第十伝 人と妖怪~器と依り代~その五
長いこと更新が滞り申し訳ございません。
葛葉を呼び出し、単独行動を取ったミカドは夜の帳が下りた繁華街の路地裏を歩く。
「あいつの情報が正しければここで間違いないはずだが・・・・・・」
そう言って、煙草を取り出して火を点けた瞬間、周りにはいかにも黒いスーツに黒ネクタイ、そしてサングラスに黒い帽子という怪しい者達に取り囲まれた。
「やれやれ・・・・・・毎回毎回、厄日と思っていたがここまで自分の運がない事に驚嘆せざるを得ないな・・・・・・」
こういう事態には慣れた様子で紫煙を吐くミカドに対し、取り囲んだ者達の一人が彼の右肩に手を置き口を開いた。
「早く立ち去れ。
ここは貴様の様な人間が来る場所ではない」
「用が済めばすぐに立ち去るさ」
ミカドはそう言って男の手を払う。
「痛い目にあわないと無理か?」
「どっちがだい?」
男の言葉にミカドはそう返した瞬間に彼の周りを取り囲んだ男達が次々と倒れた。
「やれやれ・・・・・・勝手な事はするなよと何度も言ってるだろうに・・・・・・」
ミカドはそう言って、携帯灰皿に煙草を押し込んだ。
「あら・・・・・・あなたは我々がそう言っても、自ら火の中に飛び込んで行くじゃないのさ」
ミカドの影から美しい女性が現れてそう言った。
「それは俺の運がないからさ」
「あら? 私を虜にしといてそんな事を言うのかしら?」
月明かりが徐々に女性のシルエットを露わになる。
青い髪をし、大胆に胸が開き、腰まで入ったスリットのチャイナドレス姿で妖艶な笑みを浮かべる女性だった。
「お前が勝手に惚れただけだろ・・・・・・大体、夢魔が勝手に出てくるなよ。
夢の中だけでいいだろう・・・・・・」
「私はあなたの愛の下僕よ。 あなたが望む望まないと、命が危なかったら、出てくるわよ。」
夢魔。
それは人の夢の中で性行為を行ったり、永遠に悪夢を見せ続ける下級悪魔の一種であるが、彼の前にいる夢魔はとても強い力を持っている。
強さはミカドや葛葉、タマに比べると弱いがそれでも小さな町の氏神や道祖神ならダッシュで逃げる程である。
夢魔は元々それほど強くないが、近年のゲームや、二次創作による漫画や小説、アニメ、さらにはドラキュラ伝説との融合により、彼女は異端として生まれた。 その強い力を持って人々を夢の中で襲っていたが、ミカドに完膚なきまでに叩き潰された事で彼に惚れたのだ。
「それにね・・・・・・焦る気持ちもわからなくはないけど、こういう時は嘘でもありがとうとか助かったとかって言っておくのが男の甲斐性よ」
彼女の言葉に自分が焦っていた事に気が付かされた。
「・・・・・・へいへい、ミユさん助かりましたよ」
呆れ気味にその言葉を言いい、ミユと呼ばれた女性はにっこりと満足気な笑みを浮かべ、ミカドはドアの取っ手に触れる。
「!?」
扉一枚の向こうから伝わる異様な気が彼に伝わった。
「気を付けてね。その先にいるのは神子よ」
ミユが言った。
「やっかいだな・・・・・・」
神子、現代では巫女と表現される場合が多いのは奉職する女性が多い事、女性が祈祷、神託、占いする事が多く古代では生贄、人柱にされることも多くいつしか巫女の字が定着したが、本来は神子と表現される。
神子とは男性を含む力を持つ者の呼称であり、現代では男性は神主職が値すると言っていいだろう。
ミユが言った神子とは文字通り神の子という意味合いを持つ。
それは生まれながらに神を宿すことができる人間、生まれた時から神を宿している人間、後天的に神を宿す事ができる人間、そして、生まれながらにして神の力を使える人間の事を指す。
ミカドは生まれながらに神を宿す事ができる人間である為、彼も神子という部類に入る。
