(狂気のブルカ・マルカ)
――午後六時五十五分。
ミヨイ湖、湖底のアナスタシア陵墓内。
「アナスタシアさまのお墓には♪ 女の子しか、入れませぬ♪ 入った女が、見る先は♪ 竜が出るか、蛇が出るか♪ 毒持つヘビに気をつけな♪ しゃべるヘビにも気をつけな♪」
遺跡の内部に、陽気な女性の声が響く。狭い通路内で反響していた。
アナスタシアを胸に抱くのは、ブルカ・マルカ男爵であった。
女性しか入れないこの遺跡。ステイタスカードを操作し、男性である学園長から、この姿に変化したのだった。
彼女は、ニコラエヴァ王家に代代伝わるわらべ歌を歌っていた。
「白い壁には、落とし穴♪ 気安く触っちゃ、なりませぬ♪ 仲良しこよしの、お仲間が♪ 一人減っては、金の味♪ もう一人減っては、銀の武具♪」
ブルカ・マルカは、仕掛け罠の場所を熟知しているのか、同じくらいの身長の少女を抱いた身でありながら、軽快なステップを刻むかのように、足を突き出す位置を変えながら歩いていた。
――アナスタシア陵墓三階相当部分、大広間。
ブルカ・マルカは、広間の中央に突き出た黒い左手のオブジェの前で立ち止まった。その前を直角に右側に曲がり、真っ直ぐに進んでいく。
今は中央の入口が閉じ、アナスタシアたちが踏み入ったときには引っ込んでいた左腕が戻っていた。
「も一度戻って、真の秘宝♪ 今回の校外実習をした生徒の皆さんは、注意力が散漫です。右の壁が開いて宝があったのだから、当然――左側にも隠し部屋が――あるべきと考えなければなりません」
アナスタシアの顔を見ながら、開きっぱなしの宝物庫に進んで行く王宮魔法護衛部隊の最高責任者。
ナリは女性であるが、男子王族用の白い軍服を着ているので中性的な魅力を湛えている。
肩までの金色の髪の毛で、華奢な王子の様に見えていた。
「お姫さま。そろそろ起きる時間ですよ」
ブルカ・マルカは、腕に抱く第四王女に向けて優しく微笑み掛ける。王女の左頬に右手を添える。
「う、うーん?」
アナスタシアは首を上げる。薄目を開けて、周囲を見渡す。
宝石のような青い瞳は、軍装の美女を捉えていた。
「お目覚め?」
「イ、イヤ!」
ブルカ・マルカに問いかけられて、反射的に自分を抱く相手の胸を両手で押していた。
「おっとと……」
「イヤよ、離して!」
「暴れると、床に頭をぶつけることになりますよ、お姫さま。女性の私の細腕では、アナタを抱いているだけでも大きな負担になっています。この高さで大理石の床面に落下すると、たんこぶだけでは済みませんよ、アナスタシアさま」
「あ……うん……はい……」
第四王女は、六歳の頃の自分を思い出す。姉と共に魔法教科を指導していたブルカ・マルカ男爵に、優しくも毅然とした態度で諭されると、どうしても従ってしまうのだ。
体を硬くして、大人しくなる。
六歳の幼女が、本能的に悟っていた恐怖心。
「今、降ろしますよ、お姫さま。これからは、ご自分のおみ足でお歩き下さい」
「わ、わかったわ」
――トン。
遺跡の白い大理石の上に、ゆっくりと茶色い革靴の足を乗せるアナスタシアであった。
「これが、女王の証である王冠です」
ブルカ・マルカは、白くて細い指で銀色の小さめのティアラを、宝箱の金貨の山の中から取りだして王女の頭に乗せる。
「ま、まだ早いわ。それよりも、今の状況を説明して。アタシは、教皇殺しの嫌疑を掛けられて、パトリシア枢機卿の手下に捉えられてしまった。意識がハッキリしているのは、そこまで。ここが、湖底の遺跡の中だとは理解している。そもそも、今が何日の何時なのかも、何故アナタが居るのかも、ハッキリしないのよ」
アナスタシアは、頭の上に乗った銀色の王冠を取り、自分の胸に抱いた。
ニコラエヴァ王家に代代伝わる家宝。
しかし、彼女にとっては、大切な母親の思い出の品であり、形見でもあるのだ。
「今は、同日の夕刻です。囚われのアナタを救い出し、ここに連れてきたのはボクですよ。それに、今頃はキミの無実も証明されているんじゃあー、ないかな」
学園長の時の口調を真似る女性姿のブルカ・マルカだった。
「アタシの無実を?」
「イケませんね。自分の事を『アタシ』と呼ぶのは、とてもとても感心しません。これから女王となるお方が、こんなことでどうするのです」
今度は、家庭教師時代の口調に戻っていた。
「あ…………。あのう……わ、ワタシの無実を、どう証明すると言うのですか?」
恐る恐る尋ねる。
