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勇者と魔法とエッチな防具  作者: 姫宮 雅美
レベル11「復讐を 終えてむなしさ 残りけり」
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(仇敵との対面)


 ――午後零時四五分。

 ティマイオス王都、教皇庁アレン宮殿七階、教皇執務室。


 白亜の宮殿のこれまた白亜の階段。

 そこを、ゆっくりと昇るティマイオス王立学園の高等部制服を着る少女。短いチェックのスカートが、その度に可憐に揺れていた。

 茶色の学園指定の革靴では、大理石の足元が滑りやすいためか、彼女は慎重に足を運んでいる。


 階段の広い踊り場では、青い色の鎧を着込んだ二人の大戦士が、折り重なるようにして倒れていた。

 青色はティマイオス国教の神聖なる色。彼たちは、教皇を守護する近衛兵団の兵士たちなのだ。

 しかし、二人の顔は安寧に包まれている。楽しげな夢の世界に囚われているのだった。

 学園の生徒は、その長い足で倒れている二人を跨ぎ越えて行く。


 生徒会長のマリーから借りた『幻影の霧』の首飾り。その白い霧が作り出す夢魔の空間に、警護の兵士は閉じ込められているのだ。


「お邪魔します」

 小さな声を出しこの階に踏み入ったのは、アンナ・ニコラことアナスタシア・ニコラエヴァ第四王女殿下であった。


「へー、センスいいジャン」

 顔を上げてこの場所を見渡す。

 ティマイオス国教の最高責任者の部屋にしてはいささかみすぼらしい作りであった。

 大理石で敷き詰められた大きな広間を、背の低い木製の仕切りで区切ってあった。その中に幾つかの陳列台を認める。

 台上の、拙い出来の木製の彫り物。教皇の回復祈願で、子供たちが作った品が認められる。

 教皇の横顔を木彫のレリーフにしてあるのだが、高い鼻と細いアゴが酷くデフォルメされていた。しかし製作者からは悪意は感じず、彫刻刀で彫られた荒削りの像は柔和な表情を浮かべていた。


 アナスタシアは、それらを手にして何となく懐かしさを覚える。幼い頃、病気療養中であった祖母のエカテリーナ元・女王。王宮内のニコラエ宮殿とは隔離された別邸。

 その雰囲気にそっくりであった。幼い子供のアンにしても落ち着く部屋で、大陸各地から贈られた品が並んでいて、興味を引く物ばかりだったからだ。

 南方に咲く珍しい花を乾燥させて、装飾にした品。

 北方の山岳地帯に住む民族が、頭に被る毛皮の帽子。

 エカテリーナは、まだ若い六十歳のお婆ちゃんだった。だが酷い肺病に冒されていて、末期の状態だった。

 痩せこけた姿ではあったが、アナスタシアにはとても優しく感じ、親しみを覚えていた。

 エカテリーナは、その後しばらくして亡くなった。アナスタシアが五歳になる直前であった。

 教皇の部屋をもう一度見渡す。

 見目好い色使いの質素な広間。

 アナスタシアは、優しい微笑みを浮かべる。


 一方、彼女が通過した下の階のパトリシア・アレン枢機卿の執務フロアは、贅の限りが尽くされていた。

 大陸各地から集めさせた、金銀財宝が散りばめられた芸術作品。パトリシアがパトロンとなっている芸術家たちの大作が飾られている。何とも前衛的な奇抜なデザインが多かったので、その時のアナスタシアは顔をしかめていた。

 その側には、枢機卿の私兵たちが半裸に近い姿で横たわっていた。幻影の霧の首飾りが発する白いガスで眠らせたのだ。彼らは、夢の中でも酒池肉林の宴を、盛大に行っているのだろうか?


 ただし、肝心の枢機卿の姿は確認出来なかった。

 十年前の王宮の破滅。その主犯を教皇と睨んでいる彼女には、事情が許せばパトリシアの尋問も考えている。

 口を割らなければ、強引な方法もとるつもりだ。



「それは、亡くなった妻の趣味なのだよ」

 背後から声がしてアナスタシアは驚く。そして、酷く弱弱しい声であったので嘆く。

「良い奥様だったのですね」

 彼女は、ゆっくりと振り返る。悲しげな表情を浮かべていた。


「『幻影の霧』の攻撃には、耐性が出来ていてね。そうでなくては、教皇の座には座っておれんよ」

 彼はつらそうに足を引きずって、木製の教皇の椅子まで辿り着く。

 そうして、一息を深く吐いてから腰掛ける。

 見た目は青年にしか見えない、青色人の男性の端整な容貌。

 アナスタシアは、教皇チャールズ十三世と初めて対面する。顔立ちは、パトリシアに似ていた。性格のキツイ彼女とは違い、やや柔和な目付きではあった。目尻には深い皺が刻まれていて、これだけが年齢を感じさせる。


