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勇者と魔法とエッチな防具  作者: 姫宮 雅美
レベル12「絢爛の 女王就任 大団円」
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(人類の敵)


「皆様、ご静粛に。『大魔導師』のレベル『99』のアナスタシア・ニコラエヴァさまが、我我、魔族の頂点である女王になられたということは、ここに――『魔王』が誕生した――ことを意味します。十六年前に、父が予見した暗黒の未来。世界征服の野望を胸に抱いた悪の『魔王』が、この大陸ティマイオスのみならず、地球全体に不幸をもたらすのです!」

 突然に、参列者の前に進み出て両手を広げ、熱弁を奮い始めた教皇のパトリシア一世。

 顔は無類の喜びの表情に変わっていた。


「魔王だと!?」

「言い伝えは本当だったんだ!」

「呪われた王女!」


 臨時王宮の中心部にある、大聖堂。そこのティマイオス全土からやって来た貴族諸侯は口口に叫んでいた。

 外からの光りが、ステンドグラスを通して届き、人々の顔を様様な色に変える。


「四千年前のアナスタシア女王の生まれ変わりの第四王女は、この大陸に再びの戦乱を呼ぶ。そう、母に申したのですよね。アナタの父親の前・教皇のチャールズ十三世は――」

 凜とした表情を崩さない女王陛下は、教皇に対峙する。

 この大陸の政治と宗教のトップが、始めて正式に対立の立場であるのを表明したのだ。

 決して逃れられない運命なのだ。


「ええ、そうですわ。不吉な予言がされた王女を殺せと父が命令したのに、それを無視して死んでしまわれた、哀れなアレクサンドラ前・女王。でも、可哀相とは言ってはおられませんわ。『魔王』は、全世界を破滅に導くのです! ねえ、ジョーを呼んで!! ここに、先代の勇者さまを!!!」

 パトリシア一世は、入口に立つアイに向けて叫ぶ。彼女は、先代勇者であるジョー・ジャック・アーベルの長女だ。


「はいよ!」

 アイは、式典中は閉ざされていた扉を、片手で勢いよく開いた。


「父さん!」

 カイトは驚く。暗い室内からは、逆光になって顔などは判別出来ないが、そのシルエットは確かに九年前に生き別れた父親だった。

 ボサボサで手入れのされていない長めの髪。そして無精ヒゲの生えた無骨なアゴ。

 鍛え上げられた筋肉が、腕と背中を盛り上げている。


「ああ、カイト、久しいな。こういった事態になることを避けるために、私が派遣されたと思ったが、パティの狙いは別の所にあったらしいな」

 ゆっくりと大股で進んでくる先代の勇者。パティとはパトリシア一世の愛称。

 先代勇者。その圧倒的な存在感に、この場所に居る全員が気圧けおされていた。


(父ちゃん。ワザと低めに声作ってるんだもん。笑っちゃうよ)

 その様子を見ていた娘のアイは、フフン――そう言って、鼻の下を右手の人差し指で擦っていた。


「魔王? アタシが? どうして?」

 アナスタシアには、何事が起こったのか理解出来ていなかった。


「すまない、女王陛下。ここからは教皇猊下からの依頼よりも、勇者の家系であるアーベル家の古来からの言い伝えが優先することになる。勇者の役目は、この世界の何処かにいる『魔王』を打ち倒すこと。魔法を使える魔族の中でも、強大なる魔法力を誇る『大魔導師』の最高レベル者が、『国王』に就任することは禁忌なのですよ。それは、四千年前のアナスタシア女王の再来を意味する。『魔王』の誕生を許してしまった以上は、勇者はそれに立ち向かわなければならないのです。アナスタシア女王陛下。アナタは今すぐ退位され、そちらのマリー・アレンさまに王位を譲るべきだ。そう進言致します」

