(カイト覚醒!?)
「オイ! やばいぞ、囲まれている」
『炎の鎧』を着たクロエが叫ぶ。『火柱の盾』で東の方向の敵の進撃は防げているが、増援は次々と行われている。
空を飛ぶ水色の怪鳥。彼らが飛来する東の先は、山脈の高さも5000メータル程度なので、アホウドリの群れは海の向こうから楽々と飛び越えてくるのだ。
だがこの事実を、クロエたちは知らない。
ガシャーン!
クロエは手にした大鎚で、敵の四本足の一匹を一撃で粉々にした。しかし、この程度の攻撃では敵の物量には敵わないのであった。
「コッチも、手一杯ヤン! 数が多すぎて、対処し切れヘン!」
ミーシャは悲鳴を上げる。ピンク色のフリフリの『少女戦闘服』を着る彼女。右手に持った『少女のステッキ』の先から発せられる直径30センチメータルの光球。
それが四つ足の体に触れると、相手の体は球形に消滅するのだ。
ピョンピョンと飛び跳ねて、次々と敵を倒していくが多数の敵全てには対処できないでいた。
「……神よ、その慈悲によって、わたくしたちをお守り下さい。『幻影の霧』」
呪文の詠唱を終えたマリーは目を開ける。
『過激な水着』を着る彼女。右手で強く握る首飾りの青い宝石。左手は膝の上で眠るカイトの額に優しく置いていた。
キラキラと光り出す青い宝石。そこから吹き出すのは白い微細な粉だった。
瞬時に、周囲を白い霧が覆う。
「敵は戸惑っているな」
クロエが左手で指差した。そう言いながら、敵の二体を『ミョルニル・ハンマー』で叩きつぶす。
キュイ、キュイ、キュキュキュ。
短角黒毛牛は、小さな頭部を出して自分たちの周囲を必死に探っていた。
やがて、頭部の単眼から赤い光りが発せられる。
無数の赤い線が、霧の中を走る。
「この隙に、移動するんや。兄ちゃんはまだ目を覚まさんのかいな?」
マリーの元に駆け寄るミーシャ。敵は混乱し、攻撃を停止していた。
同士討ちの可能性があるからだ。
「は、はい。カイト君の傷も完全に塞がり、呼吸も心拍数も安定してます。多少、体温と血圧が高めなのですが、これで目を覚まさないのはおかしいのです。カイト君! カイト君!」
マリーは、膝の上にのせたカイトの頭を、左手の先でトントンと叩いて名前を呼ぶ。
「オレが背負って、脱出しよう。アンナと合流して、転移魔法で王都に帰るんだ!」
クロエは、『火柱の盾』の防御を解いてやって来た。
多数の敵を前にして、撤退も止む無しと判断した。
「チョッと待ってーなぁ! このままだと、ウチらの街が攻撃されてしまう。タミアラの街は、王家の宝を狙う盗賊たちが集まって自然発生した街や。自主独立がこの街の掟やサカイ、警察も軍隊も介入させヘンのや。街の平和は、ウチら黒頭巾団が守る! そう、約束したんや」
ミーシャはクロエの判断に怒り、その場にペタンとアグラ姿で座る。
右手にステッキを持ったまま腕を組み、テコでも動かないと主張する。
「そんなことを言われましても、わたくしたちだけでは対処しきれない未知なる外敵です。いいえこれは、大陸国家ティマイオスへの純然たる侵略行為です。直ぐさま王都にとって返して、援軍を差し向けさせますわ。わたくしの祖父と母も、教皇庁を守る近衛兵団を率いています。孫、娘であるわたくしがお願いすれば、助けてく……」
「間に合わヘン! 王都から転移魔法やのうて、移動魔法を使うと半日は掛かる。街のみんなが避難したシェルターも、こんな敵を相手にしたなら1時間も持たヘンネン! 近くの都市に国軍の分隊がおるけど、到着まで早く見積もっても1時間半や。ティマイオス国軍の最高司令官は――マリーはん、アンタのお父はんのマイケル大公や――ソッチの線からも頼めんやろか」
ミーシャのマリーを見る目は、涙で潤んでいた。
この街は、ミーシャも思い入れがあるのだ。学園を放校処分にされた後に、安住の地と選んだ場所だった。そこを、むざむざ灰燼に帰すつもりは、ないのだった。
「ち、父ですか……」
マリーは、遺跡の中での蛇『ヨルムンガンド』の言葉を思い出す。
「父親ヲ嫌ッテイルノダナ」
言い返せなかった自分。
