201号室
「お邪魔しまーす!」
そう一方的に言い放ち、ヨシノはくるを押しのけ室内に入っていく。
「テメエ何勝手にあがってんだよ!帰れ!!」
そんなくるの怒鳴り声を聞き流してユウと私もヨシノの後に続いた。
「お邪魔します」
ヒステリックな叫び声と扉を蹴り飛ばしたような音は聞こえなかった事にして私達は廊下を進む。右手にダイニング。そこから話し声が聞こえた。
「はじめまして!くるちゃんの同級生ヨシノです!」
「はじめまして。僕はお隣さんの斉賀実ですー」
「宜しくお願いしますー…って、くずは先輩じゃないですか!お久しぶりです!」
「どなたですか?」
「相変わらずですね先輩。ヨシノですよ、あなたの弟の同級生」
「記憶にありません」
「でしょうね!」
学年は違えど小中高と同じ学び舎で共に過ごした先輩に覚えていないとばっさり一刀両断された事に対しヨシノはちっともダメージを受けた様子もなく、視線はダイニングに置かれたテーブルの一点に向けられる。斉賀と名乗った男性の前にはかき氷機とたった今削り終ったのであろう氷が盛られた皿が置かれていた。
「…かき氷」
「そうだよ。ヨシノ君も食べる?」
「ほんとですか!是非!いただきます!」
ヨシノが空いた席に遠慮の欠片もなく座ろうと椅子をひいた直後「いい訳ねえだろ!!」と、怒鳴り声が後方から響いた。くるはダイニングルームの扉前でただ事の成り行きを眺めていたユウを乱暴に押しのけ、ヨシノの前に荒々しい足音を立てながら歩み寄り今にも手に持った鋏で刺殺しそうな形相で睨みつける。
「さっさと出ていけ」
「やだ。かき氷を食べるまで俺はここを動かない」
ヨシノ、別に私達はここにかき氷を食べに来た訳じゃないだろう。
「やだじゃねえよ!!」
ダン!と、くるは勢いよくテーブルに鋏を突き立てた。見事テーブルに鋏が刺さって直立している。
テーブルは木製だけれどそれを差し引いても鋏ってこんな風に刺さるものなのだろうか。
私は思わずごくりと生唾を呑んだがヨシノは驚いた様子も怯えた様子も見せず「いいじゃんケチ!」と両手をぱたぱた上下に振っている。子供か。
くるは今にもヨシノの頭をかき氷機に突っ込んで削りだしそうな剣幕だ。
くずは先輩も変わっていなかったがくるもまったく変わっていないな。
くるの短気と攻撃的な性格は危険だ。小学校からの付き合いだけれどくるが学校生活の中で起こした暴力・流血沙汰は両手の指では数えきれない。一度キレると大人でさえ抑え込むのに無傷という訳にはいかないのだからとんでもない困ったちゃんだ。
よく退学にならなかったよ本当。近い将来新聞の一面を飾ってしまうのではないだろうか。
はあ、とくるが溜息をついた。
左手でヨシノの胸倉を掴み、右手でテーブルに突き刺さった鋏を引き抜いて、そのまま右手を振り上げる。
ん?これ止めなくちゃまずいやつなんじゃ…?
引っ越した同級生宅にサプライズ訪問したら顔面に鋏突き立てられちゃいました!てへぺろ!なスプラッター展開なんて笑えないぞ!
止めなくちゃ、と私とユウの身体が二人の間に割って入ろうと動く。
すると危機感を一切感じさせない緩慢な動作で、斉賀さんがくるの頭に手を置いた。
「皆で食べた方がおいしいよ。ね?」
微笑ながらそのままくるの頭を撫でた。
天然さんだ!命知らずだ!早くその手をどけないと手首から先がなくなってしまうぞ!
私が絶句し硬直していると、くるは黙って振り上げていた右手を降ろし、左手からヨシノを解放した。
んん?
何だ、今の。
思いきり掴まれていたのだろう、ヨシノが咳込む。ユウが駆け寄りヨシノの背中をさすりながら「子供なんだから」と本日二度目の溜息をついた。
「そうだ、折角だから灰花君と隆弘君も呼んでくるね!今僕の部屋で漫画の原稿頑張ってるんだ。そろそろ気分転換させなくっちゃ。ほっとくと急に笑い出したり泣き出したりして怖いんだよねー」
「ちょっと待って。なんでその二人が斉賀さんの部屋で漫画なんて描いてるんだ」
「うーん、なんでだろうね?」
斉賀さんは首を傾げる。
「氷も持ってくるね。ちょっと待ってて」
そう言って斉賀さんは部屋を出て行った。
玄関の扉の音が閉まる音が聞こえた直後、くるがヨシノを睨みつけた。
「食ったら帰れよ」
吐き捨てるようにそう言って、人数分の皿を取り出すためか食器棚へ足を向けた。
くずは先輩は我関せずと、削ぎ終わったかき氷に手を伸ばし「プリン味のシロップを発売すれば売れると思うのですが…」などと呟きながらいちごシロップをかけている。
呼吸が整ったヨシノはくるをしみじみと見つめている。
「くるちゃんにデレモードってあったんだね」
食器棚の方角から勢いよく飛んできた丸皿がヨシノの額に直撃した。