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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

第四小武装化学校 〜 4th primary armed school 〜

大声で叫ぶ奴ほど、それを信じたがっている(上)

 小川おがわ昌彦まさひこ、通称まさやんは、長距離トラックの運転手だ。ハンドル握って30年、バブルの美味しい時期も、流通競争の激しい昨今も、お気に入りのBOSAスピーカーから大音量演歌を撒き散らして爆走(法定速度内)する、気の良いおっさん(51才)である。


「やっぱサボちゃんの歌は魂が震えるのう」


 まさやんの口癖〝震える〟が出る時、愛車のデコトラのエンジンもブルンと震える気がする。


「だろ?」


 とハンドルを撫でる。孤独な長距離トラック運転歴で、すっかり独り言が板に付いてしまった。


 そして仮に家に帰ったとしても、一人きりなのは変わらない。離婚してからかれこれ10年強、一人娘の香奈かなも元妻に引き取られて、今では花の独身生活。

 つましいアパートでは、万年床のみが彼を待っている。


「人生それぞれ〜ってか? サボちゃん分かってるねぇ。心がこもってっからよ、つまるところ愛だろ? 愛!」


 と呟きながら、自動的に、


『愛があるなら、何故離婚した? 娘の事を愛していたなら、もっとやりようがあっただろう? それは愛して無かった事の裏返しだろ?』


 何時もの心の声が追いかけて来る。この10年間というもの、いや、彼の人生に通じて、信じたい気持ちを混ぜ返す言葉が、反射的に浮かんでしまうのだ。


「いや! 違うだろう、愛していた。いや、愛してる! けどよ、人生ってのはよ、それぞれなんだっ!」


 〝ビッビーッ!〟


 一人唾を飛ばしながら、すれ違うトラックに旧式ホーンを鳴らす。それが心の隙間を埋める様な気がして。


 明日から非番だ、というより、最近は仕事にありつくのも精一杯である。安い仕事は多いが、休暇無く走っても燃料費カツカツという事がザラにある。


 それは違うだろう、という矜恃きょうじが仕事を狭める。その閉塞感に家路につく道のりが、ますます憂鬱になった。


 10年前はまだ良かった、例え金回りが悪くても、家に帰れば香奈が駆け寄って来てくれたもんだ。

 だが今は……混み合う道路につい、


「震えるのう、ちくしょう!」


 と悪態をつく。この際何が震えるのか? は置いておこう、単なる口癖だから。

 それにしても今日の混雑は何だ? と仲間から情報を得ようとして、無線のスイッチを入れる。


 ザッ! 「だからゾンビだって〜の!」


 というクマさんこと、トラック野郎の久野くの麻男あさおの声が飛び込んで来た。


「クマさん、ゾンビっちゃなんの事だい?」


 新しい店か何かの情報か? と思い、話に割り込む。クマさんは仲間内でもグルメで通っている。彼のオススメする店に外れ無し、最近ではブロガーなどと呼ばれて、彼のサイトにはスポンサーが付くほど人気らしい。


 ザッ! 「マサか? ゾンビだよ、ゾンビ! 知らないのか? ゾンビが本当に出たんだよ」


 ゾンビ、ゾンビとうるさい奴だ。


「震えるのう、分からねえから聞いてんだろ?」


 ったくよう、と心の中で付け足しながら……しかしクマさんの声に込められた緊迫感に、只事では無い事態であると、心のどこかで準備する。


 奴は滅多に取り乱す事が無い。前に叫んだのは、大地震で道路が閉鎖された時に、積荷を全て破棄しなくちゃならなかった時か? その時もここまで声を荒げなかったように思う。


