(アンナの決意)
――午前九時二十四分。
王立学園、大講堂。
「……と、いうわけで今回の冒険で、大戦士クロエ・ブルゴーはこのような姿に変化してしまいました。だが皆さん、こんなワタシでも今後も変わりなく接して欲しい」
演壇に立つクロエは、大講堂に並ぶ中等部・高等部の生徒たちを見渡してから、頭を深く下げる。
「クロエさまー! ファンクラブは、変わらずに応援してますわー!」
黄色い歓声が沸く。クロエを支える正式なクラブ活動の部員たち。全員が女性なのだった。
パチパチパチパチ。
そうして彼女たちの小さな拍手が、講堂内に響く。
それが、講堂中を包み込むような大きな拍手に変わっていく。
「ありがとう。ありがとう」
クロエは演壇の前に立ち、右手を上げて声援と拍手に応えていた。
目にはうっすらと、涙を浮かべている。
自分のステイタスカードの偽造の事実は公表出来ないので、遺跡の不思議なる力の所為にしていた。
暖かい声援が、かえって目に染みるのだ。
「これにて、クロエ・ブルゴーさんの校外学習の発表を終わります。続いて、アンナ・ニコラさんの発表に移ります」
女教師が通信魔法のアイテムを手に持ち、司会進行の仕事を続ける。
この教師は、新入生のクラス分け時に、大占い師サーシャ・フリードルの世話係をしていた、学園一番のベテラン教師だ。
発表の終わったクロエは、講堂の壇上に置かれた木製の椅子に座る。そこでは既に発表を終えた生徒会長のマリー・アレンが立ち上がり、クロエにねぎらいの言葉を掛けていた。
「ハイ!」
アンナが元気返事をして立ち上がると、歓声に沸いていた大講堂の中が静まりかえる。
その中を、中央の演台に向けゆっくりと歩んでゆく。
皆が、アンナの一挙手一投足に注目する。全校生徒からの人気のある証拠だ。どんな冒険活劇が聞かされるのか――期待に充ち満ちた多くの目が、見つめている。
アンナは演台の前に立ち、スタンドにセットされた通信魔法のアイテムの高さを調節する。
前に発表を行った、クロエの低い身長に合わされていたからだ。
スウ――大きく息を吸い、呼吸を整える。
「みなさん――」
ウワーン!
そこまでを発して、しばし黙り込むアンナだった。地声の大きなアンナが、一気に発声したために、魔法アイテムに向かった声が大きな反響音を残していた。講堂内の音声発生アイテムからの返りと被ってしまったのだ。
音が静まるまで、ゆっくりと講堂内の生徒たち全員をながめる。
「アンナさまー! 今日も素敵ですー!」
「キャー、アンナさまー!」
「こっち向いて下さい! アンナさまー!」
会場内から一斉に声が上がり、アンナは困ったようにして頭を掻く。
演壇に立つ人物に向けて、建物内の魔法照明のスポットが無数に向けられていた。
彼女の綺麗な金髪がキラキラと光り、会場内の皆はウットリとした表情で見つめていた。高名なる画家が描いた神話をモチーフにした宗教画。その中の女神よりも、美しく気高い姿を観衆の前にさらけ出していた。
フッ――緊張を紛らわせるためか、広いおでこに掛かる前髪を、息で吹き上げるアンナ。
そうして、心が決まったのか、魔法アイテムに向けてゆっくりと語り出す。
「えー。ワタクシの報告はどうしたものかと考えました。淀みなく的確に、校外授業の状況を分かり易く説明されたマリー・アレン生徒会長さま。そして、所々でユーモアを交えながらも、臨場感溢れる迫力ある内容で発表されたクロエ・ブルゴー寮生代表さま。お二人が多くを語られたので、ワタクシには話すべき内容が残されてはいないのです」
アンナはそう言って視線を少し上げる。
その姿が、とても寂しそうに見えたのであった。
孤高の天才魔法使い。学園の誰よりも、抜きん出た才能の持ち主。
四千年前の伝説の女王『アナスタシア』も、同様であったのだろうか。
「アンナさまー! どんなお話でも、喜びますわー!」
一人の少女が立ち上がり、大声で叫んでいた。今年の新入生、魔法Aクラスの魔法使いマーガレット・ミッチャーであった。
彼女が頭の両側でまとめているツインテールが、可憐に揺れていた。
目はハートマークになっている。カイトを付け狙う彼女だが、アンナの忠実なる信者でもあるのだ。
「ありがとう。そうね、では、皆さまにとっておきの報告があります」
右手で、マーガレットに座るようにとうながす。
そしてアンナは決心し、すっきりとした顔になる。
その様子に、マリーとクロエは椅子から身を乗り出して注目していた。
(何を、言い出すおつもりですの?)
