(二人はライバル)
「さて、あらかた敵は殲滅できたみたいね」
ふう――激闘を終え、一息を吐くアンナであった。
足元には、『四脚式無人兵器』の残骸が広がる。そして形勢不利と踏んだ米海兵隊所属のMV―22『オスプレイ』を擁する海兵航空群は、パラシュートで脱出した負傷者全てを回収して、撤退を完了していた。
タミアラの街の方を見る。
アンナの発した『浄化の光り』でゲート入口に近い建物も一緒になぎ払ってしまっていた。
当然、ロイドの酒場の建物は、地下の構造物を除いて更地にされていた。
蛍光ピンク色の魔法ネオンの破片だけが、バチバチと音を立てていた。
「うーん、この攻撃は加減が難しいのよね。遠くの敵を狙ったら、山に穴を開けちゃったり、しちゃったり。でも、この街の新しい観光名所になるでしょ。ニハハ」
悪びれる様子も無いアンナ。
丘の上から街を見ると、地面には幾筋もの大溝が刻まれていた。
一本だけ深くて大きな溝。そこに雨が降れば、ミヨイ湖に通じる川になるだろう。
そして、大溝の延長線上には湖があり、その先の山腹の中央に大きな穴が開いていた。
すっかりと日が傾いていて、西の山の穴から太陽がのぞいていた。
ゴーオオオオ!!!!
轟音がして、アンナは振り返る。
新たな敵が、増援を繰り出して来たのだった。
渡り鳥の様に、逆V字型の五機編隊で向かって来ている。
「さて、空中戦といきますか」
アンナが決心を決めた時だった。
ボン、ボン、ボボボン!
五機のスーパーホーネットは、一瞬にして空中で爆散する。乗っていた操縦士は、椅子ごと射出されて脱出する。
その後、カラフルな大きな傘を開いてゆっくりと降りていく。
「何の攻撃? 誰の攻撃?」
アンナは、視力強化のために左目に入れている魔法アイテムを使い、爆発のあった場所を注視する。
「カイト?」
確かに、あのカイトの顔を認めた。
西日を受けてオレンジ色に輝いている銀色の鎧とカブト。それを装備したカイトが剣をふるい、あっという間に敵を殲滅してしまっていたのだ。
「!」
空中に空力魔法で浮かぶカイト。その彼と目が合った気がした。遥か、2キロメータルの距離があるのにだ。
「ねえ、アンナお姉さん。お久しぶり」
背後から声がした。
「アナタ!」
急ぎ振り返るアンナ。
「ふぇー凄いや。お姉さん、オッパイ丸出しだよ。そんな姿で戦ってたんだ。むさ苦しい海兵隊の兵員たちには目の毒になるね」
カイトの顔をした、見慣れない少女は、アンナの胸に手を伸ばし直接指で触っていた。
「な!」
アンナはアイの手を払い、胸を隠す。顔を赤くして、体を逃がしていた。
「もう、オッパイも綺麗に成長しちゃってさ。羨ましいったらありゃしないよ。そりゃ、こんな美人さんが側にいたなら、兄ちゃんが惚れないワケはないよね、ウンウン。で、兄ちゃんとドコまで進展したのよ、二人の関係は?」
アイは両手を伸ばして、アンナの胸を触る気持ちがマンマンであった。
「アナタ……。も、もしかしてアイちゃん?」
上目遣いに鎧姿の少女を見て、アンナはそう言った。相変わらずの胸の防御は完璧であった。
「そうだよ、アンナお姉さん。いいえ、アナスタシア・ニコラエヴァ第四王女殿下」
そう言ったアイは、急にかしこまって地面に片膝を突き、腰を降ろし敬意を表すように頭を下げた。
「や、ヤメテよアイちゃん。殿下はヤメテ。でも、知っていたんだね」
「そう、父ちゃんに聞かされたんだ」
取り乱すアンナの顔を見上げ、ニッコリと笑うアイだった。
「そのさ、カイトの方はどうなったの? 体と意識が入れ替わったのよね。勇者の能力には不思議なことが多すぎるのよ」
「ヤッパリ、心配するのは兄ちゃんの方か……。でも大丈夫だよ、ティマイオスの外の世界に私の体がある。兄ちゃんがステイタスカードをいじって女になっちゃったから、替わりに私の方は男の体になったんだよ。だからこそ魂は、あるべき本来の姿の方が安定するんだね。多分、もうすぐ元に戻るよ、ホラね」
アイがそう言うと、彼女が着る鎧カブトに剣と盾がステイタスカードへと帰っていった。
