第三話:ドクターの傲慢
「走れ!」
叫び、トミーとエリオットは一階へ続く階段に向かって走り出した。不思議な事にDr.レッドフォードは追ってこない。空中を浮遊しながらこちらをじっと見つめている。
いいや、正確には追うまでもなかったのだ。Dr.レッドフォードは腕をトミー達に向けると、装着しているガントレットからレーザー光線のようなものが発射された。
「あぁっと!?」
咄嗟にトミー達は後ろへ跳んだ。レーザー光線はトミーの鼻先を掠めて、壁に当たる。それと同時に水飛沫が上がり、エリオットの顔に付着した。エリオットはそれを手で拭うと、薄気味悪そうに言った。
「トミー。これってまさか」
「あぁ……間違いねえ。ウォーターカッターだ」
ウォーターカッター。それはウォータージェットに研磨材を混入噴射させ、硬質材、軟質材を問わず容易に切断する装置の事を指す。元々は金属加工用の切削工具として扱われている筈だが、Dr.レッドフォードはそれを小型化させ、ガントレットに武器として組み込んでいるようだ。その切れ味は人体は勿論、ダイアモンドすらも切断出来るほどの威力を持つ。
「あれに当たったら即死……俺らの身体はゼリーのようにスパッと切断されるだろうな」
「なんてこった。多数の近未来兵器だと? こっちは拳銃程度の小火器しか無いってのに!」
圧倒的過ぎる武力の差に思わずエリオットは愚痴をこぼした。対してトミーは吹っ切れたかのような笑みを浮かばせている。Dr.レッドフォードは不思議そうな顔でトミーを見ると、問いかけた。
「貴様、なぜ死を目前にして笑っていられる?」
静かで抑揚のない声だった。トミーは咥えているしわくちゃの煙草を地面に落とし、靴で火を掻き消しながら呟く。
「……癖のようなもんさ。気にしないでくれ。もっとも、死ぬ気なんてサラサラ無いがな」
「愚かだ。貴様のような思い上がった人間が愚か者というのだよ」
「へっ。俺が愚か者だって事は認めるがねえ、真っ昼間からいきなり店を爆破するあんたに言われたくないぜ」
「ふん」
Dr.レッドフォードは鼻で笑った。そしてトミーの顔を見返すと、コートの内側に手を突っ込み、絵鉛ほどの大きさの棒状の器具を取り出して、それを投げた。するとその棒状の器具は勢い良く炎を吹き出し、トミー達に向かって一直線に飛来して来たのだ。
「は……小型ミサイルか!?」
叫び、トミーは右に、飛来して来る小型ミサイルから必死の思いでジャンプした。しかし彼の背後にはエリオットが居たのだ。一歩遅れてエリオットは左へ避けるが、空中で爆風に巻き込まれた。エリオットは半壊した建物の二階から外へ吹き飛ばされ、一気に背中から地面に衝突した。
「エリオット!」
「だ……大丈夫だ!」
叫び、エリオットはまず指、それから手足を動かした。それから首、腰と、かなり痛むが幸いにも骨折はしていないらしい。身体を無理やり起こすと、エリオットは上空に浮遊しているDr.レッドフォード銃の照準を合わせ、引き金を引いた。すると彼のコートに命中したが、しかしエリオットが使用する拳銃、グロック19の9mmパラベラム弾程度では怯みもしなかった。
「なんて奴だ。防弾コートか!」
「愚民が……まず貴様から消えてもらおう」
Dr.レッドフォードは静かに呟き、ガントレットが装着された腕をエリオットに向けた。
「そうはさせねえぜDr.レッドフォードさんよ!」
トミーが叫び、半壊した建物の二階にいたトミーは44オートマグの照準をDr.レッドフォードの頭部に合わせ、引き金を引く。
その時だった。何の前置きもなく、突如Dr.レッドフォードの身体の周りに、薄い赤色の円形が展開された。そしてその円は、トミーが放った44オートマグの弾丸を弾き返したのだ。
「マ、マグナム弾が弾き返された!?」
「無駄だ。この電磁シールドは銃弾如きの威力では破れん。貴様らの敗北は確定しているのだよ」
「電磁シールド……アッハッハ。こりゃ笑うしかないね」
苦笑いしながら、トミーは他に使える物はないかと周りに視線を傾ける。すると壁に設置されていた消火器に目をつけた。
「これだ」と呟き、消火器を手にすると、渾身の力でそれをDr.レッドフォードに投げつける。瞬時に44オートマグを取り出し、空中の消火器に狙いをつける。引き金を引くと44AMP弾が嘘のように当たり、消火器は内部の空気圧に負けて爆発を起こした。
たちまちこの爆発に巻き込まれると、普通の人間であれば爆圧で吹き飛ばされ、消火器の破片で身体中をズタズタに切り裂かれる。少なくとも重症は確実に負うだろう。
しかしDr.レッドフォードは違った。彼が身体の周りに展開させている磁力シールドは、消火器の爆発にも耐えたのだ。トミー達のなす術が無くなった事を確信すると、Dr.レッドフォードは磁力シールドを解除する。
「……消火器の爆発にも耐えやがった。なんて野郎だ。まあでも、永遠に磁力シールドを出せるって訳じゃないんだろう? 劣勢が必ずしも敗北に繋がるって訳じゃないぜ」
