花神楽:来校
15分程歩くと校舎が見えてきた。
あれが花神楽高校か。
近付くにつれ蝉の鳴き声に負けない賑やかな声が聞こえてくる。運動部の気合の入った声や吹奏楽部のものであろう楽器が奏でる音、他にもたくさん様々な音が耳に届く。
ああ、この雰囲気、どの学校も同じなんだなあ。
「ここが花神楽高校かー!」
「ちょ、ヨシノ、一人で先々行かないの!」
「だってユウ!花神楽高校だよ?!待ちに待った花神楽高校だよ?!身体が勝手に動いちゃうのは仕方のない事だと思うんだ!」
「お子ちゃまだな」
隆弘さんがばたばたと落ち着きのないヨシノの頭を、まるでバスケットボールでも掴むかのようにその大きな手で抑え込んだ。
「うちの風紀は厳しいんだよ、部外者なんか見つかったら一発でアウトだ。誤魔化しはきかないしどこに逃げようと捕まえられ説教された後放り出される。だからあんまりうろちょろして目立つんじゃねえぞ」
ぐいっとヨシノに顔を近づけて忠告する。
いいな。私もうろちょろしたらあんな風に注意してもらえるかなっ
「ヨシノ、気をつけてよ」
「部外者ってとこはユウも同じでしょー」
「斉賀もドジなとこあるから気を付けろよ」
「あはは、りょーかい」
隆弘さんが斉賀さんをドジ呼ばわりした辺りでくるが左手の袖の中に手をひっこめていたのだけれど、斉賀さん自身がドジと呼ばれた事を気に留めず笑って話を続けているところを見てくるの左手はそのまま袖の中から出てきた。ところを私は見てしまった。
なんで袖の中に手を入れたのだろう。嫌な予感しかしない。
もしかしてまだはさみとかナイフとか持ち歩いてるのだろうか。なんのためだよ。物騒過ぎる。
「行こうぜ」
灰花さんがヨシノの背中を叩くのと同時に隆弘さんがヨシノの頭から手を離した。
背中を押された衝撃がそのままヨシノを前に押し出す。ヨシノはよろめきながら花神楽高校の敷地に足を踏み入れた。
顔をあげて、ゆっくりと辺りを見渡し、わあ、と歓喜の声を漏らすのが聞こえた。こちらに笑顔で振り返って「花神楽高校だよ!」と黄色い声をあげながら校舎を元気よく指差す。
「はいはい、見えてるよ」
「目立つ行動は控えろっつったばっかだろ」
「ヨシノにじっとしてろなんて言っても無駄ですよ」
「ガキか」
「ガキなんです」
ユウの、本日何度目なのかもう分からなくなってしまった溜息が聞こえる。
「昔から、変わらないんですよ」
◇
「案内っつってもな…とりあえず、中に入るか」
案内を頼まれた筈のくるが不機嫌そうにだんまりなので、誰に頼まれた訳でもないのに隆弘さんが先導を切ってくれた。いい人だ。
隆弘さんが校舎に向かって歩き出す。私達はそれに続いた。
ヨシノが先走り一人前を歩きそうになると、隆弘さんが首根っこを掴み後退させる。もういっそヨシノの腰に紐を括り付けておけばいいんじゃないだろうか。
校舎が近づく。
昇降口に目をやると二人の人影が見えた。
一人は横になり、もう一人は横になっている人をうちわで仰いでいた。
「テオと蒼太じゃねえか」
隆弘さんが声をかけるとうちわで仰いでいた方の人物がこちらを向いた。傍らに虫取り網と虫かごを置き、麦わら帽子にタンクトップ、半ズボンという組み合わせは、いかにも虫取り少年といった風貌だ。
「たかっしーじゃん、やっほー」
「テオの奴伸びてるけど、どうしたんだ?」
テオと呼ばれた方は真っ白で真っ黒だった。
髪も肌も真っ白。着てる服は夏だというのに首元から爪先まですっぽりと真っ黒。
何かこだわりでもあるのだろうか。
「テオェくんと虫取りしてたら突然ぱったり倒れっちゃったんだよね~、熱中症かなあ?」
