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勇者と魔法とエッチな防具  作者: 姫宮 雅美
レベル10「勇敢な 勇者パーティー 凱旋だ」
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(勇者たちの凱旋)

 ――午前八時十二分。

 ティマイオス王立学園の女子寮、三○七号室。


 ヒュン!


「うんしょ」

「おっと」

「あら……」

「うわ!」

「ホイナ!」

「ピピピ」


 勇者カイト・アーベルを中心とした五人と一匹のパーティーは、アンナの部屋の寝室に転移魔法で現れた。


 五人と一匹の着地には、それぞれの性格と特徴が表れる。


 大魔導師アンナ・ニコラと聖戦士クロエ・ブルゴーは慣れたものだった。しかし、大神官マリー・アレンは着地時にバランスを崩して、カイトに寄りかかる。

 大盗賊のミーシャ・フリードルは備えている抜群の運動神経で、二回目の転移魔法ともなると、既に着地のタイミングをマスターしていた。

 カイトの頭の上に居座っていたゼリー・モンスターのピーちゃんは、マリーとカイトがもんどり打って倒れ込んだので、それを避けて部屋の空中を飛び回っていた。


 五人は学園の制服を着ている。

 クロエの場合、以前の服はブカブカであったので、父親のアンドレが夜なべして仕立て直したのだった。アンドレは大男で、がさつそうな印象を受けるが、こう見えても手先が器用で細やかな心遣いが出来る大戦士さまなのだ。


 そうして、今年の卒業式当日に学園を退学処分となっていたミーシャも、何故か高等部の制服を着ていた。

 先月まで着ていた服が、彼女のステイタスカードに登録されたままなのだ。


「アンタたちは、そうやってベッドで抱き合って倒れていて! ねぇ、ワザとやってるんでしょ! この淫乱乳牛さまは!」


 ポコン!

「アイタ!」


 アンナは自分の部屋にあった手動肩叩き器で、マリーの頭の天辺を叩いていた。先端にゴムが付いていて、タミアラの街の「湖畔の宿」に備え付けてあったのと、同一の品であった。

 なで肩で首の細い彼女は、肩が凝りやすい体質なのだ。

「アイタ――じゃ無いよ! 毒蛇!」


 ポコン!

 もう一度、叩く。


「もう、どうしてポンポン叩くのですか! 人間の頭には、大切な機能と器官が詰まっているのです!」

 ベッドの上で、カイトと抱きしめ合っていたマリーは、体を起こし頭を押さえて抗議する。


「そうだぞ、アンナ。頭部には沢山の精霊が宿る――というのが赤色人の宗教の見解だ。暴力的に扱って良い場所ではないぞ」

 アンナの背後に立ったクロエが、肩叩き器を奪い取る。


「ね、姉ちゃん。今朝は妙にピリピリしてるよ、変だよ」

「うっさいわね! アンタも叩くよ! こうやって隙が多すぎて、他の女に付け入られるのよ! のんきな顔して、狙ってやってるんでしょ!」


 パン!

 アンナは素手でカイトの左頬を張っていた。

 ムキになり、顔を赤くしている彼女であった。

 カイトは頬を押さえて、呆然となる。


「まあ、落ち着け、先を急ごう。何よりも学園長への報告が完了しないと、今回の課題の終了にはならないからな」

 女子寮のアンナの部屋のドアを開けて、急かすクロエであった。



   ◆◇◆


 ――午前八時二十五分。

 ティマイオス王立学園、学園長室。


 コンコン♪


「生徒会長のマリー・アレン以下五名、今回の特別校外実習の報告に参りました」

 ノックをして重厚なドアを開け、深く一礼しマリーは言った。


「どうぞ――五分前とは――これまた、タイムリミットギリギリですね」

 生徒会長の方は向かず、朝から学園長の執務に掛かりっきりのブルカ・マルカであった。

 彼の机の上に、うずたかく積まれた書類の山。

 それにいちいち目を通し、サインを入れ、学園の印章を押す。

 簡単そうな作業に見えるが、形式に不備があったり、内容に不服があったりする書類は、キチンと彼によって分別されているのだった。

 黒縁の眼鏡を掛け、金色の髪の毛をオールバックにしている学園長は、顔も上げずに仕事を続ける。


「は、入ります」

 マリーは額から汗を掻き、他の四人を招き入れた後、ゆっくりと音もなくドアを閉める。音を立てないように極力気を使う。どうにも、学園長は苦手な相手であった。


(早く、アンナさん。アナタの仕事でしょ!)