「ほう、貴様ら警察如きに何が出来る。武力の差は歴然としているだろう」
「どうかな。俺らの力を見くびっちゃあ困るぜ。 さあ、集中砲火だエリオット!」
「お……おう!」
掛け声と共にトミーの44オートマグが、下にいるエリオットのグロック19が同時に火を吹いた。二人が放った弾丸が連続でDr.レッドフォードの防弾コートに被弾すると、空中に浮遊しながらのぞけっただけで、それに耐えた。
しかし、さすがに彼の気に触れたのだろうか。Dr.レッドフォードは、ガントレットをトミーに向けて炎を放った。
同時にトミーが駆け出す。
半壊した2階から外へ一気に跳んだ。
地面に着地し、転がった。立ち上がる間もなく、44オートマグの照準をDr.レッドフォードに合わせて引き金を引く。しかしその瞬間、彼の周りには再び磁力シールドが展開された。44AMP弾が弾かれると、Dr.レッドフォードは腕を組みながらゆっくりと地上へ降下し始めた。
「無駄だと言った筈だ。貴様らの持つ拳銃如きでは私を捕まえるどころか傷一つ付けられん」
そう呟きながら磁力シールドを解除させると、トミーは弾倉を交換しながら、満面の笑みを浮かばせて笑った。まるで狂気で狂ったかのような笑いだった。Dr.レッドフォードは不思議そうな顔でトミーを見つめた。
「何が可笑しい」
呟き、Dr.レッドフォードはガントレットの銃口をトミー達に向けた。いつでも電撃等を発射出来る状態だ。この距離ならば避けられない。しかし、そんな状態に陥られてもトミーの笑みは絶えなかった。
「へへへへ……アンタの武装は軍隊でも呼ばねえ限り打ち破る事は不可能だ。しかしな」
トミーは44オートマグの銃先をDr.レッドフォードに向けた。
「いくら武装が強力でも、アンタのその慢心っぷりは敗北へ繋がるぜ。レッドフォードさんよ」
「……敗北? Dr.レッドフォードに敗北などある筈がない!」
叫び、Dr.レッドフォードはガントレットから電撃を繰り出そうとした。しかしその時には既に、トミーは44オートマグの引き金を引いていたのだ。機械のような正確な射撃で、銃弾はガントレットの銃口へ吸い込まれるかのように入っていった。
「伏せろエリオット!」
トミーが叫んだその時、ガントレットは熟した果実のように赤く膨れ上がり、次の瞬間には大爆発を起こした。熱風がDr.レッドフォードの皮膚を焼き、砕けて歪んだガントレットの鉄片は腕を切り裂いた。
しかし彼は生きていた。超高性能の防弾コートによって死は免れたが、顔や腕には激しい火傷の跡が残っている。到底動くことすらままならない筈だ。
「……貴様らごときに私が!」
「驚いたぜ。磁力シールド無しの状態で、あの爆発でも生きてるとはな……アンタは自分の力に自信を持ちすぎたんだ。俺らの貧相な武装を見て余裕なんかぶっこいてないで、さっさと殺しちまえば勝負は付いていたのによ。傲慢や慢心っぷりがこの結果を招いたんだぜ。Dr.レッドフォードさんよ」
「黙れ!」
喉も裂けよと叫んだ。そして火傷によって今にも崩れ落ちそうなほど酷く歪んだ顔でトミーとエリオットを睨む。その時、送られてくる視線から、二人は恐ろしい程の殺意、敵意、そして憎悪を確かに感じた。この時ばかりは流石のトミーにも笑みが失せていた。
「……エリオット、手錠だ。俺は署に忘れて来ちまった」
「あ、ああ」
エリオットから手錠を受け取ったその時だ。ようやく増援のSWAT部隊が到着し、彼らはDr.レッドフォードの周りを囲った。トミーは「ようやく来たか」と安堵し、その場の後を任せようとした。だが次の瞬間、目の前から見慣れない車両が近づいてきた。SWATが乗る特殊輸送車両に続いて、FBIが乗用する黒のSUV、さらには軍用車両までもが現場に駆けつけて来たのだ。
「うん? SWATはまだ分かるがFBIに州軍……?」
「いくら奴の武装が凄くとも、犯罪者一人にここまで駆け付けて来る事は無いぞ……これは何かありそうだ」
エリオットがそう呟いた。するとその時、Dr.レッドフォードは身体の周りに磁力シールドを展開させると同時に空中へ浮遊したのだ。そして空中で再びトミーとエリオットを睨むと、Dr.レッドフォードはそのまま何処かへと飛び去ってしまった。それを見た特殊部隊員や州軍の兵士達は速やかに車へ戻り始める。その時、FBIの構成員と思われる男に「Dr.レッドフォードの事を公に明かすな」と呟かれ、彼らは何事も無かったかのように去って行った。
「な、なんだったんだ?」
「……分からねえ。とりあえず署に戻って署長にこの事を報告だ」
溜め息をつきながらトミーは車の鍵をポケットから出した。しかしDr.レッドフォードがパトカーを破壊した事に気がつき、トミーはさらに溜め息を深くついて「最悪の一日だったぜ」と呟く。それに対してエリオットは「同感だ」と、うんざりしたような声で返答して署へと戻って行った。