第六話:フルメタルジャケット
「現在犯人はまだ姿を見せておりません……新しい情報が入り次第追って連絡をー」
「下がってください! ここは危険です!」
現在時刻は一時三十分。
ブルックリン区にあるチェース・マンハッタン銀行前の駐車場は住民やマスコミ、警察官達でざわついていた。警察官達はパトカーを盾にし、拳銃や散弾銃を銀行の入り口前に突きつけ、息を殺して犯人達が出てくるのを待っている。
「大人しく武装を放棄して出て来い。我々は完全に包囲しているぞ!」
メガホンで銀行に向かって叫ぶ。しかし犯人達は一向に姿を見せない。このまま強行突入をしようか? そう思っていた時だ。
突如、銀行から女性の悲鳴が聞こえると同時に銃声が一発鳴り響いた。それと同時に悲鳴は掻き消され、再び辺りは静まる。
「い、今のは!?」
辺りが再びざわつき始めたその瞬間、突如銀行の入り口が開いた。するとそこからは、自動小銃を持った犯人と思われる四人が警察官達を恐れずに堂々と出てきたのだ。
「ぶ、武装を放棄して大人しくー」
手をあげろ。と言おうとした時だ。犯人の一人が何の前置きもなく自動小銃を発砲し、メガホンを持った警察官の眉間に命中させたのだ。それに続けて他の三人も銃を乱射し始める。
「怯むな! 撃て撃て撃てぇ!」
激しい銃撃戦が始まった。
二十人以上の警察官と四人の強盗犯。形勢は警察側の方が優勢かと思われたが、それは違った。次々と警察官達は虫ケラのように倒されて行ったのだ。
四人の強盗犯はケブラー製防弾着を胴体だけでなく脚や腕といった箇所にも二重に着用している上に薬物を摂取して痛みを軽減させていた。そのため警官隊の持つグロック19やSIGP226といった拳銃の銃撃を受けても何事も無かったかのように銃撃を続ける事が出来る。さらに使用している銃はFN_FALと呼ばれる銃に50発のドラムマガジンを装填させたタイプで、弾丸は被覆鋼弾フルメタル・ジャケットと呼ばれる特殊な弾丸が使用されていた。その威力は警察官達が盾としているパトカーの装甲や家の壁を容易く貫通するほどであるため、警察官達は為す術がなかった。それどころかマスコミや見物者達にも銃弾が行き届き、被害はさらに拡大していった。
「お……おい、パトカーの荷台にテロ対策用の武器としてアサルトライフルやサブマシンガンがある筈だ。それを持って来い!」
「わかりました!」
叫び、若い警察官はパトカーの荷台を開けた。しかしそれを見た強盗犯の一人はバッグから手榴弾を取り出し、パトカーに向けて放り投げた。次の瞬間、閃光に瞬時遅れて轟音がすると共にパトカーが大爆発した。その爆発に気を取られ、次々と警察官達は撃ち殺されていく。
爆発に巻き込まれた者は熱風に皮膚を焼かれ、破片で身体中をズタズタに切り裂かれた。到底生きてはいないであろう。
「な、なんてことでしょう。銀行周辺を取り囲んだ警察官達が全滅してしまいました……」
上空から報道を続けるヘリコプター。それを不快に思ったのか、強盗犯達は一時銀行内へ戻った。そして筒状のバッグを持ってくると、中に入っていた物を取り出す。中に入っていたのはM72_LAWと呼ばれるロケットランチャーだった。
それを肩に担ぐと、ヘリコプターに狙いを定めて引き金を引き縛った。爆音と共に66mmHEAT弾が発射される。
「こっちに向かって撃ってきた!? よ、避けられなー」
逃げる間などなかった。
ロケット弾はヘリコプターに直撃した。閃光とともに、その機体が火を上げながら墜落した。
さらに地面に叩きつけられると機体は大爆発し、文字通りスクラップとなった。強盗犯達はFN_FALの弾倉を交換し、用意していた車で市街地へ逃走を開始した。
その一方、トミーの家に到着したエリオットは、これでもかというほどインターホンを鳴らし続けていた。家の中に居る筈のトミーが出てこないのだ。
「うるせぇなぁ……」
緊急事態だと言う事を知らないトミーは寝過ごしていたのだ。頭の中でガンガン響くインターホンが喧しく、トミーは布団を頭まで被る。それでもインターホンは鳴り止まなかった。
