(カイトの友人)
――午前十一時二十五分。
ティマイオス王立学園、学園長室。
「し、失礼しましたあー」
「んにゃーあー」
バタン!
学園長から長々と話を聞かされたカイトとミーシャの二人、ようやくと解放されたのであった。
ドアの外で、のびを打つ二人。
ティマイオスの暗部を話すと言われ、覚悟していたカイトであったが、多くの内容は今回の冒険で知っていたことであった。
それに世間話が多くて、カイトには意外であった。
遠い存在であった学園長を、少しだけ身近に感じた。
ブルカ・マルカからの話。
このティマイオスの外に、さらに大きな大陸があり、そこと交易を行っている集団が存在する。
そして、ティマイオスに住む人間やモンスターに内包されているステイタスカードには、色色な謎が隠されている。
「何や、気ぃ抜けたな」
「ええ」
ミーシャは、頭の後ろに両手を置いて退屈そうにし、校舎内の廊下を歩き出す。
カイトは複雑な表情で、ミーシャを見る。彼女は失われた民族、黒色人なのであった。
四千年前の太古からの長きにわたって、迫害を受けた民族なのだ。
しかし、そんなことをおくびにものぞかせない剛毅な彼女である。
「あ、そうそう、ミーシャさんはどこのクラスに配属になったのですか? 三年生を二回繰り返すのも、大変でしょう?」
聞きたかった事を尋ねる。彼女はもう一年、学園に通う事になった。
学園長の粋な計らいであったが、彼なりの思惑があるのを二人は知っている。
「うんにゃ特に……。ウチは一応、成績優秀でな。卒業に必要な授業の単位は、全て取得済みや。でも今は、両方の職業のレベルも上がったからな、魔法をもう一度深く学びたいと思ったんや」
「じゃあ、三年の魔法クラスなんですね」
「んにゃ、一年の魔法Aクラスや。学園長はんからも聞かされたやろ、勇者の護衛兼お目付役として、カイトはんをピッタリとガードや」
「え?」
カイトは、ミーシャが制服姿の体をピッタリと寄せてきたので驚く。そして、柔らかくて小さな体なので少しドキリとする。女性であることを意識する。
「やから、カイトはんと同じクラスで同じ授業を受けルンや。嬉しいやろ」
立ち止まり、笑顔を見せるミーシャ。口を大きく開けた彼女の姿は、猫科の動物に思える。
「あーはー」
クラス分けが終わっても、授業を受けるのはまだだったので、顔見知りが同クラスにいるのは心強い。
でも、先輩が一緒に授業を受けるのは、他のみんなには気まずいだろうな――カイトは、クラスメイトのマーガレット・ミッチャーの顔を浮かべていた。
彼女は絶対にプリプリと怒り出すはずだ。
二人は学園長室・職員室など学園の主要な施設がある中央校舎を抜けて、一年の教室のある東校舎へと向かう。
「よー、カイト!」
一年魔法Aクラスの入口の前にはアンナ・ニコラが立っていた。カイトを見つけて、満面の笑顔で右手を上げてきた。
その後ろにはマリーとクロエが控え、クロエの横には見慣れない女の子が居た。
「姉ちゃん! 何の用だよ。それに皆さんもお揃いで……」
カイトは見慣れぬ少女にペコリと会釈する。中等部の制服であるので、カイトの後輩だ。
何とも言えない優越感。カイトはフフン――胸を張り、あまり逞しくもない体を見せつける。
可愛いな――そんな感想も持つ。褐色の肌色より赤色人と判断する。顔立ちからもクロエの身内だと思われる。
長いサラサラの黒髪。軽くウェーブしているカイトとは違うので、羨ましいほどのストレートの髪質であった。
カイトは石けんで洗髪した後に、ゴワゴワのクシャクシャになってしまう自分の髪の毛を、恨めしく思っていた。
アンナのヘアーもサラサラで、クセの無い直毛だった。
この子もそうなのだろうな、羨ましい――カイトは少しだけ嫉妬する。
そうして、右目の黒い眼帯に視線が向かう。
(目の病気なのかな?)