「アナタ、目が……」

 教皇は、アナスタシアと少し違った位置に顔を向けていた。孫のマリーや娘のパトリシアと同じ緑色の瞳ではあったが、光りのない濁った印象を与えていた。


「ああ、本当は杖が必要なのだが、何処かにやってしまってね。こういった事には不便だが、人と面会するときには、『先読みの心』で、十分に事足りる」

 椅子に座る教皇の右手は小刻みに震えていた。

 『先読みの心』とは、教皇の有する能力。相手の思考を読み取ることが出来るのだ。表向きは大賢者レベル90であるのだが、秘密の多い彼なのだった。


「椅子の手すりは、ここです。そして、杖はコレですか?」

 アナスタシアは歩み寄り、彼の右手を取って教皇の座に乗せるのを手伝う。そうして、大理石製の床の上に落ちていた白い杖を拾い上げて、彼の左手に握らせてやる。


「ああ、優しいな君は。アレクサンドラは、良い娘を育て上げた。ワシの方は、娘の教育に失敗してしまってね。母の居ないパティのために、不自由なく物を買い与えたが、かえってワガママで、我慢の出来ない大人に成長させてしまった」

 パティとはパトリシアの愛称である。教皇の彼だけが呼ぶことを許可されている。

 彼は、杖を右手に持ち替えて両手を乗せていた。柄の部分に丁寧な彫刻が施された象牙製の逸品である。

 アナスタシアが五歳の誕生日に贈られた、カチューシャを作ったのと同じ職人の技だった。

 柄の先に青い宝石が嵌っている豪華な作りなのだが、彼が持つと視覚障害者用のステッキにしか見えない。


「お孫さんは、気立ても良く上品で優しく、立派に育っていますよ。まあ胸の方は育ちすぎですが……」

 アナスタシアは少し苦笑して、相手の前にひざまずく。

 椅子の右横の大きな窓から昼の太陽光が降り注ぐ。アナスタシアと教皇のシルエットが、白い床にクッキリと形作る。


「すまないな、アナスタシア第四王女殿下。君と、こうして出会わなければ、話を交わすことも、永遠に無かっただろう。とても良い偶然だ」

 彼は震える右手を左手で必死に押さえていた。少し長く喋るだけでもつらいのだろう。小さく息を継ぎながら言葉を紡いでいる。


「教皇猊下。ワタシが、ワザワザこの場所に一人で訪れた意味をお分かりでしょう」

 アナスタシアは、一歩進み彼の右手に触れる。見た目は若若しい綺麗な手であるが、乾燥した荒れた皮膚であった。

 彼の震えも収まった。彼女は手を離す。


「ああ、分かっているさ。ワシも、迎えが近い。聖職者には、決して犯してはならぬ大罪がある。その罪を、君に告白しないといけないな。聞いてくれるか、アレクサンドラの娘よ」

「ハイ」

 アナスタシアは顔を上げて返事する。


「ワシには予知能力がある。それを駆使して枢機卿の序列十二位から、教皇の座まで上り詰めることが出来た。政敵を汚い手段で葬り去り、宗教家とは思えないほど、この手は血で汚れているのだよ――」

 彼は右手の平を自分の顔に近づけていた。決して、自分の目では見ることは出来ない。それを知っているのか、右手は強く震える。

 そして話を続ける。

「――アレン家は、由緒ある家柄だ。だが、過去に一度も教皇を輩出したことは無かった。その時に、ワシよりも高い地位の枢機卿であった上司を、強引に我が妻に迎えたのだよ。熱心な宗教家の彼女には悪かったが――出世しか見えてなくて――愛情などこれっぽっちも注ぐことは、無かったのだよ。そして、宗教への帰依も真剣でなかったのも事実だ。視力を失ったのは、その時の罰だな……」


 顔を伏せる教皇。

 老人の話は長くなりそうだった。しかし、それに付き合う事にしたアナスタシアである。


「どうした、苛立っておるかな? アレクサンドラの娘よ。こういった感情は、直にワシの心に届いてくるのだ。赤い――鮮烈な刺激的な色だ。君の母親も、そういった素直な気持ちを、ワシに向けていたな」

