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穏やかに

「行かない」


冷たくくるは言い放つ。予想通りの返事だった。


「絶対楽しいよ!教室で盛り上がろうよ!先生には内緒だから夜中にこっそりとだけど!ね、夜の学校だよ!ちょっとわくわくしてきたでしょ?」

「ねえよ」

「むう、仕方ない。どうしても嫌だと言うならば力づくで連れて行くだけだよ!」

「やってみろ」

「あ!そっちに肘は曲がらないよ!痛い痛いいたたたたギブギブギブギブ!」


傍から見ればもしかしたら男子高校生二人がじゃれているだけに見えるかもしれない光景だが、くるの目はそのままヨシノの右肘を本来ならば曲がらない方向に折り曲げる気満々だった。

その場にそぐわない呑気な声で「仲良しなんだねー」と斉賀さんがくすくす笑ってくれなければ今頃ヨシノは救急車で運ばれていたことだろう。


「仲良くなんてねえよ」


忌々しげにヨシノを突き飛ばし、背を向けた。

くるがヨシノの顔面に鋏を突き立てようとした時も斉賀さんがとりなしてくれたんだっけ。

険悪な空気を読んで止めに入ったとかじゃなくて、先程の「仲良しだねー」発言含め、ただただ天然が炸裂しただけのような気もするけれど、結果、未だヨシノが満身無傷で済んでいるのだ。打撲は受けているからもしかしたら痣は出来ちゃってるかもしれないが、ヨシノがあれだけくるの周りをうろちょろしているのに痣程度で済んでいるというのは初めての事かもしれなかった。


斉賀実さん。

そういえば私達が葛城家にやってきた時ダイニングルームでのほほんとかき氷を作っていたんだっけ。お隣さんだと言っていた。

あの葛城兄弟と円満な関係を築けているというのか。だとしたら、驚愕だった。

くずは先輩は無関心なだけだろうけど。

それでも、ヨシノがデレモードと称したくるの方は、言われてみれば確かに斉賀さん相手には尖った態度ではない気がする。

ヨシノや灰花さんに対して向けている、隙あらば喉笛を噛み千切りそうな態度とは一目瞭然の差を感じる。

同じ室内にいるだけで怖いもん。殺気を肌で感じる事ができちゃうもん。


そんな殺気を感じないのかスルースキルが高いのか、ヨシノは肘をさすりながら続ける。


「でね、同窓会は夜からなんだけどね!もう一つ、俺達がまだ日が高い時間帯に花神楽へやってきた理由ってのがね、あるんだ!」

「観光とかか?」

「灰花クン惜しい!」


ヨシノが両手を体の前でクロスさせてばってんを作る。


「くるちゃんが通ってる花神楽高校をね、見に行こうと思って!」

「ぐら校をか?特別見て面白いようなもんなんて何もねぇぞ」


隆弘さんは落ち着きを取り戻した様子で、2杯目になるコーヒーを啜る。


「それでもいいの!ねーくるちゃん、案内してよー」


ヨシノは懲りもせずくるの背中に話し掛ける。


「死ね」


あっちは会話する気ないみたいなのにな。

ヨシノが頬を膨らませていると「花神楽高校かー」と、かき氷を食べる手を止め斉賀さんがぽつりと呟いた。


「灰花君と隆弘君も通ってるんだよね」

「ああ」

「僕も見に行きたいなー」

「無理だろ。うちは私服で登校してる奴多いから紛れ込む事は出来るだろうけどよ、斉賀は小学生並みにちっこいからすぐに気付かれてつまみ出されるのがオチじゃねえか」

「隆弘君ひどいな!そんなに小さくないよ!」

「ちっこいだろ」

「むむむ!」


そんなやりとりをおかしそうに聞いていたユウだったが、ふと「斉賀さんって、おいくつなんですか?」と問いかけた。


「今年で24だよ」


想定外の回答だった。正直くるの同級生だと思ってた。くずは先輩とくるは双方男子にしては小柄で背が低い方だけれど斉賀さんはそんな二人よりも背が低いし、二人との間に棘のない空気を醸し出していたから転入先で仲良くなったクラスメイトだと思ってた!

ユウも私と同じ事を思っていたのだろう、顔にそう書いてあった。


「す、すみません!てっきり花神楽の生徒さんかと…!」

「気にしないで、未成年に間違えられるなんてしょっちゅうだから」

「ちっこいからな」

「人のコンプレックスを連呼しないの!」


語気を荒げていたがわざとらしかった。本当に怒ってはいないのだろう。

一呼吸置いて、斉賀さんがくるの顔を覗き込んだ。こちらに背を向けたままなので表情は見えないが、突然顔を覗きこまれた事に驚いたのだろう、椅子から転げ落ちそうになる瞬間を見てしまった。


「ね、くる君」

「何」

「花神楽高校、案内してほしいな」

「だったら、俺なんかより隆弘に頼めよ。俺よりずっと詳しいから」


斉賀さんが困ったように笑う。


「斉賀さん、あんな奴を気遣わなくていいよ」


あんな奴、とはヨシノの事だろう。

ああそうか。斉賀さんは取り持とうとしてくれているのか。おひとよしだなあ。


「ダチがわざわざ会いに来てくれてんだろ、いいじゃねえか学校連れてくくらい」


正面にまわって表情を確認するまでもなくくるが思い切り隆弘さんを睨みつけたのが分かった。隆弘さんが気怠そうに睨み返す。


「くる君」


もう一度斉賀さんがくるの名前を、さっきよりも強い口調で呼んだ。声色が変わった事にくるの肩が一瞬震えた。


「友達は、大切にしないと」


ね、と。

斉賀さんが柔らかく笑った。


「…………分かった、よ」


くるが、斉賀さんから顔を背けながら渋々と言いたげに頷いた。

事の成り行きをじっと聞いていたヨシノが、くるの了承を耳にした瞬間やったー!と万歳をした。ユウがそんなヨシノの肩を掴み「空気読んで!」と抑え込む。

斉賀さんは満足そうに笑って、くるの頭をくしゃくしゃと撫でていた。

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