黙るしかなかった自分。
この大陸の中で、自分が一番軽蔑している人物は、よりにもよって実の父親なのだった。
三年前、学園中等部の三年になったマリーは、教皇庁の近くの臨時王宮を訪ね、久々に父親と対面する機会を得た。
中等部の生徒会長になった報告でもあったし、努力して成績トップを獲得した記念でもあった。
父親はティマイオス王立学園の、理事長であった。母と祖父には毎週のように会っていたので、公務に忙しい父親のためマリーが直接に足を運んだのだった。
その大公執務室で目撃した、全裸の父親と側付きの女中の情事。
昼の日中の出来事に、驚いて扉を閉めたのはマリーの方だった。
それ以来、信頼していた父親を信じられなくなっていた。元々あった男性恐怖症も、より酷くなっていた。
「通信魔法を使えば、ティマイオス国軍・南東部方面司令部に連絡が行くかと思うぞ」
冷静にクロエが言って、マリーの困り切った顔に笑顔を向ける。仲間からの頼もしい励ましだ。
「そうですわね。人々の命の危機が迫っているのでしたわ。こうしては、いられません。通信魔法! ティマイオス国軍・南東部方面司令長官さんの近くに大魔法使いさんは、いらっしゃいませんか? いらっしゃいませんか?」
クロエに笑顔を返すマリー。
そして、見知らぬ相手を通信魔法で呼び出す場合には、相手方の名前や役職がコールサインとなる。
教皇の孫で、臨時王の娘であるマリーだが、地方の方面軍の指令長官の名前などは、もちろん知らない。
「どうなんや、連絡は出けるんか?」
へそを曲げていたミーシャも、今は興味深そうに立ち上がり近寄っていた。
「今、呼び出しています。大規模な魔法を使うと、通信が乱されてしまいます。少々、お待ち下さい」
マリーは目をつむり、更に意識を集中する。
ポヨン、ポヨン。
音がした。
「何?」
目を開け、顔を上げて、周囲をキョロキョロと見渡すマリー。
「凄い胸だ。こんなの始めて見たよ。うわ、ははは。ポヨンポヨンで柔らかいけど、垂れずにお天道さまを向いているとは、凄い凄い」
再びポヨン、ポヨンとの音。
「え? 何ですの?」
自分の胸が下から持ち上げられていることに今更気が付く。
「お姉さん。イイ物、持ってるね♪」
マリーの両膝の上で眠っていたカイトが、目を開けてコチラを見ていた。
つぶらな瞳と小さな口を開けて、マリーに向けて微笑んだ。
「カ、カイト君。気が付きましたの!」
マリーも笑顔となり、胸を押さえてホッ――息を吐く。
「羨ましいな。私も、こんなオッパイ欲しかったな」
ポンポンと手のひらで持ち上げ、弄ぶカイト。
「アン、アーン。そんなに激しくしちゃあダメよ、カイト君」
優しくたしなめるように言って、カイトの右手首を掴むマリー。
「私はカイトじゃないよ。うんしょ」
マリーの手を払い、上半身を起こすカイトそっくりの顔の少女。
「え? カイト君ではありませんの? いったい……」
驚き、正面の人物の顔を見る。
「しっかし、兄ちゃんは変な服を着てるな」
両足で、しっかりと立ち上がり、自分の服装を確認している。先ほどまで、死の淵をさまよっていたとは思えないほどの元気の良さだった。
「兄ちゃん? アナタは、いったい何者ですの?」
マリーは、おずおずと立ち上がる。目の前の人物が、カイトで無い事は理解した。
「私は、アイ。アイ・アーベル。カイト兄ちゃんの双子の妹だよ」
「双子……妹……」
マリーは戸惑う。カイトの口から聞かされている、九年前に行方不明になった妹の存在――その子が、突然に現れたのだった。
(では、カイト君はどこに行ってしまったの?)
マリーは真っ直ぐにアイの顔を見る。女体化したカイトとは少し違った印象を受ける。
「髪が長い」
「あ、気が付いちゃった? 似合ってるでしょ。そうそう、兄ちゃんはピンチになったんで、変わりに私がこの世界に召還されちゃたんだよ」
自分の髪の毛を持ち上げるアイ。
その愛らしさにドキリとなるマリーだった。真っ直ぐに見つめられて、微笑を向けられる。変な照れくささを感じていた。
しかし、どうして妹が現れたのか?
