かき氷と、
「お待たせー」
数分後、斉賀さんが戻って来た。
斉賀さんの後ろから「こんちはー」と声が聞こえ、こちらに足音が近付く。斉賀さんが呼んでくると言っていた二人だろう。
挨拶をしようとダイニングルームの入り口に視線を向けた私はぎょっとした。隣にいるユウの肩がびくっと上がったのが横目に見えたから私と同じように驚いたのだろう。
でかい。
とにかく二人共でかいのだ。
並んでいる斉賀さんが小学生みたいな身長だからより一層でかく見えるのかもしれないがそれでもやってきた二人共、身長は2M近くあるんじゃないだろうか。
しかもただ高いだけじゃない。肩幅広い!二の腕太い!指長い!どっしり地に足をつけて、がっしり引き締まった美しい上等な筋肉を身に纏っていらっしゃったのだ!
しかもしかも二人共端正な顔立ちなのである。とにかくイケメンなのだ。イケメンという単語はきっとこの二人の顔立ちを形容するために存在していたのだ!
煙草のにおいが漂ってきたりピアスをしていたり、一見すると不良のようだがそれさえも二人のイケメン度数を上昇させるためのオプションになってしまっている。
私がうっとりとしていると、銀髪の男性がくずは先輩の姿を見つけるや否や、大きく手を振った。
「くずはさん!こんにちは!」
「誰ですか?」
「宮下です!かき氷、誘って貰えて感激です!」
「私は誘っていません」
「くずはさんと一緒に食べられるって事が嬉しいんスよ!」
「そうですか」
くずは先輩は灰花と名乗った男性をちらりと見る事もなく、かき氷を食べ続けながら返事をしている。
ちなみにくずは先輩がひたすら食べているかき氷はプリンを凍らせて作った特製プリンかき氷だそうで、黄色い色をしている。
だったら普通にプリンを食べた方が美味しい気がするんだけど。
「見ない顔だな」
黒髪の男性がダイニングルームを見回して口を開いた。声もセクシーだなこのやろう。
二人の一番近くに立っていたユウが黒髪に向き直り、姿勢を正して頭をさげた。
「はじめまして、天倉裕一です。えっと、そっちで倒れてるのが…」
「ヨシノだよー」
よろしくー、と間延びした動作で起き上がりながら挨拶をする。
斉賀さんが出て行ってすぐに「探検しよう!」などと言い出し、葛城家探検の第一歩を踏み出そうとした瞬間くるに椅子を後頭部目掛け投げつけられ目を回していたところなのだった。
篠崎綾です。と、私もぺこりとお辞儀をした。もしかして私ったら紅一点。
「俺は宮下灰花、はじめましてだな!」
「西野隆弘だ」
言って、隆弘さんが抱えていたクーラーボックスをテーブルの上にどさりと置く。予想していた通りその中には氷がこれでもかと隙間なく詰め込まれていた。どれだけ食べるつもりだよかき氷。
「シロップも持って来たよ。レモンとみぞれとメロンとピーチと宇治抹茶とハワイアンブルー!」
斉賀さんがビニール袋からシロップを取り出しテーブルに並べていく。その様子をくるがジト目で見ている。
「アンタ、何でこんなにシロップ持ってんの」
「僕は料理苦手だけどかき氷はちゃんと人並みに作れるからね、この夏はくる君にお腹いっぱいかき氷を振る舞おうと思って!でも同じ味ばかりじゃ飽きるでしょ?だから買っておいたんだー!」
「…あ、そ」
「ねーねー早く食べようよかき氷!」
ヨシノがテーブルをぺしぺし叩きながらひもじそうな声をあげた。
…ヨシノよ、そろそろその年不相応な行動はなんとなならないのか。恥ずかしいからやめてくれ。
「よーし、任せて!」
「いいよ斉賀さん、コイツのために頑張らなくて。自分でやらせればいいんだよ」