カイトも、ものもらいを患ったアンナの白い眼帯姿にときめいたことがある。ほんの一年前の十四歳の時の話だった。
そんな姿に憧れて、アンナの眼帯を目に当てた。
翌日には、カイトも同じ場所にものもらいが出来て、アンナとアンドレに酷く叱られた。
「私はサラ。サラ・ザラスシュトラ。コチラのクロエ姉さまの従妹です。現在は中等部の三年生で、生徒会長をやっています。職業は――」
彼女はカイトの鼻先に、自己紹介にとステイタスカードを付きだした。
「へあ?」
「――『聖騎士』です!」
「「「「「え?」」」」」
一年生校舎の廊下にいた五人がサラを見る。
「ちゅ、中等部の子が、ステイタスカードを持っているの?」
「私は、もう十五歳になっている! 失礼だな!」
カイトに見下された感がしたのか、ムキになるサラだった。
「サラが『聖騎士』だったとは驚きだ」
「ええ、クロエ姉さまには隠しておりました。本来なら高等部に進学したおりに、カードの摘出をしようと思いましたが、この春になって、胸が張って苦しくてたまらなくて、大占い師のサーシャさまに、昨日摘出をお願いしたのです」
サラは、あどけない顔の彼女には似合わない大きな胸をしていた。
(え? 胸が張る?)
カイトは、後輩女子の制服姿のオッパイ部分をガン見する。赤色人の女子は、小柄ではあるが胸のデカイタイプが多い。
中等部の女子制服は、白いブライスの上にグレーのベストを着るスタイルだ。首元には可愛らしい短いネクタイをしている。
中等部三年の彼女は緑色のネクタイだ。二年は赤で、一年は青。この辺は、高等部と一緒の色使いに統一されている。
スカートの色も灰色で、幅の広いサスペンダーで吊り下げている。
ちなみに初等部の制服は、可愛い可愛い水兵さんの姿だった。
「ん、んっ!」
アンナは鋭い目でカイトを睨む。咳払いをしていた。彼は戸惑っていた、今朝になってから急に、カイトが他の女の子と仲良くしようとすると、アンナの機嫌が悪くなるのだ。
「ね、姉ちゃん。この人を紹介する為に、一年の教室にまで来たの?」
カイトはまだアンナの用件を聞いてはいなかった。
「ああ、そうだった。カイトは今晩は、女子寮のアタシの部屋に一人で泊まりなさい。食事とかは、寮生代表のクロエ先輩に聞くと良いわ」
「え?」
理由が良く飲み込めないでいた。
「アタシは、今日の夜は外せない用事が出来たのよ。つーか、色色と忙しいからさ、今日も中中あえないんだな。お昼とかも、そちらのみんなと一緒に食堂で取ればいいさ」
「え? 姉ちゃん、何かやらかしたの?」
カイトの黒いつぶらな瞳が、アンナの綺麗な青い瞳を見つめる。
素っ気なくされて、突き放されたとの感想を持った。こんなに他人行儀なアンナを見るのは始めてだった。
「あああ、やらかしたと言ったらそうかな。その尻ぬぐいで、忙しいんだわさ。学園の分からない事は、隣のミーシャさんか、同級生の何つーたっけかな? あの子に聞きな!」
ニハハ――笑って誤魔化すアンナだった。
(何したんだろ? この慌てブリは、相当なことをしでかしたんだな)
カイトはジト目で、アンナの目を見る。
そらされた。やっぱり悪いことをしている――確信する。
「マーガレット・ミッチャーです!」
(わ、は!)
背後から大声がして、カイトは驚く。
「アナ……。いえアンナさま! カイト君のことなら私めに、お任せ下さい!」
ポフ――マーガレットは、乙女らしい慎ましやかな胸を叩いた。
「そう、じゃあ。お願いね」
アンナは、マーガレットの頭に優しく手を乗せた。
「あ、ありがたいお言葉です!」
アンナの忠実なる信者であるマーガレット。王女殿下直直の言葉を受けて、天にも昇らん気持ちであった。
「んじゃ、カイト。姉ちゃんの胸が恋しくなったら、替わりにマリーさまのお胸に顔を埋めるといいわ。じゃあね」
ニハハとカイトに笑顔を向けてから、アンナは踵を返す。
そうして頭の上に手を挙げて、プラプラとカイトに向けて振っていた。
しかし、顔付きは真剣であった。カイトには中中見せない裏の顔。
アンナが歩くと、廊下には道が出来る。何事かと出てきた大勢の一年生の生徒たちも、廊下の両端に寄って彼女を見送る。
その後ろに続くのは、サラであった。
「あれ、中等部の子は、姉ちゃんに付いていくんですか?」
カイトの疑問。クロエとマリーがこの場所に残ったままなので、二人に尋ねる。
「ああ、ここしばらくは、こんな感じだ。サラは私よりも剣術の才能がある。アンナの護衛には彼女が一番ふさわしい」
「護衛?」
「ええ、カイト君。成績優秀なアンナさんには色色とライバルが多いのですよ。まあ、用心の為です……」