そりゃこの炎天下の中そんな熱が籠りそうな服着て虫取りしてたら熱中症にもなるでしょうよ。
「おいテオ、大丈夫か?」
隆弘さんがテオさんの頬をぺちぺちと叩きながら声を掛けた。
「ああ、隆弘か…」
するとテオさんの瞼がぷるぷると持ち上がった。声もぷるぷる震えている。
「太陽光に晒されてるだけで体力ゲージマッハで削られるお前が何こんなくそ暑い中出歩いてんだよ。あっという間に御陀仏だろうが」
「蝉が…俺を呼んでたんだ…」
「そう、呼ばれたんだ!ほら見て見て、こんなに大きい蝉捕まえたんだよぉ!」
ぷるぷるしている方がテオさんなら虫取り少年くんは蒼太さんか。
蒼太さんは傍らに置いてあった虫かごを隆弘さんの目の前に掲げながら声を弾ませる。
「これはもしかしたらテイオウゼミかもしれない!」
「それマレー半島にしかいない奴だろ」
「マレー半島から花神楽に飛んできたのかもしれないじゃーん!たかっしーもっと夢持って!」
「どう見てもアブラゼミだからなあ…」
隆弘さんが虫かごの中を覗き込みながら続ける。
「蝉なんてわざわざ外駆け回って捕まえなくたって、デパート行けばより取り見取りだろうが」
「夢がない!」
テオさんが勢いよく上半身を起こして隆弘さんを指差しながら声を荒げた。
「お前には少年の心がないのか!現代っ子め!」
「そうだそうだ、言ってやれテオェくん!」
「己の足で追いかけ己の力で捕まる楽しさが分からないだなんて俺は悲しいぞ隆弘!聞こえるだろう、あの川の向こうから聞こえてくる蝉の鳴き声が!疼くだろう、身体が!さあ捕まえに行くぞ、蒼太!」
「それ渡っちゃいけないやつだぞぉ」
蒼太さんがテオさんのおでこをうちわでぺちんと叩く。「Ouch!」と声をあげてそのままテオさんは後ろに倒れた。
「おやおや?その後ろの人達だれぇ?」
蒼太さんがこちらに気付き隆弘さんに尋ねる。
「ダチだよ。学校見たいってダダこねるもんで連れて来た。部外者連れ込んだ事が先生達にバレたら大目玉だから、黙っといてくれよ」
その場を誤魔化しただけなのだろうけどダチって言われちゃった!ダチって友達のダチだよね!悪い気はしないね!
「もっちろんー!」
蒼太さんが答えながら右手でVサインを作る。テオさんもぷるぷるした手でVサインを作り隆弘さんに向けていた。
「ユウは蝉捕まえるの得意そうだよね」
「え、なんでそうなるの。蝉なんて追いかけた事もないよ」
「ユウ、的狙うの得意じゃん。遠くから木にとまってる蝉を狙えるじゃん」
ヨシノが弓を引くようなジェスチャーをする。
「狙えるけど、それ、命中したら蝉死んじゃうだろ」
「にゃ、そっか。名案だと思ったんだけど」
「…思い付いたまましゃべらないでよ」
「裕一君は弓道か何かを習ってるの?」
「えっと、アーチェリー部に」
「中学の全国大会で優勝しちゃってるんだよ!」
どうしてお前が誇らしげなんだヨシノよ。
「凄いね。アーチェリーか、僕もやってみたいなー」
「斉賀がやるとあらぬ方向に飛びそうだからやめとけ」
「失礼な!やってみないと分からないよ?僕の意外な才能が開花するかもしれないじゃない」
「アンタはもっと自分の不器用さを自覚した方がいい!」
灰花さんが声を張り上げた瞬間くるが灰花さんの足の甲を思いっきり踏みつけた。灰花さんが蹲り痛みで言葉を失っている。踏み抜く勢いだったもんな。痛そうだ。
「お前ら、行くぞ」
校舎内から隆弘さんの声が聞こえる。おっと、はぐれないように気を付けないと。
「ようこそぐら校へ~、楽しんでってね!」
横を通り過ぎる時、蒼太さんがこちらに手をふってくれた。