「この世界? 召還?」
マリーは、疑問点だけをようやく口にする。
「ああ、まあ、父ちゃんから秘密にしろって言われたけど、仕方ないよね。こんなぬるいパーティーだもん。シャー無しかな。ステイタスカード、起動!」
「ぬるいだと!」
これまで黙って様子を伺っていたクロエがやっと口を開く。
そのクロエの言葉を無視して、アイは面倒くさそうに自分のカードを取り出した。
「『大勇者』のカブト・鎧・盾・剣。装備!」
ステイタスカードが光り、彼女の身体に防具と武器が装着されていく。
「『大勇者』だと!? だが、ぬるいの発言は取り消してもらいたいな。これでも、『アナスタシア』陵墓に潜む強力なモンスターを倒している」
クロエは、眩しい光りを避けるため、顔を手で覆った。
それにしても、始めて聞く職業名だった。
「ぬるいは、ぬるいでしょ。女の子ばかり引き連れていてさ、変な格好までさせているっしょ。あんなポンコツ兄ちゃんに、こんな変態趣味があったとはね」
勇者の鎧とカブトをまとったアイは、剣を腰に差してから、『過激な水着』を着るマリーを、頭の上からつま先まで見る。
「こ、これはわたくしの家の家宝でありますし、この防具の防御機能で何度か助けられました。それに、ポンコツとは実のお兄さんに対してでも失礼な発言です」
マリーは自信を持って発言する。
彼女が胸を叩くと――ポヨン――音がした。
「フッ――兄ちゃんは、昔からオッパイに興味津々だったもんな。私と暮らしてた時も、隣に住んでるアンナお姉さんの庭先での行水をのぞいていたよ」
「え?」
「ま、六歳の女の子のツルペタの胸だけど、兄ちゃんはその頃からアンナお姉さんのことを、好きだったんだよね」
カイトのことを鼻で笑い、あっけらかんと告白する双子の妹。
「かかか、カイト君が、あああ、アンナさんの事を……」
そう言って、マリーは押し黙る。
「アンナ姉ちゃんも、兄ちゃんのこと好きなんじゃないのかなー。アンナさんは妹の私の事を、恋のライバルぐらいに思ってたみたいだよ。だって、何かと競い合って兄ちゃんと仲良くしようとしてたもん。で、そのアンナ姉さんは? このパーティーに居るんでしょ。牛乳のお姉さんも、兄ちゃんのことは諦めた方がいいよ。誰も二人の間には、割って入れないからさ」
マリーに向けて、諦めたかのような力のない笑みを浮かべているアイだった。
「…………」
マリーも、自分の敗北を知る。
「ね、そろそろ幻惑魔法の効力が切れるんじゃない? そうなったら、一斉にアイツら反撃してくるよ。どうするの? 弱っちい『大神官』さん」
青白く光りを発しているアイの盾。その盾越しにマリーの顔をのぞき込むカイトの妹だった。
(カイト君と違って、色色とイジワルな子ですわ。こんな子を妹と呼ぶことになるなんて)
マリーは、キッ――強い表情で睨み返した。あくまでも、カイトとの結婚が前提条件ではあるが、その事を諦めた分けではなかった。
そして、アイはマリーの職業を瞬時に読み取っていた。これが『大勇者』のなせる技なのか。油断ならない相手だと悟る。
「な、なんや。カイトのやつは目を覚ましたのかいな」
ミーシャが寄ってくる。霧の幻影に紛れて、敵を数体片付けた後だった。
「まて、コイツはカイト君の妹だそうだ。彼が意識を失って、どこかの異世界にいる妹さんと、意識の交換がなされたのかも知れない」
クロエは冷静に、現状を分析する。そうでなければ、カイトの頭の打ち所が悪くて、ネジの一本や二本が外れてしまったとか思えない言動なのだった。
「こちらが、『大盗賊』と『大占い師』を兼ねているお姉さんか。サーシャさんの遠い親戚なのは、本当なんですね」
「な、ナンヤ、文句があるのかいな! サーシャは曾オバアや!」
ミーシャは三白眼となり、アイを睨みつけていた。顔立ちはあどけない彼女だが、睨みを利かすと盗賊の頭目である貫禄が見えている。
凡庸なカイトと違い、知能も高いアイ。その非凡な能力に警戒するミーシャだった。
そのミーシャの敵愾心溢れる感情に当てられ、視線を移すアイだった。
「ウン、こちらは『聖騎士』さまか。アンドレさんそっくりの外観を真似たのは、ファザコンなのかな? アハハ、分かり易いね」
今度はクロエを見上げて、不敵な笑みを浮かべていた。
身長差を、ものともしないふてぶてしさだ。
見る間に、クロエの顔が真っ赤になる。
自分を捨てたと感じている父親と、そっくりの姿格好。彼女にも隠したい秘密があるのだった。
「フン!」
クロエは鼻息荒くして、そのまま横を向く。
