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花神楽:原稿脱稿

『西野…花子の事は忘れろ!俺だけを見ろ!』

『アンタがなんと言おうと俺の心は変わらない!』

『そんな心、すぐに忘れさせてやるさ…』

『な、なにを…!』

『西野…いや、隆弘。俺はもう、自分の気持ちを偽るなんて出来ない』

『…ッ!よせ!』

『隆弘っ』

『アッー!』


BL。びーえる。ボーイズラブ。

校長先生が描いている原稿を後ろからそっと覗くとそれは所謂BL漫画だった。

紛れもなく濃厚で濃密なBL漫画だった。

モザイク必須の18禁漫画だった。

しかも何だか出演キャラクターが隆弘さんと深夜先生に似ている気がする。いや、この眼帯白衣のキャラクターがもう一人の事を”西野”とか”隆弘”って呼んでいるから気のせいではないのだろう。

人の趣味嗜好はそれぞれだから、校長先生が自分と同じ職場に勤務する養護教諭と教え子の18禁BL漫画を描いてる事に対して思うところはあってもわざわざ言うつもりはない。 けれど。

それでもあえて言わせてもらうとすれば。

未成年になんてものを手伝わせているんだこの校長先生は!!!!

花神楽高校に通う子供達に正しい教育を施すべき立場である花神楽高等学校教員最高責任者仕事しろ!この高校の風紀は死んだのか?!おまわりさーん!


「ヨシノ、お前は指定通りにトーンを貼ってくれ。貼り終ったら俺に渡せ。灰花は仕上げを頼む。ユウは校長のペン入れが終わった原稿と灰花の仕上げが終わった原稿を受け取ってドライヤーで乾かしてくれ」


隆弘さんがテキパキと指示を出す。

さすが趣味で漫画を描いているだけあるなあ。


「夕佑は引き続き、完成原稿をスキャンして写植を頼む」


そう。保健室には深夜先生の他にもう一人いたのだ。

三影夕佑さん。

1学期中に間に合わなかった委員会作業のため保健室に訪れたところを校長先生に捕まり、手伝わされているらしい。夕佑さんには申し訳ないがまったく気配を感じなかったので、存在に気付いた時は驚いてしまった。


「お、驚かせちゃってご、ごごごごめんなさい!」


驚いた私の方が失礼なんだから謝る必要なんかないのに、驚いた様子の私を見て夕佑さんは謝ってくれた。私も気付かなかった事を正直に伝えて謝った。


「よ、よく気配がないって、い、言われてるんだけど…わ、わざとじゃないんだ…す、すみっこで作業してますねぇ…!」


そう言ってそそくさと夕佑さんはパソコンに向かった。渡される原稿を見る度にうわああああと椅子から転げ落ちている。

うん。なかなかディープでハードでマニアックな内容だものな。

隆弘さんと灰花さんは作業慣れしているのだろう、慣れた手つきでどんどん原稿を仕上げていく。

何かやらかすんじゃないかと私とユウが心配していたヨシノも、コツを掴んだのか無駄のない動きでトーンを貼っていく。適応能力が高いというか、無駄に器用なんだよな…


「おい校長ここ修正入ってねえぞ!!」

「ごめん入れといて!」

「ねートーンがうまく定着したいんだけどー」

「そんな時はトーンヘラが便利だぞ、ほらこれ」

「お、おぉ!ありがと灰花クンー!」

「夕佑さん、こちらの原稿乾いたので取り込みお願いします」

「ひ、ひいいい!まだあるのぉ…」

「今回は大ボリューム、52ページの超大作だ!」

「口動かすより手ェ動かせ!!!!」


正に修羅場だった。この光景をうまくお伝えする事が出来なくて残念だ。

ふと深夜先生を見ると、そんな騒がしい光景を眺めながら、どこか楽しそうに笑っていた。



「間に合ったー!」


晴れやかな笑顔で校長先生が椅子から立ち上がり万歳をした。

そんな校長先生の表情とは反対に皆の表情は暗い。どんよりしている。魂ここにあらずといった感じだ。


「間に合って良かったねー!皆の勝利!」


何故お前だけは元気なんだヨシノ。


「うんうん皆のおかげだよありがとう!そしてありがとう!ヨシノ、だっけ?トーン見るのも触るのもはじめてって言ってたのに将来を期待させる巧みな手の動きをしていたね?!次の原稿も手伝ってもらっちゃおっかなー!」

「おい花子」

「冗談だよ冗談」


咎めるような深夜先生の視線を校長先生は手をひらひらと振って軽く受け流す。まったく、と呟いて深夜先生が卓上の書類に視線を戻すと、ヨシノに「半分本気だから」と校長先生が耳打ちしていた。

本当にこの校長先生の性根はどうしようもないな!


「皆お疲れ様、よくやった」


司令塔であった隆弘さんが皆に労いの言葉をかけてくれた。彼の采配・指示がなければ入稿は間に合わなかった事だろう。


「えっとえと、あ、綾さんだっけ…あ、ありがとぉ…」


どういたしまして、夕佑さんもナイスガッツでした!と健闘を讃えた。

私は夕佑さんが打ち込んでいく写植に誤字脱字がないかをチェックをしていたのだ。指摘する度にうひゃぁと驚かれたけど。


「無事入稿出来て気が抜けちゃったわー」


うへーと気が抜けた声を漏らしながら校長先生が保健室のベッドにぼふんと倒れ込んだ。


「花子!」

「いいじゃんいいじゃんおばさんはお疲れなのよー。何なら一緒に寝るぅ?」

「な、ばッ!」

「あっはっは何赤くなってんのよ!」


ベッドから上半身を起こし校長先生が深夜先生を指差して軽快に笑った。


「ふ、ふざけてないで片付けろ!消しカスが一つでも残ってたら二度と保健室は使わせないからな!」

「あ!そんな言い方ひどい!」


校長先生が口を尖らせる。この人本当に校長先生だろうか。


「じゃ、俺らはもう行くからな」


普段からこんな調子なのかやりとりに慣れているのか、隆弘さんはそんな二人を気に留める事なく保健室の出入り口に手を伸ばす。


「え、待ってよ。片付けも手伝ってってよ」

「そこまで面倒見きれねえよ。自分の後始末位自分でしろ」

「お願い!」

「そこの養護教諭にお願いしたらどうだ」

「深夜!お・ね・が・い!片付け手伝って!」

「いい加減にしろ!」


深夜先生が校長先生の頭頂部にチョップを叩き込んだ。



「悪かったな…その…成人向けの原稿なんか手伝わせちまって…」


保健室から退出する時に隆弘さんがぼそりと謝った。

「気にしないで下さい!そりゃ、中身には、驚きましたけど…」

「ユウの言うとおりだよー、大丈夫!楽しかったからー!」


うんうんと私も首を縦に振る。

平然と未成年に18禁漫画の手伝いをさせる校長先生の図太さには仰天したけれど、隆弘さんが謝る必要なんてどこにもない。あれだけ残っていた作業を宣言通り20分で仕上げ入稿時間に間に合わせたその手際の良さに拍手を送りたいくらいだ。


「嫌な時は嫌って言って良いんだからな」

「にゃはは、頼まれると弱いんだー」

「お前そんな質かよ」

「あ!今なんだか隆弘クンに馬鹿にされた気がする!」

「気のせいだろ」


隆弘さんは口の端を吊り上げながらそう言って、保健室の扉を開けた。

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