マリーは言葉尻を濁す。
アンナが王族であることは、カイトには秘密であった。
そして、クーデターの決起は超極秘事項。
マリーは、カイトへの隠し事が多くなり心を痛めていた。
アンナは独自で目的達成に向かう。マリーもクロエも、その手助けのためにカイトには関われなくなってくる。
「はあ……」
あまり納得のいかないカイトであった。
「あの、カイト君! ここで、ハッキリさせたいことがあるの。生徒会長のマリーさまと、寮生代表のクロエさま。それに――」
アンナを見送った後に、マーガレットが唐突に切り出した。カイトの右手を取って自分の腕に絡める。
「な、なんや」
ミーシャは、マーガレットの鋭い目に射すくめられていた。
「――あなたは何者ですの? カイト君に近寄る、不逞の輩ですの?」
「ウチは、兄ちゃんの護衛や。これでも大盗賊と大占い師の二つの職業を極めておるで」
ミーシャは、カイトの手を奪い取って、自分の腰に回させた。
「何をしてますの! ダブりの上級生さまは、体育倉庫の裏で隠れてタバコでも吸ってれば、よろしいのですわ!」
マーガレットの毒舌が冴え渡る。
彼女は、ミーシャの着る制服のやつれ具合で三年間着用された品だと一発で見抜く。そうして、現一年生と同じ青いリボンをしているので、今年の卒業生であると判断したのだ。
「なんやて! ウチはタバコの匂いが好かん! 吸うはずも無い! そやった、そういう問題や無い。カイトの見張りや、学園長に直直に頼まれたんで仕方無くやってるんや」
ミーシャの言葉。そこには嘘は無かった。そうして、カイトから体を離す。
「そうでしたの。それでは、カイト君を異性として意識しているワケではないですのよね」
「ああ、そうや」
マーガレットに言質を取られる迂闊なミーシャ。
「それは、安心。では、カイト君にあらためてお願いがあります! カイト君! 私と付き合って下さい!」
マーガレットは上半身を屈め、カイトに向けて右手を突き出す。左手は体に沿って、ピン――伸ばす。
大きな声に、廊下に居合わせた皆が注目する。
「あの…………」
「オイ…………」
マリーとクロエも、あまりにも唐突な展開に戸惑っていた。
「えっと……じゃあ、お願いします」
カイトは、少し躊躇しながらも、マーガレットの小さな右手と握手する。遠慮がちのカイトだったが、マーガレットは力強く握りかえしてくる。
「「「えええ!!!」」」
マリー、クロエ、ミーシャの三人は驚きの声を上げる。
(うわはははは、勝った!)
勝利を確信したマーガレットの目。彼女は、自身の体が大きくなった錯覚をする。
寮生代表のクロエどころか、カイトの花嫁候補ナンバーワンの生徒会長のマリーを出し抜いたのだった。
二人の体が小さく見える。
(おほほほほほほほほ!)
口元に手を当てて、漏れ出そうになる笑いをこらえていた。
(((ぐぬぬ)))
マリー、クロエ、ミーシャの三人は、歯を軋ませて悔しがる。
「カイト君! あの……男女のお付き合いのお返事は、もっと慎重に吟味して熟考なされることをお勧めしますわ。こんな場所で、簡単に決めてはいけませんですのよ。確かに、目の前の女の子に恥を掻かせるワケにはいかないとの、カイト君なりの温情――優しさでしょうから」
マリーは唇を振るわせながらも、何とか彼を思いとどまらせようとする。
同時に、彼女のオッパイも震える。
「いいえ、大丈夫ですよ。マギーには何かと親切にして貰っているし、友達付き合いですよね。姉ちゃんからは、学園に入学したらガールフレンドを作れと言われてました。だから、ボクと友達になってくれる人は大歓迎です。あ、心配なく生徒会長さま。マリーさんも、クロエさんも、そうそうミーシャさんも全員がお友達ですよ」
エヘヘ――カイトは恥ずかしそうに人差し指で鼻の下を擦っていた。
((((と、友達!))))
今、明かされる真実!
タダの友人扱いされた、カイトを取り巻く四人の女の子。
「か、カイト君……あんまりです」
「そうですわ、お友達ですわ」
「まあ、オレたちは今のところ横一直線に並んだ状態だ」
「ああ、あのお姉ちゃんには、誰も勝てヘンやな」
涙目になるマーガレット。その様子をニヤニヤと見るマリーと、クロエと、ミーシャの三人であった。
「みなさん。今後ともよろしくお願いします」
ペコリンコ――あっけらかんとした表情で、悪びれることもなく皆の前で頭を下げるカイトだった。
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