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勇者と魔法とエッチな防具  作者: 姫宮 雅美
レベル01「年上の 幼なじみが うざいんだ」
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(そして、物語のはじまり)


 ――十年後。


「オーイ! アンナ姉ちゃん、起きたー?」

 階下からカイトの呼ぶ声。

 小さな家の、屋根裏部屋。麦藁にシーツを被せただけの粗末なベッド。ガチョウの羽を詰めた枕に顔を押しつけて眠っていたアンナは、目を覚ます。

 この家は、カイト家の隣、ロベルタ婆さんの住んでいた素朴な小屋だ。十年の間にアチコチが痛んだので、手を入れながら暮らしている。


「うん……夢見てた……」

 寝ぼけまなこのアンナは、ベッドの上で上半身を起こす。羊毛で出来た茶色い毛布が、ベッドの下に落ちる。

 アンナ・ニコラは十六歳になっていた。

 立派に成長した、胸、胸、胸。

 パジャマ姿で眠るアンナは、服の前が大きくはだけていた。下着がのぞく、あられもない姿だった。


 また、あの夢だ――アンナは、目を泣きはらしている自分に気が付く。

「凍結魔法!」

 小さく叫んで、素朴で質素な部屋の中に干してある白い布きれを瞬間的に凍らせる。

「うおー! ちめたい!」

 空気中の水分を瞬時に集め、氷結させたハンカチを両目に押しつけながら、左手でナイトキャップをポンと脱ぐ。フワリと綺麗なブロンドの髪の毛が現れる。

「うん。今日も良い天気だ……な?」

 屋根裏部屋に設置してある窓。目が塞がっているので、見当を付けて開いた。温かく乾いた春の風が、部屋の中に吹き込んできた。

 窓が風に押され、ギィと音を立てて半分まで戻って来る。手で押さえ止める。

 アンナの肩口までの金髪は、クシでとかさなくてもサラサラのストレートだった。それが風で揺れる。


 アンナの頭上。木製の梁にハンガーで吊された、王立学園の制服。茶色のブレザーに、赤いチェック柄の短いスカート。赤いリボンもハンガーに掛けてあった。

 濡れたハンカチを、洗濯紐の上に乗せて乾かす。

 そうしてパジャマを急いで脱ぎ、下着姿になる。十年の年月により、胸以外もすっかりと女性的な体つきになっていた。

 しかし、適度に鍛えられている手足は、しなやかに伸びている。下着は、上も下も青と白のストライプ模様だった。アンナの好みなのだ。

 白いシャツを羽織り、ボタンを苦労しながらはめる。


「うーん、面倒くさいなぁ。ステイタスカード起動! 王立学園冬制服、装着!」

 横着なアンナは、一瞬で着替えを終える。ハンガーに掛けてあった制服のブレザーとスカートが、いったん生地毎にバラバラになり、体の表面で再構築される。

 シュルリとリボンだけは自分で結ぶ。


「カイト! 今行くね」

 一階に降りるハシゴを下る彼女。下にいたカイトは、短いスカートからアンナの下着をのぞきそうになり、顔を赤くして背けていた。


 カイト・アーベル、十五歳。五歳の時より、格段に身長は伸びたが、幼さを残した顔は当時と変わらない。

 ボサボサの黒髪に、クリクリの黒い瞳。身長も、同年代の男子と比べると、若干低めの高さだった。アンナよりも5センチメータル低い。


「よいしょと。今日の朝食のメニューは何?」

