(エピローグ)
これにて完結です。
――午後三時四十五分。
教皇庁、パトリシア一世執務室。
「さて、ジョー。魔王アナスタシア討伐部隊を組織しましたが、人選はコレで合格でしょうか?」
パトリシア一世は、白の大理石で出来た教皇の椅子に座り、前勇者のジョー・ジャック・アーベルに語りかける。
今は、丈の短い青いローブを身につけ、綺麗な素足を組み直していた。
ジョーを誘惑する気がマンマンであるが、そんなことは構わずに、一歩踏み出した前勇者は、教皇の前に跪く。
「えぇ、教皇猊下。現時点では、大陸最強のパーティーかと思われます。先頭にレベル『9900』の娘の勇者アイを配置します。娘は、いまだに強大な力を御することが出来ていませんが、なに――直ぐに慣れて――大いなる活躍をしてくれましょう」
「ハイ!」
名前を呼ばれ、勇者アイ・アーベルは教皇の前に進み出る。相変わらずの童顔ではあるが、勇者の鎧と剣とが似合っていた。
「続いては、教皇猊下の執事であるサイモン・ペイリーさまです。超級職業『隠密』のレベル『99』であるので、全ての戦闘の事前情報収集から攪乱までの情報戦に長けています。魔王の陣は、決して一枚岩ではない! そこにくさびを穿って関係性に亀裂を生じさせるでしょう」
「ハハッ! パトリシアさまのお役に立てる日が来ようとは。誠に大いなる名誉で御座います」
白タキシードを着るサイモン・ペイリーは深深と頭を下げて、瞬時に消えた。
直ちに任務に突入したのだった。
「次なるパーティーメンバーは、サーシャ・フリードルさまです。大占い師に盗賊でそれぞれレベルが『99』の歴戦の強者です。サーシャさまの先読みの力は、前教皇のチャールズ十三世に匹敵します。的確な指示をパーティーメンバーに出して頂けるので、戦闘時は無敵です」
「そうかのうぅ~。ワシは、あまり気が向かんのぅ~。ミーシャちゃんは、可愛い曾孫であるので、戦う気にはなれんのじゃ」
曾孫と同じく、黒頭巾を被り、黒タンクトップと黒のショートパンツ姿の彼女は、とても二百十歳には見えなかった。そもそもが幼女の容貌であるので、頼もしさのカケラも無かった。
「サーシャさま。この任務が成功した折には、お望みの金額を差し上げますわ。アナスタシア金貨一万枚で、一億ゴールドで宜しいですか? それ以上のお宝が、あの空中遺跡に隠されているのですよ。それに、毎食事には、大陸中の高級デザートをお付けします。北東の山脈の氷河から切り出した天然氷を細かく削り、そこに南西の熱帯雨林で取れた高級マンゴーのシロップを掛けたかき氷も用意します。是非とも、ご協力をお願いしますわ」
「そうかのうぅ~。それじゃあ、しょーがないのぅ~」
不承不承従った口調ではあったが、両目は通貨単位のゴールドのマークに輝き、口の端からはよだれが垂れていた。曾孫のミーシャ以上の強欲さである。
「そして、もう一人のパーティーメンバーは、ジョーなのね?」
身を乗り出して、四人並ぶ右端の彼に顔を向けるパトリシア一世。
「いいえ、最後のメンバーには、アナタのご息女、マリー・アレンさまを推薦致します。彼女は大神官のレベル『99』であり、パーティーの補佐役にも徹して貰いたいが、抜群の戦闘センスがある。それは、娘のアイも参考になるでしょう。是非ともマリー殿下にも参加願いたい。この活躍によっては、魔王アナスタシアを滅ぼした後には、この国の新女王に就任して頂く事になる」
ジョーの言葉を聞き、暫し沈黙するマリーであった。
何事かを思案している様子であった。意外なことに、このパーティーに加わる事に不服は無いようであった。かつては友人関係であったのだが、今は女王とは敵対の意思を見せている。
「俺は、パーティーには加わらず、パティの護衛に専念するよ」
「嬉しいわジョー! アナタがわたくしの側に居れば千人力です! これで、もう勝ったも同然。前勇者と現勇者。その二人を仲間に引き入れた時点で、わたくしの勝利は約束されていたのです。迷うことはありませんわマリー。ジョーの言葉のまま、身を委ねなさい!」
母の言葉に、決心した表情になるマリー。
「ジョーさま。この戦闘が終われば、カイト君を元に戻すというのは本当なのですか?」
マリーは真剣な表情で、カイトの父親に向き直す。ティマイオス王立学園高等部の女子制服を着る彼女。一人場違いな印象であった。
この娘は、最終的には、友情よりも愛情を取ったのだな。
ジョー・ジャック・アーベルは、マリーを見てそう感じていた。マリーを誘うときの殺し文句は、効果満点だった。
「魔王アナスタシアの一派を倒せば、アナタはカイトを独占できる」
そう言った時に、彼女の銀色の瞳の中に白い炎が燃え上がるのを見逃さなかったジョーである。
彼女も所詮はパトリシアの娘であるのだ。大きな胸の中に抱える、大いなる野望。
アナスタシア・ニコラエヴァに味方するクロエ・ブルゴー、ミーシャ・フリードル、そしてサラ・ザラスシュトラ。更には、マリヤ・ニコラエヴァもカイトに好意を持っていた。この連中を一網打尽に出来るのだ。
話に乗らないはずは無い。
ジョーの読みは当たっていた。
「お母さま! 魔王アナスタシア討伐に今すぐ向かいましょう! アレン家の家宝『過激な水着』装備!!」
マリー・アレンが叫ぶと、彼女はほぼ全裸に近い姿になる。申し訳程度の少ない布地。
抜けるように白い肌に、青いマイクロビキニの細い線が悩ましい。
「では、アイ。威勢良く、勝ちどきだ」
無精ヒゲのアゴをつるりと撫でてジョー・ジャック・アーベルは言った。
「父ちゃん。勝ってもないのに凱旋の雄叫びなの?」
娘の正直な質問。
「ええ、大丈夫でしょう。わたくしたちの未来には、栄光しかありません!」
自信に満ちたパトリシアの言葉。
「じゃあ、いくよ。エイ、エイ、オー!」
アイは恥ずかしげに右手を上げた。
教皇庁の建物から聞こえる歓声。パトリシアの執務室のフロアのある六階は、窓が全てが開け放たれているからだ。
その声を合図にしたように、教皇庁の庭に植えられた木木から小鳥が羽ばたいていく。
その上空、雲に隠されているのは、魔王アナスタシア一派が立てこもる空中要塞であった。
西からの強い光を受けて、壁面がオレンジ色に染まっていた。
彼女らに待ち受けているのは過酷な運命である。
それはまた、のちの物語で――。
完
最後までお読み頂いて、大変感謝しています。
次回作は……。