くるがかき氷機をヨシノの前に移動させる。
わーい、と心から楽しそうな笑顔で氷を削り始めるヨシノを眺めていると、彼の将来がちょっと心配になってくる。
もう高校一年生だというのに、まるで小学生である。
「くる君の分は僕が作るからね」
「何でそうなる!」
「僕も手作りを振る舞いたいんだよ」
「手作りも何も、氷削るだけじゃん!」
「気持ちの問題だよ」
「あ!じゃあくずはさんの分のかき氷は俺が作ります!」
「おいホモどさくさに紛れて何言い出してやがるんだ潰すぞ」
「ホモじゃないッスよ!」
くるが灰花さんを睨め上げる。どうやらくるは灰花さんの事を快く思っていないようだ。
灰花さんは部屋に入って来てから何かにつけてくずは先輩に親しげに話し掛けているし、くるは重度のブラコンだった。なるほど、嫉妬しちゃってる訳か。
「できたー!」
そんな修羅場の棘々した空気そっちのけで、ヨシノが盛りに盛った山盛りのかき氷をいい笑顔で高々と掲げた。
「何味にしよっかな!迷うな!」
「全部かけたらどうだ」
隆弘さんがいたずらっぽく笑いながらヨシノに提案する。「それだ!」とヨシノはあろう事か一切の躊躇なく置いてあったシロップ全種類を少しずつかき氷にかけはじめた。
ユウは項垂れていた。私は頭を抱えた。
◇
「ねえねえ、そういえばさー」
カラフルに染まったかき氷を頬張りながら、ヨシノが隆弘さんと灰花さんを交互に見やりながら話し掛ける。
「漫画描いてるって聞いたんだけど、二人は漫画家さんなの?」
「違う。個人的に描いてるだけだ」
「俺はその手伝いをしてるんだよ。アシスタントってやつだな」
「へー!どんな漫画描いるんですか?」
隆弘さんがえずいて咳込んだ。
「?」
「ん、いや、何。普通、普通の、ふ!つ!う!の!漫画だよ」
先程まで壁に背をあずけクールに無糖コーヒーを啜っていた隆弘さんが、急に発汗し目を泳がせしどろもどろしはじめた。
「普通の…あ、少年漫画とか?」
「そうだ。友情・努力・勝利!そんな熱い王道少年漫画を描いてんだよ」
「わあ!読んでみたい!」
隆弘さん口角が思いっきりひきつった。
ヨシノが漫画について質問をはじめてから様子がおかしい。
「俺の事よりお前の事を話せよ。わざわざここにかき氷食いに来たんじゃないだろ」
あまり触れられたくない話題なのだろうか。不自然に話題を逸らそうとする隆弘さんの声は震えていた。
「うん!あのね!くるちゃんに会いに来たんだよ!」
「帰れ」
「くるちゃんとは小学校の頃から一緒なんだー。でも急に花神楽に引っ越しちゃったでしょ。どうしたのかなって」
「どうもしねえよ」
「家庭の事情かなって思ってたら兄弟だけで引っ越したっていうじゃない、びっくりだよ。あ!もしかして大好きなお兄さんと二人暮らしがしたかったの?」
くるがヨシノの喉に拳を叩き込んだ。
「くるがいなくなって、ヨシノ、寂しがってたんだよ」
ユウがフォローにはいる。
「俺は寂しくない」
そんなくるの切り捨てるかのようなそっけない態度にユウが眉尻を下げた。
「それでね」
喉をさすりながら、ヨシノは言葉を続ける。残念な事に、くるの短気には慣れっこなのだ。
「なんだか皆の事思い出しちゃって、懐かしくなってきちゃってさー!高校生にもなると皆学校ばらばらになっちゃうじゃない?だからね、小学生の頃一緒だった皆で集まろって!夏休みだし!同窓会だよ!」
ヨシノは両手を広げて、屈託のないまるで無邪気な子供のような笑顔をくるに向けた。
「迎えにね、来たんだよ!」