 ザッ! 「ゾンビってのはな……なんて言ったらいいか、死人が蘇るんだよ! 動くんだよ、死体が!」


「はあ? んで何なんだ?」


 ザッ! 「いや、死体が動くんだよ! それが街中に蔓延してるんだ。分かるか?」


 と言われて、とうとう孤独をこじらせて、クマの野郎もいかれちまったか? と閉口していると、


 ザッ! 「だから!……病気みたいなもんだ。感染症、たちの悪いインフルなんちゃらみたいなもんだよ! 街に蔓延し始めてるんだ」


「そいつは……震えるのう」


 街に向かっていた、その空が急に青ざめて見えた。元よりフロントガラスの上部は青いグラデーションがかかっているがーー


 ブルリと震えるミッションレバーに手を掛ける。空気の玉を内包した水色樹脂の水中花が、汗にべたついた。


「で、クマさんはどうするよ?」


 幾分低い声で尋ねると、


 ザッ! 「俺は家に帰る、子供が何より心配だ。幸い近距離の仕事を終えた所だから、裏道を選んで駆けるさ。おっと!」


 無線の向こうで衝突音がした。


「大丈夫か?!」


 と尋ねると、


 ザッ! 「おう! 何、こうなったら無法地帯みたいなもんだ。マサも気をつけろ、というか、人を撥ねても車を撥ねても生き延びろよ!」


 とんでもない事を言う、撥ねるだって? 事故る? いや、さっきの音といい、こいつはーーわざとぶつかっているんだ!


 無線の向こう側の事態に、始めて恐怖を覚える。


「こいつは……震えるのう」


 目の前では一つ前を走る車が、渋滞に突っ込んで運転手が降り出している。


 そこにあろうことか横から第三者が現れて、後ろの運転手に噛み付いた!