彼がやっかいだと言ったのは、神子の存在そのものもやっかいではあるが、その力に目をつけて悪用しようとする者達の事も含めての意味だった。
神を宿す事は簡単ではなく、数多いる神の中でも特定の一柱を選び、その神に見合った儀式をして、人の身に宿す。
儀式により、神子の命が失われる事は珍しくはないが、大都市に住む多くの無関係な人間達をも生贄に捧げる事もある。
古来より神の力を利用しようとして、滅んだ町、人間は多いにも関わらず、人は神の力を手中に収めようとするのは魅力が強いからであろうか? それとも人が持つ探求心がそうさせるのであろうか? 答えはない。
「邪神か善神か、まさにパンドラの箱か・・・・・・」
ミカドはそう言って、再度ドアの取っ手に触れる。
「あけてびっくり玉手箱というオチはないんじゃないかしら?」
ミユの言葉の背筋が凍り付くの感じる彼に彼女はスゥーっと彼の影の中に消えていった。
「それもそうだな・・・・・・」
そう呟いたミカドはドアを開き、吸い込まれるように中へと入った。
数人の体の一部が床に転がり、むせかえる匂いが充満する地下室で、ミカドは落ち着いた様子で部屋を見回す。
「昼間と同じような状況だな・・・・・・」
違うのは依代になった神子がいるかいないかとという事と、ギャギャギャと笑いながらちぎった腕を引っ張りあったりしている小人がいるぐらいだろうか。
「やれやれ・・・・・・ゴブリンに近いと見たが・・・・・・」
言葉を漏らした彼は煙草に火を点けて紫煙を吐く。
『誰ぞ? 我が体に害なすならば、その身八つに分けて、海の底の底のまで沈めてくれようぞ』
女性の声がした。
ミカドが声がした方に視線を向ける。
「見た感じは大丈夫そうだが・・・・・・」
女性の声を無視してベッドに寝かされている女性を見る。
声の主は寝かされている女性から聞こえたのは明らかだが、意識はない。
『我の声が聞こえているだろう!』
怒声にも似た声が響くと遊んでいた小人たちが一斉にミカドに視線を送る。
「聞こえているよ。
誰だかは知らんが、危害を加えるつもりはないので安心しろ」
ミカドはそう言って、吸っていた煙草を消した。
「ミカドと言う。
お前の力を無理矢理従わせようとも利用しようとも思ってないから、敵意を向けるのはやめてもらえないか?」
ミカドは続けざまに言うと、新たな煙草を取り出して、火を点けた。
『ふむ・・・・・・よかろう』
声の主が言うと、女性が寝ている横からもう一人の女性が現れた。
「・・・・・・予想はしていたが・・・・・・やっぱり神か・・・・・・」
新たに表れた女性の正体を見破るミカド。
『ほう、お主、我が神だとわかるのか・・・・・・』
「まぁな・・・・・・そこの娘と同じ神子だからな」
神と会ったのは初めてでもないと呟くミカド。
神の世界にも行った事もあると呟く。
『ほうほう、お主か、天狐の婿になったという神子は?』
紫煙と共に大きなため息をつくミカド。
『我々の世界では有名だぞ。 天狐が神子を婿にしたとな』
と、嫌味ぽく笑みを浮かべる女性の神
「ほっとけ・・・・・・とりあえず、ここらにいるゴブリンみたいな精霊もどきを引っ込めてくれないか?」
ミカドはそう言って、フィルター近くまで火種が来た煙草を床に落として踏み潰した。
『ふむ、よかろう。
ヌーノ・サ・プンソ達よご苦労だった。 後は我だけで良い』
彼女がそう言うと、ヌーノ・サ・プンソと呼ばれたゴブリンに似た異形の者達が消えた。
「さて、お前も神子の中に戻るか、神の世界に戻ってもらいたいが・・・・・・その前に、この召喚陣とこの惨状の説明をしてもらおうか?」
ミカドはそう言って彼女の顔を見る。