「うるせえっての! なんなんだよ!?」
ついに耐えきれなくなったトミーはベッドから跳ね起き、玄関の扉を開けた。すると目の前にはエリオットが立っており、呆れ果てたような顔でこちらを見つめていたのだ。
「……おうエリオット。一体何時だと思ってやがんだ」
「それはこっちの台詞だ。一刻を争う事態でな、無理やり起こさせてもらったぞ」
「二日酔いだってのに……そんで。一刻を争う事態ってのは?」
「まず急いで着替えるんだ。下着姿じゃ情けなくて話も出来ないからな。ついでにテレビを付けてみろ」
「テレビがなんだってんだい……」
トミーはだらだらとやる気のなさそうにロビーへ戻り、テレビを付ける。すると画面に映った映像を目にすると、一瞬で目が覚めた。
「おいエリオット。こいつは……」
「付近で銀行強盗が発生したんだ。さっき無線で知らされたが、銀行を包囲していた仲間達だけでなく、マスコミや見物していた住民達も皆殺しにされたらしい」
「なんてこったァ……エリオット! 俺の44オートマグとホルスターがそこにあるから取ってくれ!」
叫び、トミーは全速力で着替えを済ませた。そしてエリオットが投げ渡したホルスターを着用し、44オートマグをそれに収める。準備を済ませた二人は外へ飛び出し、パトカーに乗り込んだ。
「……全車両に連絡。SWAT部隊へ応援を要請した。そして容疑者達はセントラルパーク方面に向かって逃走中。恐らく逃走用のヘリがそこに着陸すると思われる。以上」
警察無線が鳴り、二人は犯人達の行方を把握する。するとトミーはため息をつき、煙草を吸い始めた。
「SWATでも奴らを制圧するのは無理だな……さっきテレビで見て気づいたが、奴らはSWATなんかよりも、ずっと戦闘慣れしてやがる。それにあの武装……ひょっとしたら何も出来ずに取り逃がしちまうかもしれねえ」
「あのSWATでも無理なのか? 本当にそうだとしたら軍隊でも呼ばなきゃ勝ち目がないじゃないか」
「あくまでも俺の予想だ。外れて欲しいもんだがな……」
そう思っていたトミーだが、見事にその予想は的中してしまった。
強盗犯達にSWATの装甲車が追って来れば銃を乱射し、弾幕を張る。道路にバリケードを張られれば手榴弾で一掃。まさにゲームの雑魚敵を倒していくかのような感覚で強盗犯達は車を走らせて行った。しかし、その強盗犯の内の一人は苛立ちを感じ始めていた。
「なぜだ……これほどまでの騒ぎを起こしたってのに、何故44オートマグを持つトミーって野郎は出て来ねえんだ!」
叫び、ストレス発散でもするかのように、追跡して来るヘリをロケットランチャーで爆破した。
「もしかして、銀行前で俺らが気付かない内に殺しちまったんじゃねーのか?」
「バカが! あのDr.レッドフォードを追い詰めた奴だぞ! そう簡単に奴は死なねえ筈だ!」
「しかしよ、もうすぐヘリが着陸する予定のセントラルパークに着いちまうぜ?」
「チッ……仕方がねえ。お前ら戦闘の準備をしておけ、セントラルパーク内にはサツ共がうじゃうじゃ待ち伏せしているだろうからな。トミーもそこに居てくれればありがたいんだがね」
言って、強盗犯達を乗せた車はセントラルパークへと走らせる。一方トミー達は渋滞に巻き込まれていた。
「くそ、こんなところで渋滞に巻き込まれるとはな。どうするトミー!?」
「降りるっきゃねえ。いつ戦闘に突入しても大丈夫なようにしとけよ!」
そう言うと車を端に寄せ、二人はそこで降りた。さらにエリオットはテロ対策用の武器として荷台に入っているレミントンM700スナイパーライフルを持ち出し始めた。そしてもう一つ、荷台に入っているM4A1アサルトライフルをトミーに手渡す。しかしトミーはそれを受け取らなかった。
「トミー、要らないのか?」
「へっ。俺には44オートマグがあるからな。使い慣れてる分、こっちの方が信頼出来るんでね」
「……そうか。じゃあ行くぞ!」
叫び、二人はセントラルパークへと急ぐ。彼らが直接対峙する時は近い。