 マリーは隣に立つアンナに目で合図する。でも当の彼女は、学園長を前にしてモジモジと体をよじって居心地悪そうにしていた。

 アンナは学園長と最高に相性が悪いのだ。ヘビに睨まれたカエル、いやナメクジを前にしたヘビの状態だ。学園の生徒全員は漏れなく、学園長を前にして緊張し恐縮し萎縮してしまう。


「課題の王家の至宝、『エロメロン』を手に入れたのでしょ」

「『エメレオン』です!」

 眼鏡を上げてアンナを向いた学園長は、素っ気なく言った。そこにすかさず抗議を入れる彼女であった。ようやく声を発していた。


「は、ハイ。艱難辛苦の末、重大な目的を達成できました」

 学園長の前に横一列に並ぶ五人。中央に立つマリーが代表し、一歩踏み出して言った。

「そうですか。課題は無事クリアですね、ご苦労さま。優秀な君たちの事だ、見事達成してくれると信じてましたよ」

 目の前に立つ、五人の顔を一人一人確認しながら学園長はねぎらいの言葉を掛ける。

 彼には珍しい、穏やかな顔だった。

 反面、王家の至宝の防具を、特に確認することもなかった。


「あ、ありがたいお言葉です」

 学園長から見て左端に立つクロエも、緊張しながら喋る。冒険の始まりとは、すっかりと風体の変わってしまった彼女だったが、学園長は全く気にしていなかった。

「ウ、ウ、ウチを呼んだ理由はな、なんや……いえ、な、何ですか?」

 辿々しく語るミーシャ。口を尖らせ、詰まりながらも何とか言葉を絞り出す。独特の方言を隠そうと試みているが、イントネーションの違いは誤魔化しきれてなかった。

 隣に立つマリーとクロエの顔をかわるがわる見て、何とか喋りきる。他のメンバーは現役の学園生徒である。場違いにも程があると感じているのだ。


「うん、ま、その理由は後から語ろう。それよりも、アンナ君、マリー君、クロエ君。君たちには、今回の校外実習の成果を生徒のみんなの前で発表して欲しいんですよ。一二限目は特別授業に変更したので、急いで大講堂に集合して下さい。中等部と高等部の全校生徒の前での発表ですよ」

 そう言ってニヤリと笑い、顔の前で両指を組み合わせるブルカ・マルカであった。

 彼の十本の指全てには、豪華で古そうな大きめの指輪がある。

 それを見つめるミーシャの目が光っていた。

 かつて狙った、国宝級の垂涎の品。


「あ、ミーシャ君と、カイト君は、しばらく学園長室に残っていて下さい。君たちには、僕から直直に話があるのでね」

 鋭い視線を向けられて、端に立つカイトは半歩体を下げていた。眼鏡の奥の目が、光ったように感じた。


「は、ハイな」

(怖い!)

 ミーシャは了解であると――やっと返事をする。カイトは、声も出せずコクリとうなずいただけだった。


「では、失礼します」

 アンナはそう言って一礼する。油断のならない学園長に、カイトを委ねるのは安心出来ないが、ミーシャが居るので何とかなるだろう――そう、思っていた。

 その後ろにマリーとクロエが続き、学園長室から出ていく。

 三人とも、残されたカイトの身を案じて何度も振り返る。



「あ、あの、ボクに何か……」

 ずっと黙っていたカイトは、やっと喋る。緊張で口の中がカラカラだ。

 何しろ、豪放磊落ごうほうらいらくで有名なアンナが、唯一恐れる男が目の前にデン――鎮座しているのだ。


「うん、まずはミーシャ君からだ。この度の活躍を聞きましたよ。君が居なかったならば、今回の校外実習の目的は達成できていなかったでしょうね。過去に、学園長の僕に対する挑発的な問題行動があって退学処分にしたけど、君は元元、成績は優秀でしたからね。必要な単位と要件は満たしていた」