「アイちゃん?」
「ウン。お姉さん、ここでお別れだね。もうすぐ正式に会うことになると思うけど、その時は多分、敵同士だね」
「敵?」
「そうだよ。んじゃ、私からのアドバイス。アンナお姉さんは、もう少しリラックスして戦うと『大魔導師』の能力を限界まで高められて、存分に発揮できるよ。あと、そこで気絶しているゼリー・モンスターを上手に従えて使役するんだ。これは、教え過ぎかな、タハハ」
「ピーちゃんを?」
アンナは、カイトの治療が行われていた丘の一角を見つめる。数十メータルは離れているが、目に入れたレンズ状の魔法アイテムで見ることが出来る。
カイトの体から流れた血液が作った血だまり。そこでは、まだ目を回しているゼリー・モンスターのピーちゃんの姿があった。周囲には、無人兵器の残骸が広がっている。
激しい戦闘の跡だった。
そして、目の前のアイに視線を戻す。
「アレ? ここ何処……」
白いTシャツと水色のトランクスをはく少年は、キョロキョロと周囲を見渡している。顔付きもハッキリと変わっていた。丸みを帯びていた顔と体に、多少はたくましさが見て取れていた。のど仏も少し出ている。
「か、カイト? カイトなのね」
「ねねね、姉ちゃん! むむむ、胸!」
目をシバシバさせながら、カイトはアンナの胸部を指差していた。
「よかった。カイトだ」
ムニュ――押しつぶされるアンナの乳房。
「ねねね……」
アンナはカイトを抱きしめる。当然の如く、アンナの両胸の感触が、Tシャツの薄い生地を通して伝わってくる。
「カイト、心配したんだよ」
「姉ちゃん」
抱きしめられる事は、決して悪い事じゃなかった。
「カイトおー! 何、チチクリ合ってんねん!」
パン――と、カイトの頭を叩くミーシャだった。
「オイ、撤退するぞ。オレたちがここに留まる限りは、敵の攻撃は止まないだろう」
クロエはアンナの肩を掴んで、二人を引き剥がす。
彼女たちは、アンナの姿を認めて、駆け寄ってきたのだった。
「カイト君……」
二人の様子を心配そうに見つめるマリー。彼女の顔は、カイトの復活を確認しても浮かれることはなかった。
「そうね、ここは一旦引いて、戦略を立て直す必要があるわね」
「ええ、わたくしが国軍の南東部方面軍に派遣を要請しました。わたくしたちが退却後も、この街の安全は守られるように手配しました」
アンナの言葉を受けた、マリーが言う。
そうして、ミーシャの肩に優しく手を置いた所だった。
バサバサ、バサ!
戦闘が終わって戻って来た、ミヨイ湖畔の山をねぐらにしている鳥たち。その群れが一斉に羽ばたいていて逃げていったのだ。
一刻でも早く、この場所から逃れるような必死な行動だった。動物の持つ、本能のなせる技なのだろうか。
山のある西の方角は、すっかりと暗くなっていた。
少しの光りが山肌を赤く染め、それを湖面に映し出していた。
ザバーア!!!
その暗い色に染まった湖面をかき分けて出現する、謎の巨大な物体。
湖から遠く離れた五人も、湖面に現した姿を見て、その大きさに驚愕する。
「こ、『黒龍』だ。あの海洋都市『エナリオス』と王都の王宮を一夜にして滅ぼした、巨大モンスターだぞ。それが、どうしてこの湖に現れたのだ?」
クロエの驚きと疑問。
「この湖には、大きな河は流れ込んでヘン。せやのに、水量は年間を通じて安定しておるんや。やから、何処かの運河と水中で繋がっているのかも知れヘン。そんな噂が昔からある湖ナンや。『黒龍』は、外洋から運河の底を伝って入り込んだのかもな」
ミーシャは、ミヨイ湖にまつわる過去からの伝承を口にする。
「見て下さい。『黒龍』の背中に丸い穴が沢山開いています。あれが、報告書にもあった『トビウオ』の発射口なのでしょうか」
マリーは真っ直ぐに湖上の『黒龍』の背中を指差す。縦に二列並び、全部で十六個の穴。そこから都市破壊攻撃が繰り出されるのだ。
「ヤバイわね……」
(ね、姉ちゃん?)
カイトは、深刻な顔つきになるアンナを見て、心配をする。