「母がですか? どうでも良いような姉妹ゲンカの時も、ニコニコと笑ってワタシたちの話を聞いていた、あの心の広い母がですか?」

 アナスタシアが疑問を口にすると、教皇はハハハと乾いた笑いを発した。

 そうして咳き込む。震える右手で口元を覆っていた。


「ゴッ、ゴフッ――失礼。若い頃のアレクサンドラ殿下は……。ああ、女王陛下になったのだったな。アレクサンドラ陛下は、君と同じぐらいの年代では、ワシに何かと突っかかってきたぞ。ただし、論戦を挑んでは、ワシに散散にやり込められていたな。そういった点では、まだまだ不勉強な娘であった」

 教皇は顔をアナスタシアに向ける。ゆっくりと目を閉じて、昔の思い出に浸っていた。


「意外です。母にそんな面があったとは」

「まだ、アレクサンドラが王女時代の話だよ。穢れを知らなかった彼女もまた、ティマイオスの暗部を知ることになった。将来の女王として、母親のエカテリーナ女王陛下が、娘に告白をしたのだ。まあ君よ、そんなに畏まらなくても良い。その辺りに椅子があるだろう、腰掛けたまえ。話は長くなるからな」

 教皇は震える右手を差しのばし、アナスタシアに着席を勧める。

「ありがとうございます。では、遠慮せず」

 小さな粗末な椅子だった。目の不自由なチャールズ十三世が、足で蹴躓いて倒して仕舞っていた。その木製の椅子を、起こして座るアナスタシアであった。


「今から、一万と二千年前の話だ――」

 唐突に時間の単位が大きく替わり、彼女は戸惑っていた。しかし、老人の話として諦めることにする。

「一万二千年前? 大陸に、人類が文明を築き始めた頃ですよね」

「――ああ、そうだ。だだし、我我が人類と進化をことにした時代だと言える」

「進化を異に? それでは、ワタシたちは人類でないとでも言うのですか?」

 アナスタシアは、小さな椅子から身を乗り出して迫る。

 全く、予想もしていない話の内容だった。


「君は、魔法を使えるという――意味を考えたことは、なかったのかね」

 教皇の目が開く。今度はハッキリとアナスタシアの方向を向いていた。

(また、話が飛んだわ)

 彼女は、クッキリとしたやや太い右の金色の眉を上げていた。


「魔法が……ですか? ワタシには幼い頃から慣れ親しんで、身近にあった物ですから、意識したことなどありません」

 アナスタシアは、自分の顔の前で両手を合わせる。

 そうだ。魔法とは、空気のように近くにある存在。自然な存在。


「そうだろうな。真の意味での人類は、魔法など使えないのだよ。一万二千年前に突如として出現した我我の先祖たち。彼ら彼女らは、魔法を用い当時の文明を大きく進展させた。それまでは石器を使い、狩猟を行い、生活の糧にしていた原始と変わらぬ時代だ。それが、魔法の登場で大きく変化したのだよ。大規模な農業を始め、爆発的に人口が増え、多数の人間が集まって、やがて大きな都市を形成し出す」

 顔を上げて、遠くを見つめるような表情になる。


「それは、歴史の授業で習いました。新石器時代を経て、ワタシたちは高度な文明を手に入れたのですよね」

 椅子に座る彼女は、右脚を高く上げてから足を組む。学園の高等部の制服の短いスカートを穿いていたが、目の不自由な相手なので遠慮無くそうする。


「ああ、それは教科書の上での正史の話だ。魔法によって、大がかりな治水や灌漑を可能にし、天文学や数学、そして建築学も発展させた。魔法を駆使する我らの先祖は重宝されるが、やがてそれが恐怖に変わる」

「恐怖?」

「それは旧人類が、我我魔法を使える民族に抱いた感情だ。旧人類は我我を『魔族』と呼んで徹底的に差別した。所詮、魔族は旧人類の敵だ。数は圧倒的に少数だが、多数を支配していたのだ。しかし旧人類も知恵を付け、武装をし、集団で敵対を始める。そうして、いつの日か立場が逆転する。その後には大がかりな『魔族狩り』が行われて、徹底的に弾圧された。実際に、強力な魔族のウチの幾人かは、街を滅ぼす大洪水を起こしたり、都市を焼き尽くし灰にしたりした。報復のこうした行動が、より一層旧人類を追い詰めることになった」

「神話の伝承の中にある破滅ですね」

「そうだ。そうして我我の先祖は、世界中に散らばる魔族を集め、人の居ない大陸に揃って移住したのだ。それが一万と二千年前の話。そこから、このティマイオスの歴史は始まる。君は知っているのだろう? この大陸の外に、大きな世界が広がっていることを……」