 先代の勇者ジョー・ジャック・アーベルは、少し薄汚れた姿であった。

 茶色いシャツに茶色いズボン。そして動物の革から作った黒いベストを身につけている。武器も持って無くて、まるで山から下りたばかりの木こりか猟師ぐらいにしか見えない。


 だが、圧倒的な威圧感でアナスタシアに迫っていた。決して身長も高い方ではないが、新・女王は彼の言葉に押しつぶされそうになっていた。

 これは魔力の差でも無い。魔法力ではアナスタシアの方が、格段に上回っているのにだ。

 これが、本物の勇者さまだ。

 この場に居る一同は、彼を見て一様に思っていた。その事を一番思い知らされたのは、ジョーの息子であるカイトだった。

 勇者の役目を、子供たちに譲った今でも、大陸一……いや、この世界最強の実力を有しているのだ。


「アタシに、女王さまを辞めろと言うのですね。それには承服しかねます。これはこれは教皇猊下、良くできた茶番劇ですね。アタシが女王になるまでは、勇者の家のしきたりを教えず。就任後に、前勇者と現勇者の二人の武力を持ってして、脅迫する。そうして、こちらのマリー・アレン生徒会長さまに王位を禅譲しろと迫るのですね。分かりました。アタシとは、決して相容れない関係でしたね、マリーさん。アナタの行動原理が今、納得出来ました。アナタは自分の権力欲に正直に動いているに過ぎない。時にはアタシの味方、時には敵。自分に王位が転がり込んで来るように、計算され尽くした振る舞いでしたのね。残念です」

 悲しげに長い金色の睫毛を瞬かせ、教皇の後ろにいる娘の顔を見た。


「あ、アナスタシア陛下! わたくしは、決してそんなつもりではありませんわ。母や前の勇者さまからは、このような話は聞いておりません!」

 マリーは本当のことを話す。同時にアナスタシアの肩越しに見えるカイトに向けた言葉でもあった。彼はずっと、一連の出来事を呆けた顔で、他人事のように眺めていただけだったからだ。


(カイト君に完全に嫌われてしまいましたわ。権力に対して強欲なわたくしだと思われてしまう。軽蔑されてしまう)


「分かりました。アタシの返事は――これなんだな。ピーちゃん! ピーちゃん、おいで!!」


(ピーちゃん???)

 この大聖堂にいる殆どの者の頭の上には、クエスチョンマークが浮かぶ。

 一様に思う。

(ピーちゃんとは何者?)


 開かれた入口の扉。

 そこから入って来たのは、何との心もとないゼリーモンスターであった。青色の透き通った体。その横にある小さな翼。

 ソレを使って一生懸命に羽ばたいているのだ。だが、移動速度は遅い。

 とはいえ、モンスターである。この臨時王宮に、怪物の侵入を許してしまっていた。ソレを忘れた一同は、優しく見守っている状況だった。


(ピーちゃんがどうして? そうだ。足りないと思っていた人物は、マリヤ殿下だった)