「ばっか野郎!」


 すると見る間に周囲から人だかりが出来て、仲裁するのか? と思いきや、なんと噛み付かれた運転手に襲いかかった。素手で腸を引き摺り出し……


「食ってるのか?! 震えるのうっ!」


 シフトを入れて、ブレーキと入れ替わりにエンジンをふかすと、革張りハンドルを思いっきり回して、斜め前方の側道に向かった。


 途中で人だかなんだか分からない物を踏み越える、


「ゴトン、グリュッ、ゴゴッ!」


 という感触に、大型トラックのタイヤが震えた。





 *****





「おお〜い! 止まれ〜! 止まってくれ!」


 自宅近くの路地裏に辿り着いた頃、一人の警官が大きく手を振りながら、道の真ん中に飛び出してきた。


 スピードを落とすと、ミッションをニュートラルにして、サイドブレーキを引く。エンジンは止めない、何が有るか分からないからだ。


「どうした?」


 窓を開けて尋ねると、息せき切って駆け寄ってきた警官が、


「そこに怪我人が複数名居るんだが、救助を手伝ってくれないか? この先にある第四小学校が一時避難所になっているんだ」


 という顔を見ると、


「あれ? なるちゃん? お前二組のなるちゃんじゃねえか? 震えるのう!」


 警官の顔に、懐かしい同級生の顔がダブる。それを聞いた警官も、


「おっ? お前は……まさやんか!? ちょうど良かった、そこに三人寝かせてるんだ。何か担架になるものないか?」


 早瀬はやせ成男なるお、通称なるちゃんに言われて、後部シートに積んだ毛布を持つと、道のはたに寝転がされた人の元へと急ぐ。


 ここでなるちゃんに会えたのは運が良い。警察官になるほど正義感の強い、昔から頼り甲斐のある男だ。


「その人は頭を負傷している、なるべく動かさないようにして、毛布を下に敷くぞ」


 俺はなるちゃんの指示に従って、敷いた毛布の両端を丸めて棒状にすると、簡易のタンカにして、なるべく揺らさないようにトラックの荷台にのせた。


 その他の負傷者も乗せ終えると、なるちゃんのナビの元、第四小学校に向かったーーそこには沢山の避難者と〝盲目の天使〟が居た訳だが……それはまた別の話であるーー





 *****





「この先の道を〜、少し行ったところ? ほらほらあの自販機の次の信号、あれを右折したら、ホラッ! 見えてきた、キャ〜ッ懐かし〜」


 隣でうるさく騒いでいるのは三谷みたに喜代子きよこ、今時ソバージュってどこの美容室でやってもらってるんだ? って中年のおばちゃんだ。

 パーマあてるなら白髪染めろよ、金の使いどころからして訳わからん。


 それから後部座席には、なるちゃんが乗っている。これから三人で、三谷さんの勤めていた食品会社の冷凍倉庫に向かう所だ。


「あそこには絶対沢山の食料が有るはずよ〜! 何せ私と社長しか倉庫の鍵を開けれないし、その社長はゾンビになっちゃったし〜」


 ケタケタと笑うこのおばちゃんが怖い。元々真っ赤な口紅の女が苦手だが、この女にはそれ以上の圧を感じる。こんな状況でも厚化粧だから、臭いがこもってしかたない。


 それは後ろに座るなるちゃんにも言えるらしく、ムッツリと黙ってお喋り担当を俺に押し付けている。


 くそっ、こんな所は器用な奴だ。さっきから止まらないお喋りのせいで、持病の心臓が痛む気がする。

 狭心症の発作に備えて胸ポケットにニトロを入れているが、昨日も服用したのに、残量チェックを忘れていた。

 このところ避難生活でストレス下に晒されている為、発作のペースが上がって来ている。このまま薬が切れて、発作が起きたら一巻の終わりだ。


 食品会社社長も持病持ちだったらしいから、ロッカーなどを漁ったらニトロの一つや二つ見つかるかも知れない。


 まだ喋り続けるおばさんを横目に、薄く窓を下ろすと、残り少なくなったタバコを咥えた。この一箱で終わりか……と儚い気持ちに浸っていると、


「ねえ、私にもちょうだい。禁煙してたんだけどさ、もうこんなんじゃ吸える時に吸っとかなきゃね」


 薄く笑う彼女にも一本あげた。これで五分は静かにしてくれるだろう。後ろのなるちゃんにも勧めるが、


「いや、俺は吸わんから良い」


 と固辞された。こいつは昔から飲む、打つ、買う、煙草、全てやらない堅物だった。

 唯一の楽しみが子供の成長、その子もゾンビパンデミックからこちら、行方不明のままだ。


 その心中は察して余りあるが、この状況下にあっても真面目に職務を果たそうとする、その使命感には、人間味のない、強迫観念的なものを感じざるを得ない。


 いつかこいつの本音を聞いてみたい、避難所生活を送る中で、そのことが大きく胸につっかえる様になっていった。


 道を塞ぐ車やゾンビ共を轢きながら進む、第四小学校に居た鉄工所の職人が取り付けた除雪車の様なバンパーは、トラックの重量とあいまって、簡単に障害物をはね除ける。


 そうして見えてきた冷凍倉庫の正面玄関には、頑丈な鉄柵が鎖に繋がれていた。


「やっぱり、ここは安全じゃないかって、思っていたのよね〜」


 嬉々としてはしゃぐ三谷さんによれば、この倉庫にはごく限られた業者しか訪れる事がなく、生前の行動範囲をうろつくゾンビは、それほどいないだろうと思っていたとの事。その予測はズバリと的中していた。


 だが俺は警戒して、トラックをなるべくピタリと横付けすると、窓から門扉の鍵をあけた。ジャラッと外した鎖をトラックの助手席に渡すと、そのまま敷地内にトラックを入れていく。


 門扉がバンパーに押されて開く、確かに中からゾンビが来る気配はない。俺はトラックの扉を開けると、素早く門を閉めて、施錠した。


 その時に見た街並みと空気の臭い、快晴の空の元には、誰一人として歩く人の姿は無く、奴ら(ゾンビ)の姿も見当たらない……まるでここ数日の騒動が嘘のように感じられたが、ふと道端に目をやると、黒い塊が人間の胴体である事に気づく。


 〝ドクリ〟


 弱っていた心臓が深く痛む。


「ムウッ」


 と呻く俺に、


「大丈夫か?」


 と手を貸してくれたなるちゃんが、トラックまで連れてきてくれると、ワクワクと顔を上気させたきよこさんが奥の方から、


「たっくさん有るわよ! 早く早く!」


 と手招きしてくる。それに力無く返答した俺は、


「なるちゃん、先に行ってくれ」


 と促すと、心配そうに振り向きながらも、倉庫を確かめに行く背中を見送った。


 ふう……どうやら俺も長くはなさそうだ。香奈……お父ちゃんもう少し頑張るから、お前もどこかで頑張ってくれ。そして小学校に避難してくれていたら、お父ちゃん沢山の食べ物もって帰るからな。


「香奈!」


 大きくなったであろう娘を脳裏に浮かべながら、痛む胸を押さえつつ、奥へと歩き出す。トラックから引っ張り出した、軽量化バールを杖代わりにつきながら。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この世界観大好き過ぎます◎笑 もともと「アイアムアヒーロー」という漫画を愛読していたからかもしれませんが、尚且つ、色々な登場人物の視点を通して一つの舞台を描くという、自分の好きな群像劇ス…
[一言] 震えるのう。
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