「アラアラ、なんか空気悪くしちゃったかな? ねー、でも、みんなピンチなんでしょ。弱虫の兄ちゃんは怪我をして脱落して、妹の私の元に逃げ込んだ。あ、ここらに転がっているのは、私たちの世界で言うところの『四脚式無人兵器』ね。大陸ティマイオスの近海に展開している、『空母打撃群』から送り込まれた『オスプレイ』に積まれていた偵察兼殲滅用兵器ね」
アイは、ミーシャの倒した敵の破片を拾い上げて言った。
聞き慣れない単語の羅列で、マリーたちは首を傾けていた。
「それは、大陸の外からの攻撃を意味しているのでしょうか? わたしたちの住む、この大陸の外に未知なる世界が広がっているのでしょうか?」
マリーは、日頃からの自分の見解を口にする。
「ウン、そうだよ。あなたたちは色々と騙されている。四千年の長きにわたってね。この大陸の外には、遥かに大きくて巨大な大陸があるんだよ。それに比べれば、このティマイオスなんて、ちょっぴり大きな島に過ぎないんだ。私と父ちゃんは、外の世界に呼ばれて大陸の外に出た。四千年前の『アナスタシア』女王の時代に巨大な結界を作り、外からは認識出来ないようにした。空を飛んでも、船で近づいても普通の人間にはティマイオスを感知出来ないんだ。この大陸に走る無数の運河――それが結界を生み出す魔方陣そのものに、なっているんだ」
アイの話は、俄には信じられない事ばかりだった。
皆は厳しい目で彼女を見る。
「確かにアノ遺跡の中に、ウチらの世界と違う進化を遂げた存在を確認したで」
ミーシャが言葉を挟む。彼女がアナスタシア陵墓で見た、異質なトイレの事だ。区域を構成していた見慣れぬ物質。軽くて強度があり、長期間放置しても変化の少ない材質。
それらは、ティマイオスには存在しないのだ。
「ああ、それね。教皇のチャールズ十三世さんが、外の世界と接触する窓口担当なんだよね。アナスタシア陵墓のお宝と、隠されている魔法科学を外に売り渡しているんだよ」
「祖父が……ですか……」
マリーは押し黙る。やはり、王宮壊滅事件の背後にいた黒幕は、教皇である祖父なのだ。
「じゃあ今回の襲撃も、教皇猊下が手引きしたと言うのか?」
クロエは、アイの顔を見下ろしながら言った。
「うーん。今回は、別の原理で動いているんじゃないの? 教皇が取引していたのは国連軍だけど、今回動いたのは米軍単独でしょ」
アイは『四脚式無人兵器』の破片を蹴飛ばす。装甲が外れ、内部が剥き出しになる。
そこには、白い横棒を背景とした青い丸の中に、白星が描かれていた。
「国連軍、米軍とは何者なのですか?」
マリーの言葉を無視してアイは続ける。
「これは、米陸軍が開発中の無人兵器だね。輸送には海兵隊の『オスプレイ』を使っているし、洋上には海軍の『空母打撃群』が展開している。こりゃ、総出で証拠を隠そうとしているね。でも、ティマイオスと国連加盟各国が結んだ条約を違反している」
アイは東の空を見る。砂煙に霞んでいる東の山脈。その上に小さな光点を確認する。
遠くから聞こえる轟音。
「何か、近づいてくるで」
「ああ、高速移動物体だな。こんなのは見たことが無い。大陸には決してありえない存在だ」
ミーシャの言葉にクロエが返答する。
「空母の艦載機だね。F/A―18・スーパーホーネットかな。私は女の子だから、兵器とかは詳しくはないんだけど」
アイは自分の頭を掻く。
「またしても新手の敵。今度は、どのような攻撃方法を備えているのですか?」
マリーは必死に聞く。
「うん、だからさ、兵器には詳しくないと言ってるでしょ。攻撃方法はミサイルとか爆弾かなー。あ」
アイが指差す。話をする数秒の間に、距離を詰めてきていた。
「『ブロークン・アロー』破魔の矢! 『魔法照準』」
マリーは毅然たる態度で大弓を出現させて、光りの矢を出現させる。
弓に矢をつがえたまま、魔力を集中させる。そうして、弓矢の前に出現する十字型の照準。
マリーの左目が――ボゥと青く光る。
「お姉さん、ダメだよ。魔法の矢は、通用しないって」
アイはニッコリと笑って、マリーの構える弓を手で押さえつける。
「ええ、ですが……」
「大丈夫、任しておいて。私が片付けるから」
「そ、そうですか」
満点の笑顔を向けられて、頬を赤らめるマリー。男性は苦手であったので、カイトに対しても少しの躊躇がある。でも、女体化したカイトや、双子の妹のアイには、警戒感無く接する事が出来るのだった。
(な、何か別の趣味に目覚めてしまうかも……)
マリーは体をモジモジと捻る。
「じゃ、行ってくるからさ。お姉さんたちはここで自分たちを防御していてね」
「は、はい。アイさんも頑張って下さい」
「うん、それじゃ……」
言い終わらないウチに、剣と盾、鎧とカブトで完全武装したアイは、転移魔法で消えていた。
◆◇◆