 カイトは顔を上げてピーちゃんの移動する軌跡を追う。


 パタパタパタ。ようやく大聖堂の鰻の寝床の様な長い建物の中央部分にたどり着く。


「ピーちゃん! 前勇者さまのジョーさんと、現勇者のアイちゃんは、お帰りだわ! ご案内してあげて、出でよ『ヤマタノオロチ』!!!」

 アナスタシアが叫ぶと、ゼリーモンスターの体が金色の光りを放つ。そうして、小さなモンスターが、一気に大きな怪物に変化した。


 全長50メータルになる巨大怪獣だ。大聖堂の屋根を易易と突き破り、その姿を現した。

 その八つの首の二つは、ジョー・ジャック・アーベルとアイ・アーベルの二人をそれぞれ、その大きなる口で捕らえていた。


「キャーア!!」

 アチコチで悲鳴が上がる。

 女性参列者たちは、我先にと逃げだそうと出口に殺到する。


「怖ろしいことをしでかしますわね。魔王・アナスタシア!」

 教皇は、伝説の水竜を下から見上げ、娘のマリーを腕に抱いていた。

「お母さま」

 マリーは戸惑いながらも、ヤマタノオロチの金色のウロコに覆われた下腹部を見る。

 この正体が、弱弱しいピーちゃんだとは決して思えないのだった。そして、あの優しげなマリヤ王女には決して見えないのだ。

 それと同時に、母の胸に久久に抱かれる感触を味わってもいた。

 戸惑いの連続。

 マリーには、もう――何が正しくて、何が間違っているのかが――分からなくなってきていた。


 マリーは、ヤマタノオロチの凶暴な口に捕らえられた二人を見る。鎧さえも、瞬時に砕いてしまいそうな強力な牙とアゴの筋肉のたくましさ。

 娘のアイの方は勇者の鎧を身につけてはいるが、前勇者のジョー・ジャック・アーベルは、普段着のままなのだ。



「不意打ちは今の所成功だな、魔王アナスタシア。だが、手心を加えたことを、やがて後悔するだろう。アイ!」

「ウン! 父ちゃん!」

 二人の体が瞬間光り、大聖堂の床へと転移した。勇者の使える転移魔法は、自分の視認出来る距離でしか可能ではないが、戦闘中にこれを繰り出せば、無敵の存在であるのだ。


「サラ! 逃げるわよ! 出でよ『ザラマンダー』!!!」

「女王陛下、承知しました!」

 アナスタシアに呼ばれ、サラが返答した途端、彼女の身体が赤い光りに包まれる。

 光りは見る見ると大きくなり、大聖堂の両壁をなぎ倒す。


 火竜『ザラマンダー』の出現だ。

 頭から尻尾の先までの長さは20メータルほどで、皮膚の質感からも大きなトカゲを思わせるフォルムだった。

 しかし、太古に生息したとの伝説のある二本足で走行する竜の体。筋肉の発達した後ろ足に比べ、小さな前足が特徴的だった。それを器用に動かして、女王アナスタシアと、クロエ、ミーシャの三人を自分の背中に乗せていた。

 火竜の右目には、古い大きな傷があった。この影響で、サラは黒い眼帯をしているのだ。


「クロエ、ミーシャ、乗り心地はどう? ホラ、カイト! 何してんのよ。こんなところからは、とっとと逃げ出すのよ!」

 火竜『ザラマンダー』の長い首に跨がっていたアナスタシアは、血の繋がらない弟に向けて笑顔で手を差し伸べる。


「カイト君、私も一緒に」

「マギー、キミも行くって言うの? 姉ちゃんどうしよう?」

 アナスタシアに向けて伸ばした右手を、隣に居たマーガレット・ミッチャーの肩に乗せる。


「マーガレットさん、アナタは大陸全土から、いいえ地球上の全ての人人を敵に回す覚悟は出来ているの? ねぇ、ミッチャー子爵。アナタは、娘さんを守ってあげて」

 マギーの隣で、驚いた表情のまま固まる長身の男性に語りかける。


「は、ハイ! 女王陛下。かしこまりました。マギー来るんだ! ブランランドの領地に戻って、領民の代表と協議をせねば」

 カイトにしがみついていた娘を無理矢理引き剥がし、手を引いてがれきと化した大聖堂を後にする。


「カイト君!」

(マギーごめんね)

 名残惜しそうに見つめる目。カイトはマーガレットが見えなくなるまで見送っていた。

「パトリシア一世教皇猊下、こちらへ」

「イヤだわ、ジョー。わたくしとあなたの仲でしょ。是非、パティと呼んで!」

 ザラマンダーの尻尾が、教皇たちを襲おうとしていた。

 前勇者のカイトの父は、小柄な教皇を胸に抱え、瞬時に臨時王宮の中庭まで移動した。

「お姉さんは、コッチ!」

「え?」

 マリーは、現勇者のカイトの妹に手を握られ瞬間移動する。コチラは、父親とは反対の位置に出現する。


「アイ! 封印解除だ! そしてカイト!」

「封印解除? 父さん?」

 カイトは、アナスタシアに手を伸ばしたまま、父親の方向を見る。親子の別れの場面だ。女王は、暫し待つことにする。


 ――だが、封印解除とは何なのだ?