 ハシゴを途中から飛び降りて、両手を水平にあげ、着地のポーズを取るアンナ。

「アンドレおじさんが作ったベーコンに、卵を乗っけて焼いたヤツに、パン!」

 ぶっきらぼうに答えるカイト。木を打ち付けただけの粗末な扉を開いて外に出る。

 立て付けが悪いので、足で蹴飛ばして閉めるアンナ。



 アンナを照らす、春の温かい陽光。

「アンナさま、おはようございます」

 カイトの家の庭先で、洗濯物を干していたアンドレ。血の繋がらない娘に、腰を折り曲げての丁寧な挨拶をしていた。

「アンドレは、朝食はまだなの?」

「ハイ、洗濯物を全て干し終わったら、ご一緒します。今日は、シーツを洗濯しました。天気も良いので昼までには乾きますぞ」

 パンパンと白いシーツを手で叩いて、シワを伸ばしていた。


「さーて、お腹空いたな」

 アンナは左手で、制服のお腹を押さえる。

 アンナはカイトの家のドアを開けて中に入っていく。そしてカイトは風にたなびく洗濯物を見つめる。アンナの下着類がヒラヒラとはためいていて、顔を赤らめた。



 ――カイトの家。居間。


「へへへ、へへへ、へへへへへ」

 パンの上にベーコンエッグを乗せて、頬張るカイト。その顔を見ながらニヤニヤと笑っているアンナだった。

 木製のテーブル。四つの椅子があるが、腰掛けているのはカイトとアンナの二人だけだった。

「何だよう。何が、おかしいんだよう」

 カイトはすねる。しかし、アンナは薄笑いをやめずに、テーブルの下でカイトの足を蹴ってきた。


「ウン、馬子にも衣装だなと……。早いなぁ~あれから十年経ったんだねぇ~、ウンウンウン」

 腕を組み、うなずいているアンナ。カイトは王立学園の制服を着ていた。胸に王家のエンブレムが入った茶色のブレザーに、灰色のズボン。白いシャツに青色のネクタイを締めている。

 今日のこの日におろしたてで、折り目も付いている新品だった。


「アンナ姉ちゃんも、制服似合ってるよ」

 顔を赤らめ、アンナを見るカイト。先ほどまで蹴ってきた足が絡みついてくる。向かい合わせに座る二人、アンナはカイトの目を見据える。


「学園にはさ、可愛い女の子がたくさんいるよ。三年間通って、彼女を見つけなさい。生涯の伴侶を、そこで選ぶのだよ」

 アンナの言葉。

 思わせぶりな笑みをたたえている。目尻が下がり、垂れ目になっていた。

「彼女って……、伴侶って……。ボクはまだ十五歳だよ」

 真っ直ぐとアンナの青い瞳に見つめられて、目を逸らすカイトだった。


「十五歳なら、あと三年で結婚出来る年齢になるよ。男子は十八歳、女子は十六歳。もしも、彼女が見つからなかったら……アタシと結婚しない? ね、いい案でしょ」

 そう言って、歯を見せてニッコリと笑う。


(最近は二人きりになると、ずっとそうだ。十年間、一緒に暮らした間柄だけど、結婚?)

 カイトには、遠い出来事だと思っていた。


「何で、姉ちゃんと結婚するんだよ。バカバカしいよ……」

 下を向くカイト。

 そして、ドアの開く音。朝からの家事を終えたアンドレが入ってきた。カイトはそちらに向く。


「お二人とも、朝から仲良しですな」

 アンドレはそう言って、音を立てないように椅子を引き座る。彼は白いシャツに茶色いズボンと、いつものスタイルだった。少し寒くなると、この上に革製のチョッキを羽織る程度だ。

