飛脚のトクさん
五話完結のお話しです。
お楽しみください。
雨の日も風の日も、日差しが強い日も雪の日も僕は走ります。
僕にはそれしかありません。
お客様からお預かりした大事な物を、待っている人にお届けする。
それが僕に与えられた使命なのです。
本日はギアン大陸北東にある、レガリアという所からアトラスという場所まで、ある物を運んでいる最中でございます。
およそ五百マイルある、この距離を三日でお届けしなければなりません。
僕は休憩もとらずノンストップ運行中であります。
あっ!申し遅れました。
僕は、ベルモント・トクベーと申します。
飛脚というお仕事をさせて頂いております。
皆さんは僕のことを「トク」「トクさん」などと呼んで頂き、とても可愛いがってもらっております。
本日お届けしておりますのは、御手紙にございます。
レガリアのなんとかというお偉いさんから、お仕事を戴くまでは、本当に苦労いたしました。
あれは遡ること十二時間。
僕はいつものように町を駆け回っておりました。
この日は、とても運が悪くお客様たちは軒並みお留守でした。
大切な物ばかりなもので僕は必ずお客様に手渡しをすることにしております。
軽い気持ちで、玄関前に置いてきたり、お隣さんに預けるなんてことは絶対に致しません。
もしも紛失してしまったら、クレームものです。
僕の仕事は信用が第一なのです。
一度、信用性を欠いてしまうと、二度と僕には仕事が回ってこないでしょう。
しかし僕の気持ちも分かって欲しい、という部分もあるのです。
お客様がお留守の場合、不在届けなる手紙を残し、また後で寄ることになります。
なかなかの手間です。
ですが、仕方ありません。
それが僕が選んでしまった天命なのです。
そんな不機嫌な……いや不運な僕に、ある方が声をかけて参りました。
「おっ!トクさん。ちょっといいかい?」
このくそ忙しい……失礼。
彼は僕の友人のデアルト君。
友人というには浅い付き合いなのかもしれません。
ですが僕には彼以外に友はおりませんから、重宝してあげているのです。
「デアルト君か。どうしたんだい。」
「実はさ、トクさんに仕事をお願いしたいって人がいるんだが。」
「それは有難い話しだけど、ちょっと今は厳しいかな。ご覧の通り配達が立て込んでいるのだよ。」
「それが実は、レガリアのお偉いさんからの依頼なんだ。報酬も弾んでくれるって言っていたから、トクさんに是非やってもらいたかったんだけどな。忙しいなら――。」
「やりましょう。」
「えっ?いいのかい。今、忙しいって――。」
「何をおっしゃるのです。友の頼みを無下に断ったりは致しません。」
こうして僕はレガリアのお偉いさんであるクッキー氏に会うことになった。
彼が、どういった人物かはよく存じ上げませんが、初対面での印象は爽やかな感じがしました。
ですが、きっと彼は腹黒いに違いありません。
これは僕の勘です。少々用心しておきましょう。
用心に越したことはありません。
「君がヒキャクというものか?」
「はい。飛脚のトクベーと申します。どんな場所にでも確実に手紙や小荷物をお届け致します。」
「それなら伝書鳩や遣いガラスを飛ばしたほうが早いんじゃないの?」
「いいえ。確かに速さでは若干劣りますが、あいつらは所詮は動物。確実にお届けできるかどうか怪しいもので御座います。」
「まあそうだよね。じゃ今回は君にお願いしようかな。いいかなトクベーさん。」
「かしこまりました。それから僕のことは『トク』とお呼び下さい。どうも『ベー』までつけて呼ばれるのは好きでは御座いません。」
「あ、ああそうなの。ところでさ、君、本当に走れるの?」
このクッキー氏の言葉に僕は不快感を顕にいたしました。
例えば剣を持たない剣士や、魔法が使えない魔法使いと同じ括りにされたような、そんな気分であります。
しかし相手は、これから契約をかわすお客様であります。
僕は感情を押し殺して、こう言いました。
「走れない飛脚は飛脚では御座いません。僕は、この大陸一の飛脚でございます。ご心配なさらずに。」
「で、でもさ。そんな丸っこい体型じゃ長く走り続けることなんてできるわけないでしょ。」
この言葉に腹をたてることなど無意味です。
僕は確かに太っています。
お客様が不安になるのも理解できます。
だとしたら論より証拠、ということです。
「大丈夫です。」
「本当に?」
「もし、僕が設けられた期日までにお届けできない場合は賠償金をお支払いします。」
この提案にクッキー氏は食いつきました。
「いくらだい?」
「そちら様の言い値で結構です。」
「よし!話は決まりだ。では頼んだよ、トク……君。」
「かしこまりました。」
こうして僕はクッキー氏から、お預かりした手紙を手にアトラスへ向け出立したのでした。
アトラスまでの距離はなかなかの長距離であります。
ですが道は決して険しくはありません。
快調に飛ばして行きます。
さて、もう少し速度を上げないと間に合わないかもしれません。
時間厳守です。
僕は様々な危険と遭遇しながら、ひた走ります。
どんな危険があるのかって?
そうですね、例えば魔物です。
今も目の前に大型の緑色の魔物が僕に襲いかかってきております。
――こういうのは無視です。
それから盗賊。
――おもいっきり無視します。
それから天候。
――こればかりはどうにもなりません。我慢です。
ある町外れに差し掛かった時でした。
またしても盗賊に絡まれてしまいます。
「おい!そこの肉ダンゴ、身ぐるみ剥がされたくなかったら止まれ!」
勿論、無視です。
「こら!止まれって――行っちまいやがった。何だったんだ、今の。」
盗賊なんかに僕は止められません。
うっかり通せんぼ等しても問題ありません。
こう見えてアジリティは高めです。
あっという間に抜き去ってしまうことでしょう。
ですが、もし僕の俊敏な動きについてこれたとしたら、それは不運でしかありません。
僕の体重とスピードを考えたら、ぶつかられた方は即死でしょう。
しかし、過失は僕にはありませんので、あしからず。
こうして僕は、ようやく目的地に辿り着きました。
「はぁはぁはぁ――お待たせ――いたし、ました。」
無事にお渡しすることができました。
クライアントも喜んでいることでしょう。
僕は踵を返し、来た道へと駆け出して行きました。
――後日
今日はクライアントのクッキー氏から報酬を頂ける日です。
いつになっても報酬を貰える日というのは、若干テンションが上がります。
これまで頑張った甲斐があるというものです。
「やあ、トク君。ご苦労だったね。こちらが君への報酬だ。それから君には大変失礼な事を言ってしまった。その詫びに何か欲しいものは、ないかい?何でも言ってくれ。」
やはり神様は見ていてくれました。
僕があそこでクッキー氏に対し、きれていたら絶対に無かったご褒美です。
「では、チキンを頂けますでしょうか。」
クッキー氏は側にいた側近に耳打ちして訊ねた。
「チキンって何だっけ?」
「鶏でございます、クッキー様。」
「そうか。よし鶏を持ってまいれ。」
僕の前にチキンがたくさんやって来ました。
活きがよいです。
僕は我慢できなくなってチキンの一つに手を伸ばしました。
「バリバリ!」
「ぎゃあああ!貴様、何をしておる!追い出せ、こんな訳の分からん奴は追い払え!」
僕はクッキー氏の命令で衛兵たちによって追い返されました。
何故でしょう。
よく分かりませんが、美味しいと評判のチキンというものを初めて食べてみましたが、生臭くて食べれたものではありませんでした。
ちょっと気分が悪くなりました。
今日は、もう帰って寝ることにします。
では、またどこかで。