「な、なん、何ですか」

 かしこまるミーシャ。両手を前に出して、背筋をピンとする。

 横からカイトが見るが、こうやって学園の制服を着ると可愛い顔をしているな――見直していた。

 盗賊・黒頭巾団の頭目をしている時は、ふてぶてしいまでの貫禄が見えた。しかし、今は十八歳の年齢相応にも見える。

 相変わらず手足も小っちゃくて、子供のような顔かたちだが、幼女にしか見えなかった曾祖母のサーシャとも、印象が違っている。

 ミーシャから妙な女の色香を感じとって、カイトは頭を振る。

(え? やっぱりボクは、ロリコンとかいう種類の性癖なのかな)


「ミーシャ君は、もう一年、学園に通いませんか? そうすれば、学園高等部の卒業時に付加される、様様な資格や特典が手に入りますよ。そうして、今の『大盗賊』から、『隠密』の超級職業にステップアップする気はありませんか? で、僕の下で働いて欲しい。いや働くことになりますよ」

 学園長は眼鏡を下げて、上目遣いにミーシャを見る。


「う、ウチには黒頭巾団の仕事がある。行く行くは会社組織にしようと思っていた。ちゃんと税金を納めて、国家に貢献するんや」

 ミーシャは興奮し、元の方言に戻っていた。彼女なりに考えている将来への展望だった。考えを始めて口にしていた。

 会社を興し取締役になるには、学園高等部卒業以上の資格が必要となる。

 そのための、再度の学園生活への勧誘だった。

 そうして、学園長が口にした『隠密』なる聞き慣れない職業名。彼は、その事を説明せずに話を続ける。


「ああ、タミアラの街を我が物顔で闊歩していた黒頭巾団は、殆どが軍の憲兵に捕らえられましたよ。多くは、他の都市で罪を犯して逃亡中の犯罪者たちの集団ですからね、当然とも言える処置です」

「何やて!」

 ミーシャの大声が狭い室内に響き、カイトは首をすくめる。


「ぼ、ボクは退室しましょうか?」

 右手を小さく上げて、発言するカイト。ミーシャと学園長との間に流れる険悪な空気。

 きな臭い会話の内容。


 それを感じ取って言った。

 カイトの実家でも、アンナとアンドレが衝突する場面に何度か遭遇した。多くは、アンナが一方的に自分の主張を捲し立てるだけだったが、人が争うのは見るのも嫌なのだ。


「いいよ。僕たちの話を良く聞くといい。大陸国家ティマイオスに関する暗部の話ですからね」

「え? あんぶ?」

 凡庸で鈍感なカイトには、全てがサッパリピーマンな内容に思える。


「せやけど、学園長はん。今まで街の連中に手を出さなかったのに、急に逮捕するやなんて、あんまりやんか!」

 納得がいかない――ミーシャは机に両手を付いてブルカ・マルカに迫る。

「緊急避難の処置ですよ。『アナスタシア』陵墓に近いアノ場所は、元々は王家の天領――直轄地でした。一般人は立ち入れない場所に、貴方たち放浪の民族を受け入れたのも、歴代王家に贖罪の意識があったからなのでしょうね。同時に、人間を多く入れることで、大陸の外からの侵略者への牽制となる。あの『墓守の街』の二つ名は、伊達ではないのですよ」

 学園長は、自分の仕事に戻り、書類に目を通し始める。


「外からの侵入者とは、あの『アホウドリ』や『短角黒毛牛』のことやな。ところで、街の皆の安全は守れたんやろな?」

 ミーシャは、学園長に顔を近づける。


(天領? 放浪の民族? 墓守の街?)

