第一話:警察官はお嫌い?
「また金を貸して欲しいだと?」
署長がそう言った。ニヤニヤしながら「頼みますよ署長」と、強請っているのはトミー・ブラウンだ。
「今月は残り100ドルしかないんです」
「100ドルならギリギリ生活出来るだろう。それに何ヶ月も連続で私から金を借りるのは度が過ぎると思わないか?」
真面目な顔で署長は答えた。まるで我が子を叱る親のようだった。いいや。署長は署内でも信頼が篤く、彼の指揮下で幾度も修羅場をくぐり抜けて来た署員たち一人一人は、本当に子供も同然なのだ。
しかしトミーは「じゃあ給料上げてくださいよ」と愚痴り始め、終いには「そういう問題じゃないだろう」と署長に呆られた。結果的に彼は金を借りる事が出来なかったのだ。諦めたトミーは、渋々とタイムズスクエア付近をパトロールしに出掛けた。
「くそっ……一ヶ月100ドル生活のスタートだ」
「仕方が無いだろうトミー。そもそも署長から何ヶ月も連続で金を借りるって事自体おかしいと思わないのか」
トミーが運転するパトカーの助手席に座っている男はエリオット・ウィリアムズだ。彼はトミーの相棒であり、何事にも真面目に取り組む性格のため、トミーとは反対的な男だった。かれこれ10年ほどの付き合いとなるが、トミーにとって彼以上に信頼できる男はいないであろう。
「なあエリオット、ほんの少しでいいんだ。金を貸してくれ。長い付き合いだろう?」
「やれやれ……そう来るだろうと思っていたよ」
言うと、エリオットはポケットから5枚の100ドル札を取り出した。それをトミーに手渡すと、彼は開いたまぶたから波紋のように笑みが広がった。
「あくまでも人助けのつもりだぞ。きっちり来月に返してくれよな」
「へへっ、分かってるさ。サンキュー」
そう言いながら、借りた500ドルをポケットへ突っ込んだ。しかしトミーはそれを返す事が出来ないであろう。彼には他にも大量の借金があるのだ。
ニューヨークではトミーは有名人だった。警察官とは思えない楽天的な性格と借金癖。そして大口径の拳銃を好むという趣味。その性格が災いし、当然の如く妻はいない。35歳にして独身だ。
だが何かと地元住民達からの評価は高い。この物騒な国で最も信頼できる警察官は? そう問うと、真っ先にトミーを思い浮かべる人々が多いほどだ。持ち前の身体能力の高さと射撃技術。そして抜群の戦闘センスで幾度も修羅場を駆け抜け、住民達を魔の手から救ってきた彼だからこその評価なのだ。
相棒のエリオットと組めば全米最強の警察官コンビ。そう呼ばれて来た彼らだが、今回のパトロールで死を目前する事になるとは、思いもしなかったであろう。
時刻は午後三時。タイムズスクエア付近をパトロールしていたトミー達はドーナッツを買うため、店に寄っていた。
ここでは、小汚い店長の汗が混じっていると噂される油で生地をじっくりと揚げ、これでもかと言うほど砂糖をかけて作ったドーナッツが食べられる。ちなみに1個だけでカロリーは900超えの為、食い過ぎて糖尿病になった奴らも多い。しかし格安の為、中々儲かっているとの話だ。
トミー達はドーナッツが入った小袋を受け取り、現金を渡す。袋に入っているにも関わらず砂糖の甘い匂いが彼らの鼻を貫いた。
「相変わらずキツいなこの匂いは」
「それがいいんだろ。さっさとパトカーに戻って食おうぜ」
店を出て行き、外に停めてあるパトカーのロックを解除した時だった。突如、向かいにあるレストランが一瞬光に包まれた。そして瞬時遅れて轟音が響くと同時にレストランが爆発した。建物周囲がびりびりと振動し、それがトミー達にもはっきりと伝わる。
「うぉっ……なんだ。何かのテロか?」
レストランからもうもうと噴き上がっていた煙はまだ上がっている。その煙の中心に人影があった。
「なんだあれは」
人影を確認したエリオットはホルスターから銃を抜いた。店を破壊するほど威力がある爆発に巻き込まれると、爆圧で体にダメージを受けて死ぬか、破片によって体にダメージを受けて死ぬ。
しかし二人には、その人影がダメージを受けたとは思えなかった。堂々とこちらに向かって歩いて来ているのだ。
煙が薄まり、ハッキリとその姿が見えた。そこには黒いコートを全身に纏っており、腕には巨大なガントレットを装備している男がいた。
「なんだありゃ……映画の撮影って訳じゃなさそうだな」
呆然とするトミーと、拳銃を男に突きつけるエリオット。男は何の前置きもなく、腕を二人に向けた。
「……やばそうだぜ。逃げろエリオット!」
トミーが叫んだ。すると彼の声と同時に、男の手に装着しているガントレットから電撃が勢い良く放たれた。咄嗟に二人は横へ跳び、それを避ける。直撃したパトカーが電気を帯びたその直後、爆発した。男は青ざめた顔で無表情のままその場に立ち尽くしている。
「何だ今の……モロに直撃してたら死んでたぜ。ちくしょう、何者だアンタ。一体何が目的だ!」
トミーの問いかけに男は反応し、男はゆっくりと二人に近づきながら呟く。その喋り方は、まるでどこかの貴族のような喋り方だった。
「私はDr.レッドフォード。善人であることに何の躊躇もない貴様ら警察官は見ているだけでも不快だな」