「アノ場所には、教皇の娘のパトリシア枢機卿の仕掛けた魔法監視アイテムが設置してあったのですよ。そもそもは、自分の父親を監視するためのね。何とも卑劣な娘です。彼女は、自分の父親さえ信用してはいなかった。それが、教皇チャールズ十三世の自刃する姿をハッキリと捉えていました。私は魔法を使い、監視アイテムの制御機能を乗っ取って、映像の入手に成功したのです。今は、それがティマイオス全土に向けて、魔法放送がされている頃合いではないかな?」
小首を傾げてから、ニンマリと笑うブルカ・マルカだった。
実に魅力的な女性の仕草なので、アナスタシアはドキリとなり、顔を赤くする。
自分には、姉のオリガのような同性愛の趣味は無いはずだが、魅入られるような魅力を感じ取っていた。
でも、その姿が異様に思えて、アナスタシアは恐怖する。
変なのだ。綺麗な女性の顔の上に、重ねられる学園長のイメージ。
「凄い魔法力ですよね。流石は、大魔導師のレベル『99』です」
王女は少し体を引いて、ブルカ・マルカ男爵に正対する。用心は怠りない。
「今のアナタも、大魔導師の最高到達地点にまで達しているんじゃないですか? そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。今、戦えば、六対四の比率でボクが負けますよ。アナタは躊躇無くボクを殺しに来るでしょ。対するボクは、キミには手心を加えてしまうんですよ。アハハ」
白く綺麗な歯を見せるブルカ・マルカ男爵だった。
「この場所にもう一度侵入したのは、この王冠の奪取が目的なのですか?」
アナスタシアは、両手のひらの上で銀色の小さなティアラを転がしている。
ブルカ・マルカの方は向かず、おずおずとした態度で聞く。
他に誰も居ないこの空間に二人きりにされたのが、耐えられないのだ。
「いいえ、この場所には、もう一つの部屋への隠し扉が隠されているのですよ。そちらに用事があるのです」
アナスタシアには関心も払わず、真っ直ぐと黒い手のオブジェに向かう。
「それは……」
「この手には、モデルとなった人がいるのですよ。永遠に助けを求めて、天に差し伸べられる両腕。でも、誰も彼を引き上げることは出来なかった」
「彼?」
顔を上げてブルカ・マルカを見る。
確かにそのオブジェは、男性の手に見える。縦に酷く引き伸ばされてデフォルメがされてはいるが、筋肉の付き方や浮き出た血管を見ると、女性の様な柔らかさは感じられない。
「ええ、ですから、正統なる指輪の持ち主にコレを一時返してあげないといけない」
ニンマリと笑い、自分の左手の指に嵌った指輪を親指から外していき、彫像の左手に順番にはめていく。
「指輪の持ち主?」
アナスタシアは、興味深そうに黒い手の前に自分の顔を持ってくる。
指輪はくすんだ金色に光り、至る所に細かな傷が入っていた。おそらくは純金製なのだろう。柔らかい金無垢であるので傷つき易いのだ。
大人の男が指に嵌めたとしても、かなりの重量になると思われる。
指輪を飾る幾種類もの宝石が、遺跡内の照明の光を受けて輝く。
「四千年前の伝説の女王『アナスタシア』には、弟が居たのをご存じでしたか?」
「弟? 知りません。伝説の『アナスタシア』女王に、姉が居たのは知ってましたが、この話は初耳です」
「ええ、名を『アレクセイ』といいました」
懐かしそうに、目線をやや上に向けるブルカ・マルカであった。
「『アレクセイ』? ワタシの死んだ弟と同じ名前です」
悔しげな表情を浮かべるアナスタシア。一歳という幼い年齢で死んでしまった皇太子。彼の面倒は、母のアレクサンドラ女王の替わりに乳母が見ていたし、家族の中では次女のタチアナにもっとも懐いていた。
彼との思い出は、ほとんど残っていない。
しかし、当時、六歳のアンには、赤ん坊の世話などは無理な話だった。
「彼は、ニコラエヴァ王家の伝承から抹殺されたのですよ。不承の王子ですからね。是非とも隠したい恥部なのですよ」
「不承?」
「不義、不法の不良王子でした」
ゴゴゴゴゴ、ガガガガガ。
黒オブジェの左腕小指に指輪が嵌められてから、暫しのタイムラグがあった。
その後、大きな音を立てて、アナスタシアの背後の壁が上がっていく。
「コチラにも、隠し部屋が!」
彼女はゆっくりと振り返りながら言った。
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