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朝日

 日が昇ってきた。

「オイ来たぞ」修三は勇司を揺り起こす。

バリ島の最高峰3031メートル、聖なる山として島の信仰を集めるアグン山の朝日だ。麓には寺院を構え、巨大な火口と可愛い祭壇を擁し、数十年前には噴火して大きな被害を出したアグン山の朝日だ。街の灯りに島の輪郭が重なり、東の水平線に隣の島影が浮き上がる。あの島には、さらに美しい海があるという。西の雲海にはアグンの山影が大きく投影されている。影富士に似ている。

 「ぐおおおお」歩く屍のように勇司が起き上がり、立ち上がった。全周の絶景を眺めて言った。「写真撮りましょうか」

 「ああ」修三は頷いた。

 空の赤みが増していく。相変わらず刺すような寒さだ。しかし太陽光が当たってほのかに暖かい。修三はざらついたコーヒーを飲み干した。鉄の女がじっとこちらを眺めている。

 「最初、殺してやろうかと思ったけど、なかなか良いですね」勇司が言った。続けて「このコーヒーまずいからあげます」

 「俺はあったかいだけで美味いと思ったけど」

 「俺グルメなんで、まずいの駄目なんですよ」勇司はバリ島まで来てショッピングモールでブランド品を買いまくっていた。今時な都会育ちの男なのである。ただし修三はそれ本物かな?と思っているが。

 「あはは、まったく、正直な男だよ」修三は笑った。日本語のわからない鉄の女がきょとんとしている。疲れた顔の勇司もニヤリとした。

 修三はリュックサックから芋焼酎の小瓶を3本取り出した。鉄の女にも1本差し出す。

 「乾杯。お疲れさま」

 「お疲れ様でした」勇司が美味そうに飲む。

 鉄の女には「サンキュー」と言って握手した。すぐに飲み終えて胸が熱くなってきた。


 下山を始める。寒さはすぐに和らいだ。

 見下ろすと凄まじい高度感の光景が広がっていた。こんなとんでもないところを登ってきたのかと今更ながら驚く。

 修三の膝が笑い始める。勇司が回復して修三を抜いていく。鉄の女は平然と先頭を歩いていく。やがて密林に入り寺院に到着して登山終了。寺院から山頂を見上げて記念撮影した。

 迎えの車に乗り込んで山を下っていく。トイレに行きたくなって途中の民家に立ち寄った。鉄の女の知り合いらしい。民家にはたくさんの子供がいた。朴訥そうな奥さんがいた。平和だった。車中に戻りそのうち眠りに落ちて目が覚めたらホテルの前だった。鉄の女は、いつのまにか車を降りていた。時刻は正午前。二人は夕方まで休むことにした。勇司は部屋に戻るなり速攻ベッドで眠りに落ちた。修三はプールサイドのベンチに寝転がった。タオルを布団代わりに、心地よい疲労感と解放感に包まれて熟睡した。暖かな風と木漏れ日だった。また金髪の子供がプールサイドを走り回っていた。

 夕方には繁華街に繰り出す。「いやあ、よく寝ましたよ。今度は俺の番ですね」勇司がすっかり回復していた。


 その後、修三が両替店でぼったくられたり、洞窟寺院で巨大蛇を巻き付けたおじさんに言い寄られたり、壊れた側溝の蓋に乗って落ちそうになったり、韓国人旅行者と何故か同行したり、やっぱり迷ったらミーゴレン(焼きそば)最高!、などいろいろあった。運転手と車を一日チャーターして観光地を見て回ることもしたが、運転手の名前がアグンといった。

 来た時は深夜着いたが、帰る時は朝に発った。アグン山を上空から眺めた。行きも帰りもロシアの航空会社だったが、しかし座席が狭すぎる。ロシア人は我慢強い。

 印象深い旅行だった。修三は今でも勇司と会うと思い出話をする。自分の土産として、小さな魔物の木彫り面を買った。大きな目と大きな舌。はみ出した牙。堂々として陽気な面構え。あのホテルにあった神様にも似ている。由来も何も知らないが、それは修三の部屋の寝床の横にぶらさげてある。

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