『エンカンターダじゃ』
「?」
『我の名じゃ』
エンカンターダと名乗った女性はそう言った。
「エンカンターダ・・・・・・たしか、フィリピン神話に出てくる女神とヌーノ・サ・プンソはフィリピンにいる精霊の総称だったな?」
『博識じゃな。 あの天狐が見初める男というのも頷けるの』
エンカンターダの言葉にそんなんじゃないと呟くミカドに彼女は笑みを浮かべる。
「勝手に名乗ってるだけだ」
『すまぬな。 悪く思うな。 嫌味で笑ったわけではないのじゃ。 感心しとるのじゃ』
やれやれと呟いたミカドをよそに彼女は続けた。
『この娘、力が強過ぎての。 悪用する連中が多いのでな。
我ではない神を呼び出し、その娘に宿らせる予定だったのじゃがの・・・・・・』
失敗した。
すでに神はその娘に宿っている事を知らず、儀式を執行した連中は彼女・・・・・・神の怒りを買ったのだった。
「その子には、神であるお前が宿っていたと・・・・・・」
ミカドの言葉に彼女はそう頷いた。
『奴らは我とは違う神を宿そうとしたみたいじゃがな・・・・・・二回とも我の力を思い知った』
その結果がこの惨状である。
「この魔方陣の意味は・・・・・・と言ってもわからないか」
『そうじゃな・・・・・・古よりも旧き時代の神・・・・・・神を総べる神と言えばわかるか?』
彼女の言葉を聞いたミカドが口を開く。
「それでこんなデタラメな魔方陣か・・・・・・」
その神の存在に思い当たる節がある為かミカドは煙草を吸いだした。
『親友なんじゃろ?』
そんな関係じゃないとミカドは呟いた。
「昔はな・・・・・・俺はあいつのスペアの一つなのさ。 この世界で活動するためのな」
彼の言葉にエンカンターダは続ける。
『じゃが、それは神子である者は誰も同じじゃろ』
「エンカンターダはその娘の身体で、その娘の身体を壊さないで本来の力を出せるか?
出せないだろう?」
彼女の問いにミカドは聞き返した。
『うむ・・・・・・そんな事をすれば、この娘の身体は壊れてしまう・・・・・・』
「俺の身体はそれが可能なんだよ・・・・・・」
神の力を人の身体で扱う事はできない。それが古くから言われていた事だった。
「あいつが言うには、今の俺の身体は、人、神、その両方に最も近くて、最も遠いそうだ」
『お主、それは人でもなく神ですらもないという事ではないか』
それはある事件をきっかけにして起こったミカドへの代償だった。
その結果、彼は、タマと一緒に神の世界に行く事になったのはまた別の話。
「お前も知ってるだろう・・・・・・俺は人でありながら神殺しをした人間だと」
思い出したくもないという感じで口を開く彼に彼女は答えた。
『聞き及んでいる。 あの神は神の中でも最下級の神じゃったが、セクハラがひどくての、その上、部下にはパワハラにモラハラとまるで神という自覚がない存在じゃったな。 まぁ、いなくなって、清々したがな』
「それは俺も同感だ。
さて、話は終わりだ・・・・・・神子の安全は保証する。
人は人の世界、神は神の世界で生きる。 それが理だとあいつから聞いた」
『嫌じゃと言ったら?』
悪戯にそう答えた彼女に、ミカドは煙草を捨てて彼女の顔を直視した。
「私が相手になりますよ?
エンカンターダ」
そう言ってミカドの影から出てきた女性が言った。
「またか・・・・・・」
ミカドは呟く。
「久しぶりね? 前に会ったのは3千年ぐらい前の会合かしら?」
真紅の巫女装束の女性が言った。
『久しいの・・・・・・ 伊耶那美よ』
エンカンターダの言葉に伊耶那美はフッと笑いながら彼女を見つめていた。
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