 その時間が命取りとなる。


「見てみ! 兄ちゃんの体が!」

 必死に火竜の首にしがみついていたミーシャが、やっと姿勢を安定させてから言った。いつの間にか、黒頭巾団のユニフォームに替わっている。


「アレ、アレレ?」

 カイトは自分の体が青白く発光している事にやっと気が付く。そして両手を見る。

 何となく向こうが透けて見える。その先には、驚愕のアナスタシア女王の顔がある。

「カイト! どうしたの!? カイト!」

「ねえちゃ……」

 まず、自分の声が聞こえなくなった。そして、上空の水竜が羽ばたく度に感じる空気の圧力を感じなくなった。緊張からか、胸の奥からこみ上げてきた酸っぱさも消えていた。壊された大聖堂のがれきから漂うホコリ臭さが無くなった。

 そして、目の前にあった姉の右手が見えなくなった。

 カイトの五感が遮断されたと同時に、彼の姿が消える。


「カイト…………」

 アナスタシアが茫然自失とした時だった。


「ごめんな兄ちゃん! ご覚悟! 魔王!」

 勇者の鎧を身にまとったアイ・アーベルが、剣を振りおろしてくる。彼女の身体は、白い光りを発し、さしものアナスタシアも動きを目で追えないでいた。

「陛下!」

 剣の前に身をさらすのは、『ミョルニル・ハンマー』を手にし、『炎の鎧』を装備したクロエ・ブルゴーであった。

 だが、剣は易易と強力な鎚を斬り裂き、鎧の肩に食い込んだ。

「クロエ!」

「大丈夫だ。傷は浅い。『転生の腕輪ブレスレット』で、直ぐに再生できる」

「ニャ!」

 クロエは、左手で右肩を押さえ、火竜から落ちないように両足を使ってしがみつく。

 同時に、クロエの鎧を踏み台にしてミーシャ・フリードルが攻撃をアイに加える。

 今はゴスロリドレスの『少女戦闘服』を身につけ、右手に持った『少女ステッキ』で、アイの側頭部を打撃したはずだった。


「猫のお姉さん。動きが遅いよ」

「ニャニャニャア!」

 地面に落ちるのは、バラバラに刻まれた『少女ステッキ』だった。


「カイト! カイト! ねえ! カイトを何処にやったの! 何処に隠したの! ステイタスカード起動! 防具『エメレオン』装着!」

 アナスタシア女王は、必死にカイトの名を呼んだ。そうして、瞬時に戦闘態勢を整えた。

「お姉さん。これが、私の本当の姿なんだ」

「防御結界!」

 アイの言葉とアナスタシアの絶叫は、同時だった。

 勇者の剣からの攻撃を、女王は防具の能力で辛うじて防いでいた。


「相変わらず、エッチなおっぱいだね。私の中の兄ちゃんが、マジマジと見てるよ」

「カイトは、アイちゃんの中に存在しているというの?」

 防具からのぞく剥き出しの胸。それを思わず手で隠し、顔を赤くするアナスタシアであった。


「説明しましょう!」

「お母さま! 危険です」

 高レベルの者同士の戦い。その間に無謀にも割って入る教皇パトリシア一世であった。娘のマリーが必死に引き止める。


「説明? そんなことよりカイトを何処に隠したのよ! 言いなさい!」

 火竜『ザラマンダー』の首に跨がったアナスタシアが、教皇を見下しながら、そう言った。


「だから、それを説明しようとしているのではないですか!」

 女王に一喝され、少し怯んでいた教皇ではあったが、前・勇者ジョー・ジャック・アーベルの頼もしい姿を確認し、自信を持って語り出す。


「パティ、君は俺が守る。後ろに隠れるんだ」

 ジョーは、教皇母娘の前に進み出て、アナスタシアを睨む。

