼくに会うために来たんじゃなかったんだ。分かってて来てるものだと思ってたよ。それに君、今なんて? バード? ずいぶんと古い名前でぼくを呼ぶんだね」

「仕方ないだろう。君は有名人なのだし、今の君の名前を僕は知らない」

「有名人って……ぼくはそんなのじゃない」

 おじさんはぼくたちの会話をきょとんとした顔で聞いていた。無理もない。ぼくはこの家に転がり込んでおいて、素性を明らかにはしていないのだ。

「はぁ……サファル。今のぼくの名前だよ。この人の前ではその馬鹿げた名前で呼んで欲しくなかったんだけどな」

 人には誰だって隠したいことくらいはある。ぼくの中でそれに当てはまるものは自分の過去だ。だからぼくは少しだけ、王子様を睨んで見せた。

 人によると、ぼくの怒った顔は怖いらしい。それを聞く度にぼくは、怒った顔なんて皆怖いだろうとしか思わなかったのだが、おじさんにお前さんの怒り顔は感情がなくなるから怖いねぇと言われて初めて納得した。ぼくの今の顔はまさにそれだ。

 王子様は少し引きつった笑顔になった。

「こらこら。まぁた怖い顔になってるじゃないか。いつものように笑ってごらんなさい。お前さんはそれが一番だよ。王子様も。あまり人の秘密には触れない方がいいねぇ」

 おじさんはそう言うけれど、おじさんも今の顔は少し怖かった。

「それはそうと、王子様はどうしたの?」

 張り詰めていた空気をなるべく緩めるように優しく聞いてみた。王子様はそれだけで安心したように笑みを浮かべた。悪気はなかったんだろう。

「君たちは冬の女王様について話していただろう? ちょうどそのことで王国も頭を悩ませていたんだ。そこで王様からこんなお触れが出たんだ」

 王子様はテーブルの上に一枚の紙を広げた。


“冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。季節を廻らせることを妨げてはならない”


 話を聞くところによると、今王子様は塔の周辺に住む人たちにこのお触れを広めてもらうよう、頼みにきたそうだ。

「ふーん。そういうこと。それって塔の中に入って女王様に会いに行ってもいいの?」

「ああ、それはもちろん構わないが……」

「サファル、やるのかい?」

 おじさんは眉を下げて心配そうに聞いてきた。

「うん。ぼくはおじさんみたいに優しい人間になることが夢なんだ。だから人助けはすすんでやりたいんだよ」

 おじさんは、元から丸い目をさらに丸くしてから、いつものように太陽の笑顔を見せた。

「おじさんみたいに、なんてお前さんが言うとはなぁ……俺はそんなに立派な人間じゃねぇけどお前さんはきっと本当に優しい人間になれる」

 この人はお父さんみたいな人だ。それはぼくだけのお父さんとかそういう意味ではない。いろんな人を大きな暖かい手で包み込む、皆のお父さん。王子様を軽く叱った時だって、ぼくがただ怒ったのとは違っておじさんには愛があったのだから。

「ありがとう、サファル。冬が終わらないせいで困っている人がたくさんいる。この国から抜け出してしまいたいと考える国民だって少なくない。あなたがいいのならぜひとも王国の危機を救ってほしい。この国に笑顔を取り戻してほしいんだ」

 ぼくは強くうなずいた。

「ぼくに出来ることなら何だってするよ」

 今日、王子様会ってから、一番王子様らしい顔を見た。強い意志と、この人にもぽかぽかの優しさが見えた。こんなにもこの王国を大切に思ってくれている人の頼みなら、助けないことには行かない。それにこの国には、当たり前だけど、ぼくの恩人であるおじさんも暮らしている。おじさんも長すぎる冬に困っている。近くにいる大切な人が困っているということは、少し先に住む貧しい家族も、四六時中勉強に勤しむ真面目な学生も、編み物が得意でおしゃれなおばあちゃんも皆困っているということだ。

「それじゃあまずは塔に行こう」

「分かった。準備してくるから待ってて。そういえば、王子様ももう少し厚着した方がいいんじゃない? ぼくの手ぶくろとマフラー貸してあげるから一緒に来なよ」

「そうか。塔の近くに行くんだ、今なんかとは比べ物にならないくらい寒くなるに違いない。申し訳ないが、借りることにしよう」

 王子様とぼくはコートを持ってぼくの部屋につくと、手ぶくろとマフラーを手に取った。

「はい。王子様はこれね」

 ぼくは綺麗な方を渡した。すると王子様は受け取るのをためらった。

「いいのか? これ、新しいものだろう。そちらの方が少しほつれているし」

「いいんだ。これはぼくのお気に入りだからね。別に優しさじゃないよ」

 王子様は不思議そうな顔をしてぼくに感謝の言葉を述べた。。

 そう。これはおじさんがぼくに編んでくれた物。なれない手つきでぼくのために作ってくれたもの。だからこれはぼくが使うべきなんだ。

 ぼくたち二人は外へ出た。相変わらず冷たい風が頬を刺す。

「おーい!」

 おじさんが白い息を天に上げながら駆けてきた。

「気をつけるんだぞ。サファル。無理しちゃぁ元も子もないんだからな」

「おじさん、ぼくは子どもじゃないよ」

 必死になるおじさんがなんだかおかしくて笑ってしまった。

「王子様も、お気をつけて」

「ありがとうございます」

 全くどこまでも優しい人だ。おじさんはぼくにパンと水筒を二つ持たせて、それからまた一言二言交わしたあと、ぼくらが見えなくなるまでずっと大きく両手で手を振っていた。

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