(オイ! まさか……)
三人は発表前に打ち合わせをしていた。校外実習で経験したことの多くは、衆人に向けては、おいそれと公表出来る内容では無かった。
事前に手短に話し合って、秘匿すべき事柄を決めていた。
一つ、倒したモンスターに、ステイタスカードが有った事。
二つ、遺跡に隠されている王家の財宝の数々の事。
三つ、遭遇したゼリー・モンスターを連れ帰った事。
四つ、遺跡の外での異世界からの敵の襲来の事。
五つ、ゼリー・モンスターの正体の事。
そして、ステイタスカードにまつわる数々の秘密――の事。
「えー皆さん。ワタクシには、皆さんに告白すべき罪があります」
アンナが言い、会場内は静けさに包まれる。
しばしの無音。
広い講堂内の所々で起こる咳払いの音だけが響く。
大声をあげてアンナを声援していたマーガレットも、振り上げていた右手を降ろして、椅子に座り直す。
重大なる真実を打ち明けるのだと、皆は理解した。多くの生徒たちは一つの事柄を思い浮かべる。
思う事は一緒だ。
だが、彼女の決心を見届けることにする。
「ワタクシは、学園高等部の入学式の日よりステイタスカードを偽造して、アンナ・ニコラなる架空の人物に成りすましていました。ステイタスカードの偽造は法律で禁じられていて、とても重大な罪なのです。最高で、禁固十五年の刑か、罰金50万ゴールドが課せられます。ワタクシは、ここに罪を告白し、甘んじて罰を受ける覚悟があります」
アンナは、瞬時にカードを取り出していた。
そして、自分の胸に前に出して、全校生徒に見せつける。
(アンナさん。それは時期尚早では)
(こんな事をしても、カイト君が苦しむだけだぞ)
二人は立ち上がり、アンナを制止しようと近づいた。
「二人にはゴメンなさい。相談しなくて、一人で突っ走ってしまいます。これは、子供の頃からのアタシの悪い癖なんだ――」
アンナは左背後のマリーとクロエに向いて、ペロリと舌を出す。
そうしてお茶目な面から真面目な顔に戻し、生徒たちに向き直す。
「――何故、ワタクシがステイタスカードを偽造したのか、その理由を述べなければなりません。ワタクシの本当の名前は、アナスタシア・ニコラエヴァと申します。十年前の王宮で起こった悲劇。その時の唯一人の生き残り、アレクサンドラ・ニコラエヴァ女王の四女なのです」
アンナは表情を変えずに淡々と言う。そうして、青白く光るカード。
名前欄は、アナスタシア・ニコラエヴァへと変更される。
静かに聞いている聴衆だった。しかし、彼ら彼女らの予測しうる内容の告白であった。
(あれ? おっかしいな)
以外と薄い反応に、逆に戸惑っているアンナの姿がある。
「この度の、校外実習で手に入れた伝説の防具『エメレオン』。これは、ニコラエヴァ王家直系の女子でなければ、装備出来ないのです。これにより、ワタクシの身分が王家に連なる者であるとの物的な証拠を得ました」
瞬時に自分の横に防具を出現させる。
(よかった……あんなエッチな防具を、学園の皆の前で装備しなくてよかった)
(早まるワケでなかったか)
壇上で立ち上がっていたマリーは、息を吐き自分の席に座る。
クロエも同様であったのか、胸を押さえて席に腰掛け直していた。
「現在の王位は、空位です。そちらにいらっしゃる生徒会長さまのお父上、マイケル大公は臨時王に過ぎません。ニコラエヴァ王家の直系の生き残り、現在の王位継承権第一位のワタクシが女王に就任するのが、正しい道かと思われます」
アンナは胸を張り、自信たっぷりに言った。
「王への即位には、ティマイオス国会の代議院と元老院、それぞれ三分の二以上の賛成が必要だ!」
野太く低い声が講堂内に響く。
演壇前の席に座る男性教師が、立ち上がりハッキリと主張する。
四十歳になる青色人の中年戦士であるが、青年のような若々しい姿を留めている。
皆がギョッとした表情で、彼を見つめていた。
現在の議会は、パトリシア・アレン枢機卿を頂点と頂く、教皇派の議員たちが多数派を占めている。その教皇派の議員に、近しい身分なのだ。
パトリシアは娘のマリーを女王とすべく画策していた。このままでは、アンナの女王即位が国会で否決される可能性があるのだ。いや、高確率で採決されないであろう。
「ええ、存じています。幸い、この学園には代議院、元老院の議員の皆さまのお子さまやお孫さまなど、ご親族が大勢いらっしゃいます。では皆さん、講堂の窓をご覧下さい」
アンナは、講堂壇上より右側に向けて手を差し出す。