「ジョー! ヤッパリ素敵ですわ! 今からでも、アナタの再婚相手に選んで下さい!」

 娘の前だが、昔惚れていた男に恥ずかしげも無く抱きついた。

「お母さま! 仮にも人妻であるのに、この態度は何ですか!」

 母親を叱りつけるマリーだった。

「いいじゃないマリーちゃん。マイケルは、もう七年も愛人と一緒に過ごしているわ。我慢することはないのよ。ねえ、アイさん。私を母と呼んでも宜しいのですよ」


(うげ!)

 アイはとんでもない! そんな顔になった。


「魔王アナスタシア。正直、カイトのことは済まないと思う。それは、やむを得ない処置だった。十五年前、妻の『カナ』がアイを生むときに、時の教皇チャールズ十三世が、態態わざわざ我が家を訪れたのだ――」

「そこは、わたくしに話させて下さい」

 アナスタシアの前に歩み出るパトリシア一世であった。


「父のチャールズ十三世は、勇者ジョーの妻『カナ』さんが、来るべき救世主を生むと予言し、黄色人の住む辺境の村『ガリラヤ』に赴いたのです」


(辺境は余計だ!)

 アナスタシアは思ったが、大人しく教皇の話を聞くことにした。


「アイさんが救世主なのですか、お母さま。では双子のカイト君はいったい?」

 マリーが口を挟む。

「ええ、そうよ。生まれ来る子供は、圧倒的な魔力を有していたの。その為、出産時に母子共に命が危ない状況だったわ。強大な魔力は母親の体を焼き、赤ん坊の出現を拒もうとする。ですから、父と、当時のアレクサンドラ女王と、大占い師のサーシャ・フリードルさまとで限定的な処置を行ったのね」

「母と、サーシャさまもその場所にいらしたのですか」

「ケッ! あのクソババァー、金目の匂いには敏感やからな。大層な口止め料を頂いたんやろな?」

 パトリシア一世の言葉を受けて、アナスタシアとミーシャが反応する。ミーシャの曾祖母がサーシャであるのだ。


「ええ、口外しない代償にと、アレクサンドラ前女王陛下がサーシャさまに1000万ゴールドを即金で支払ったのよ」

「それで、何が行われたのです?」

 娘のマリーが母に聞く。


「ええ、生まれ来る赤ん坊のレベルは勇者の『9900』だった。その魂を三人の王が、魔法力を集中させて二つの人格に分裂させた。その時にレベルの振り分けに苦心したのよ。半分に割り振っても『4950』でしょ、あり得ない数値だわ」

「レベル『9900』なのですか? 信じられません」

「事実よ。ですから上の二桁の『99』をアイさんに、下の二桁の『00』をカイト君に割り振ったのです。ですが、それは心霊的な存在。『魔法虚数域』に属するカイト君は、元元存在しない子なの。最初から無かったけど、何故か肉体を得て人格を持ってしまった。ジョーは優しいから、その事を彼に話さなかったのね」

「ですからカイト君のレベルが『00』なのですね。ですが、『魔法虚数域』とは何なのですか? 虚数とは二乗した結果がマイナスになる数字」

「…………」

 パトリシアとマリーの会話を黙って聞くアナスタシア女王であった。


「三人の王とはなんや? 女王に教皇は分かる。あの、チンチクリンの強欲ババァが、なんで王さまやねん!」

 ミーシャには、別のことで引っ掛かる事があるらしい。

「ああ、それね。この大陸を治める三つの柱があるのよ。一つ目は貴族や役人や軍人をまとめる政治的な結集力、二つ目は宗教的な祭司の役割、三つ目はそれに該当しない一大勢力をまとめ上げる、暗黒街の力」