 ずっとアナスタシアに向かって語っていた教皇が、顔を下げて悲しそうな表情になる。


「ええ。そうですね、外の世界からの侵略者の集団と一戦を交えました。彼らはワタシたちとは違った文明の進化を遂げていた。四千年前の伝説の女王、『アナスタシア』が禁止した化石燃料の使用と錬金術をより発展させた姿。そして、この大陸は『アナスタシア』女王の作った壮大な結界で、外の世界からは見えないようにした」


「そうだ、一万二千年前に人類と枝分かれをした我らの先祖は、当時は一万人にも満たない数だった。それらが、ティマイオスの大陸で新文明を花開く事になるが、同時にモンスターが誕生したことになる。君はステイタスカードの事を、良く知っているだろう?」

「ええ、それがどうしましたか?」

 彼女は首を傾げ尋ねる。まあ、カードの偽造やら色色の事をやり過ぎて、知りすぎてしまっている。


「旧人類の一人、一つのたましいを、完全なるエントロピー変換によって生まれたのがステイタスカードなのだよ。魂が肉体を得て、生み出す生産活動。そうして創造される様様な物体・概念・思考。無限に近いエネルギーが、魂の中には内包されているのだよ。そうした人の魂は、肉体が滅びても次の体を獲得して生まれ変わる。それは同じ人とは限らない、動物や植物であったりもする」

「輪廻転生の考え方ですね。それは、黄色人の宗教観だと聞きました。これはワタシたちが死してステイタスカードを残し、そのカードが誰かのカードとなって生死が繰り返される。それと、同じではないのですか?」

「そうだな、似た面を感じるだろう。だが、ステイタスカードは違うのだよ。カードの職業やパラメータの振られ具合で、人間に似た形になったり、モンスターに姿を変えたりする。これは大いなる意思による操作なのだよ。例えれば神にも似た存在」


 教皇の突拍子も無い話に、鼻白む顔付きになるアナスタシアであった。

「大いなる意思?」

 神など信じてはいないアナスタシア。そんなものが居れば、どうして家族が死ぬことになのなるのだろうか?

 両親に、姉たちに、弟。そして王宮に住まう沢山の人人。

 彼ら彼女らが、何か悪いことをしたのだろうか?

 絶対正義の超越的な存在など――ありえ無いのだ。


「ああ、それがこの国の王さまの仕事だ。死してカードを残した人やモンスターを、次なる人人のカードへと書き換える。だが、新たなカードを作るには、外の世界からさらってきた人間の魂を取り出して、カードに作り替える作業が必要だ。ティマイオスの外の世界の住人にとっては、我我の所業は――悪魔にも等しい存在――に、思えるのだろうな」

「悪魔? そんな物は存在しません!」

 アナスタシアは言い切る。

 母や姉たちから聞かされた話。

 魔王なんて居ない。地獄なんて存在しない。

 この世界の真実。


「ハハハ。それは、物事を一面からだけで推し量ろうとするからだ。十三年前に滅ぼされた、海洋都市『エナリオス』。あの都市が扱っていた品物を知っているかい?」

 口の端を上げて、無理して笑う教皇の姿――極めて凶悪な顔に見えた。

「知りません!」

 うら若き王女はキッパリと言い切る。

「人間だよ、人間。先ほど、言っただろう。外の世界の住人『旧人類』を大量に攫ってきて、魔法力を使ってステイタスカードに作り替える。そうして、作られたカードは我我魔族の因子になるか、モンスターになるか――それを決定するのが、王さまの役割なんだ!」

 彼の口を大きく開く姿は、おとぎ話に登場する鬼の様であった。口が耳まで裂けているように見える。


「…………」

 アナスタシアは絶句する。話の内容は驚きであったが、さらに悪魔の形相である教皇を前にして、何も言えなくなった。端整な美男子である教皇が、こんなにも醜く変わってしまっていた。


「彼ら『旧人類』にしてみれば、我らは『悪魔』であり、この大陸は『魔界』『地獄』であるのだよ。そうして、彼らも反攻を開始し、持てる強大な武力を使って『エナリオス』を壊滅させた。『エナリオス』では――赤ん坊から老人まで――何も知らずに暮らしていた人人をも含め、皆殺しの憂き目にあった。殺された『エナリオス』の人人にとっては、『旧人類』のしたことは『悪魔』の所業に思えてくる」

 教皇の告白。

 『旧人類』とティマイオスに住む人との関係は、裏と表の間柄。近い距離にありながら、お互いを恐れ、忌み嫌っているのだった。


「その事が、ティマイオスの暗部なのですね。母は……先代のアレクサンドラ女王は全てを知っていたのですね」

「そうだ!」

 教皇の言葉を聞き、アナスタシアは顔面が蒼白となる。



   ◆◇◆


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