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勇者と魔法とエッチな防具  作者: 姫宮 雅美
レベル10「勇敢な 勇者パーティー 凱旋だ」
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(パトリシアの思惑)

 ――午前十時十五分。

 教皇庁、アレン宮殿六階、パトリシア・アレン枢機卿の――浴室。


「ふーう、退屈だわ」

 全裸となり、巨大な白色の大理石製浴槽に右手を浸けるのは、マリーの母親のパトリシア・アレン枢機卿であった。

 浴槽に並並と湛えられたお湯。そこからの湯気が立ち上り、この部屋の高い天井で立ちこめていた。


 浴槽と言っても、10メータル×25メータルの学園のプールほどの大きさがある。この場所は、地下深くの温泉水をくみ上げて、二十四時間の掛け流しにしているのだ。

 青い色の豪華な長い毛足の敷物。そこにパトリシアはうつぶせになり、気怠そうにしていた。


 枢機卿の執務時間中であるのに――だ。


 それにしても十七歳の娘がいるとは思えない、若々しい肢体であった。小ぶりだが、形が良くて締まっている臀部が美しい。そして、細く長く伸びる脚を絨毯の上でパタパタと動かしている。

 大きく放たれた開放的な窓からの光りが、パトリシアの裸体を照らしている。


「殿下、マッサージを致しましょうか?」

「うん、お願い」

 浴槽から上がるのは、黒いブーメランタイプの布地の少ない水着を着る白色人の美男子だった。パトリシア付きの近衛兵団の大戦士である。

 彼は、枢機卿猊下の足元にひざまずく。

 獅子のようにワイルドな形にカットされた金色の髪の毛。濡れたその髪を、両手で撫で付けていた。

 均整の取れた見事な筋肉美。水滴が彼の背中の上を流れる。パトリシアの好みの細マッチョのイケメンだった。

 これは、大陸中の美青年を集めた結果であった。

 彼は、手にオイルを塗り込んで、パトリシアの細くて長い足のマッサージを始める。

 パトリシアは、脚の筋肉が揉まれる度に、悦楽の表情を見せ、少し声を漏らす。


 彼女は部下たちに、殿下と呼ばせていた。既に王族気取りである。

 ティマイオス国教ナンバー2の地位を利用しての、ワガママの好き放題であった。

 パトリシアは、父親の教皇チャールズ十三世が年老いてから出来た娘だった。その為に、自由勝手に育てられていた。自分の思い通りにならないと、直ぐにすねてしまい、周囲を困らせていた。


「殿下、南方で採れたフルーツ、マンゴーで御座います。今朝収穫した果実を、移動魔法を使ってリレーで運んだのであります。表面が痛みやすいので、丁寧に包み優しく運搬しました」

 コチラも水のしたたる美青年であった。青色人で有るので、少年の風貌の大魔法使いであった。白い短パンのみを穿いていて、楊枝に刺した黄色い果肉を彼女の口元に差し出す。

 それだけの簡単な動作で、割れた腹筋が艶めかしくうごめく。


「ありがと……」

 パトリシアは、全てを面倒くさそうにしていた。小さな口を開けたままにして、待ち受ける。

 桃色の唇が妖しく艶めく。

 ゆっくりと果肉を噛み、果汁が口元を伝う。その蜜が、白い大理石の上に滴り落ちていく。

「殿下、お口が」

 もう一人の筋骨隆々の赤色人の部下が、彼女の口元をぬぐう。



 シュン!


「お嬢さま、ご報告があります」

 パトリシアの直ぐそばに出現したのは、マリーの執事であるサイモン・ペイリーであった。


 よくある光景であるのか、誰も関心を払わない。


 サイモンは、全身真っ白の燕尾服を着ている。白髪を髪油で後ろにまとめ、白い大きな鼻ヒゲを湛えている。

 彼は、転移魔法や盗賊の特技の時間泥棒を使ったわけではなかった。彼ら、『超級職業』特有の瞬間移動の秘術であった。


「何? 『隠密』のアナタにしては手間取ったじゃない」

 パトリシアは、今度も面倒くさそうにのっそりと上半身を起こす。

 何もまとわぬ背中に、近衛兵団の青年が、青い絹製のローブを掛けてやる。

 娘のマリーとは違って、慎ましい胸の大きさであった。

 そして鋭角に尖っている耳の先。純血の青色人の証であり、少女のままのあどけなさを残した顔立ちだった。

 マリーにそっくりな顔ではあるが、娘よりも少し険のある切れ長の目をしていた。長い銀色の睫毛を瞬かせる。

 手入れの行き届いている長い銀髪を掻き上げて、ローブの襟から外に出していた。


「マリーお嬢さまのご学友の皆さまも、どちらの方もユニークな経歴の持ち主で、そのために時間が掛かったので御座います」

 パトリシアの裸体を見ても、ちっとも顔色を変えないサイモンであった。

 彼女の赤子の頃から、付き従っているのだ。おしめを替えて、ほ乳瓶でミルクも与えていた。


「で、あの子はどうだったの?」

 ローブの前を合わせ、紐を結ぶパトリシア。彼女の言う『あの子』とはアンナの事だ。

 ゆっくりと歩いて、浴槽横に置いてある籐で編んだ椅子に腰掛ける。

 背景には、南方で自生する椰子の木が植わっている。南国の雰囲気を出すために、ワザワザ持って来させ移植したのだった。

 パトリシアは剥き出しの細い素足を深く組むが、ローブの丈は短いので下半身が丸見えであった。


「やはりあの娘は、アレクサンドラ女王の第四女、『アナスタシア』でありました。十年前の王宮壊滅のおり、王宮警護隊長のアンドレ・ブルゴーと共に、先代勇者の住んでいた『ガリラヤ』村の近く、『マタイ』の村へと転移魔法で脱出したのです。これが、証拠の品です」