 アンドレは、自分で焼いたパンにベーコンエッグを乗せ、自家製のケチャップを掛けてから食べ始める。

「やっぱ、そう見える? 見えるよね」

 目を輝かせ、アンドレを見つめるアンナ。

 モグモグと咀嚼しているアンドレは、黙ってうなずいていた。


「プハー。しかし、ジョーとアイさんが居なくなって、今日で九年目ですか……」

 マグカップの温かい牛乳を飲み干したアンドレは、そう言ってカイトを見る。

「ウン、そうだね」

 カイトは寂しげな声を出す。

 アンナとアンドレが来てから、一年経たない春先。

 父親と妹は突然に消えてしまった。


「――チョッと旅に出る。チョッとな」

 そう言って妹を連れドアを開けて旅立った父。

 あの時の光景が蘇る。

 いつもの事だった。いつものように二三日で帰って来ると思っていた。


 一週間、一ヶ月、一年。過ぎ去る日々。

 その間、何の音沙汰もなかった。


 そして、今日で九年目。さすがのカイトも、覚悟を決めている。



「あの、アンドレおじさん。ずっとずっと、聞きたかった事が……」

 食べかけのトーストを皿の上に置いてカイトが切り出す。

「何だい? カイトくん」

 強面の顔だが、努力して柔らかい表情を作るアンドレ。

「おじさんは、父さんのことを『ジョー』と呼んでたけど、父さんの名前は『ジョン』だよ。『ジョー』は、仲間内でのあだ名なの?」

「プッ」

 アンナが吹き出した。

 カイトが長年抱えていた疑問。それを笑われたので、カイトは少しむくれる。


「ご、ごめんね、悪気は無いのよ。『ジョン』って犬の名前じゃない! もう少し、マシな事を言いなさい」

「え? 『ジョン』って犬の名前なの?」

 カイトは、アンドレの方に向く。


「アハハ、違いますぞ。それに、ヤツの本名は『ジョー・ジャック・アーベル』でしてな。あいつは家族の前で、偽名を名乗っていたのですか?」

 そう言い、アンドレはアンナの方を向いた。

「クク、ククク。アタシたちが、言えた義理じゃないでしょ。ね、アンドレ・ブルーお父さん」

 歯を見せて笑うアンナ。

「そうでしたな、アンナ・ニコラさま……我が娘よ」

 多少、演技過多気味に言い合う、偽装親子。

 そうして、笑い合う。


 何がおかしいんだろ――カイトは首をひねっていた。



 ――カイトの家、地下書庫。


「カイト、身だしなみはチャンとしてる? 忘れ物は無い?」

「ウ、ウン。たぶん……」

 アンナに聞かれ、曖昧な返事をする。彼女から胸ポケットに突っ込まれた白いハンカチを、もう一度取りだして再確認する。



 地下書庫には、カイトの父、ジョー・ジャック・アーベルが集めた数々の本が棚に並んでいた。

 少しカビ臭い部屋。父とアイが失踪してからは、アンドレとアンナがこの場所に多く踏み入っていた。

 二人は父の仕事を継続して、大陸全土からの珍しい本の収集を行っている。

 カイトも過去に数冊の本を開いてみたが、古代文字で記された古い書物。さっぱりピーマンなカイトは、そっと閉じ本棚に戻した。それ以来、この部屋にはほとんど入っていない。


「さあーて、行きますか!」

 アンナの毎朝の習慣。右腕を回して気合いを入れている。魔法の使用には、準備運動が必要なのだそうだ。その後、首を回し、両足のアキレス腱を延ばす。そして、左腕を回し、コキコキと音を立てる。軽くジャンプして、着地の感触も確かめていた。


 アンナは、王立学園にこの場所から通っている。いつもの決まった時刻に出かけ、いつもの決まった時刻に帰ってくる。一年間繰り返された、規則正しい習慣だ。

「転移魔法だっけ? 初めてだから緊張するよ」

「そうか、アタシはカイトの初めてを奪っちゃうんだな、あはは」

「な、何だよ、それ!」


 カイトの右手を握ってくるアンナの左手。いつもの温かくって、スベスベで、小さな手だ。

 そして、柔らかい。

 強く握ってこられて、顔を赤くするカイト。


「ま、リラックス、リラックス。肩の力を抜いてさ」

 カイトに向き、ニカッと微笑んできた。

「ボクは、どうすればいいのさ?」

「天井のシミでも数えてれば、すぐに終わるよ」

「シミ……」

 地下室のしっくい塗りの白い天井を見る。隅には黒カビが生えていた。


(アンドレおじさんに教えて、カビ取りをして貰おう)

 カイトは、そんな事を考えていた。


「ティマイオス王立学園女子寮の、アタシの部屋に――転移!」

「え!? 何、アンナ姉ちゃん! じょ、女子寮!?」

 心の準備が出来る前だった。

 カイトは叫んだが、そのまま黒い空間に吸い込まれていった。


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