飛脚のトクさんⅣ
太陽の陽が容赦なく大地を照りつけていました。
外にいるだけで体中の水分が奪われていくような、猛暑日と呼ぶに相応しい日でした。
僕は、そんな日でもお客様の為に走っております。
今回の、ご依頼は素敵な魔法使いの、お姉さまからでした。
アトラスからレガリアの外れにある寂れた田舎町へ手紙と小荷物を運んでおります。
先方はクレアという女性です。
どんな方なのか、楽しみです。
ちなみにクライアントはハーブティーという姉御気質の女性でした。
小さいお子さんを一人で育てておられるシングルマザーです。
まだお若い感じでしたが、しっかりしておられます。
僕はそんなハーブティー様からの荷物と手紙をお預かりし、一路クレア様の元へ。
途中で毎度ながら魔物、盗賊の類いに襲われますが、何の問題もありません。
僕の脚力に追いつける者などおりません。
そんな快足を飛ばす僕の前に一人の女性が現れました。
長い黒髪は緩やかなウェーブがかかっています。
小さな顔にショートパンツからすらりと伸びた、おみ足は美脚以外のなにものでもありません。
彼女はまるでモデルさんの様な体型をしておりました。
そんな彼女のすぐ側を横切る時、目が合ってしまい、僕は胸がドキドキ致しました。
こういう事を言うのはどうか、とも思いますが……僕が一夜を共にしたカモミール姫なんかとは全く比べようもないほどの美人でした。
しかも彼女は僕に微笑みかけてくれました。
しかし、今思うとあれは悪魔の微笑みだったのだと思います。
僕のスピードはのりにのっていました。
ほぼマックスに近い速度です。
風と一体になっているような気分でした。
ふと背後に殺気に近い感覚を覚えて振り返りました。
「うわぁ!」
そこには何と先ほど僕と目が合った女性がいるではありませんか。
しかも恐ろしいことに彼女は腰に下げた剣に手をかけています。
「ヒッ!」
僕は速度を更に上げました。
さすがにこれにはついてこれないでしょう。
僕は再び後ろを、そっと振り返る。
すると、なんてことでしょう。
彼女は僕のスピードにピタリとついて来るではありませんか。
しかも何やら呟いています。
僕は集中して彼女の声を聞きました。
「止まれブタ。止まらんと殺す。止まっても八つ裂きだがな。」
「ぎゃあああぁぁぁ!!」
殺されます。このままでは僕は彼女に切り刻まれてしまいます。
一体、彼女は何なのでしょうか。
この僕について来れるなんて……そういえば聞いたことがあります。
地上最強の女戦士がいるということを。
確か名前は――サーシャ!
とにかく強いとの評判ですが、性格に問題があり、すごく嫌われているという、風の噂を聞いたことがあります。
おそらく彼女がそうでしょう。
とにかくこの場は何とか逃げきらないと、まずいです。
僕は限界まで飛ばします。
しかし振り切れません。
――ドテッ!
次の瞬間、なにか鈍い音がしました。
どうやら彼女は石に躓き派手に転けてしまった模様です。
僕は彼女の憎悪のこもった瞳を見て、激しく逃げました。
「びぃええぇぇぇ!」
まったくこの世には、とんでもない生物がいたものです。
ようやく逃げきった僕はハーブティー様からお預かりした荷物が心配になり確認してみます。
箱をそっと開けます。
この中身は生物です。
えっ?この炎天下で生物って大丈夫なのかって?
心配はございません。
ハーブティー様が魔法「クールビン」をかけてくれています。
到着するまでは新鮮なままでお届けできるでしょう。
さあ、先を急ぎましょう。
クレア様がお住まいになっている家へと到着したのは予定よりも少し早い時間でした。
僕は息を整えて玄関のドアをノックします。
毎度ながら緊張の瞬間です。
一体どんな方が出てこられるのか、それとも留守なのか。
または殺人事件の第一発見者なんかになってしまうのではないのか、などと妄想が膨らみます。
「はーい。どちらさん?」
出てきた女性は金色の長く綺麗な髪をした美人でした。
ちょっと気が強そうな感じのクレア様に、
「ハーブティー様からのお届けものです。」と、伝えると彼女の顔は明るく輝きました。
それはとても優しい笑みでした。
「姉さんからだ!」
ちなみにハーブティー様からお伺いした話によると、二人は姉妹ではなく、クレア様はハーブティー様の妹分の様な間柄ということでした。
僕はまず、お手紙をお渡し致しました。
クレア様はすぐに封を切り手紙を取り出しました。
「な、なんだこれ!?」
クレア様は取り乱した様に言いました。
「なあ、これってどういうこと?」
クレア様は僕に手紙を差し出しました。
「拝見致します。」
僕は手紙を受け取り、中身を読ませて頂きました。
手紙の内容は次の通りでした。
(おまたんまじょうまび おまめでまとう。 追伸まぬけ。 )
短い文章でありましたが、僕にはすぐに理解できました。
というか簡単ではありませんか。
僕はクレア様に手紙をお返しして、こう言いました。
「これは簡単な暗号です。」
クレア様は食い入る様に手紙を見ました。
「いや、分かんないって。っていうか何だよ最後のまぬけって!私のどこが『まぬけ』なんだよ姉さん!」
僕はこう思いました。
「そういうところです。」と。
しかしクレア様が解読しないと話が先に進みません。
ハーブティー様の魔法クールビンも、そろそろそろ効果が薄れていく頃です。
僕はさりげなく言いました。
「その『まぬけ』がキーポイントですよ。」
「だから、私はまぬけじゃない!」
話になりません。
段々とイライラして参りました。
少しずつフラストレーションがたまり、遂には、
「『ま』を抜いて読め!」と、きれてしまいました。
本当に大人げなかったと反省するしだいです。
しかし僕の言葉はクレア様にようやく届いたようです。
「『ま』を抜く?えっと――おたんじょうび おめでとう、だ。』――姉さん。」
そこで僕は、すかさず挟み箱から小さな箱を取り出します。
「こちらもハーブティー様からです。」
クレア様が箱を空けると、手作りの可愛らしいケーキの登場です。
ハーブティー様は用意周到です。
すでにケーキには無数の蝋燭が差してあり、箱を開けると同時に自動的に火がつく仕掛けを施していました。
クレア様はその火をフーッと吹き消します。
「ハッピーバースデートゥユー。」と、僕はその間、苦手な歌を歌いクレア様を祝福いたしておりました。
これはサービスです。
「どうでもいいけど……これ蝋燭多すぎだろ。私はそんなに年をとっていない。」
これはきっとハーブティー様からのサービスでしょう。
こうしてサプライズバースデーは成功致しました。
その一員を担ったことを僕は誇りに思います。
そして僕は帰路へとつきます。
「帰り道……またサーシャが出たらどうしよう」という不安を抱きながら。