 カイトには聞き慣れない言葉が多くなり、気になっていた。


「大丈夫ですよ。大半の住民は、お尋ね者の犯罪者ですからね。かえって警察署の留置場や、刑務所の方が安全なのですよ。残りの皆さんは、近くの他の街に移動させました。あ、カイト君たちの泊まった旅館の従業員たちは、他のチェーン店に配属替えになりましたよ」

 ツバが掛かりそうな距離のミーシャの顔。それを手で押しのけて学園長は言った。カイトに向けて微笑んでいた。

 彼を安心させようとする言葉だ。

 だが、一介の学園長に過ぎない彼に、こんな権限があるとは知らなかった。

 カイトは感心もする。


「盗賊団を全員逮捕とは容赦ないな」

 ミーシャは食い下がる。

「だって盗掘は、国庫財産への純然たる侵害でしょ。住人の土地建物の所有権も曖昧だし、税金や年金も国へは納めてない。この際ここで全てをリセットして、やり直しませんか? 僕はアナタの罪も許して、復学を認める心の広い人間ですよ。学園高等部卒業の資格があれば、株式会社を興す資格も得られる。それに、近々目出たいことがあるんじゃないかなー」

 すっとぼけ、右斜め上を見るブルカ・マルカ。

「目出たい?」

「そう、新・女王の即位式典とかね。その時には、恩赦とかが行われるんじゃないかなー」

「はーあ、食えない学園長はんや」

 ミーシャは安堵したのか、体を起こしてホッ――胸を押さえて息を吐く。


「え? 新しい女王さまが即位するんですか?」

 カイトはミーシャと学園長の二人の顔をかわるがわる見ていた。

 彼のつぶらな瞳が、学園長室天井の魔法照明の明かりを受けてキラリンと光る。

「な? オマエはん、なんも知らんのか?」

 呆れるようなミーシャの顔。


「ああ、マリー生徒会長さんが、いよいよ女王さまになるんですね」

 カイトは自分一人だけで納得して、ポン――手を打っていた。


「うん、カイト君は今のところは知らなくてもいいよ。なんか、色色とこんがらがるからね。それよりも四千年前に葬られたもう一つの民族について語ろうか」

「え、それって、青色人、白色人、赤色人、黄色人の他に別の民族がいたのですか?」

 カイトの疑問。そして、彼が無意識に言ったこの順番は、ティマイオスでの民族の序列を現していた。ティマイオスの建国の理念『四民平等』とは、名ばかりなのだ。

「そうや、ウチら黒色人のことや」

「黒色人? だってミーシャさんは、黒くないですよ」

「ああ…………」

 ミーシャは顔を押さえる。


(だって…………)

 カイトは全身真っ黒のミーシャの姿を想像する。これに黒のバンダナと、黒のタンクトップに黒の半パンを着れば、闇に紛れることが可能だ。

 それは盗賊ではなくて『忍者』だった。『忍者』は、黄色人にまれに出現する職業である。


「民族の名前は、肌の色の事や無いで! その民族が独自に信仰する神様の、神聖なる色や。まあ、ウチらにも皮膚に特徴があるけどな、ホラ」

 ミーシャは高等部の赤いチェックの短いスカートをめくって、下にはいている黒スパッツを見せる。そうしてペロン――下着をめくって見せて、右の臀部を見せる。以前カイトが目撃した、直径10センチメータルほどの丸い黒痣があった。


「四千年前まで、大陸の中央部で牧羊を中心に営んでいた、遊牧民族。争いを好まず、自由気ままな生活を愛していた。それが黒色人なのですよ。『アナスタシア』女王は、大陸を武力統一し、新首都を作るにあたって、強大な軍事力と魔法力を背景に先住民族を安住の地から追い出したんだ。そうして、黒色人は大陸中に散り散りになった。まあ、見た目は白色人に近いので、スンナリと溶け込めたのだけどね。彼らに出現する職業には、占い師や盗賊、踊り子など、特殊な職業が多くて他の民族から虐げられていた歴史が有るんだよ――」

 長々と学園長は喋る。

 彼は部屋の窓に視線を移し、大講堂のある方向を見ていた。

「――ああ、そうだ。『超級職業』についても語ろうか。良く聞くんだよ」

 椅子に深くかけ直し、学園長はティマイオスの秘密について語り始めた。



   ◆◇◆


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