「じゃ、じゃあ、おバアは!?」

「ええ、暗黒街の顔役よ。この大陸の地下組織の大半は、サーシャさまに上納金を納めて組織の安寧を約束させているの。警察や軍隊が手を出さないのは、それもあるのよ。元元は黒頭巾を被った、黒ずくめの盗賊団。それを作ったのがあの方なの。地下組織と言ってもバカには出来ないわ。扱う総金額は、ティマイオスの国家予算さえ凌駕するのよ」

「じゃあ、黒頭巾団伝説の初代頭目は、おバアやったんやな。フムフム。それでか」

 教皇の話を聞き、一人納得するミーシャであった。


「『魔法虚数域』ですって? それは、魔法物理学の数値上しか存在しない概念。例えるなら、幽霊や亡霊に近い存在。待って! じゃあ、カイトは、最初から存在さえしてなかったの? アタシと過ごした十年間の思い出は、幻だとでもいうの?」

 アナスタシア女王は、うつろな表情でアイを見た。


「ごめんねお姉さん。私も、それを知ったのは一年前なんだ。でも、兄ちゃんの力を得て、私の力は、本当に桁違いに変わったんだよ。本当にごめんね、お姉さん。お姉さんが、兄ちゃんのことを好きなことは知っている。でも、魔王になったアナタを倒すのが役割なんだ。ご覚悟!」

 再び、斬りかかるアイだった。


「サラ! 逃げるわよ! ピーちゃんも援護を頼むわ!」

「ガ、ガー」

 臨時王宮の建物をあらかたなぎ倒してしまった伝説の水竜『ヤマタノオロチ』の一つの首が、女王に向いて返答する。王宮に居た人人は、水竜の出現時に逃げ出していて無事ではあった。

 そうして、火竜『ザラマンダー』は、背中に収納していた翼を大きく伸ばして、羽ばたいて2メータルほど浮き上がる。


「逃げるのですか、魔王アナスタシア。この大陸はおろか、この星のいかなる場所にも居場所はありませんですわ」

 小さくて華奢な体からは、考えられないような大声を出す教皇だった。



「お姉ちゃん、助けに来たよ。上見て、上!」

 この場に居た一同の頭の中に響く声。通信魔法を使ったのだ。魔法力を有する者は、例外なく聞いていた。

 声の主は、学園長のブルカ・マルカではあったが「お姉ちゃん?」一同は、そこを疑問に思っていた。


「湖底に眠っていたアナスタシア陵墓。それが、空中を飛んでいるのか!」

 ザラマンダーに跨がるクロエは、遥か上空に浮かぶピラミッドと、それに付属する地下構造物の巨大なる姿を見せられていた。

「あんなんが浮かぶなんて、インチキや」

 ミーシャも、口をあんぐりとさせて見上げていた。


「仕方無いわ、サラ! アノ場所に逃げ込むのよ! そして、ピーちゃん! 撤退のしんがりをお願いできるかしら。追っ手を防いで欲しいの!」

 そうアナスタシアが叫ぶと、火竜は大きく二度羽ばたくと、大聖堂のがれきを吹き飛ばして、空飛ぶ要塞へと向かって行った。


「逃がすか!」

 アイは、瞬間移動で火竜の進行方向を先回りしようとした。


「「「「「「「「キシャー」」」」」」」」

 水竜ヤマタノオロチがアイの転移能力を阻んでいた。金色のウロコの水竜の未知なる力の片鱗だった。

「クソッ!」

 汚い言葉を吐くアイだったが、さしもの勇者も、レベル『9900』の己の力を制御できないでいた。

 そのため、ヤマタノオロチの首の一つに吹き飛ばされ、臨時王宮外のお堀の池に嵌っていた。


   ◆◇◆



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