 椅子に座るパトリシアに対して、直立のまま報告を続けるサイモンであった。

 彼は、象牙で出来たアクセサリーをそっと差し出す。六歳のアナスタシアが頭に飾っていた白いカチューシャだった。

 裏には「五歳の誕生日おめでとう アレクよりアンへ」と、女王から娘へのメッセージが刻印されている。

 しかし、枢機卿猊下の方は、お湯で濡れてしまった飾りの爪の方に関心が移っていた。

 青色人の宗教の神聖なる色。青を塗った長い爪。少し塗りが剥げたので、青色人の部下は小さなハケを使って、青い宝石を細かく砕いて入れた塗料を塗り始める。


「へー、当時六歳だったんでしょ、その子。流石は『アナスタシア』の名前を継いだ王女さまね。うちのおっとりしたマリーちゃんじゃ、逆立ちしても勝てない相手」

 娘の事に関しても、さほど興味のない様子のパトリシアであった。

 フーフーと息を吹き、爪のマニキュアを乾かす。


 父亡き後に教皇の座に座り、娘を女王にする。

 娘には、無能な男を婿に入れて、その子供も王に据える。

 そうして、長きにわたっての権力体勢を維持するのだ。それが、パトリシア・アレン枢機卿の野望であった。


 純血の青色人は、百五十年近く生きる。白色人の夫も、ハーフの娘も、自分よりは早く死んでしまう。長期間、実権を握ることが出来るのだ。

 父親のチャールズ十三世が経験した孤独。彼は長らく寄り添った妻を、パトリシアの出産時に亡くしていた。

 青色人は妊娠期間が長い。他の民族は昔の暦での十月十日とつきとおか、二百九十日前後であるのに対して、純粋な青色人の妊娠期間は十五ヶ月、太陽暦で四百五十日もある。生まれるときも体重が4キログラミほどの大きさがあり、小柄で骨盤の小さい青色人は、出産時に母子共に命の危険を伴うのだ。

 しかし、白色人とのハーフであるマリーの妊娠期間は短かった。

 新生児のマリーは2600グラミで、やや未熟児であった。


 (※注 1グラミ≒1グラム)


「そうです。アンナ・ニコラと名乗った娘は、現在では『超級職業』『大魔導師』のレベル99にまで成長しています。彼女が本気を出せば、大陸の形を変えることさえ、造作も無い事です」

「おー、怖い怖い」

 パタパタと自分の顔を右手で仰ぎ出していた。そんな彼女の様子に気が付いて、大きな羽製の団扇で風を送り出す、パトリシアの近衛兵団の黄色人の一人であった。


「そして、以前報告したブルゴー家の一人娘、大戦士クロエも成長し、『聖戦士』になりました」

「何かと教皇派の宗教に楯突く、ブルゴー家とザラスシュトラ家の関係者ね」

「ええ、お嬢さま。彼女はステイタスカードのパラメータ・モードを操作して筋肉質な体に改造していましたが、今は元に戻っています。ですが、強力な戦闘力は保ったままなので、敵に回すとやっかいかと……」

「ふーん。それから?」

「もう一人、マリーお嬢さまたちが校外実習に訪れた『タミアラ』の街で、大盗賊のミーシャ・フリードルなる学園の元生徒と合流しています」

「フリードル?」

「はい、大占い師のサーシャ・フリードルさまの曾孫であります。そしてそのサーシャさまが、ブルゴー家の娘のステイタスカードを操作していたので御座います」

「へー、あのクソババア。私たちに忠誠を誓っておいて、影では反乱を企てていたのね。今度呼びつけて、お仕置きね」

 遠くを見つめるようなパトリシアの目。

 瞬時に浮かぶ、粛正者たちの名簿。


「それに勇者の少年にも、不思議な出来事が……」

「うん、その話は後でいいわ。あの子は、マリーちゃんには興味が無いのでしょう? それよりも、先代勇者のジョーと連絡が付かないかしら?」

「サー・ジョー・ジャック・アーベルさまですか?」

 顔を上げてパトリシアを見るサイモン。


「彼は、名誉貴族を返上したわ。ホント、欲のない人。でも、ジョーの側には隠し玉の娘が居るんでしょ? 形勢不利な私たちの全てをひっくり返す奇手で妙手で、最終兵器!」

 椅子から立ち上がり、不敵な笑みを浮かべるパトリシアであった。



   ◆◇◆


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